私達、北条家の主が住まう鎌倉府がある浄明寺地区。その前を東西に走り5日前ぐらいに舗装されたらしいのが、八幡宮と朝比奈切通を結ぶ道で、東へ歩いて行けば鎌倉の対岸の海に出るらしい。
けれど、みようによっては小太郎曰く『最年長の兄を支えようとする4人の姉妹と兄』に見えるらしい私達の目的地は、鎌倉府の東側ではなくて少し西側の所。鎌倉府とは
「
私達を目の前にして緊張した面持ちで話すのは、綱成の家臣の1人で彼女が「こいつは鎌倉に詳しいのだ!」と自慢してきたから覚えてた初老の小町綱久。
文官として動いてたらしい彼を、相良が『大衆食堂』と名付けた所にいるのを見つけて、昇任を条件に上杉家の話をしてくれる事になったという訳だ。……誰に説明してるんだろ、私。
「憲藤殿は2代将軍の
朝房殿は従兄と共に関東管領として幼少の2代鎌倉公方の
ちなみに、景虎の特異な外見を知っているのは私と幻庵、綱成、それに小太郎ぐらいだろう。
「そして管領職が空席になるとその後任につき、永安寺様の跡を継いだ
その子供は当初は氏憲と名乗っていましたが、後に出家して禅秀となり、関東管領の職も継ぎます。しかし、勝光院様の後の
まだあった南朝との連携を危惧して幕府は長春院様を指示し、幕府の命を受けた駿河の今川家などに攻めこまれ、禅秀は八幡宮がある雪ノ下の坊で一族と共に自害します」
その犬懸上杉家の邸宅があったのが、目の前の谷にあたる。
1つ目を終えて、寒空の下なのに汗をかいている小町に、ずっと目を閉じていた景虎が聞く。
「上杉禅秀殿は義に反した?」
「…………どうでしょう、な。主に刃向かう事は大罪でしょうが、主と対立してしまったのは山内上杉家に唆《そその》されたかも知れません。となれば、禅秀殿はむしろ被害者の1人かもしれませぬ」
「……そう」
話を聞いた私達は、相良の提案で近くの廃社になっていた神社で枯れかけていた
7人で手を合わせてから、次の場所に向かう。八幡宮の前を通りすぎ、亀ヶ谷切通の手前の所まで歩く。その間も景虎と義重、相良と六代で話し合っていた。
「さて、この辺りは昔は切通と同じく亀ヶ谷の名で呼ばれていましたが、関東管領の1人である上杉定正殿が居を構えた所から『扇ガ谷殿』と呼ばれてからは、扇ガ谷の地名が知れわたるようになりました。
しかし、扇ガ谷に上杉家の一族が移住したのは、定正殿の曾祖父のおじの顕定殿からでした。永安寺様の家臣として扇ガ谷に移住した顕定殿は、養子にした甥の氏定殿に家督を譲り亡くなります。しかし、その氏定殿は禅秀の攻撃に逃げ遅れ藤沢で自害します。
氏定殿の子供の持定殿は長春院様と共に駿河に逃げ、その後復帰しますが亡くなり、跡を弟の持
その持朝は永享の乱での持氏討伐に功績を挙げ、次いでの結城合戦にも幕府軍の副将として活躍する。
で、持氏の子の足利成氏が鎌倉公方に復帰すると出家するけど、案の定成氏が享徳の乱を引き起こし、自分が事実上の後見をしていた関東管領の山内上杉憲忠は討たれる。
なので憲忠の弟・房顕を新たな関東管領に擁して、自身は裏で実権を牛耳る。乱の中で嫡男が討たれるなど苦戦する中、今度は幕府から派遣された堀越公方と対立してしまい、これを機に持朝は成氏と和睦して堀越公方と争おうとしたがその前に没する。
「嫡男の遺児で持朝殿の孫にあたる政真殿が家督を継ぎますが、乱の最中に討たれ、持朝殿の3男にあたる定正殿が引き継ぎます。
なお、持朝殿と堀越公方の対立時に渋川義鏡の讒言が原因で引退させられた上杉家の家臣の中に小田原城主だった大森氏頼がいます。そして持朝殿の次男が相模三浦氏の家督を継ぐことになり、その嫡男が鎌倉の南にある新井城で3年にわたり
定正は尚も成氏と戦い続けるが、その最中に山内上杉家の家臣である長尾景春の反乱にあう。しかし、これによって成氏とも和睦出来る。
やがて景春が没落すると
重臣の暗殺によって混乱した扇谷家を見て、今度は山内家が挙兵して、長享の乱が始まる。関東管領を代々勤めるようになった山内家に、定正は仇敵だった公方と結び、伊豆にいる堀越公方をお祖父様に暗殺させたり対抗するが、その途中に落馬して亡くなる。
「家督は甥の朝良殿が継ぎ、山内家に寝返ろうとしていた氏頼の次男である藤頼が城主をしていた小田原城を宗瑞公に預けます。そして……」
「そしてお祖父様は、扇谷家からの支援要請を大義名分として相模を侵食していったのよ」
小町が申し訳なさそうに頭を下げるけど、これは仕方ない事だ。
「結局、朝良殿は山内家に降伏し、長享の乱は終わります。その後、朝良殿は山内家に持ち掛け、宗瑞公を共に防ごうとしますが、それより先に山内家の中で家督を巡る永正の乱が起きます。
朝良殿は仲介に奔走しますがあえなく病死。家督は降伏時に養子に迎えた甥の朝興殿に移り、それに春松院《北条氏綱》公が勝たれ、朝興殿は実子の朝定殿に譲り、河越城の戦いで戦死します」
そう。あの夜の被害者の1人だ。小町も相良も義重も景虎も知らない事。知ってほしくない事だ。
線香を供えた後、最後の上杉家の所に向かう道すがら、話の最後の方から目を閉じていた景虎に近付いたのは相良だった。