相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第189話 南からの者達の話

7月4日

九州

 

 いくら小氷期の戦国時代と言えども、夏はやっぱり暑く、新暦では8月にあたるこの頃はからっとしたものだった。

 そんな九州を、幾つもの軍団が汗の跡を地面に残しながら進んでいた。

 

 まず、門司城を落とした吉川元春は西へと進み、筑前国内の大友方の城を次々と容赦なく落としていく。その筑前では、岩屋城主の高橋鑑種が北へと軍勢を進ませ、ある城の包囲を静かに始める。

 その元春から門司城で別れた香川春継率いる分隊は、村上水軍が我が物顔でいる周防灘沿いと豊前の海岸線を進み、進路上の城も落としていく。

 筑前の左隣の肥前国では少弐家を押し込む龍造寺隆信が、次いで西に転じて松浦・大村・有馬の西肥前連合軍との決戦へ向かう。

 

 そして、大友家の本拠地である豊後国では、この日の朝に2つの場所で新たな戦線が出来た。

 

「よろしくね、恵夐(えけい)

「はい。この合戦で名を上げましょう」

 

 一方は、豊前との国境を形作る山国川の河口部に上陸したのは、毛利元就の4番目の子供である穂井田元清が率いる軍勢。香川との連絡を取ってから、東へと進み始める。

 

「時々、恐れ入られますな」

「そう?」

 

 もう一方は、小早川隆景の軍勢であり、戦慣れしている総大将率いる軍勢は、例え敵の本拠地だった府内でも悠然としていた。

 彼女の戦略は、自分と元清が率いる軍勢が豊後の大友軍を足止めしている間に、元春の軍勢が豊前と筑前を落とし、本拠地の安全と引き換えに最低でも博多と門司の割譲を迫る……というものだった。

 彼女はその作戦を成功に導くためにも、全方位から来るであろう大友軍からこの場所の守り抜く覚悟であり、その下段階として府内に通ずる主要な街道に忍を飛ばしていたが、豊肥本線と鹿児島方面の日豊本線沿いに向かっていた忍からある報告を聞き、眉をひそめる。

 

 日豊本線、つまり日向方面からは『|庵木爪≪いおりもっこう≫』と『丸に十文字』の旗印。

 豊肥本線、つまり肥後方面からは『違い鷹の羽』、『帆掛船』、『長剣梅鉢』の旗印。

 それがこっちに迫ってきている、というものだった。

 

「どこの家かしら?」

 

 隆景は、府内の前の別府湾を支配していた佐伯惟教に、その旗印がどこの家の者か聞き、彼の蒼白い表情に嫌な予感を抱く。

 

「……日向からは伊東家と島津家。肥後からは阿蘇家、名和(なわ)家、相良家でございます。南九州の主だった家が、こぞってやって来ております」

 

 それが、大友義鎮の乾坤一擲の策であり、佐伯惟教の本城・栂牟礼城(大分県佐伯市)が落とされた報が次いで入ってくると、隆景も認めざるを得なくなる。

 

「読まれていた、か」

 

 笑顔を浮かべながら、だが。

 すぐに来るであろう合戦の準備を進めながら、彼女は元清からの報告を絵図に書き込む。

 文面からも元気さが伝わってくる書状には、隆景が命じた通り、元清が国東半島の沿岸部の城達を容易く落としていっている事が書かれていて、例の田原家もすぐに降伏した事も付け加えられていた。

 

「合流は明後日、か。こっちの方の決戦と同じ頃合いね」

 

 上手い具合に行けばだけど、とは心の中で付け加える。

 順調に歩みを進めている吉川隊と穂井田隊の一方で、未だに大友義鎮と相良良晴の確固たる居場所が掴めていない事が気掛かりだった。前者は府内から臼杵の丹生島城に落ち延びた所までは掴んでいるが、それ以降は「豊後国内にはいる」という判然としない情報になった。後者は戸次鑑連と共に豊後国内を北上している所までは掴んでいるが、やはり「北九州に?」という曖昧な情報になってきた。

 予想以上に大友家の忍が手強い事を素直に褒めつつ、更なる詳細な情報収集をこちらの忍に命じる。

 また、そのうちの何人かは、味方の所に伝令として出す。その中の1人は、時折来るやる気のない大友忍の襲撃を避けつつ、筑前にいる吉川元春の所に着く。

 

「隆景の所に南方からの連合軍が迫り、元清は順調に国東を制し、相良と大友は行方知らず、か」

 

 書状の中身を評定の間にいる家臣や与力達に聞こえるように読みながら、最初に目標を達する事が出来そうなのは自分だな、と元春は思う。そして、厳島の戦いの後から出てきた感情に目をつぶって浸る。

 僅かな休息を終えると元春はゆっくりと目を開け、その狼のごとき鋭い眼光を見た者達は思わず姿勢を正す。

 武人・吉川元春は「ここだけでも落とせれば筑前を手中にしたも当然でしょう」と異口同音で言われた城を攻める事を宣言し、目の前の修羅達の力強い頷きに笑みを浮かべる。

 

「明日、大友家から筑前を返してもらう」

『はっ!』

 

 だが、元春とその部下達は知らない。

 目的の城に大友軍のどの家とも違う家が紛れ込んでいた事も、その様子を毛利()()()忍が見ていた事も。

 今回の総大将である毛利元就は、北条家には隠していたようで()()()()隠せていなかったが、尼子攻めの時から体調が悪かった。そして、次なる総大将と決めていた隆元の暗殺によって更に崩し、隆元が残した嫡孫・輝元を支える体制を築こうとしていた。なので、今回は赤間関(山口県下関市)にとどまり、そこで総指揮をとっている。

 戦術は3人にそれぞれ任せているとは言え、最終的な戦略も指揮権も彼が握っており、彼から忍に直々に様々な指事が飛んでいた。

 

「これで元春と()()殿がぶつかるのは確実じゃな」

「はっ」

 

 よし、と元就は小さく頷き、次いで他の懸念事項を検討していく。最大のものは、やはり南方連合軍だったが、その他にも喉に引っ掛かった骨のように気になる事があった。

 

「豊後の何処(どこ)の城にもいないな?」

「はい。流石に全てとまではいきませんが、容易く落ちない主要な城など姿を確認できます」

「かといって国外に出たというわけでもない」

「はい。豊後の者達に案内させた脇道を含め全ての国境にその足跡はなく、海上もまた然りでございます」

 

 大友義鎮。

 その少女の居場所が一向に掴めず、捕らえられなかったら交渉そのものが出来ない事になる。

 

「…………ひとまずは無視じゃ。隆景どのと元清どのの合流と、元春どのの博多制圧が優先じゃ」

「はっ」

 

 7月4日。

 この日は、それぞれの決戦前日の日であり、()()それぞれで進む。

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