相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第56話 狭間の話

4日目 夕方

安芸・佐伯郡 桜尾城

 

 『戸河内(とこうち)の戦い』と後世に言われる事になる戦いの詳報を読み終えた元就は、それを丁寧に畳んでから小姓に渡す。

 割れ物の家宝を扱うように慎重な足取りでその小姓が評定の間を出るのを見送った後、ようやく視線を手紙が来る前の位置に戻す。

 南蛮船から少し前に奪った緋羅(しゃ)猖々(しょうじょう)陣羽織を肩から羽織る巨体を(せわ)しなく揺すり、明船からぶんどった青竜刀の鞘を左手の指で規則的に叩き、(かき)を殼ごと食べるペースも異常な村上水軍の首領・村上武吉が、ようやく自分に向けられた視線に気付き見返す。

 

「元就、長いぞ」

「愛娘直筆の書状であるぞ? 書状など滅多に書こうとしない元春からだぞ?」

「なるほど、兄とあの生意気な少年に惚れた小娘直筆なのか」

「なんと!?」

 

 書状を書くにしても短い物しか書いてこない愛娘からの書状が、何故か最初から最後まで、特に合戦の所がやたら長い言い回しで書かれてたのが気になっておったが…………隆元どのと……隆元どのと?

 感激に震えかけた元就の体は、武吉の後半の言葉の意味をようやく理解した頭におさえられ、次いで武吉に無意識に詰め寄っていた。

 

「なんとーーー!?」

「切っても良いか?」

 

 安芸の大親分・毛利元就と、瀬戸内の海の王・村上武吉。

 娘の恋ばなに謀略に特化した頭が混乱する老人に、陶家に協力して厳島を攻めようとした呉の辺りの水軍を一蹴した男は、そろそろ海の上に帰りたい苛立ちを直にぶつけた。

 愛媛に避難させたジャンク船を呼んでほしい、という事を隆元に頼まれた商人によって繋がった2人の話は、まだまだ本格的には始まりそうに無かった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

4日目 真夜中

周防・玖珂郡 鞍掛山城

 

 大内義隆、自害。

 冷泉隆豊、討死。

 大宮一族、()()

 住職が捕らえられた大寧寺の前でその戦果にほぼ全員が浸っていた時に、ニュースが舞い込んだ。

 

 宮川房長、玖珂郡山代地域で討死。

 

 公家と少数の武家のみ、と侮っていた者がもたらしてきた災厄に、晴賢……いや、()()が下した決断は、本拠地より更に東への帰還だった。

 馬を乗り継ぎ、山口は素通りして、防府(ほうふ)の港から村上水軍に反抗的な者達の船に乗り、僅か半日にして杉隆泰の居城であるこの城に辿り着いた。

 

「房長……」

 

 隆房より早く情報を受け取るも、全軍のほとんどを父親が持っていったため慎重に進むしかなかった隆房の嫡男・長房が、戦場についたときには既に敵は東に消えていた。

 そして、代わりに首はとられず、金色の矢も抜かれた房長の遺体を、彼は若山城まで運ぼうとした時に、父親の事を聞いたので、結局はこの城に運び込まれた。

 最低限の事は果たした我が子を労って本拠地に返してから、隆房はあまり汚れていない房長の遺体の前でしばらく座っていた。

 

「準備を終えた、との事です」

 

 評定の間に帰ってきて早々伝えられたその言葉に、隆房は上座に座りながら微かに溜め息をついた。

 誰にも気付かれなかったそれをし、虚無感に囚われながらも、目の前の敵を打ち倒すための段取りを変える。

 

「もう戻れぬ。戻れぬのだ」

 

 そして、その呟きも、誰の耳にも届かなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

5日目 夜明け

周防・吉敷郡 山口・高嶺城

大友晴英の小姓 明礬(みょうばん) 英吉

 

 いつの間にか夜は明けていたようで、襖の隙間から光が差し込んできていた。

 目を揉んで、襖を開けると真正面から太陽の光が来たので、思わず目を閉じてしまう。馴れると、眼下に広がるぱっと見ると変わっていないように見える山口の街並みが見下ろせる。

 しかし、昨日を境にして、町の中心を担う人々は、そのほとんどが入れ替わる事になり、元いた住民は先祖の地や遠くに出ていったきりまだ戻ってこない。

 

「気がほとんど無い……」

 

 隣に立って虚ろな瞳で山口の町を見下ろしていたのは、自他共に『気配が薄い』のが長所であり短所であると認めている同僚の鉄輪(かんなわ)長光。

 銀色かかった髪を肩まで伸ばし、俺と同年代のはずだが、いまだ男女どっちなのかわからない奴だ。

 

「逃げないと駄目……」

「……断言の所まで行っちゃったか」

 

 長光の呟きに反応したのは、短い赤髪と……劣情を誘う大きな物体が特徴的な浜脇大和。俺達の頭領と、この3人でどうするか会議していた。

 去年の二階崩れの変で御館様(大友義鎮)様と同じく生き延びられ、晴持殿が事故で亡くなられてから義尊が産まれるまで義隆殿の猶子であった縁から、自ら志願して陶からの要請に応えた。

 しかし……海を渡って、変が起きた後に、黒装束の男が私達の目の前に現れ、次いで筑前の少女からあの書状が来た。

 

 杉重矩が尼子家と大宮家と謀り、今を作り出した。

 更に、毛利元就は義隆殿と尼子家に二重間者になり、自分の娘にさえ嘘八百を並べる者なので注意されたし。

 また、隆房は大友家の者を当主に擁立し、尼子と協調して九州を攻めんとせん。

 これは、全て尼子家の策略である。

 

 そして、それを証明するかのように、昨日になって事態は大きく動いた。

 

「松山城が落とされ、杉重矩は陶家の者に殺された……」

 

 義隆殿に豊前守護代に任じられた杉家が治めていた京都(みやこ)郡の要衝・松山城を、変の直後に同族(蒲池家)(つて)で大友家に鞍替えした城井家(豊前宇都宮家)と、暴虐だったので先代(大友義鑑)様に追放された折に義隆殿に世話になった田原家が急襲して落とした。

 更に、将軍様の妹君などを歓待する宴のために山口にいて、そのまま反乱軍の一角になっていた杉が、滅多刺しにされた状態で見つかった。

 一方では、陶家の家臣が公家達に散々にやられ、あまつさえ毛利軍との合流も許した。

 御館様が躊躇(ためら)っていた通りの出来事に、俺達は夜通しで話し合っていた。

 

「今、隆房殿は元就との決戦に挑もうとしています」

 

 上座に座っていたはずの頭領ーー大友晴英様が、私達のすぐ後ろに立っていらっしゃった。

 

「そして、この事を元就は利用しようとするでしょう」

 

 私達が平伏しようとするのをおさえた晴英様は、目を細めながら山口を見下ろす。

 

「聞くところによれば、あの少女の主君である相良武任は既に居城からうって出て討死されたとの事。

 ですから、元就は書状は出鱈目と断じ、大友家と大内家……いえ、この場合は隆房が繋がっていたとするでしょう」

「大義名分を得た毛利は九州に攻めこみ、博多の街をとろうとする……」

「ええ。元々、私達は仇敵だった家の者。ついてくる奴らは少ないでしょうから、何処かにこもる事になる」

「御館様はあの変から大の戦嫌いですから……」

 

 唯一の血の繋がった晴英様と、血を流している博多。

 その晴英様の目は、覚悟を決めたそれだった。

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