渡良瀬川を挟んで国府台の前に布陣する北条軍。
中央に、北条氏康や彼女の妹にして養子である松千代、それに元は他家の者ながら氏康の義妹になりその武勇を北条家のために捧ぐ北条
その後方に、史実通りだと子供集団になるので生きていて、氏綱の弟という設定になっている北条氏尭率いる軍。
そして、左翼には康資の謀反を目の前で見せつけられた遠山綱景と富永康景である。2人の意気は凄まじく、富永に至っては『直勝』という名から、主に忠誠を示す『康』と綱景と一心同体である事を表す『景』の文字を組み合わせで『康景』と改名したほどである。
そして、その2人が率いる部隊の本陣には、本来ならこんなところにあってはならない家紋があり、敵はもちろん主の思惑を知らない味方も驚いていた。
「この戦の全ては、我らが太田康景という不忠者の動きを易々見逃し、あまつさえ江戸城内での挙兵、そして葛西城外での敗戦を招いてしまった事に端を発します! つきましては、我らをこの戦の先陣としていただき、1人でも多く敵を蹴散らしたい所存であります!!」
本陣の外にも聞こえる声で、江戸城二の丸城代・葛西城城主という役職を捨てた綱景が、急遽決まった自分達の総大将に訴える。
その隣では、顔を赤くし、握り締められた両手からは赤い液体が止めどなく流れ続けている康景が、首を折らん限りの勢いで頷いていた。
そして、それを無表情で聞いていた男は、大声の余韻が去ってから、静かに、しかしある決意がこめられた声を発する。
「私は、氏康からそのように先行するそなたらの目附役になってほしいと頼まれ、それを引き受けた」
男の旗印は、1人の大男しか持っていない。
「しかし、目附の役割は何時でも良い」
旗印と本陣の幕にあるのは『二つ引』の中でも、特別な物であり、こんな所にあってはならない家紋。
「別に、そなたらが先行してそれについていった後でもな」
その家紋を許されたのは朽木から京都に戻った家、伊豆で滅ぼされた家など数少なく、里見家の家紋の元になった。
「私は武家の頭領の家に産まれた男だ」
そして、初代の男から9代目にあたる男は告げる。
「我らが、北条家の本隊より先に不忠者を攻めるぞ」
その言葉に、その陣はほんの一瞬静まり、やがて氏康やその近くに侍る幻庵の耳にも届くほどの大声があげられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「父を助けてください」
葛西城から出る直前。
城外の戦いの時のお礼を言いに来た足利梅千代は、良晴に外聞などかなぐり捨て懇願した。対する、良晴は彼女の頭を撫で、声を出すことはついに無かった。
足利梅千代も、それを見ていた宮ヶ瀬梅千代も、良晴が声を上げなかった理由はわかっている。死地に自ら向かおうとする人を引き止めるのだから。
「遠山様、富永様」
だが、抗う事は出来る。
後世で第2次国府台合戦と呼ばれるだろうこの戦の顛末を知っている良晴は、呼び止めた2人の行く末も本で読んだ。
「幻庵様より私めに言い付けられた事があります」
しかし、良晴は諦めない。
全ての実を拾う。
それが、彼が
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
佐竹義重。
医師から安静を言い渡されている
史実では、北条氏政や伊達政宗と刃を交え、小田原征伐ではすぐに秀吉の元に参陣し、関ヶ原で西軍につくと言い張る子供と対立したため秋田に流された武将である。
「遠山殿ならびに富永殿が突出! 渡良瀬川を渡ろうとしています!」
その独断行動を聞いた時、武田家と同じ甲斐源氏の一族の末裔である義重は、その2人の武将の目附役を氏康から引き受けた古河公方の存在をすぐに思い出した。
だから、彼女はすぐに氏康の方を向く。
「政繁率いる部隊を出しなさい」
しかし、氏康の命令はあまりに不可解な物だった。
政繁は代々北条家の宿老的役割を務める大道寺駿河守政繁の事を指すのを、義重が知っている。
だが、その政繁の部隊は氏尭の部隊の一部では無いのか。
「氏康殿!」
思わず立ち上がり、隣の少し歳上の少女に叫んだ。
「義重殿」
対する氏康の返答は冷たく、義重に向けた視線は儚く。
「死地に自ら向かわんとする男を止められるかしら?」
その質問は、義重の燃料を燃やすには十分すぎる火種だった。
「公方様を助けに行く!」
「援軍は出せないわよ?」
「それで結構!」
春夏秋冬の何時でも就寝時に敷布団を使わず、薄い布だけ敷いて寝ていたという荒武者・佐竹義重が家臣を引き連れて本陣から去った後。
「やっぱり扱いやすいわね」
その言葉を聞いた佐竹の忍の体が見つかる事は、その後ずっと無かった。
氏康が黒いです。