「為頼が寝返っただと!?」
「はい! 反転して本陣に迫ってきています!」
その物見の兵からの報告に、国府台の西側の守備を任されていた正木時茂は、静かについた眼下の松明の灯り達を見ながら少し考え決断する。
「殿に全軍撤退を進言! ここは持たん!」
「槍大膳もそう判断するか」
突如、近くから聞こえてきた声。
馬にまたがる時茂と同じくらいの武将は、奇しくも時茂と同じように死の覚悟をしている顔付きだった。
「後詰めの
「いや、伊予守殿が殿と一緒に逃げてください。私達の方が兵が多いから時間稼ぎがより出来る」
「……良いのか?」
「殿に『冷静に仇を討ってください』と言ってくだされば」
「……承知した。氏康は最後まで攻めてこんだろう。まずは佐竹の方にまわってくれ」
「承知」
そして、安西伊予守
「冥土まで全員がついてこいとは言わぬ! ここで死ぬ覚悟が出来た者のみ我に続け!」
『おー!!』
槍大善こと正木大膳亮時茂、最期の戦が始まる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やはり止められたか!」
義重の宣言通りに彼女の近くで馬の上に乗る相良良晴は、昨日に続いて冷静沈着な太田康資の軍に突撃の勢いを止められた遠山・土岐連合軍を見て思わず叫んだ。
遠山軍に続いて佐竹軍も出たものの、そもそもは北条への援軍という立場であるし、昨日のように古河公方がいるという訳では無いので、速度は昨日より遅かった。
なのでその戦況が見えたし、直後に里見軍の本陣を突っ切って連合軍に迫る『三つ引両』の旗印も見えた。
「槍大膳だ!」
「そっちが来たのね!」
良晴の叫びに、川を渡るときから彼の真横にいる義重が悪態をつき、2人同時に馬を動かし始める。
1拍遅れて、北条家の家臣だが身を呈して主を守ってくれた事から良晴を信頼している佐竹軍の将と、昨日の良晴の動きに惚れ込んだ永盛を含む元義賊衆、そして無意識に頬を膨らます白千代などがついていく。
里見軍の名将・正木時茂と良晴・義重の2人が、太田軍と連合軍の少し離れたのは、それから少ししか経っていない時だった。
「馬を降りられよ!」
「名を聞こう!」
「甲斐源氏嫡流佐竹家第18代当主佐竹義重!!」
「ははっ! 援軍の総大将がこんな所にか!」
「遠山綱景の心意気に惚れ込み、それを手伝うだけ! 氏幹が貸してくれた
「避ける事は得意な相良良晴と!」
「忍の見習いの白千代の」
『3人でいざ参る!』
「相手に不足なし! むしろ幸運! かかってこい!」
そして、3対1という時々あったが、総大将が参戦しているという前代未聞な戦いが始まる。
粗い攻撃の義重と繊細な攻撃の白千代が時茂を攻め立て、時茂から来る必殺の攻撃には良晴が自分を含めた3人を天性の領域で避ける。
その3人だからこそ出来る戦いに、次第に周りの喧騒もおさまっていき、4人を囲むように戦いの最前線での休戦が起きる。
「ぐがっ!」
何分くらい経っただろうか。
現代では筋肉ムチムチのダンディな中年サラリーマンになる時茂が疲れ始め、ほんの少しだけ動きが鈍った隙をついて、白千代の刀が鎧の隙間を通して脇腹に刺さり、更に義重に振り回された棒が時茂の側頭部に直撃する。
鈍い音が響き渡り兜が飛んでいくが、時茂は体を地面にしっかりと縫い付けたままだった。
「ぐはっ」
しかし、素早く持ち替えた義重の刀が体を貫くと、遂に膝を折ることになる。
「む……無念……だ」
「見事であった。佐竹家の歴史にも記そう」
「…………礼は……言って、おこう」
地面に倒れこんだ時茂が動こうとするが、腕で体を支える事が出来ない。しかし、それを見て手伝う男がいた。
「正座で良いか?」
「…………ああ……あと…………は……脇差、を」
最後の力を振り絞り、時茂は鞘から刀を抜き、その切っ先を良晴が開けた腹に向ける。
「言い残す事はあるか?」
「……との……へ、の……ゆいごん……は……伝えた。……………………そうさな……里見の…家を虎から守ってくれ」
「…………承知した」
義重が、垂れた時茂の首もとにあてる寸前にあった刀を大きく振りかぶる。
「我が生涯に悔いなし!」
そして、数秒が経った後。
「里見義尭が家臣、正木大膳亮時茂殿! この佐竹常陸介義重と相良良晴が討ち取ったりー!!」
甲高い大声が、戦場に響き渡った。