9月21日 昼過ぎ
尾張・清洲城
織田の4つの家、斉藤家、松平家、服部家、斯波《しば》家、石橋家、
評定の間に、その家の代表者ーー頼次を除けば全員が当主ーー達は、円形になって座り、その外側をそれぞれの家臣が囲んでいた。
1人を除く部屋の者の視線は、その1人に向けられていて、その1人である織田信奈はそれを気にする事もなくさらりと書状に自分の名前を書いていく。
「出来たわ」
「……じゃあ読み上げるぞ?」
12の家のどこにも属さない相良良晴の確認に全員が頷き、長い割には混乱なく纏まった今回の戦乱の和議の中身を読んでいく。
「まずは織田家に関して。
織田家の宗家は織田弾正忠家であり、当主は織田弾正忠信奈であると認める。
犬山城の織田信清とその一族は城から退去し、一族は信奈が預かるが、信清は国外追放とする。
清洲城の織田信友とその一族は城から退去し、以下も信清と同じ条件とする。
岩倉城の織田信賢とその一族は城から退去し、以下もやはり同じ条件とする。
末森城の織田信勝は城から退去し、津田信澄と名前を変え、柴田勝家に預けられる。
……これで良いか?」
「「「「異議なし」」」」
「次に尾張国外に関して。
伊勢は、北畠具房の養子に織田茶筅丸が入り、織田家と北畠家の共同統治とする。
美濃の恵那郡、加茂郡、可児郡、土岐郡の4つの郡に土岐頼次が
斉藤義龍は息子の龍興を織田家に差し出し、織田信奈は龍興を義弟とする。
斯波家、石橋家、吉良家は京などに移り、移動先は後々に決める。
これで良いか?」
「「「「「「異議なし」」」」」」
この和議で尾張どころか周りの国々も変えた動乱の直接的な事は終わるが、間接的な事はこれからである。
和議の成立により参加者達が三々五々していく中で、良晴は清洲城外で1人の担当者と会っていた。
「あいつらを頼んだ」
「はっ」
何百年ぶりか正式に形となって出てきた北面武士の隊長と、である。
元は相良衆の出である彼に
朝廷と幕府、そして畿内を統べる三好政権が協力しあっている象徴でもある隊長は、それらを恭しく受け取る。
「よろしくお頼み申す」
「よろしく」
「ああ」
そして、その近くで待っていた者とも合流する。国外追放の憂き目にあうが、織田信奈の情けによって武田信玄への同盟の人質になった……という設定の信賢と信清だった。
その2人と付き人を、
武田家からのいわゆる指名手配者だった良晴は、これにより同盟者の松平家の者にもなったので手を出せなくなり、彼は元康や松平家に感謝する。
「また撫でてくださいね?」
「……ああ」
笑顔の彼女に見送られ、良晴ら一行は那古野城を出て、現在の中央本線沿いに歩いていく。
その途中、見るからに建設中の館に、良晴は立ち寄る。
「お初にお目にかかります、上総介様。岩村の遠山家の主をしております という者でございます」
「相良良晴だ。今回はありがとう」
「滅相もないです」
遠山家。東濃一帯に勢力を有し、宗家を中心に分家が各地で根を張っているその家は、美濃だけではなく木曾川の上流の信濃からの攻撃にも晒されている家である。
形式的な主である斎籐道三から『東濃守護代』に任じられた土岐頼次は、れっきとした美濃守護の系譜を継ぎ、三好の方で戦功をあげ3回目の川中島の戦いの和議を担った事もある姫武将でもあるので、遠山家は一族総出で彼女を迎える。
その遠山家ぐらいに力を入れているのが、恵那の地から東山道を西に向かった所にある
「お、お初にお目にかかります、土岐様! 明智家当主、明智光秀でございます!」
この世界でも時代の鍵を握る事となる少女が頼次に挨拶しに来た時には、武田信玄から急かされている木曾義昌の使いによって良晴らは歩き始めていた。
その義昌に良晴は密かにある事を頼まれ、武将としての心と親心をみた彼はそれを受け入れる。
塩尻に出ると、東山道を歩いて東北東にではなく、 を歩いて東南東沿いに進む。
「お前を駿遠から出せて良かったよ。尾張のように何が起きるかわからないからな」
「…………それだけの為にか?」
「ああ。まだ北条家にいる方が、お前の動きは読みやすい」
甲府で武田信玄はそう言ったが、良晴も良晴でこれで良かったかもなと思っていた。武田勝頼が遠江をほとんど制圧して、史実と変わって動いているから。
そして、義信=勝頼の遠江制圧と信玄の駿河制圧によって、史実と変わった事の終盤を任される。
「負けた、のですね。難なく今川家は滅ぼされてしまったのですね」
「うぅっ……
「朝比奈は何も悪くありません。武田の旗印の下で駿遠の武将というのを見せてください。私は、小田原で蹴鞠を磨いてきます」
しかし、力果てた老将・雪斎の葬儀をしていた氏真が、掛川城の朝比奈康朝の呼び掛けにも応じず離れなかったのは史実からずれていた。
焼かれる事のなかった駿府で氏真を引き取った良晴は、東海道を東に進んで、三島の地で北条軍と合流する。
「大丈夫だった?」
「ああ」
その三島で武田軍を牽制していた北条氏良だったが、武田姉妹の駿遠制圧の決着がつき、相良良晴と今川氏真を引き取ると大人しく撤退する。
良晴はその足で小田原城に向かい、評定の間ではなく氏康の私室で彼女に迎えられる。
「……以上が駿遠三尾であった事だ」
「武田、松平、織田の三者は単に利害関係が一致しているから手を結んでいるだけ、か」
「ああ。史実では清洲同盟に武田は参加してなかったが、織田信奈……信長は勝てると思える所までは信玄には頭を低くしてたしな」
「その織田家は伊勢と志摩も制圧し、美濃にも楔を打ち込んだと」
「ああ。伊勢志摩に関してはやっぱり
「東濃に出てきたのはあなたと同じ者。何を考えての事かはわかる?」
明智さんが東濃……というよりは美濃に移る、という事を聞いてから良晴はある史実が思い浮かんでいた。
「……斎籐利三っていう武将が、東尾張を攻めてきた斎籐義龍の軍勢の中にいた。彼の母親は、利三の父親の死後に石谷光政に嫁ぎ、石谷さんは斎籐一族から養子の嫡男を取る一方で、娘さんをある家に嫁がせた」
「……土岐でもなければ……長宗我部?」
「ああ。そして、利三は義龍の後は明智光秀の家臣になった」
明智光秀、斎籐利三、長宗我部元親の繋がり。対して
それを知る良晴は氏康には黙っていたが、明智光秀と近い存在になる細川藤孝から未来を教えられた彼女は関係しているのだろうという事は察する事は出来た。
だが、氏康はそれには触れず、良晴がこれまでに比べたら小さな旅をしている間に送られてきた書状を出す。
「同盟や和睦ってどういう時に有効かわかる?」
「……結んだ人達がその有効性を認めあっている時、か?」
「じゃあ、空腹の時を除いて戦が起きる理由は?」
「……復讐……良い土地……か?」
「大体そうね」
その書状は宣戦布告の書状だった。
「この形の戦の理由は珍しいわよね?」
「……珍しいな」
北条家は、鎌倉公方様の家臣である相良良晴を独占しようとしている。これは、北条家と同じく鎌倉公方様の家臣である私達にとって看過できるものではない。
そういう趣旨の文章が達筆に書かれ、最後は当然ながらその文を書いた者の名前が書かれていた。
佐竹義重、と。