相模・小田原城
もし、主君に会いに来た時、その主の者達が頭を下げてきたらどう反応するだろうか?
「お待ちしていました」
ましてや、主の主でさえも頭を下げていたら。
主に策を授けようときて、不気味なほどにゆるゆるな警備の中を通り、数ある城の出入口の一つで足利良氏が、北条氏良が、北条幻庵が……名だたる者達がそうしているのを見て、相良良晴はほんの少しだけ固まってしまう。
なんとか理性を取り戻した良晴は、頭の中でがんがん鳴り響く警報に従って右足を1歩、後ろに動かすが、誰かの指先に当たる暖かい感触があり、寒気が背中を走る。
「あなたの家はここよ?」
ゆっくりと後ろを振り向くと、笑みを浮かべた北条氏康が立っていた。その後ろで驚き、悔しそうな表情を浮かべる梅千代ら良晴派の風魔には目もくれず。
重い微笑み、と言えば良いだろうか。それにくわえてねっとりとした視線に、良晴は体が固まる。
その良晴の頬に遠慮なく、自然と氏康は右手を添えて、更に笑みを深くする。
「お帰りなさい、|良≪・≫|晴≪・≫」
と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この日。
この日、戦国時代は終わった。1人の男と、それを取り巻く者達以外は、だが。
足利義輝、捜索隊に発見されたのち、その足で朝廷へと向かい「全ての武家にそっぽを向かれた幕府は幕府ではないし、将軍でもない」として政権返上を上奏し、公家達が戸惑う中、姫巫女様は即決でこれを認める。
それより少し前、全ての国主より幕府へ領地返上の申し出が届き、足利義昭と彼女を支える細川藤孝など幕臣達はそれを認め、日ノ本全てが足利将軍家預かりとなる。
その後、足利義輝によって政権返上が伝えられると、日ノ本全ては朝廷に預けられる。
そして、その全ての日ノ本を預り、期せずして長年果たせなかった中央集権が完成した時の姫巫女様は勅命を出す。
「日ノ本を治めようとも、人手も経験もない。よって、ある者に一旦預け、様子を見ていくとする。
そして、そのある者というのは、最終的にはこのような戦乱の世を招いた武家でもなく、それより前に治めながらも最後には堕落していた者達が多かった公家でもない。私利私欲のためではなく、公共のため、誰かのために動きまわり、武家からも公家からも慕われている者が適任であろう。
朕の義兄にあたり、藤原家や源氏の血も流れている事が認められる相良良晴その人である」
当然、反対する者はいた。
しかし、北条氏康や大友宗麟など元国主の者達全てが賛同し、駒であるはずの民が自分たちに武器を向けそうな状態で、どうして表立って声をあげる事が出来るだろうか。
結局、様々な思いを抱きながらも、行く末を見守っていく事しか彼等は出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
慶長戦闘記より
相良が関白となり、京の都を中心とした新たな時代の幕が開く。
あの日、小田原で私の話を聞いた相良は、しばらく自分の部屋で考えに|浸≪ひた≫った。自分を巡って争わないでくれ、となる前に、そしてその争いを利用する前に相手が投了を宣言したのだから仕方ない。
結局、1日中考えて辿り着いた彼の答えは「支えてくれよ?」だった。平和をこの世界の誰よりも願って動き回った彼の答えは、すでに決まっていたが、その言葉を聞いた時、心の底から安堵した。もし断られていたらーー恐らく、姫武将の国主はほぼこの世からいなくなっていただろうから。
そこからは、彼自身が作り上げて北条家に取り入れた制度で、更にそれを拡大して流用する事であっという間に進んでいき、今日を迎える。
これで、民達にとって、戦わざるをえない家に産まれてしまった者達にとっての戦国の世は終わった。
これからは、女達の戦国時代の始まりである。私は、それを御客さんの立場から見ていく。
注:御姉様は事あるごとに、良晴にべったりと寄り添い、小田原での些細な物も含む思出話を延々としていて、元春や政宗は刀を抜いたほどだった。
およそ2年弱にわたり、拙著をお読みいただきありがとうございました。
もし、嫌われている北条家に来たら? というふとした思いつきで始まった物語は、200話以上に及ぶ長編になり、自分自身が驚きました。
題名通りになれたかどうかは不安ですが、家を背負う者から惚れられたらどうなるかも感じ取っていただいていれば嬉しい限りです。