相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第183話 博多の鶏の話

6月23日

筑前・博多

 

 そもそも、北条氏康が西国に向かったのは、上洛して将軍・足利義輝からお墨付きを貰う事と、堺を介した新たな貿易路として博多を見るためだった。

 小田原、堺、博多の各商人も大賛成である後者のために、瀬戸内海を東西で抑えている三好家と毛利家の戦の双方に受動的に介入し、両国からの通行許可も得る事に成功する。

 そして、この日、氏康とその一行は目的地である博多の港に、堺から広島を経由してきた南蛮船によって着く。

 

「緊張してるわね」

「ああ」

 

 歴戦の強者が揃っている北条家は港に降り立ってすぐに、小田原や堺とは空気が違うのを感じた。具体的には、武人達の緊張感も漂っているといった風の。

 

「お初にお目に掛かります、北条様。博多商人代表の神屋貞清でございます」

 

 まだ博多が大内家の物だった当時にきた良晴の所にも来たその大商人に、氏康は早速聞いてみる。

 

「実は、尼子を食らった毛利家が博多を手中にしようとしている、という噂が、尼子家が追い込まれた頃から広まってきたのです」

「出所は?」

「わかりませんが、大友様や毛利家ではない事は確かと思っております。義長様殺害の嫌疑を払拭しに来た隆元殿が(のこ)された平和を壊す理由など、両家にはありませんから」

 

 氏康からそうなの? という視線を送られた良晴は、()()から「大友義鎮は戦嫌いの少女だと兄じゃが言っておった」というのを思い出しながらうなずく。

 

「となれば毛利家か尼子家、それとも博多に恨みなり害する理由を持ち合わせている者の仕業、という事かしら?」

「我々もそう見ておりますが、九州の者達は『毛利家の博多攻め』の噂に後乗りしてきた者達だけ」

「毛利家の東だったり四国もその痕跡は無しか」

「博多で調べられる限りは」

 

 現地が調べ尽くしても見つからない、という事は新参者達が探しても無駄だろう……という空気になり、氏康は過去から現在へと話を移す。

 

「毛利家はまだ戦時だけど、これで戦は一段落という空気だったわ」

「という事は、九州に来る事は……」

「確定ではないけどね」

「毛利家中の最新の状態を知れた事だけでも心が落ち着くというものです」

 

 その会談が終わり、氏康や北条家の御用商人が商談をしているその日の間に、博多の空気は柔らかくなり、雨が降り始めても活気は続いた。

 そして、翌日。相良良晴は神屋の進言もあり少し早起きして、ある場所の前にいた。

 

「並んでるなあ」

「ええ、鎌倉以上よ」

 

 一人言に反応した少女に驚いた良晴だが、なんとか声を出す事は抑える。

 今回は少人数で一行は進み、神屋曰く不定期で開催されているらしい『和洋食祭』の会場は、日本語だけではなくポルトガル語やスペイン語、中国語、朝鮮語など色んな言語が飛び交い、その様子に堺を見ていても氏康らは驚く。

 だが、良晴はこの祭の起源であるあれに参加していたし、参加者からは主催者の1人と見なされていたため、話しかけたりかけられたりが多く、繋がりの糸口になった。

 そんな良晴が気になったのは、会場の中でも一際人の流れが少ない辺りにある開きかけの屋台だった。用意されていないという訳でもなく、完璧に用意されているという訳でもなく、本当に中途半端の準備具合だった。

 

「揉めてるな」

「ええ」

 

 揉めてる、というよりは日本人の少女が、一方的に外国人の男性から怒られているというのが正しいだろう。

 

「……」

「……異人の言葉は話せるの?」

「それは利休に任す。良いよな?」

「勿論」

 

 一行が毛利家にいる時は「耐えれそうに無いので」広島にいた千利休は、南蛮知識を覚える時に習った外国語と鋭い視線で男性に話し掛ける。

 怒り、少し()じけた男性は、怒っている理由をポルトガル語で(まく)し立て、利休はそれを良晴に訳す。

 

「要約すると、この少女が臨時に雇っていた料理人が毛利来襲の噂でとんずらしてしまい、少女はその南蛮商人に材料を返そうとしたけど『とんでもない!』と怒っている訳ね」

「そういう事」

「何を作ろうとしてたんだ?」

「ぽ、ポルトガルさんの名物である(たら)の塩漬けを使った料理です」

「タラァ!?」

 

 鱈の単語が出た直後、ポルトガル商人が叫び、そして天を仰ぐ。

 

「あの宣教師め! 騙しやがったな!」

 

 ポルトガル商人曰く、自分と少女の間の通訳を買って出た宣教師は、あからさまに鱈好きな様子で何度も求めてきていた。商業的に仲良くしておいた方が良いので気前よくあげていたが、少女が欲しがっていた物とは別の物を「欲しい物です~」と言っていた。

 結局、塩漬けした鱈をその宣教師とマラッカの教会に殆どあげてしまった商人が、木箱に入れて持ってきた物はーー。

 

「東南アジアや明から買ったこれさ」

 

 白色の卵、鶏の卵である。

 

「鶏!?」

 

 反応して声をあげたのは氏康で、良晴をのぞく他の日本人達もざわつく。

 利休から「鶏は日本では神の使いとされていて、肉はもちろん卵も食べる事を禁じられてる」と聞いた商人も、天を力なく仰ぎ何かを繰り返し呟く。

 その様子を冷静に見ていたのが、この博多でカレーライスを広めた相良良晴で、利休を介してポルトガル商人に1つ聞く。

 

「産まれるか?」

 

 と。

 商人は力なく

 

「そんな物くれるわけ無いだろう」

 

 と答える。

 それに、相良良晴は笑みを浮かべた。


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