琉球本島から出航した一行が、奄美や種子島など島伝いに寄りながら着いたのは、やっぱり京より暖かい南九州の地。
その南九州の鹿児島湾の奥深くにある島津家の本城である鹿児島城に薩摩・大隅国主の島津家、日向国主の伊東家、南肥後国主の相良家、そして北肥後国主の┃三《・》┃好《・》家が集い、一行を最大限のおもてなしで出迎える。
「私をご指名されるとは何用でございますでしょうか?」
「砕けた喋り方で良いよ」
「…………わかった」
その夜、相良良晴は南肥後の相良義
名前の漢字が違うだけの2人は、良晴が旅してきた世界達の中で何度となく会った。最初の世界の島津家や阿蘇家も巻き込んだあの時から、何度も何度も良晴は自身の消滅をかけて彼女と関わってきた。
しかし、この世界では、初めて関わる事なく1つの節目を迎え、それを経て出会う。それについて考え、なんとも言えない気持ちを噛み締めている良晴に、義陽も何かを感じながらも声には出さないでいた。
「……これからも頼む、日ノ本のために、南肥後のために、そして自分のために」
「勿論」
結局、話す事はなかった。
だが、良晴の文通相手に義陽が増えた。その時の良晴は、まるで子供のようだった。そして、妹が動き回り、彼女も奥の1人に迎え入れられる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鹿児島からまた舟に乗り、薩摩半島沿いにまわって、天草を経由して、一行は肥前国に降り立つ。
「お久し振りです、
「その呼び方は止めてください、関白様」
肥前有馬家の中で一番有名で、良晴や氏康に助けられた有馬晴信は、義貞の4人目の子供である。2人目の長女は嫁に出て、3人目の次男は養子に出たのは、戦国の武家としては普通だが、1人目の長男が急死した事で、晴信は当主となったのである。
その長男である義純は家督を継いで1年目で亡くなったのだが、戦国時代というプレッシャーが無いからか、終結後に譲られて5年経った今でも元気である。
その兄・義純と父・義貞、そして「友」である大友義鎮の薦めで、晴信も嫁入りした。
「妹の様子はどうですかな?」
「町の子供達に大人気で振り回されてるが楽しそうですよ」
相良良晴に、である。
嫁入りしてからずっとテンパっていた彼女を、良晴は京の少し外れに建てられたキリスト教の教会の運営の名誉トップに任じ、そこで彼女は落ち着いた。
「色気は?」
「…………皆から教えられてるようで」
その少女の話も大切だが、もっと実務的に大切なのが、良晴が天下一統の後の基本政策の柱の1つである「開かれ、安全な交易」の場所の1つである長崎港についてである。
史実にならって出島を作らせた良晴は、その南蛮貿易の商品の中に人がいないか目を光らせている。それに義純も義貞も賛成していて、半年前の事件の後はこれといった事は起きていない。
「スペインからの反応はどうですか?」
「好きの反対は知っていますか?」
「……えげつないですね」
義純も最近、日本人を密輸しようとしたスペインよりイングランドの方が比率が増えていっているなとは勘づいていたが、直接介入した良晴がやっている事は、自分が考えている以上だと気付かされる。
最近は高圧的なままの本国からの文書に添えて、本国と日ノ本の間の実務者が段々とへりくだった文書を送ってきている所までいっているらしいが、勿論ながら無視したままである。
「これからもよろしく。貴方達のような人のおかげで、安全な貿易や交流が出来るから」
「命に代えましても」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
長崎を出た一行は、今度は船には乗らず、陸路で東へと向かう。関白の相良良晴は着飾らない騎馬に乗り、姫巫女様も普通の御輿に揺られる。
佐賀平野を突っ切り、梅の代わりに桜が咲き誇っている大宰府に着いた一行は、まず姫巫女様が天満宮に祀られる菅原道真に向けて祈祷をする。
それを終えると、その天満宮の再建された社務所の大部屋に集う北部九州の戦国武将の所へ行く。
豊前・豊後国主 大友義鎮
筑前・┃筑《・》┃後《・》国主 細川藤孝
肥前国主 龍造寺隆信
その3人であり、女2人は相良良晴の嫁で、男は良晴によって親の結婚を引き離されて自分がその親の結婚相手の娘と結ばれた者である。
「ん……」
「よ……関白様………」
「ご主人様……」
「…………」
「……………………」
「……………………」
龍造寺隆信と結ばれた少女は、その日の翌朝に良晴から手渡された「祝いの席で公私を混同しないように」という文を、家宝の1つにしたという。
少し何時もより疲れて、天満宮の境内にある池を からボーと見下ろす良晴に、何人かが近付いてくる。
「決まったか?」
「「はっ」」
新しい事があったという事は、古いモノは取り除かれたり上にのられるという事である。
結局、5年経っても自分の処遇を決めかねていた最後の武士達は、関白本人が来るまでに漸く決断する。
「少弐家は武州に戻ります」
「秋月家も京に戻ります」
「そう、か」
少弐家は氏康と共に良晴が動き回った九州の戦乱で話し、その当主の政興は氏康から「狂ってる」と言われた。そして戦う理由を「武門の誉れ高い少弐家だから。平和な世ならともかく、この時代に争わないのは駄目」と言い切った彼女は、そうだからこそ最後に関白の前で諦めれた。彼女についてきた者達も、澄みきった表情で終戦を宣言した彼女の言葉を受け入れ、それぞれの道を歩み始める。
一方、平将門と同じ頃に瀬戸内で反乱を起こした藤原純友を討伐して九州に移り住んだ大蔵春実の末裔の1人である秋月種実は、大友家と争った父と兄によって毛利家に避難させられ、そこから再興を志した。しかし、それは大友家と毛利家が大内家を間に和する事で一部復帰という形で終わった。完全な再興を目指していた種実は、最後の戦乱の中で戦うが敗れて全ての領土を失い、今となった。
「関白様」
「ん?」
「
「……まあ、地元だけじゃ余裕は出来ないしな」
「同時に、関白様の後ろ楯を得るためでもございます。そのために私も、
その新たな戦いを、家臣も民も応援した。
瞳の中の炎は、死ぬまで輝き続けたという。