7月15日
京
北条 氏康
浦戸を出て、堺から京に向かい、皇居で姫巫女様に調停の結果やそれの履行のためのお願い事をして、その翌日には将軍様や細川殿などにも寄り、そして公家達の所にも寄る。
最後によった 家を出た頃には、夏でも既に日が大分落ちていた。
「どこが良い?」
「……行ってみたい店があるのですが」
「どこだ?」
その 家に預けられている元大内家の2人の兄妹と共に、私達は晩御飯で食べる事にする。まあ、 夫妻や親子も一緒だけど。
列の真ん中あたりを歩く私達は相良と一緒に2人を挟んでいる形で、互いに手を繋げあっている。その中の は、陽気な表情で私達を引っ張り行きたかった店……博多から伝来してきたという『南風鶏肉卵かけご飯』なる物の専門店へ向かう。
苦笑いを浮かべあった私達も納得するほどの美味しさのその店は人気で、少し待ったけどその分はあった。
「やはり相良様は凄いですね!」
とは、大歓迎を受けた理由を博多産まれの料理人から聞いた義尊で、義教も目を輝かせている。
カレーに親子丼と『新しい』料理を広める相良は、戦乱の世ですっかり衰退していた食の世界を再興させている……などなど、手放しに彼らは自分の親の事のように喜ぶ。相良も満更でもない様子だった。
そして、三好家の京警備隊の宿舎の真横に建てられた大きな宿で、相良と2人は
京と近江を
「それで? 話って何?」
北側の部屋である『玄武』は、その名の響きのように重厚な赴きの部屋で、いかにも目の前の姫武将がかもしだす空気に合っていた。
目の前の姫武将……細川藤孝は、千利休が入れたワインを飲み干し、茶碗を置く。その動き1つに、茶人の雰囲気が出ていたが、その目は武将のそれだった。
「豊臣従一位大政大臣秀吉」
その彼女の口から出た名前は、名は勿論の事、姓も聞いた事は無かったが、少し考えたら彼女が言おうとしている事はわかった。
「その天下人が北条家を滅ぼすのね」
そして、まだ見ぬそいつに対して明確な殺意が抑えきれないほど沸いたけど、藤孝はそれを見て悲しそうな笑みを浮かべた。
「その者は、織田家に仕え、彼女が家臣の反乱で死した後、その家臣を討ち果たす事で後継者だと認識させ、天下人の道を突き進んでいきます。それは
背筋に、冷たい汗が流れる。
「撃たれ、刺され、射たれ、裏切られ、そして討たれながらも懸命に抗い、そして全てで失敗してきました。主君を、守って」
私は彼から聞いていた。何度も、何度もこの世界を旅していると。
「後に天下人になるはずだった農民の遺志を継ぎ、それに捕らわれた者の名前は相良良晴。
史実では、豊臣秀吉が唯一本拠地から移させて滅亡させた大きな家が、貴女の後が当主である北条家です」
だから、なのね。
だから、どこから誘われても、彼は北条家の家臣として動いているのね。
「それで? 例えそれがわかったとしても、北条家は重臣の彼を手放しはしないわ」
「そうでしょう。むしろ、今の時点だとそれの方が良い。豊臣秀吉、羽柴秀吉、木下藤吉郎……中村藤吉と繋がりがある今は」
今川家の時の報告書に書いていた名前ね。
「ですが、織田家の力は強力です。当主の名前が姫風に変わり、当主の弟の名前も重要な名前に変わりますから」
しかしです、と彼女は続ける。
「逆にその織田家を滅ぼせれば、良晴は負への呪縛から解き放たれ天下人になれるかもしれない」
その言葉の時の笑みは私でさえ背筋が震えるほどだったけど、続いての言葉に逆に暖かい気持ちになる。
「そして、北条家と関係が深いこの世界の良晴は、貴女達を助けるでしょう」
それを聞いて、私の口から自然とすんなりとした言葉が出ていた。
「何をすれば良いの?」
と。
「史実の世界に似せれば似せるほど、織田家が滅ぶ可能性は高いと思います。
その時の東国の状況は、簡単と言えば簡単です。今川家と武田家は織田家に滅ぼされ、北条家は織田家に膝をつき、上杉家は終わりかけという状況ですし」
「…………私達の次の世代ね」
「はい。貴女も、上杉謙信も、武田信玄もその実はか弱い少女ですしね」
家の滅亡を見る前に死する、か。まあ、相良ならあの2人を直接滅ぼそうとはしないでしょうしね。
「今川義元は織田家に討たれ、武田信玄は攻めている途中に没し、上杉謙信は大遠征の直前に帰らぬ人になります」
「導ければそうするけど、中央の方は大丈夫なのかしら?」
「ええ。おあつらえ向きに私達がいるので」
……相良をこの世界……達? に連れてきた誰かさんにとっても、そろそろ決着をつけたい頃合いという事か。
「私達が呼びたい時までは、北条家が保護しといてくださいね?」
「勿論。それを放棄したら内紛が起きるわ」
「確かに。家族をより大事にする家ですしね」
「ええ」
恐らく、武田信玄は決着をつけに来るだろう。それがどんな形で終わったとしても、その後は平和にいよう。
有意義な茶会の主な話はそこで終わり、後は相良への愚痴話に花を咲かせる。何故か、心軽く話し合う事が出来た。
そして、この日の同じ頃の事。
私の耳に入ってきたのは小田原に帰ってきてからだけど、ある儀式が武田家で行われた。
「武田勝頼。これからはそう名乗れ」
「はい。失った信『頼』を『勝』ち取ってみせます」
武田義信の勝頼への改名。
「これからは私の娘だからね」
「はい! かつよりさま!」
そして、武田信玄が引き取った諏訪四郎が、お家争いを起こさないように出家した勝頼の義理の娘になる。
武田勝頼は信玄から『龍勝院』という出家名を貰い、諏訪四郎は勝頼から『武田信勝』という名前を貰う。
「姉上。よろしくお願いします」
「ええ」
一方で、越後国でも同じ日に、同じような儀式が執り行われていた。
関東で死した長尾政景の娘・卯松は、赤ん坊ながらも家督を継いだのだ。
「名は?」
「越後に笑いをもたらしてくれるように、影に勝るように、という思いを込めて『景勝』と。越後上杉家の上杉景勝、と」
「良い名前ね」
武田勝頼と上杉景勝。
その名前がこの世界に現れたのだった。