大内従二位行兵部卿兼大宰大弐兼侍従義隆。
義隆が39歳の時に産まれた、まだ6歳の少年である大内従五位下周防介義
義隆の2番目の正室であり、義尊を産んだ事から家中で権力を増しているおさいの方。
おさいの方の父親であり、義尊の外祖父にあたり、元々は京都にいた下野の壬生家の宗家にあたる大宮正四位上左大史尹治。
義隆の家臣からは、守護代に任命されて各国の統治を担っている
他にも、文治派の筆頭である相良武任、自分の祖母の実家を名乗る大内家の分家である冷
更に、公家から摂政・二条尹房、尹房の次男・二条正三位左近衛中将良豊、持明院正三位権中納言基規、長慶に負けた細川晴元・本猫寺のけんにょ・甲斐の武田信玄……ではなく信虎に娘を送った三条従一位左大臣
最後に、義隆の招待に応じた客人も紹介しよう。
肥前南部の戦国武将・龍造寺隆信。
結果的に晴持と義尊の間の中継ぎの猶子になった大友義鎮の実弟・大友晴英。
義鎮と塩乙丸の父親である義鑑と同じく義隆の姉妹を一時的ながら嫁にしていた三好よりの阿波守護・細川持隆。
生母は大友義鑑の娘だが、
やはり義隆の妹を妻に持ち、一時は堺まで進出して義晴を脅かし、その後は三好家に養われている足利義冬。
「まさに大内家の集大成でありました」
異色の招待客として注目を浴びた尼子
しかし、主賓の義昭とそれについている良晴は歓迎会の翌朝に、思い思いのルートである事件を聞くことになる。
「武任殿が行方不明?」
良晴は、まだ寝ている義昭を抱えていたので、思わず出しそうになった大声を辛うじて抑える。
良晴とは同じような立場だが、寝てるとはいえ義昭がいるので正座をしていた青年は、その良晴の言葉に首を縦に振る。
「これまで
それを聞いた良晴は、未来知識を呼び起こそうとする。東国とは違って西国はからっきしだが、大きなイベントは覚えるようにしている。
確か、備中高松城で秀吉と戦っている時に本能寺があって……その前は木津川口の戦いで負けて……義昭ちゃんが来たことから秀吉との戦いが始まって…………尼子家を滅ぼして…………元就さんが山陽道を制圧していく切っ掛けになったのは………………。
頭を抱えるが、ここぞという時に出てこない。
「郡司殿?」
じれた目の前の青年が話しかけてきたので良晴は思い出す事を止め、話題を変える事にする。
「備中守殿のご家族は?」
「お……父上は遠江守殿が東に向かってる場合に備えて昨晩の内に居城に帰られ、妹たちも同様です。尾張守殿も自分の居城へと」
「……敬語じゃなくて良いですよ?」
「…………良晴も敬語は無しでな」
「年上ですよね、隆元さんは」
年上でも関係ないさ、と微笑みながら言うのは毛利元就の嫡男で次の安芸の大親分になる予定の毛利備中守隆元。
武人というよりかは、義隆のような文化人の方が似合う彼の答えに苦笑いを浮かべた良晴の頭に、電撃が走る。
「隆元……さん」
「んっ?」
「大
「長門のか? …………ああ、
「ヤバい」
「はっ?」
毛利元就が飛躍した厳島の戦い。
その発端は…………。
「隆房さんが、反乱を起こす」
「…………はっ?」
その発端は、陶隆房が義隆を相手に反乱をした大寧寺の変からで、本能寺の変に先立つ下剋上の例と言われているものじゃないか?
相良武任が出奔して、義隆が大友家が出した使節を歓待していて、陶隆房と毛利元就が居城にいる。そして、大寧寺で義隆はもちろん関白だった二条尹房や武田信玄の嫁の父親も死ぬ。
そんな、本能寺よりもひどい事件だったのでは無いか?
「いよいよ始まるのね」
そして、周防灘を挟んだ地にある館。
その中の一番大きな私室にいる女王は、山口の方を見ながら、『唐花菱』の家紋が書かれた書状を燃やしながら、覚悟の声を発した。
「塩乙丸。私を弟殺しの呪いから解き放って」
孤独な女王の声が、独りぼっちの部屋に響く。