第36話 百人一首の話
1月12日、堺。
離れていくジャンク船を見送るのは、来たときの三好家と納屋衆だけではなく、二条家と三好家の間を結ぶ九条家に加えて足利家の若き兄妹もいた。
「駄目だったなあ」
「何がですか?」
義輝の一人言に反応したのは、落ち着いた雰囲気の姫武将。幼名を三
その姫武将の律儀な反応に苦笑を浮かべながら、義輝は昨日の夜に即答で良晴に仕官を断られた事を言う。
「俺は四角い所は似合わない、ですか」
「ああ。面白い例えだよ」
今は養子に入った和泉の父の実家と義輝の前の名前である義藤の『藤』から細川藤孝と名乗っている姫武将は、久しぶりに見る主の笑顔に、仕官を断った良晴の怒りを無くすのだった。
その直後、良晴の体の震えもおさまった。
そして、今度は港が真鶴から堺に移り、船はそのままに2つの場所で時を同じくして騒動が起きる。
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室町幕府最後の将軍・足利義昭。
この世界ではちっちゃな姫武将になっているその人は、父兄以上に放浪する人生を送ってきた。
まずは、次男なので幼少で奈良の興福寺に出家させられる。しかし長男の義輝が殺され、藤孝を含む義輝の幕臣らによって六角家の近江、次いで朝倉家の越前に逃れる。その後、美濃の織田を頼り上洛に成功するが、5年で関係は御破算になり槇島城で挙兵する。そこで脆くも敗れると京を追放され河内、堺、紀伊と行った末に毛利家の所領だった鞆の浦でとどまる。そして、それから15年後、秀吉の九州征伐後に将軍を辞めて帰京する。
そんな人生を史実では送ってきたのだが、今は楽しそうに船の上を走り回っていた。
「動きやすいのじゃ!」
「だろ?」
やはりと言うべきか、相良良晴と一緒に。
「…………」
「わかっておる! 堺に帰ったらの!」
「……………………」
「おさえておさえて」
そして、ジャンク船の甲板では、良晴に氏康からあてられた世話人の中の少女から借りた着物姿の利休がいた。
だったら博多まで行ってやるから渡してこいよ! と、自分1人のために航路を変えてくれた良晴に頭を撫でられ、彼女も怒気をおさめ、甲板の上の丸机に置いていた木箱の中を開ける。
「むっ! 勝負か!」
「…………」
「むー!」
しばらく唸っていたが、利休の「あなたは武家の棟梁の家族でしょ?」という挑発に乗った義昭。良晴に抱えられて、利休の対面にある椅子に座る。
そして、利休も元の自分の椅子に座り、良晴も杖で走るのは疲れていたので、四角形に置かれていた椅子の1つに座る。
「よろしいのでしょうか?」
「大丈夫じゃ!」
「おう」
「…………」
3人に許可されたザビエルも、急に昨日から書き始めたラテン語で書かれている聖書をポルトガル語に翻訳していた作業を再開させる。
今猿田彦、後の将軍、最初に日ノ本に来た宣教師、後の天下一の茶人。異色たっぷりの面々に囲まれた丸机で、良晴が教えた現代版百人一首の幕が上がった。
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さて、今は居城の太田城で家臣達と作戦について練っている佐竹義重だが、彼女の妹は隣の下野の戦国武将である宇都宮広綱の所に嫁いで、苦労しながらも仲睦まじい生活を送っている。
義重にとっては義兄弟にあたる広綱だが、若くして宇都宮城を追われる苦労人の彼の祖先は、前九年の役で活躍した藤原宗円兼綱になり、その宗円の曾祖父は関白・藤原道兼で道長の兄の1人である。
その宗円から数えて8代子供の宇都宮貞綱は、元寇の
「その伊予宇都宮家の8代目の当主が拙者になります」
伊予・喜多郡大洲城。
一級河川・
何故、山口に向かっていたはずの義昭ら一行が、周防灘を挟んだ対岸の伊予の地にいるのか。
「それで!? あれはあるのか?」
対する豊綱は、心底残念そうな表情を浮かべながら、首を横に振った。
「無いのか……」
「はい。御期待に添えられず申し訳ございませぬ」
「元から駄目元じゃった。アポなしであったしな」
アポ? と聞いたことの無い単語に豊綱はなんとか抑えたが、義昭を床几に座りながら抱いている良晴とその義昭以外は首をかしげた。
吹けぬ口笛を良晴が吹き、義昭が自分のお腹を支える良晴の両手の上に無意識に手を乗せ、一部から殺気が良晴宛に出た直後。
「失礼します!」
評定の間の外から、男の声が響いてきた。
目次PV20000ごえありがとうございます。