相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第190ー3話

7月5日

豊後

吉弘 統虎《むねとら》

 

 大友家と田原家の確執は、父上から何回も聞かされていたので、正直その田原家が命令通りに動いてくれるだろうかという不安がありました。

 ですが、御館様のお姿と相良殿の知謀を受けた田原親宏殿は、忠実に作戦を実行され、この時を迎える事が出来ました。

 急ごしらえとは思えないほど立派な本陣の中には1つの長机が置かれ、その左右には大友家の武将達がずらりと座っています。父上や田原殿、小野殿、吉岡殿……まさに、今この場におれる大友家の総力です。

 異様な緊張感が張り詰める中、すっと陣幕の一部が上がり、そこから御館様が入ってこられます。

 

「ほう」

 

 と感嘆の声を漏らしたのは小野殿だけですが、他の人達も声こそ出しませんでしたが同じような反応でした。

 髪を肩まで切られ、更に残ったそれを黒く染め、無地の着物をしっかりと着こなす御館様を、誰が御館様だとわかるでしょうか。

 毛利軍の目から逃れるためにしていた一端《いっぱし》の温泉の女中の格好のまま、凛々しい表情で御館様は軍議を始められました。

 

「国東半島を海岸線に沿って南下しているのは、毛利元就の四子である穂井田元清です」

「どんな少年なの?」

「元就の子供の中では、正室のお腹からではなく、側室のお腹から産まれた者であり、幼少の頃からしっかりとわけられていたそうです。そのため、隆元殿の死後、彼が家督候補に上がる事はなく、輝元への相続がすんなりと決まったとか」

「なるほどね」

 

 さすが謀将ですね。他の家々のように、家督争いを起こさないようにしていたという訳ですか。

 

「実力は未知数ですが、この豊後でも初陣である備中攻めでも落ち着いていたとの事。胆力はあるようです」

「兵力は?」

「御館様の 通りです。城々に詰めの者を入れていき、その速さが海上からの後詰めより速く、その為に徐々に数を減らしております」

 

 まさか、国東半島の城々やその中に籠っていた僅かな人々が、落とされる事が目的だとは穂井田殿も思いもよらないでしょう。

 府内やその先の小早川殿への合流のために速度を優先する以上、どうしても海岸線沿いに進まなければいけない。何故なら……。

 

「峠の方は?」

「海岸線が落ちていった事により、早々にやる気を無くしたようです。攻撃も散発的だとの事」

 

 峠にも、御館様の策謀があるからだ。

 そして、今の穂井田殿の隊は急いで進んでいるので疲れ、徐々に数は減っていき、大野川での決戦に間に合うために前に進んでいるだけの状況。

 さて。

 

「じゃあ出るわよ」

「「「はっ!!」」」

 

 いきなり大軍が出てきた場合、そしてその真ん中に総大将の旗印がある場合、最後に相手から攻められた場合、どう来るでしょうか?

 

「穂井田元清は……というより毛利軍は、北九州の者達に自分の強さと同時に勇気も見せつけなければ、手元に置いていく事が出来ない」

 

 私のようにね、と小さく呟かれます。

 

「だから、これで終わり」

 

 銃撃による挑発に乗せられた穂井田隊は、先鋒の豊前衆を筆頭に突撃してきます。

 ですが、田原殿や城井殿がそれを容易く受け止め、一刻も経たない内に歓声が上がりました。

 

「敵方豊前衆筆頭、討ち取ったりー!」

 

 その大声によって、豊前衆に次いで来ていた毛利軍は動揺し後退していきますが、その中でも踏みとどまる家がありました。

 

「流石なのか馬鹿めなのか」

 

 と大友家の軍師である角隈|石宗≪せきそう≫殿が評したのは、この九州では余り見掛けない『折敷に揺れ三文字』の旗印の家であり、水運に携わる家なら知っているはずの家である。

 

「どうされますか?」

「後ろから伝令が近付いてきているから河野(こうの)家に総攻撃しないように」

「承知」

 

 河野家。代々の伊予国守護でありながら、伊予宇都宮家や西園寺家の下剋上によって衰退し、村上水軍の伝を辿って毛利元就と「同盟という名の従属」を結んだ家です。

 毛利家に伊予再統一を本気で後押ししてもらうために、この場で本気で戦おうとしているのでしょう……とは、御館様に説明した角隈殿の言。

 その河野家も毛利軍からの『進言』を受け入れて撤退するものの、こちら以上に疲弊しているはずです。

 

「では参ります」

「気を付けてね」

「無傷で帰って来ますよ」

 

 ならば、今度はこっちが押し出す番であり、従弟の統幸《むねゆき》らが出ます。しかしーー。

 

「……柔らかいですな」

「良い事じゃないの?」

「いえ、柔らかすぎるのです」

「……なるほどね」

 

 その言葉だけで角隈殿の言いたい事を理解した御館様は、ある事を命じます。

 それに田原殿が率いる部隊は応じ、徐々にですが軍が広がっていきます。

 

「さすが統幸という所かしら?」

「……恥ずかしいです」

 

 統幸らの隊を先陣として、大友軍は毛利軍が本陣を構える山を登っていきますが、その速さは段々と落ちてきます。

 

「来ますな」

 

 その角隈殿の呟きとほぼ同時に、毛利軍の本陣の間際まで退いていた河野隊が再び押し出すために山を降りていきます。

 そして、河野隊と大友軍がぶつかり、大友軍は容易く落とされます。簡単すぎるほどに。

 

「御館様」

「……ここで死なないでね?」

「勿論です」

 

 そして、大友軍本陣の少し前にいた御館様の義弟・大友()()殿が駆け降ります。

 義統殿は軍配を上げ、大きな声で自分の配下を奮い立たせます。

 

「者共! 目の前に毛利の一軍がいる! 御館様に濡れ衣を被せようとする、大内家の後継者を称している勝手な家の一軍だ!

 俺は大()家の一員として宣言する! 御館様は無実だ! 毛利家は大内家ではない! そして、大内家の跡継ぎは俺だ! だが、今更戻るなど毛利のような馬鹿がする事! 北九州に平和をもたらすために俺は戦う! ……ついてきてくれるか?」

「「「「「おーーー!!!!」」」」」

 

 義統殿の配下だけではなく、角隈殿も、吉岡殿も、そして自分も雄叫びを上げていました。

 さあ、決着をつけましょう。この戦いの、豊後は石垣原で行われる戦いの決着を。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

7月5日 夜

豊後・大野川河岸

 

「元清も河野通直(みちなお)殿も捕らえられ、残った者達は杵築城に籠る、か」

 

 隆景は安国寺恵瓊から急使された書状を読み終えると、静かにそれを文字通り握り潰す。

 結果から見れば惨敗と言える戦いだが、その中身は良く普通なら勝っていた戦いである。その結果に導けなかったのは、一重に大友義鎮の隠れた実力が開花してしまったのがあるだろう。

 

「結果は白だったのよね?」

「はっ」

 

 府内を抑えた時、大友家の残党を匿っている可能性があるとして、多くの南蛮船を止めさせ、抗議も無視して調べさせた。だが、結果は府内や博多と同じく、大友家が南蛮商人と毒物についての取引をしたという証拠は見つからなかった。

 また、臣従を認めた時に、その者達から義鎮の事を聞き、多少脚色はあるが「九州にはあわない臆病者」というのは一致していた。

 

「だったらあれは……」

 

 毛利家も根拠もなしに大友義鎮を犯罪者として決め付けたという訳ではなく、舞い込んできた数々の証拠を推理して断定したのだ。にも関わらず、今の所は大友家無罪の可能性が高い。

 その辺りの謎解きは後でするとして、問題は今をどうするかである。

 

「石垣原で勝った義鎮は南下を宣言し、連合軍も同調の動きを見せている……か」

 

 あからさまに大っぴらすぎる情報は、義鎮の隆景への警告だろう。

 確かに挟撃された形になっている自分は危うく、一方で合戦の勝利と共に再び表舞台に出た義鎮に北九州の国人衆が傾いているのは肌で実感していた。

 だが、無罪の罪で府内を焼き、北九州を荒らした自分達を義鎮は許すだろうか? 確実に許さないだろう。恐らく、大野川の河口部で待ち伏せしているだろう。

 

「小早川様」

 

 考えに浸る隆景に、新たな忍が来る。上級忍の証をつけた彼から、無言で1つの書状が渡され、毛利家の花押(サイン)が押されたその書状を隆景は読む。

 そして、立花城下で同じ頃に書状を読んでいた元春と共に同じ反応を見せ、同じ言葉を呟く。

 

「良晴がいたのね」

 

 少女ではなく女の顔、女の言葉でしたと姉妹の側にいた忍は後に主君にそう報告している。

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