6月23日
筑前・博多
鶏卵、というより鶏全体を食べたらいけない、と定められたのは奈良時代からである。それはやがて公然の事実として広まっていき、今では神聖な動物とされる鶏もその鶏が産まれる卵も含めて食用が禁止され、良晴も長く食べていなかった。
だが、史実なら江戸時代にわかるはずだった鶏が産まれない無精卵の存在を知っていた良晴は、その無精卵が大量にある今、その禁制を破る事を決める。
6月ともなれば米はあるので、それを北条家のお金で買い、博多の醤油商店から醤油を買えば、伝統的な朝御飯になっている卵かけご飯の完成である。
「こりゃあ本当かね?」
「ああ。本当さ」
そして、事後承諾を得るために手紙を送りつつ、姫巫女様が認められた物と銘打っておく。
良晴に説き伏せられた氏康も会計を手伝い、少女とその付人達は米をよそい卵をかけて醤油もかける作業を、郡山家の者達は列整理に追われる。
更に、良晴が「おかずじゃなく主食として」と薦めたため伝統料理だけを出していた屋台も盛況を見せ、神屋からの愚痴は形ばかりのもので済む。
こうして大盛況の中で終わったのだが、その時に少女はようやく自分の失態に気付き、一息ついていた良晴達に駆け寄る。
「今回は本当にありがとうございました! これも神のご加護があってこそです! あ! 私、島原の戦国武将の有馬晴信と申します!」
一気に少女は、有馬晴信は言う。
対して、元就から九州の大きめの家々の事を学んでいた「関東からの商人」である良晴らは少し固まり、そしてこの状況の意味を悟る。
「島原?」
「はい!」
「肥前の?」
「はい!!」
遠い関東の人が島原を知ってくれてる! と喜ぶ晴信だが、南蛮貿易を行っている家の1つである有馬家の娘だという事を今更ながら知った良晴らは唖然とする。
「どうして博多で商人を?」
「実はキリスト教に入信している事を兄上に知られてしまいまして、それを父上に黙ってもらいます代わりに『ここで稼いでこい』と言われたのです」
「……そして大友家との繋がりもか?」
「…………耳が良いですね?」
「……村上水軍と仲が良いからな」
なるほどなるほどと納得している晴信だが、実際は彼女の故郷の近くで起きる事になる決戦から知っていた良晴である。
「大変です!」
と息を切らして駆け込んできたのは、晴信の付人ーーつまり小姓の1人だった。
「どうしたのですか? そんなに慌てて」
「博多に来た平戸からの船の情報なのですが、唐津の波多家で遂に内乱が勃発! それで全ての松浦党が緊張し始め、船便が途絶えます!」
「ええ!? ……一難去ってまた一難。これも神様からの試練。団結していけば乗り越えれるはずです」
「しかし、我らは商品を運ぶために少人数で来ました! 陸路で行くと、龍造寺に狙われてしまいます!」
「そうですよね……」
色めき立つ有馬家の者達を横目に、氏康が良晴の所に近付く。
「利点になるかしら?」
「……なるにはなると思う。もしかすると大友家とも仲良くなれるかもしれないし」
「どういう事?」
「筑後の柳川城の蒲池家。俺が博多に来た時に会いに来てくれた大友家の武将で、縁もなかった龍造寺隆信を2回も助けた義将だ」
「謙信みたいにではなく?」
「ではなく」
少し考え、氏康はある事を決めて、それを晴信に提案をする。
奇しくも同じ頃、元就も少し考え、ある事を決めて、目の前の武将に提案をする。
「「異論はありません」」
有馬晴信と河野牛福丸。
2人は共に喜びながらその言葉を口にする。
そうして、北九州と周防灘沿岸の家々の命運はある方向へと決まる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月24日
博多
「龍造寺隆信さんは嫌いです」
と、有馬晴信は断言した。キリスト教大好きな彼女と、キリスト教大嫌いな彼とでは仕方ないか、と良晴も納得する。
祭の余韻がまだ残っているこの日、晴信は同じような考えを持つ者達と集っていた。
「では、これで良いですな?」
「「「異議なし」」」
出席者は有馬家・平戸松浦家・大村家の各代表で、仲介者は博多を見下ろす立花山城城主・立花
つまり、大友家を事実上の盟主に、大友家が支援している少弐家を名目上の盟主にした
晴信の兄・義純に家督を譲りつつ権力を握る晴信の父・義貞にとって晴信に課した目的であるそれを終えた彼女は、1つ大きな息をつき、小姓達と合流して自分達を待っている『関東の商人』一行の所に行く。
良晴が提案してから結構経っていたため形になっている北条家の隊商は、商人頭の
「この御笠川沿いに進んでいきます」
「わかった」
その異邦人の一行を案内するのは、晴信の境遇を聞いた蒲池
2日目、
そこで、関東から持ってきていた の石鹸などを売りさばき、現地の商人にその製法を教え宴会をする。
そして、3日目の6月27日。
大友家家臣・高橋
高橋家の居城・岩屋城は、薬師温泉の前にあり、太宰府を見下ろせる山城である。