相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第184話 筑前と豊後での話

6月27日

筑前 太宰府

 

 太宰府は飛鳥時代に朝鮮で日本・百済復興軍の連合軍と唐・新羅連合軍がぶつかり日本側が負けた白村江の戦いの後、唐の報復を恐れて今の辺りに海岸から政庁が移った事が始まりと言われている。

 大陸からの防衛上重要な場所となったその地だが、遠いので早くも名誉職的な扱いとなり、左遷させられた管原道真が怨霊となるとその彼の墓に(しず)めるために天満宮が建てられた。

 一方、武士の時代になっていくにつれて、太宰府は中央政府の権力の象徴となり藤原純友や元寇、南朝といった反政府勢力の目標にもなる。

 

「足利様の時代の太宰府の主は少弐家と変えられた武藤様でした」

 

 藤原道長の末裔を自称している実際は不詳の男は、藤原秀郷の流れの武藤家を継ぐ事となり、平家の武士となる。しかし一ノ谷の戦いの時に源義経に奇襲され梶原景時に降伏する事になり、三浦義澄が預かり、源頼朝の家臣の1人になる。

 武藤資頼(すけより)と名乗っていた彼は、文化にも通じていたようで、頼朝の嫡男で後の鎌倉幕府2代将軍・源頼家の元服の時に有識故実(行動の良し悪しの判断)を任される。

 そして、奥州藤原家攻めでも功績をたてた彼は、太宰府の次官職にあたる少弐に任じられ、それを世襲した息子・資能(すけよし)から少弐家を名乗るようになる。

 

「資能様は一族を自ら率いて元寇に立ち向かい、自身が戦死しつつも撃退する事に成功します」

 

 鎌倉幕府滅亡の時には官軍につくが、観応の擾乱(足利兄弟の内紛)では弟側につき、更に今川了俊の謀略によって太宰府を奪われると北朝=足利側の者達と戦う。それが大内家であり、大友家であった。

 15代・政資(まさすけ)の戦死によって一時滅亡し、16代・資元は拠点を肥前に移すものの龍造寺家兼と大内義隆によってまた滅び、17代・冬尚も一族の復讐に燃える龍造寺隆信に滅ぼされる。

 

「そして、3度目の再興をかけて隆信と争っているのが、私の兄上である少弐政興です」

 

 資元の息子、冬尚の弟である政興は龍造寺隆信を危険視するようになった大友義鎮の後援を受けながら争う。

 もう1人の資元の息子、冬尚と政興の弟である相神浦の松浦鎮は、その隆信の支援を受けつつ平戸の松浦隆信と争う。

 そして、資元の娘、冬尚と政興の妹、鎮の姉にあたる少弐元盛は、太宰府で『関東の商人』達を相手に自分の家の境遇を話していた。

 

「……何故、そこまで再興しようとするの?」

 

 ()()()康の質問に、彼女は微笑みながら答える。

 

「それが武門の誉れ高い少弐家だからです。平和な世ならともかく、この時代に争わないのは駄目ですから」

「……狂ってるわ」

「九州の修羅はそうですから」

 

 元盛が昔話をしている間に、有馬晴信の一行の話し合いは纏まり、晴信がその結果を元盛と()晴に伝える。

 

「豊後に向かいます」

 

 と。

 隆信の義妹・鍋島直茂が放った忍軍が狙っている事を言いに来た元盛も、晴信に付き従う康晴もそれに反対する事は無かった。

 わずか2日目にして道筋は西鉄天神大牟田線から太平洋戦争の戦前に廃止された朝倉軌道本線沿いへと変わる事になり、その関連でこの日は忍軍を警戒しつつも薬師温泉に連泊する。

 そして6月28日、最大限に警戒しつつも、一行は出発する。秋月種実の居城・古処山城下を通る街道へ、である。

 

「安いよー!」

「武具、食糧、小物なんでも揃ってるよ!」

 

 大友家に反旗を翻した藤原純友を討った大蔵 の末裔の秋月文種だが、父親の時に1度大友家に滅ぼされながらも何とか復帰した直後だったので、色々と混乱していたし困窮していた。

 なので、定価よりかは少し高いが許容範囲の値段で行商してくる一行を、関守は黙認したし、住民や野良武士は殺到した。

 28日の内に一気に突っ切った彼らを狙っていた鍋島忍軍は、彼らに群がる住民達やそのままついてくる野良武士を抜かなければならなくなり、手を出せなかった。群がっていた者達が散らばっていった頃には、既に行商側も玄人の防衛態勢を整えていた。

 忍軍も手をこまねいていただけではなく、行商側が呼び掛けを始めて数分後には直茂と頻繁に連絡を取り始め、この頃には既に次の作戦に向けて動き出していた。

 

「大友軍は……」

「早期の鎮圧を目指して、既に日田(ひた)まで出ているようです。このままだと明日には杷木(はき)の秋月家の支城を巡る攻防が始まりそうですね」

 

 日田は今の大分県日田市、杷木は今の福岡県朝倉市の事で隣り合っているほど近い。前者は江戸時代の街並みで、後者は鵜飼の原鶴温泉で有名である。

 

「その攻防の最中に行ったら危ないし、それが終わって一段落した時で良いか」

「それまで待ってくれますか? それに、ここは大友家の敵の本拠地の真下ですよ?」

「待ってくれるさ、行商はな」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月29日 夜

筑前・上座郡 杷木≪福岡県朝倉市≫

 

 この日、猛攻を加えて城を落とした大友軍は、その戦場で日を越す事になり、自分の活躍だったり手応えだったり不満だったりを話しながら完全にではないがだらける。

 明日の動きの確認を終えた管理職ぐらいの武将もそうであり、蒲池家から送られてきた筑後のちんどん屋を迎え入れる。

 

「ささっ、少しだけですがお酒を…………」

「おおっ、ありがとう! たらふく呑んだら奇襲の時に危ないからの!」

「まあ、我らを奇襲しようとする輩なんざ現れる事も無いでしょうな!」

「だな!」

 

 同格の男達が盛り上がるのを冷静な瞳で見つめている総大将の所にも、踊りを終えたちんどん屋の少女が近付く。

 

「ささっ、戸次(べっき)様も」

「……うむ」

 

 本当に少しだけ呑んだ今回の討伐軍の総大将・戸次鑑連(あきつら)を、酒を注いだ少女は微笑みを浮かべたまま見詰める。

 

「……なんじゃ?」

「いえ。戸次殿()でしたら、彼らを任せる事が出来ると思いまして」

 

 戸次が怪訝な表情を浮かべた時には、少女は自然な様子で懐から書状を取り出していた。2つの家紋が押された身元証明書となる代物を、である。

 

「初めまして。有馬修理大夫義貞が長女で、全権を委任されています有馬左衛門大夫晴信です」

 

 本陣が混乱に包まれたのは言わずもがなだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

7月1日

 

 畿内で大動乱があり、月山富田城の戦いが終わり、博多で祭があり、有馬・大村・松浦による反龍造寺同盟が結ばれ、高橋鑑載と秋月種実と龍造寺隆信が挙兵した6月。

 その6月を生き延び、7月も生き延びれた北九州の者達は後に口を揃えてこのあつい月を振り返った。

 

「まさに地獄が現れた」

 

 と。

 その7月の始まりの日、梅雨はとっくに終わり、からっとした暑さが降り注いでいたその日、大友家に属していた者達は一様に驚く事になる。

 

 小早川隆景、門司城を攻め落とす。

 

 という速報に。

 次いで、彼女がばらまいた噂にも驚き、大友家の事を噂し始める。

 

「どういう、ことだ」

 

 その噂話を耳に入れつつも、相良良晴は豊後・日田の地で戸惑っていた。

 目標である有馬晴信の大友軍合流を確認してから、止めようとする秋月家を振り切り超特急でやって来た彼だが、当然ながら信じる事が出来なかった。

 

 毛利隆元を死に至らしめたのは、大友義鎮が南蛮人から渡された毒である。

 

 という情報に。

 それを根拠にして毛利家が攻めてきたのだが、史実で『隆元が殺されたのは尼子の策略』と聞いていた彼は信じられなかった。何より博多を巡る攻防がなく暗黙の線引きがはかられたこの時、尼子を潰してすぐに攻めてくる理由はないはずだ。

 そして、良晴は1つの可能性にーー2人の弟妹の正体がわかった時から考えていた可能性に辿り着く。

 

「……これが歴史の修正力っていうもんかっ」

 

 歴史は平和を望んでいないのか、と拳を血が滲《にじ》み出るほど握り締める良晴だが、彼の背中から人肌の暖かさが広がってくる。

 (つぶ)っていた目を開けると、自分に寄り添ってくれていたのは 千代でもなく、利休でもなく、長い紫色の髪の少女だった。

 

「氏康さん?」

「史実とずれていたけど戻った、という所かしら?」

「……ああ」

「それで自分は無力だと思っている?」

「ああ」

「何も出来なかった、と?」

「ああ! その通りーー」

「じゃないわ」

 

 自分の力強い断定に面食らう良晴を見ながら、氏康は言葉を続ける。

 

「史実での時機と、それからずれた今の時機。その間、城主といった固定されている人々は動けなかったかもしれない。けど、農民や商人といった逃げれる人々は逃げれたわ。それに、博多でのあの祭は無かったでしょ?」

「……ああ」

「あなたは九州の多くの人々を史実よりも多く笑顔に出来た。それに、あの暴れ竜をしずめて関東に平和をもたらした。それでも自分は何も出来なかったと言えるかしら?」

「……ずるいな、氏康さんは」

「ひどい言いぐさね」

 

 最初は小さく、徐々に大きく笑い声が2人がいる部屋に響く。

 ちょうど同じ頃、日田がある国の首府のその国達の主は、暗い笑い声を1人だけの部屋に響かせていた。

 

「……やっと見つけた」

 

 彼女は、1枚の紙をゆっくりと撫でる。

 

「私の王子様」

 

 くしゃくしゃになった似顔絵を。

 それから一刻(2時間)も経たない間に、良晴らを保護した大友軍に1つの命令が下る。

 有馬晴信と郡山()晴ら一行をすぐに連れてくるように、と。

 

 その命令は、郡山家が抱える豊富で戦時下にしてはまだ安い商品達を守りたいという思惑もありすぐに行われる。

 毛利軍が上陸してきたのが九州の北東の端であり、豊後はまだ安全圏なので、これまでの筑前とは違いゆっくりとした方の速さで歩く。

 結局この日の夜は豊後国速見郡に属し『速見の湯』の1つ、由布(ゆふ)温泉に泊まる事を決め、それは大友家首脳部にも伝達される。

 

「連れていける?」

「例え敵になろうとも」

 

 日付が変わる頃、大友家首脳部は気付く。

 当主である大友義鎮の失踪に。

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