9月19日 午後
織田弾正忠家当主にして那古野城城主・織田信奈と、彼女の父親で前当主の織田信秀、信秀の弟にして守山城主・織田信光。
尾張上四郡守護代にして岩倉城主・織田信賢と、尾張下四郡守護代にして清洲城主の織田信友、そして信奈の弟にして末森城主の織田信勝と2人などの母親・土田御前。
それがこの日の午前中に現れた織田家最大にして最後の内乱の構図であり、前者に三河国主・松平元康が加わっていた。
「お館様より『任せれるかしら?
』と」
「『もちろん』と伝えてください」
「承知しました」
はじめの良晴が考えた作戦は、那古野城を空にしたように見せかけて桶狭間の混乱が残る東海道を密かに抜けてきた松平軍が入り、岩倉城で信賢を、那古野城下で信光をやり、清洲城を奪取するというものだった。
しかし、始まって早々にまず那古野城の近くで予想外の事が起きる。
後に信秀が調べた所、桶狭間の合戦前からそれとなしに安全だろうと思っていた『奥』に忍が来ていた。それも、信奈の『嫁』として美濃から来た濃姫経由で、だ。
「周りの一族を粛清した後、今度は
その囁きは、過去に信勝が信奈に反逆した過去があったから、信奈がそれを実行できる力と羨望を有し始めたから、そしてそれを実行できるような性格だったから、土田御前の耳まで届いてしまい、彼女は信勝に言う。
そして、那古野城の東にある末森城主だった信奈の同母弟・織田信勝は柴田勝家、林秀貞、津々木蔵人など家臣と共に反信奈として、弾正忠家の家督を要求しながら挙兵する。
それは信奈方にとって大きな痛手であり、信友方にとっては大きな朗報だったがここで信友は失敗してしまう。
「信奈につくことを宣言した守山城主の信光を攻めよ!」
目の前の那古野城は簡単に落とせるもの、とまだ思い込んでいたために、そう命じてしまったのである。
眼下の信友軍への援軍を心配していた元康は、すぐに掴んだその情報に安堵し、これまでとそのままの防衛体勢を整えさせる。
一方、信奈による岩倉城攻めが始まった頃、桶狭間の頃から戦時体制下だったので簡単に集められた軍勢を率いて、信勝は意気揚々と末森城を出て北へと向かう。
「目の前の那古野城を落とせ!」
「「「おおっ!!」」」
やはり同じ頃、信友は那古野城を攻め始め、史実では後に徳川家康と名乗る松平元康は後に織田信
だが、信友の号令から突撃した軍勢は、まず予想以上の相手の士気に戸惑い、予想以上の相手の数に更に戸惑い、そして最初の攻勢が予想以上の被害を出して打ち切られた直後に城から掲げられた旗印に戸惑いは驚きなどに変わる。
「なぜ、なぜ松平家がいるのだ!?」
信友が思わず叫んだ直後に、信友軍の士気を折る報告が
「清洲城が陥落! 守護様が守護代の廃止を宣言されました!」
信友や信賢が我が物顔でいられるのは守護代だという地位にいるから、と結論付けた信奈の考えによるのも加えた一撃は、見事に2人の軍に動揺を与えた。
異様な速さで『清洲城陥落』と『守護代廃止宣言』は足軽まで届き、一刻も経たない間に離散者が相次いでいく。
「どう致しましょう」
「それを考えるのもお前達の役目だろ!」
午後の2回目の総攻撃は当然ながら中止になり、信友軍の兵達は恨めしそうに那古野城の城内から上がる炊事の煙を見上げる事しか出来なかった。
一方、岩倉城の信賢の軍勢でも特に宣言の方で動揺はあったが、逆に籠城している身なので逃げようとも簡単には出来なかった。
「
しかし、尾張の北側にあるぶん、この内乱の次なる動きが入ってくるのは早かった。その動きの情報に城内の者達は沸き立ち、すぐに下の者まで伝えられた。
その変化を信奈らはすぐに嗅ぎとったが、その理由がわかるまでには少し時間がかかり、それが悪い事がより深まる時間となってしまった。
その情報を聞いた時、信奈軍は2回目の総攻撃の途中だったが、桶狭間を経験した信奈はそれを退かせるという愚策は侵さず、確保した場所を守る事を命じて攻撃を止めさせる。
足軽達は突然の攻撃停止を不思議に思ったが、相手の抵抗がより強くなってきた段階だったので、生き抜く事を最優先とする彼らにとっては良い事だったので従う。
「直接的には2日前の信奈様の宣言でしょうが、それだけの期間でこれ程の行動を起こせるとは思いません」
「私が宣言する前……もしくは桶狭間より前からあの
信奈の、というより岩倉城下の軍議の場にいる者達の問いに、京からやって来た1人の少女は答える。
「恐らくは。私の手の者の調べでは東が同盟で固まった後、何やら蠢いていたようですし。正信さんはどう考えます?」
「そうですねえ。
「六角家との共闘ね?」
「はあい。浅井家を制圧して、朝倉家を抱き込み、武田信玄に自分達を献上しようという魂胆だったのでしょう」
その正信……本多正信の考えに、土岐頼次以外の者達は大きな声をあげた。
「どうしてよ?」
「先の三好家の内乱で、三好家中はより結束力は固まりました。将軍との関係もまた然りです。一方で、六角家は三好家……というより土岐様や相良様に負けた身であり、内乱の介入にも失敗しています。噂では、徐々に伊賀や甲賀の忍が離れてきているとか。
一方、斉藤家と朝倉家は元々は成り上がった家であり、どうしてもその国の守護は邪魔者だった。美濃ならば土岐家、越前ならば斯波家、若狭ならば若狭武田家というように。ですが、六角家となし崩し的に同盟を組んでしまっている自分達を、将軍様が認められるはずもない。
となれば、ある考えが思い浮かぶのも仕方ありませんでしょうね」
「……将軍の座を奪い取る?」
「そこまで過激では無いでしょう」
苦笑いを浮かべたが僅かに目を細くした正信は、六角家などが武田家に捧げようとした物を言う。
「副将軍。細川政元の暗殺から始まる内乱で管領は嫌われていますから、副将軍を武田信玄につかせるつもりでしょう。そして、自分達はその功績者として各国の守護を得て、西方の副将軍に就かせる三好家との関係を再構築する」
「なるほどね。東方の武田家と北条家などの同盟者達、西方の三好家と毛利家などの同盟者達。彼らが合わされば、天下統一も夢じゃない」
ですが、と正信は言う。その壮大な計画の最大の問題点を。
「武田家と三好家、東方と西方、どちらが優秀なんでしょうねえ?」
「……応仁の乱の再来?」
「かもしれませんし、最良はどこかでの一大決戦でしょう。恐らくは、将軍様が火中に消えるなどした後に」
「……で、あるか」
相良良晴が何とも言えない表情をした壮大な計画を、武田信虎は織田弾正忠家を動かす事で大きく変えた。
「それは何故なの?」
「美濃を得るのが必須だったのでしょう」
答えたのは、その美濃の国主の娘だった土岐頼次であり、目配りで本多正信から話を引き継ぐ。
「武田信玄が制圧した甲信は不毛ではないですが貧しい土地。精強なのは精強ですが、飢饉に覆われている時に決戦を挑まれたら、信奈様はどうされます?」
「……越後、越中、飛騨、関東は山を越えないといけない。けど、美濃は木曾川を下れば済む話だから」
「ええ。まあ、それよりも武田家のもう1つの念願の海沿いの土地を得るために、今川家侵攻を先に始めたようですが」
「で、あるか」
そして、議題は漸く今へと移る。つまり、斉藤軍が木曾川を越えた先の尾張国の犬山城に
「それについては、1つ心当たりがあります。信奈様。前段階から桶狭間までは何日を擁しました?」
「……今川家の鳴海城と大高城を大軍で苛め始めたのが20日。それに呼応した義元が駿府を出たのが23日で、桶狭間で戦ったのが30日よ」
「その間、飛騨で起きた事は?」
「…………わからないわ」
私が掴んだ情報も朧気ですけど、と頼次は前置きした上で話し始める。
「浅井家に成り上がられた京極家ですが、飛騨の守護もしていました。その京極家も衰退すると、北では江馬家が、南では三木家が京極家より前の国主の姓に変えた姉小路家が出てきました。江馬家は武田家と手を結び、姉小路家は上杉家と手を結ぶ事で争ってきましたが、甲越同盟が結ばれた事でそれは止まります。
しかし、南で桶狭間が進行している間に、争いは再燃して姉小路家が優勢なようです。そして、その姉小路家の嫡男は蝮の娘の1人と結ばれていて、姉小路軍の中に美濃の者らしきのがいます」
つまり、斉藤道三は姉小路家を支援する事で、反武田家にまわった。
「そこに、私が美濃取りを宣言してしまったから大義名分を与えてしまったわけね」
「ええ」
最後に、そこまで掴んでいたが間一髪それを知らせる事に間に合わなかった形の土岐頼次は、松永久秀や三好義継から認められた事をさらっと信奈に提案する。
「1つ提案です」
笑みを浮かべながらだが、それをずっと無言で見ていた相良良晴は後に語る。
「美濃の中の恵那郡、加茂郡、可児郡、土岐郡。この東濃の統治を私に任してくださるのなら、美濃国を差し上げましょう」
小悪魔の皮を被る悪魔のような笑みだった、と。
ちなみに、4つの中の土岐郡に