01 駿河にて
大晦日の夜。
新築された匂いが漂う鎌倉府の宴会用の大きな部屋に、相良良晴を含む一団がいた。
「この蕎麦切りという物は美味いね」
「うむ。感触が饂飩と違って楽しめる」
「だろ?」
江戸時代中期に本格的に広まる事になる年越し蕎麦の文化を足利父子に教えた鎌倉郡司・相良良晴。
その年越し蕎麦の文化を使って、相模川より東の相模東部の主だった者を集めた古河公方・足利晴氏と、良晴と父親の間にすぐさま座った梅千代。
「うまい!」
「殿……」
晴氏からの誘いに、何の考えもなく乗っかり、鎌倉府への召集をかけた玉縄城主・北条綱成。
その綱成を含む玉縄城主の北条家の与力で、苦笑い付きの許可を氏康から貰った間宮康俊。
「常陸は蕎麦の栽培が多い」
「……稼げますな」
綱成からの誘いに応じた、鎌倉の源頼朝の墓や自分の祖先である源義光の墓に参っていた佐竹義重。
今の藤沢市一帯に所領があった
良晴以外はその生涯が後世までしっかりと伝わっているレベルの戦国武将達は、一足早くその後世では略されて『蕎麦』と呼ばれる蕎麦切りのブームを呼び起こす。
「時に
「んっ、なんだ?
「私は清和源氏の太田家の出身ですが、平姓梶原家の名跡を継ぎました。上総介殿も摂津源氏の
「うむ、良いぞ」
「殿!」
「わかってる。佐竹なら黙ってるよ」
「しかし……」
『?』
康俊が険しい表情を浮かべ、他の4人が首を傾げている間に、綱成が近習にある物を持ってこさせる。
桐箱の中の、更に黄袋の中にある綺麗に折り畳まれた1つの紙。それを普段からは想像出来ないほど丁寧に開いた綱成は、微笑んでから、紙を反対に向ける。
当然、崩し字はまだ勉強中の良晴と苦い表情を浮かべる康俊以外の4人は身を乗り出して、その後は一様に全員が同じような表情を浮かべながら綱成の方を見た。
「なんて書いてあるんだ?」
唖然とした4人の顔を見てから、良晴は綱成に問う。
「んー……その前に質問なんだけど、良晴は金沢文庫の事って知ってる?」
「知ってるぞ。確か、武蔵の方にあるんだよな?」
「うん! その文庫の管理を任されている人の内の1人で、私の友達の事が書いてあるの!」
「友達? 氏康…………では無いよな。誰だ?」
「玄広
「……男?」
「私や千代と同じくらいの美少女だよ!」
「おおっ」
思わず感嘆の声を上げる良晴だが、4方向から同じような感情を乗せた視線が来たので、咳をしてごまかした。
一方、良晴の反応に顔を赤らめた綱成も、1つ大きな咳をして、更に赤みを増してから、自分の昔話について話し始める。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「恵探様! こちらになります!」
「わあ」
今川家の本拠地・駿河国と、氏輝や恵探や義元の父親にあたる名将・今川氏
3000メートル級の赤石山脈に多くの雨や雪が降り、その多くが集まってくるため、今は大井川鉄道が通っている峡谷を抜けた辺りから、何度も流れが変わる暴れ川として有名だが、田畑を潤す穀雨が降ったばかりの目の前の大井川は澄みわたっていた。
氏親の第3子にして長女であるが、氏輝や次女の義元のように生母が
「そーれ!」
「やったわね!」
義元ーーこの頃は梅岳承芳ーーのように、京の五山などで英才教育を受ける事なく育ってきた彼女に、心惹かれる者は多く、送られた寺の周りも主に福島家の者達で固められた侍従もそうであった。
外見は義元によく似ているが、黒髪は肩の辺りで整えられ、温和な雰囲気が四六時中ただよい、時には農民の子供とも遊ぶ、少し体が弱い少女。
国を統べる戦国武将の娘とは思えない彼女に、周りも純粋な気持ちで触れあっていた。
「注進! 注進!」
しかし、中には彼女を傀儡にしようとする輩もいる。
それは、主に今の今川家に不安を持つ者達であり、純粋な彼女を御輿に乗せようとしていた。
「駿府から注進でございます!」
だから、氏親も長子の
しかし、恨みも執念もそれを容易く越える時がある。
「小田原での連歌会に参加し相模からついてきた輩が、
「! それで!? 容態は!?」
「残念ながら……」
今川氏輝ならびに彦五郎、暗殺される。
世に言う『花倉の乱』はこうして始まった。