近江とそのまわり
本猫寺と織田家と幕府の間で和議が結ばれた日の翌日、近衛前久と相良良晴とけんにょの3人は京に達する。
足利義昭の眼前で織田信奈とけんにょが改めて和議を確認し、更にその3人が近衛前久を先頭にして御所に赴き、姫巫女様に和議成立を報告する。
その翌日、信奈は鳥羽の近くの自分の軍の所に帰り、待っていた者達と共に出発する。
「信勝達はどんな布陣なの?」
「美濃、尾張と近江、伊勢の間の国境の警戒を厳にし、主力は美濃の関ヶ原におりまする」
「信勝は?」
「岐阜城におりまする」
「で、あるか」
信奈にとって最短に片付けるには、信勝軍の主力を破るか、信勝を討てば良い。しかし、後者はその目標が美濃の奥まった所にいるので難しく、必然的に主力との決戦に望む事になる。
「浅井家や……朝倉家は?」
「
「……名代ではなく当主が?」
「はっ」
露骨に嫌そうな顔をする信奈を横目で見ながら、どの世界でも一緒な義景を思い出し、深く納得する。
「……わかるの?」
「ん、ああ。鳥羽で噂をな」
「…………どう思った?」
「しつこい男は嫌われるなと思ったな。しつこい女は人によっては好かれるのに、不便なものだなあって」
「良晴はどうなの?」
「しつこい女か? ……俺は好きだな。好きだからこそ、全ての実を拾いに行こうとする性分なのかもな」
「……そう」
大人しい信奈に疑問を浮かべながらも、良晴は彼女から離れずなるべく横に並ぶ。
そんな彼らの所に凶報が舞い込んできたのは、観音寺城跡を通り過ぎようとした時だった。
「暴走したか」
朝倉家、加賀不穏により撤退へ。
その相良衆の中の忍の情報に、良晴は忌々しげに呟き、信奈は自分の忍が書いた紙をぐしゃりと握りしめる。
浅井家は湖北の雄と言えども領土が湖北に限定されているため兵力は少なく、幕府か朝倉家か織田家の兵力を頼らざるをえなくなる。織田家は敵だし、幕府は本猫寺の攻撃でてんやわんやだし、残るは朝倉家だけだったがその朝倉家も撤退を余儀なくされる。
という事は、信勝軍にとっては優位となるわけで、近江と美濃の国境で待っている部隊が一線を越えてしまう可能性が高くなってしまう。そう、6ヶ国領有を認めてくれた幕府を敵にまわしてしまう一線を。
「急ぐわよ」
国境を越えてしまうならともかく、国境と姉川の間にある幕府の施設のどれかに被害が及んでしまったら、幕府の敵に認定されてしまう。
それを避けるためにも信奈軍は、より早く近江を北に走っていく。そして、目的地に着いた時にはーー。
「一兵も近江に入ってない、ですって?」
「ああ」
最初、信奈も良晴も笑顔で待ち受けていた浅井長政の言葉を信じられなかった。朝倉軍は大軍のはずだから、撤退は誰にでもわかるはずなのに、入ってきていないというのは意味がわからなかった。
長政は2人からの疑問の目に答える代わりに、1枚の書状を懐から出す。
『此度の戦は織田家のみならず浅井家や朝倉家、ひいては天下の行く末も左右する大戦! 日ノ本を、故郷を、家族を守れずして何が
湖北にばらまかれ、そして河原者達が喧伝していったそれは、美濃の方から発せられた。
「うちでも磯野達が言うことを聞かなくてな。結局、美濃に入った所にある山に布陣してるよ」
「こいつを出した藤吉さんは?」
「松尾山さ。そこで、義勇軍を監視する役割を担っている、らしい」
美濃国内の最前線の2つの山の上で、突然相手を挑発した羽柴藤吉と、それに応じた浅井家や朝倉家の中の義勇軍が睨みあう。
その山の下の平原に着いた信勝軍本隊は、突然の藤吉の勝手な行動に戸惑って進軍を止め、彼を、そして義勇軍をどうするか話し合いを始め、そこに幕府との全面戦争突入論も出てきたためなかなか意見が纏まらないそうだ。
「主戦論者は尾張衆の林秀貞で、待った論者は美濃衆の竹中半兵衛、か」
「のようだ。竹中殿は非戦を唱えている訳ではなく、私達を美濃国内に招き入れ、戦をして『攻めてきたから』という大義名分で戦をしようと、言っているようで」
「さすが今孔明、か」
信奈としては前に進み反乱勢力たる信勝軍を撃ち破るのみなので、半兵衛の策の中に突っ込むしか道は無かった。
だから、信奈は美濃への入口の所にある2つの山の上の軍に書状や使者を送りつつ、浅井軍と共にゆっくりと国境に近付いていく。
2つの山から返事は無かったが、すると決めたからには最後までやり遂げなけばいけないのが大将なので進み続ける。
「見えました。相良
「そうかそうか。お主の主の言う通りになったの」
「はい。では
「うむ。手筈通り進める故よろしくの」
「はっ」
足軽に扮している彼が去っていったのを見送った羽柴藤吉は、最後に周りに集った者達の緊張を和らげるために声をかけていく。
その中には、自分の婚約者ーーといっても幼女だがーーの家族もいた。ガチガチの杉原孫兵衛あらため木下家定とその子供達、婚約者の養父を請け負ってくれた浅野長勝の養嫡子・長政とその実家の安井家、自分の姉の嫁ぎ先である三好吉房とその子供達……などなど正に勢揃いだった。
「相良
「……少しこわいぞ」
一方、対面する山の上には、いつの間にか薩摩弁を話す集まりもいた。
そんな中、西側から連合軍は関ヶ原へと入ってくる。天下ではないが、織田家の命運を分ける戦いが始まる。