12月10日、相模・鎌倉。
だんだんときつくなる寒さの中、その町で大きなイベントが行われようとしていて、耳が良い商人達が早速その参加者などをターゲットにした臨時の市場を始め、鎌倉の町は室町になって史上最高とも言える盛り上がりを見せていた。
かつて源氏3代と前北条得宗家9代による日ノ本全土の支配の中心地であった鎌倉は、滅亡時の戦乱、歴代の鎌倉公方の戦乱、そして北条家と三浦家の紛争の中で何度も焼かれ衰退していった。
そして、それはかつては権勢を極めた事もある鎌倉とその周りの寺も一緒で、時には自分で農作物を栽培し、時には仏像さえも商人に売り、時には山賊まがいの事をしながら命脈をなんとか保っていた。
「有り難や、有り難や」
そして、それは大きな寺も例外では無かったが、第2次国府台合戦前から来ていた北条家の使者が来てから、それはようやく好転する事になる。
この日、鎌倉にあるお寺の僧侶は、足利義満の頃に定められた鎌倉の寺格の順位で1位に数えられ、しかし周りと同じような境遇になっていた建長寺の本堂に集っていた。
人肌でむしろ蒸し暑くなってきた大小問わない寺の僧侶が集う部屋に、僧体だがその実はまったく違う幻庵が入ってくる。
「僧侶達よ。この建長寺に集まってくれた事に感謝する」
そんな言葉から始めた幻庵の言葉に、自分の役割がどれになるのか聞き逃さんとする僧侶達が聴く。
僧侶達からの質問を聞いて答えた後、最後に幻庵は彼らを見渡しながら告げる。
「そなた達への布告にあった通り、私は公方様の代替わりを機にして行われる改革によって正式にそなた達と公方様の仲介役を勤める事になる。
老いた身であるが、西国のように反抗する者がいれば、どれだけ歴史が深くとも滅する。この言葉を身に染み込ませておくように」
その言葉に、元々大した戦力を持たない僧侶達が一斉に頷いている頃、そこから少し離れた鶴岡八幡宮でも宮司達が丁度目の前の人物に頷いていた。
八幡宮での仕事を終えた良晴は、まるで官兵衛みたいだな、とは思いながらも参道の階段を杖をつき、白千代の補助を受けながら降りていく。
綺麗な袴を着た一行が本殿から降りてきたので、参道の両方にある屋台を見ていた住民が慌てて頭を下げようとするが、そんなのは嫌な良晴は手で止め、ついでに屋台にも寄った。
「お疲れ」
「ありがと」
源平池と呼ばれる2つの池の間にある橋を渡り、鳥居をくぐって、甲斐源氏の佐竹家と桓武平氏の北条家のそれぞれの足軽が持ち手を勤める籠に乗る。
籠の
八幡宮から東に歩き、源頼朝の墓などがある雪ノ下地区を抜け、左の尾根が迫ってきた所。浄妙寺という寺の前の風景は、良晴が最初に見たときより大分様変わりしていた。
「綱成」
「んっ? なっ!?」
ほぼ無意識で綱成の頬の羊羮を人差し指で取り、そのまま自分の口に入れる良晴。学校の友達から『ヤンデレの攻勢を一時的に止めさせる方法』を実践した彼は、赤くなった綱成や唖然とする周りに目もくれず、目の前の建物の中に入る。
その建物の一室に足利父子がいたが、何時もの服装で氏康を介して届けられた書状を挟んで、苦笑いを浮かべている状況だった。
「?」
思わず部屋の入口で首をかしげた良晴だが、杖の音に反応したのか梅千代がこっちを見て手招きしてきたので、ゆっくりと近付いていく。
杖が邪魔にならない程度の距離にあぐらをかいて座った良晴に、床に置かれていた書状を晴氏が渡してくる。
礼を言ってから書状を見る良晴だが、すぐに顔を上げた。
「読み方わからねえよ」
思わず口から出た言葉に、いよいよ爆笑した晴氏は、要点だけを良晴に言う。
「上杉憲政が梅千代の就任式に列席したいそうじゃ」
『……はあっ!?』
晴氏の言葉から1拍遅れて2人の声が部屋に響いた。
恥ずかしい姿を家臣に見られたので良晴を懲らしめてやろうと、相変わらず顔を赤くしながらさ迷っていた所に大きな笑い声が聞こえてきたので、その部屋の障子の前で立ち止まり、そして晴氏の言葉が聞こえた綱成。
障子越しに聞こえてきた大声に、部屋の中にいた玉縄城の者が刀に手を掛けながら開け放つが、彼は初めて見ることになる主の赤くなった顔に止まる。
「綱成殿も話に加わるか?」
「は、はい」
そして、綱成が無意識に座ったのは良晴と足利梅千代の間。
それに足利父子は目を細め、梅千代はジト目で良晴を見て、良晴は視線をどこかに逸らす。
「ゴホン。……とにもかくにも憲政は『公方様が古河から鎌倉に戻られるという重要な式典。これを祝するために列席し、またご先祖様の墓参りも行いたい』という事じゃ」
「……公方様はそもそもは管領のせいで鎌倉から落ち延びるしかなかったのに勝手な事を」
足利梅千代の言葉に、部屋の中にいる殆どの人々が、関東の戦乱の歴史を北条家を中心に見てきた良晴は首を傾げる。
「山内上杉家の家臣の長尾景仲と扇谷上杉家の家臣の太田資清。この2人が、公方様の曾祖父にあたられる
梅千代が口を開こうとしたが、それより先に綱成が良晴に、享徳の乱の顛末を簡単に説明する。
だが、持氏自害を強要させた義教がその2年後に次なる目標と決めていた播磨の赤松
「けど、さっきの2人が乾享院様を襲った事でそもそも対立していた公方と管領の関係は決裂。乾享院様は古河にお逃げになられたっていう訳」
「複雑だなあ。綱成殿もよく覚えてたな」
「一夜漬けしたからね」
自慢気な綱成と、苦笑いを浮かべる良晴。
その2人を、足利梅千代はある感情が大部分を占める視線で見ていた。