相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第193話 九州の左側での話

7月7日 夜

薩摩 内城城内

北条 氏康

 

 関東だと富士や箱根といった火山が、この薩摩には多くある。北の霧島、中央の桜島、南の開聞岳といったように。その中でも特に桜島は活発で、年がら年中噴いているそうだ。

 その火山から噴き出す灰は、よく土を崩れさせ、川を溢れさせる厄介者だとは、私も噂話程度で聞いていた事だが、薩摩と大隅では日常茶飯事だそうだ。

 その薩摩で「たぶん近いうちに」名産になる代物を、相良と土岐頼次は一足早く異国から仕入れた。その栽培法や料理法が記された『翻訳版 薩摩芋記』と共に。南蛮商人から九州、堺、関東と広まっていったそれは、その栽培のしやすさからいつも食糧難に(あえ)いでいた住民に受け入れられ、明からの『薩摩芋記』を翻訳したという博多の商人に感謝した。だが、この薩摩と大隅では、最近になってその商人ではなく相良良晴に感謝する動きが出てきた。

 

「結構広まっているね?」

「はい」

「誰が広めたのかな?」

「……私です」

「そうだね。あの軍議で言ってから、(たが)が外れたように会う人会う人に広めてたらしいね」

「はい」

「北九州に達したのが戦後だったから良かったけど、戦時中だったらより狙われてたんだよ?」

「はい」

 

 島津家の本拠地の城で、島津の長姉が三姉を怒っている光景を見ながら、私はその原因を整理し終える。

 住民や家臣が大挙して港で待ち受けているのはまだ良いが、同じぐらい商人が待ち受けているのを見て義久は全てを察したそうだ。

 

「ほら」

「……ごめんなさい。良晴を危険な目にあわそうとしてしまって」

「大丈夫さ。歳久も善意でやったんだろ? それに、俺が有名になっても狙われる程じゃないだろうし」

「良晴……」

 

 女の子の頭を簡単に撫でている相良に近付きつつ、私は苦笑いと共に義久から渡された書状達を両手で持ちながら出す。

 相良、名和、天草、有馬、大村、松浦、龍造寺といった九州だけではなく、長宗我部や伊予の宇都宮、西園寺という四国の未対面の者、それに大友や毛利、三好といった会っている者達など西日本の殆どの武将からだ。

 どれも「民を救う薩摩芋を広めた相良に感謝申し上げたい」という文面だけど、その実は毛利家の知将・小早川隆景に勝った実力も込みで自分の家に迎え入れたいという魂胆でしょうね。

 その魂胆は相良もすぐにわかったようで、顔の色が赤く変わっていくのがわかった。それに、体のかすかな震えも。

 

「後で話し合いね」

「ああ」

 

 帰る頃には九州の戦歴と薩摩芋の事が上杉家との戦歴も絡まりながら広がっている、という自分でたてた予測に何故か複雑な思いを抱いた。嬉しさと……よくわからない思い、だ。

 その後は、北条家と島津家として晩餐会をして、貿易を更に発展していく事を約す。やっぱりお酒は苦手だ。固いそれが終わると、義久が無礼講を宣言して、やはりというか相良の所に人が殺到する。今までの戦歴や鎌倉、京、博多などの今、さりげなく人間関係など、話題には事欠かず、相良が応えるたびに大きな反応が見れた。

 宴がようやく終わったのは夜もかなり深まった頃で、島津4姉妹の末子の歳久らもぐっすり寝ていた。

 

「……どうする?」

「明日で良いわ」

「了解」

 

 話し合いは翌日に、という事になるが、すぐに私はそれを後悔する事になる。

 それがわかったのは、梅千代が鬼気迫る声で私を起こしに来た事からだった。

 

「御館様」

「……相良がどうしたの?」

「相良様の御部屋の前で島津義久、歳久、家久の3人が言い争っております」

「…………明日には絶対に出るわよ」

「はっ」

 

 相良も自分の寝床の前での騒動には気付いていたようで、朝にすぐにも出たいと義久に伝えると彼もすぐに同意してくれた。

 寂しそうな苦笑いという変な表情を見せた義久の言葉に、3人の妹達は一様に残念そうな表情を浮かべた。

 昼前に鹿児島を出た私達は、外洋を出て本来なら東に行きたい所だが、義久からある書状を託されたので馬に乗る。

 

「……暑いわね」

「どこもそうだよ」

 

 大隅国内の別府(びゅう)川や天降(あもり)川の河川敷で休みつつ、馬には酷だが少し早足で登り道を進む。

 東に霧島連山を眺めつつ、川内(せんだい)川の近くにある島津4姉妹の次妹・義弘も住んだ事があるらしい栗野城に到着する。

 そこには、島津の兵達に見られながらも平然としている1人の姫武将がいた。

 

「あなたが相良義陽(よしはる)ね」

「いかにも。いかようにも呼んでもらっても良い」

 

 1文字だけ隣の相良とは違う姫武将は、南肥後の相良家の当主であり、島津家とは南肥後の前の八代海の出入口にある長島という島を巡って争いあう家だ。

 栗野城でその長島に関する和議を結び、翌9日には私達への警備が島津家から相良家に移り、更に北上する。日向の端っこに入り、加久藤峠を越えて肥後に入り、球磨(くま)川を下る。

 10日は球磨川の河口部にある八代という町で、八代海の西側の天草諸島の者達と北側の名和氏の者達とあい、今度はそれらの家の八代海の権利を巡る調停をする。

 

「氏康殿!」

 

 そして11日には、その八代……ではなく天草を挟んだ先にある島原半島の島原城にいた。そこで、博多で出会い一緒に東奔西走した有馬晴信と再会する。

 彼女を抱き締め返した後、私は早速城内で先の戦いの肥前での戦に関する和議を行う。

 

「……致し方なしか」

 

 もし毛利家がもう少し粘っていたら、恐らくは龍造寺家の勝ちだっただろう。

 だから、相良の時代で『佐賀県』という地域まで龍造寺家は拡大し、有馬・大村・松浦の3つの家は『長崎県』という地域まで押し込まれる形にした。

 代わりに、私はこれ以上龍造寺家が暴走しないように(くさび)を打った。

 

「有馬、大村、松浦のそれぞれの家は義兄弟の契りを交わす。有馬家は島津家と、大村家は少弐家と、松浦家は大友家と同盟の契りを交わす……ですか」

「ええ。下剋上も、復讐も成功した。これ以上は望むものは無いでしょ?」

「……そうですね」

 

 そして12日。

 私達は、ようやく九州の地から離れる。

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