太宰府を出た一行は博多の賑わい、宗像の神威、筑豊の石炭という新たなエネルギーを掘る活気に触れながら陸路で豊後国の南部の佐伯まで行く。
その途中にあるのが府内城であり、ここが豊州を任せられた豊州藩の藩庁になる。姫巫女様ら一行はここで1泊するが、温泉街の由布院には時間的に行けないのが決まり、落ち込む人が多くいた。
その由布院に書状を送った良晴は、大友家の面々と佐伯城で宴会を開き、ずっと自分達の主を愛し続けてくれるのを頼まれた彼は真剣な表情でうなずき、ぽつりと言う。
「新たな命を宿したしな」
と。
翌朝、佐伯の港を出る姫巫女様ら一行を見送る大友家の面々は、その後は頭痛と戦っていたという。
ある意味で大友家を負かした良晴は、事情を知る姫巫女様らの眼差しに首を傾げながらも、慣れた手つきで船の上で昼食を作る。現役の関白とは思えないフットワークで船をまわった彼が落ち着いた時には、既に船は目的地に着いていた。
土佐は高知。
日本一の港となった所に。
そこで、 人の姫武将が良晴を待っていた。
「吉川┃南≪・≫┃方≪・≫┃将≪・≫┃軍≪・≫、南方遠征の戦果を御報告いたします」
「うむ」
日ノ本の首都・京から畿内を経由し、城下町が作られている和歌山と徳島とは違い既に出来ていた城を本部として西太平洋遠征の始まりの港で、それを成し遂げた姫武将らが姫巫女様にその戦果を報告する。
統括者として土佐国主の長宗我部┃良≪・≫親が指揮を取り、知恵袋として黒田官兵衛良≪・≫高と小早川┃良≪・≫景がその策謀を振るい、吉川┃良≪・≫春と山中鹿之助┃良≪・≫盛が刃を振るう。それを基礎に全国から老若男女の猛者が集い、そして今となる。
「ーー以上です」
「雲が反対に動くとは……」
姫巫女様は知らない世界に驚き、相良良晴は楽々と南半球に行った事に驚いていた。だが、付き添いの絵師が描いたもふもふの毛を持つ立っている動物の絵に、それぞれ更に驚く。
後で良親と照らし合わせてみると、本隊はマリアナ諸島を楽々と越えてニューギニアに上陸。ここで良晴の命令通りに現地民と仲良くなると、そこを拠点にして更に広がり、所謂オセアニアを制したと見て良いーーというレベルになった。
「…………」
「すごいの?」
「ああ。現地の人以外が見つけるのは、ヨーロッパの人らだからな」
「やった!」
出し抜けた事に喜び、良晴に飛び付く吉川良春だが、愛する彼がちゃんと成長した体に反応してくれている事に更に嬉しくなる。
元々自分達がいた時代でもトップモデルになるだろう体つきになった良春の笑顔に、これ以上育たない良親はそっぽを向くが、焼けたのに更に魅力的になった鹿之助に首を傾げられ、更に良高の方を見て……。
「な、なによ」
「一番女の子らしくなってるってどういう事よ!」
滅多に聞かない主の大声に、外にいた護衛は腰を浮かしかけるが、その直後から聞こえてきた声に今度は心も反応も無にした。
そんな寝不足の武将を見て首を傾げるのが、まだ20代の叔父の穂井田元清らに連れてこられた毛利家3代目の毛利輝元である。大寧寺の変の後の戦の時は幼かった彼女は、3代目に求められた文化人の素質を兼ね備えた姫大名になっているが、まだそういう行為には触れさせていない。
「無礼講を宣し乾杯」
『乾杯』
だが、変の時をしっかりと覚えていて、憧れの「御姉様」達から朗々と話を聞き、それに何回か喋った事のある毛利輝元は、この世界では女の子であり、まさに良春と良景を足して2で割ったような雰囲気と面立ちをしている。
そして、生まれながらの当主である事を強いられる彼女は、若干5歳ながらも自分に宿う淡い心の正体はわかっていた。
「関白様」
「ん?」
だから。
「元服したらお願いします」
だから、先に言っておく。
固まる関白のおでこにキスをして、顔を赤らめながら自分の所に戻り、今や瀬戸内の海の管理者の1人になった元清とグータッチをする。
その輝元の行動力に促された形で、他の中四国の大名家ーー大内家や宇喜多家、三好家などの子息が次々と良晴の所に行くが、その時には落ち着きを取り戻していた。だが、しばらくは輝元に意味ありげな視線を送られると、良晴は顔を背けるという初々しい関係が出来る事になる。
「これで陰陽は完全に固まりましたな」
「だなぁ」
土佐での事を聞いて、備前で溜め息を一緒についたのは備前・美作国主の宇喜多直家と、但馬国主の山名祐豊の2人である。
良晴に事実上の『正室』の1人の織田信奈の養子を自分の愛娘の婚約者としてもらう事で動いてくれた直家と、4人の大きな家臣の領地を良晴の黙認の下で減らせた祐豊は、もし乱れればあわよくば……というのを狙っていたが、土佐での宴会と今までの事から、漸く彼らは諦め……いや、諦められた。
「これからは暇になるぞ」
「なりますなあ」
後楽園。
後にそう呼ばれる事になる岡山城下の庭園の中のベンチで溜め息をつく2人は憑き物が落ちた笑みでしたーーと、その後楽園の名前を名付けた宇喜多┃良≪・≫家は、良晴宛に書状を送る。
「何か物足りないのです」
「だから何がじゃ」
一方、但馬に帰って出家した山名祐豊を待っていたのは、三好家を中心とした騒乱に絡んだ後はこれといった戦もなく生き延びた丹後国主の一色義定という武将だった。
何回も聞いているその若者の言葉に、祐豊は呆れながら聞くが、中座しようとはしなかった。結局、年始の上京の時、初めてすれ違う細川藤孝に出会うまで義定のモヤモヤ感はあり続ける事になる。