濃尾国境付近
「美濃は、関ヶ原に迎撃してくる相手がいた時点で、こうなる事は決まっていました。
そして、それは目的地の清洲城が国の真ん中あたりにある尾張国も一緒で、そうなりますでしょう。戦いが終わらない限りは」
織田信奈軍の本陣。
その陣幕の中の総大将の前で、竹中半兵衛重治は震えながらも、しかし臆する事なく自分の考えを、そして策を話していた。
分けられているように見える尾張衆と美濃衆だが、実際は美濃から尾張へ、また逆の方向に転居したものもいるし、殿に加わった尾張衆の者もいる。そんな者達を使い、半兵衛はある策を尾張に仕掛けた。
その策は関ヶ原の戦いの前から仕掛け始めたので、信奈に許可は取っていないが、半兵衛は事後承諾を貰えるだろうという
「……よくそこまで調べたわね」
「俺があの時に感じた事を言ったからな」
信奈の警戒の色を滲ませた声に、すぐにずっと半兵衛の策を聞いていた良晴が口を挟む。
「半兵衛はずっと信奈の味方になると思ってな」
「随分買ってるのね」
「ああ。悪に立ち向かうのがこいつだからな」
良晴の言葉に半兵衛が で顔を隠す一方で、信奈はかっこいい笑みを浮かべる。最後に自分の手元にある書状をもう1回見てから、信奈は現在進行中の半兵衛の策を追認する。
軍議が終わり、尾張出身の武将達がほっとした表情で自分の陣に帰る一方で、美濃衆の陣に帰る半兵衛は固い表情だった。
「やっぱり美濃衆へもまだだったのか」
気配なく後ろからかかった声に半兵衛は、困ったような表情になりながら振り返る。
自分の心配の種を当ててくれた相良良晴は、自分だけではなく美濃衆の今の主である織田信奈も連れてきていた。
『土岐の変』で自分達の無実を証明してくれた幕臣と、今の主と、九尾や今回の戦いでその才覚の片鱗を見た軍師。その3人から聞いた策に、美濃衆の者達は乗る事を決める。
「美濃衆を代表して我が命、御館様に預けまする」
「預かったわ。まあ、失敗すればその意味も無くなるけどね」
そして。
信勝派からしたら信奈軍が越境前の休憩に入ったかのように見えたこの日、裏で様々な動きがあった。
「豊臣、徳川、そして織田、か」
その動きを頭に描きながら良晴は呟き、それまでより柔らかい空気を出しながら、自分の仕事をこなしていく。
そして2日後、3月7日の朝、美濃と伊勢の国境でまだかまだかと待ち構えていた信奈軍の各部隊に進軍命令が下る。清洲城までは、既に降伏宣言を出していた城も出していない城も全く抵抗をせず、まるで無人の野を進むように進んでいくので、戦功を得たい彼らにとっては不満が溜まるだけだった。
完成間近だった清洲城は、防御に主を置いてなく、5ヶ国の太守の家だという事を権威付ける物だったが、万が一に備えて最低限の防御は施していたので、それを籠城する者達は補強した。
「1日2日持ちこたえれるか」
「持ちこたえるしかないだろう。でなければ、信勝様を使って降伏が出来ない」
そんな事を誰にも聞かれていないと思いながら話す輩もいるが、城内に籠った殆どの者達は、これまでの信奈の性格を思い返して絶望視していた。
上下がそういう具合に分裂していた事もあり、城内に
そして、その火種達は信奈軍の総攻撃が始まった時と同じく一気に動く。
天地を揺るがす大爆発を号砲として。
信奈が九州から取り寄せていて使おうとした大砲が跡形もなく消え去った音であり、混乱を起こすには充分すぎる音と炎と煙だった。
「爆発だ!」
「火薬庫からだ!」
「内通者がいるぞ!」
殆どの者達が爆発の音源を探している内に、連続した大声が何処からともなく聞こえてきて、その最後の声に更に混乱が増長していく。
普通ならば上に立つ者達がその混乱を収めようとするが、その多くが自分だけ逃げようとしたり降伏しようとしたり最悪は味方の首と引き換えに生き延びようとした輩達なので、それ以外の清洲城や最上位の信勝に強い思い入れがある者達ぐらいしか対処出来なかった。
その間に意気軒昂で戦闘好きだが今まで無かった者達を先陣に清洲城を攻め始め、清洲城の戦いは始まる。
「あれは松平の旗印じゃないか!?」
「今川もいるぞ!」
「武田もだ!」
始まったのと時を同じく、清洲城から見える地平線からわらわらと新たな軍勢が現れる。もちろん、城内の者達の味方ではなく敵として、だが。
本多忠勝、朝比奈泰朝、そして馬場信房。3つそれぞれの家から猛将と呼ばれる者達が主君の代わりに出てきたのだから、そしてそれを遠目にも関わらず見分けれる者がいたので、城内の士気は更に落ちる事になる。
そこまで清洲城内の心を折りまくってから、
「……面白く無いの」
「整然と構えてそう言われるとは」
苦笑を浮かべる信勝に相対するのは、もう長くないだろうと最近気付いた前の美濃国国主である斎藤道三だった。
老いて尚この場にいれるほど意気軒昂で今の岐阜城城主に仕えているだろう前城主に、家を裏切り、民を裏切り、そして城を壊されんとする城主でも城代でもない自分が討たれる。何の因果か、と思いながら、信勝はその時を待つが、待っていた馬が来る事は無く、代わりに強い力で腕を持たれる。
意外と強い力で信勝の腕を引っ張った道三は、困惑する彼を見下ろし溜め息をつく。
「か弱い老人を家から追い出した女は家族には弱い、という事じゃ」
その道三の言葉に、少し呆気に取られた信勝は泣き笑いを浮かべる事になる。
それは、その言葉に3つの意味がある事がわかったからだ。1つ目は、自分が助かるという事。2つ目は、姉は限りなく優しいという事。そして3つ目は、姉が女になったという事。
「但し、戦国の世だ」
その道三の付け加えに、信勝は更に笑い、体が軽くなるのを感じた。
自分の力で立ち上がり、袖で目元を拭き、そして歩み始める。
猛将・柴田勝家が、清洲城内で突如裏切り、主戦派の面々を害し始めたのは、それから幾ばくも経っていない時だった。
そして、いつの間にか清洲城の城門の前に現れ矢面に立った織田信勝は、彼を知る者は全員驚いたぐらいの大音量で、彼の顔を見た者の殆どがいぶかしむぐらいの
濃尾を舞台にした織田家の内乱、通称『織田信勝の乱』は、こうして僅か3日で終わる。
だが、自分がしたい平和に向けて今の平和を変えようとする虎にとっては、その僅かな日数だけで良かった。
「邪魔」
長い黒髪を2つに編み、自分の身長ぐらいの槍の切っ先を真っ直ぐ向ける少女。
「犬こそ邪魔」
黒髪は頭巾の中に隠し、しかし赤い瞳が特徴的な、本物のクナイを槍の少女に向ける少女。
「どうしてこうなったっ!」
ある状況を生み出すがためだけに、この時機に、この内乱の爆弾を点火したのだから。
織田信奈、相良良晴を押し倒す。
内乱終結の翌日、その殆どの者にとっては『悲報』が全国を駆け巡る。
その『悲報』は、もう1つの確かな悲報と共に庶民を新たな戦乱の開幕を予感させ、その予感通りに動いていく事になる。