2日目の未明。
ほの暗い国府台の下で、それは行われていた。
「
もし、彼女の近くに良晴がいれば驚いていたであろう言葉を氏康は発しながら、その足を渡良瀬川の冷たい水の中につけていた。
幸運にも昨日に晴氏達が渡れたみたいに水量は少なく、馬も川底に足をつけて歩けるほどの深さだった。
「足利軍、所定の位置につきました」
夜が本領発揮の機会である忍の1人である小太郎が、水面に足を入れる音を出すこともなく河越以来の真の主君である氏康の隣に侍り、状況を報告する。
「後は私達だけね」
「はい」
「義重の様子はどう?」
「意気軒昂で、兵と共に食事をとっています」
「相良を連れて、かしら?」
「はっ」
予想以上ね、と氏康は考え、渡り終えるまでその考えに浸る。
「義重の護衛は密に。親馬鹿が騒いできたら鬱陶しいわ」
「御意」
そして、小太郎が
北条家の馬廻と風魔の精鋭部隊に久方ぶりに最高レベルで囲まれている馬上の氏康は、もちろんそれを気にする事はなく、昨日の夜遅くの軍議に思いを馳せていた。
「明日の未明、全軍で突撃するわよ」
北条氏康、佐竹義重、そして足利晴氏。それぞれが大将として三角形で同じ高さに座る軍議は、氏康のその言葉から始まった。
その言葉に晴氏は少し驚いた後に納得した表情を浮かべただけだが、義重は目を見開いた。
「兵を無駄死にさせる気!?」
立ち上がり、氏康に詰め寄る。
義重を殿の役目を成し遂げても警戒は抜けてない梶原政景が止めたのを冷ややかに見てから、氏康は夜襲による全軍突撃の理由を少しめんどくさそうに話す。
「むー、敵は油断している、か」
「ええ。北条家の今までの戦いよりも一番力があった彼らの攻撃を防いだ。これは、向こうに自信を持たせ、同時に慢心も持たせるわ」
氏康の前半の誉め言葉に発言権は無いが列席を許された遠山綱景と富永政辰が目頭をおさえ、後半の言葉にほとんどの武将が複雑な気持ちでそれに同意した。
晴氏は戦後に考えていた事と氏康が言ったことの意味が一致している事に眉を少し寄せるが、同時に数年前のあの河越の夜の氏康を思い出し納得もしていた。
そして、義重も氏康の言葉の意味を察する事は出来たが、それで相手に隙が生まれるなら良しと割り切り、自分の床几にどかりと座る。
「それで? 陣容はどうするの?」
「国府台を囲むわ」
「囲む? ……なるほど、ね。下総の鬼怒川より上は貰うわよ?」
「それはお好きに」
そして、詳細な陣容を考え、解散となる。
「そうそう。相良良晴の事だけど、晴氏様が出ないのだったら、私の所につけても良いかしら?」
「……良いわよ」
「ありがと」
そして、意気揚々と義重が本陣を出ていき、晴氏と本陣の事について話し彼も去った後、小太郎に戦の途中にあった事を聞いたという訳だ。
幻庵もその事と、義重の雰囲気、そして義重の日常の噂、自身の体験をあわせて1つの可能性に至ったが、彼はすぐにそれを否定した。その事が、彼にとっての後悔に繋がるとは流石に彼でも予想は出来なかった。
「御館様、明るくなってきました」
そして11月22日。
第2次国府台合戦の2日目の幕が、国府台を包み込むかのような四方からの大声に乗せて上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国府台から見れば西にあたり、本陣が置かれていた所に布陣し、山のように動かず、もしもの時などのために備えるは足利晴氏。
遠山綱景や富永康景が通った国府台の北側に布陣するは北条氏康。
国府台の東側に布陣するは、昨日の戦いで惜しくも敗れたため相変わらず意気軒昂な佐竹義重と遠山・富永両軍。
開戦の火蓋は、佐竹義重の軍配が振られ、最先鋒を任された遠山綱景が駆け出した事から始まった。
「放てー!」
次いで振り下ろされた軍配に佐竹軍の将の1人が大声をあげ、直後に弓矢の雨が放たれる。
綺麗な弧を描いたそれは、やがて落ちてきて平べったい時より距離が短い所に降り注ぐが、突然現れた数えきれないほどの松明の灯りに動こうとした見張りに突き刺さる。
そして、矢が降り注ぐ音にその後ろの陣中や周りにいた兵が敵襲だと勘づいて、防具や武器を手に取り準備などをする前に。
「邪魔邪魔ー!!」
鬼のような綱景率いる遠山軍が突入する。
「者共! 北条に
『おー!!』
そして、国府台東側の最前線と本陣の間の桔梗の旗。
それを率いるは、上総南東部の山城の城主。
「
「ご苦労! 酒宴は無かったからすぐに立て直すぞ!」
「御意!」
昔々、美濃から北条早雲と共に遠山直景が武蔵へと移り、その子供が今の綱景である。
そして直景が移り、つい最近まで美濃の国主であったのが土岐氏。その分派に常陸を経由して上総・万喜城に入った一族がいて、その末裔が晴氏の古河城での挙兵より前に寝返りを打診されて受けていた土岐為頼である。
史実でも里見氏の攻撃を生涯にわたり跳ね返し続けた為頼の用意周到な寝返りに、油断していた里見軍は瞬く間に崩壊する。
そして、勝ち負けが決まり。
ここからは後の為の戦闘に入る。