第202話 近江大乱の話
9月下旬
真正面から2つの勢力がぶつかり合えば、それは最悪の結果をもたらす事になる。
駿遠を制圧して北条家を攻める作戦を立てていた武田信玄は、相模国を舞台に繰り広げられるだろうその戦い方を嫌い、北条家に二正面作戦を強いる事にした。そして、自分達とは真逆にある強い家であり若き姫武将の当主が相良良晴の事を好いている事は誰でも知られている佐竹家に信玄は接触を試みる。
史実において駿河侵攻による越相同盟は接触まで行き、御館の乱の始末の失敗による甲相同盟破綻後に武田家滅亡《甲州征伐》まで結ばれていた甲佐同盟のように、信玄は交渉して、北条家内での良晴の待遇などで揺さぶりをかける。
「越中の次は私達だ!」
「朝倉と一緒に挟み込むつもりよ!」
一方、北条家に侵攻すると確実に邪魔してくるであろう上杉謙信には、不気味な沈黙が保たれていた加賀のにゃんこう宗の一揆を、越中の反上杉の者達と共に当てる。
しかし、信玄はその策が遠く影響を及ぼすまでは考える事が出来なかった。
その戦いが起きた頃には、常陸と下総の国境で小競り合いが起き、北条家は
「始まりますね」
「ああ。この辺りは通らない、というか通れないだろうけど、色々と起きるかもしれないからよろしくな」
「はっ」
「相良様っ」
上総国内の『有志』を集めた良晴が、何故か下総や三浦郡からの『有志』も集まってきたのに驚いている頃、近江でも動きがある。
その近江の情勢を憂い、姫巫女は北面武士の数人を『京に影響があるか否か』調べるため密偵を放つ。その中の隊長が元風魔であり、彼の視点を通じて近江とその周りを語る。
「織田信奈、か」
「中々の切れ者ですな」
部下の言葉に、彼はうなずく。
そもそもの発端は、三好家との戦いに敗れて隠居した六角義賢の跡を継いだ六角義治が、敗戦に次ぐ敗戦の戦費の訴訟を一手に引き受けていた後藤賢豊を討ってしまったという史実通りのものだった。
史実通りなら六角家内の騒動としておさまるものだったが、伊勢平定の時に北勢に影響力を持っていた六角家の排除を北畠家から頼まれていた織田信奈は、これに介入する。具体的には、本来の嫡流とされている六角義秀を旗頭にして内乱を起こさせたのだ。
「足利将軍の六角家征伐の噂が流れる中で六角氏綱は没し、その子は幼すぎるため氏綱の弟の定頼が代行し、そのまま彼と彼の子孫に権力は移っていた。対して、氏綱の子達は監視されつつも近江にいたが、信奈の誘いに乗って『取り戻すために』挙兵した、か」
更に、浅井長政が女性である事は、長政の父・久政の怒りようで知られていたため、信奈は弟の信澄を婿養子として送り付け、それを成功させる。
同時に、北畠家を介して三好家に接触。足利義輝の仲介により、同盟を結ぶ事に成功した。
「そして、だ」
瀬田川沿いに足利軍、東海道に織田軍と三好軍、東山道に浅井軍が現れ、野良田の戦いを機にして六角家に雪崩れ込む。
織田信奈も足利義輝も三好義継も相良良晴と出会い、彼から忍の事を聞いていたので、裏方ではなく表の者として雇う事を宣伝しながら進む。
結果、伊賀と甲賀は六角家を見限り、今の状況を形作っていた。
「六角家、足利家に降伏いたします」
「ああ」
彼らは足利軍の後ろをついていっただけで、特に盛り上がる事もなく六角家征伐は終了する。
月が明けた10月、六角義秀が六角家当主となるが、領地は全て足利義輝の下になり、彼は義輝の 衆の1人となる。同時に貰ったばかりの嫁を義輝に差し出し、信秀の孫娘で信奈の姪にあたる少女は義輝の養子となる。
丁度その頃に、東でも1つの戦いの決着がついたが、それよりもその後の流れに彼らはおののく。
「殺しますか?」
思わずそう語り合うほどに。