相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第57話 大野と郡山の話

5日目 昼前

安芸・佐伯郡 大野瀬戸

 

「で、何人ぐらいだ?」

「…………2万4000くらいっすね」

「6倍、か」

 

 村上武吉は、溜め息をつきながら左側に広がる厳島の海岸を見る。敵意がものすごく込められた視線と、それらが乗せられた矢が次々と飛んできている。

 桜尾城の元就ではなく山を挟んだ隆元の承諾で、最初より少し修正された作戦の第1段階は、ひとまずは許容範囲内の結果に終わった。

 元就との決戦を挑むには、どうしても排除が必要な宮尾城を落とすために、陶軍のほぼ全軍が海に渡ろうとするのを邪魔する戦いを、その敵さんの船が全てどっちかの陸地に接岸されたのを確認して武吉は終わりとした。

 

「よーし、帰るぞ」

『へい!』

 

 正直な所は、この戦いは気が乗らなかったが「俺の妹を殺そうとした奴等だ」と隆元に言われると、動かない訳にはいかなかった。

 それに、だ。

 

「許容範囲、だよな? 村上さん」

「ああ」

 

 吉川のお嬢と……いや、あれは吉川のお嬢()一緒についてきた良晴が、3兄妹の代表として隆元が挑んだ『賭け』を「今から堺まで俺にも雇われる」という約束で成し遂げ、そのままこの船に乗ってきた。

 昨日の2連戦の後に倒れたと聞いていたが、一晩経つと既に元気な姿を見せていた。

 

「わざわざ小僧が乗る理由は無いだろ?」

「いや、俺は隆元さんに救われたんだ。隆元さんがいなかったら、義隆さんから話も聞けなかったし、ここにいれる事もなかった」

「昨日の連戦では大活躍だったらしいじゃねえか」

「そのどっちの戦でも、一番動いていたのは家族に会うために動き回っていた隆元さんさ。村上さんも、隆元さんの姿や心を目の当たりにして動いてるんだろ?」

「……がはは! てめえも武士にしておくには惜しい男だ」

「俺には帰るところがあるから勧誘は勘弁で」

 

 改めて、相良良晴という目の前の少し足下が覚束ない少年の評価を変えつつ、毛利軍が急造した港に帰ると、そこには隆元がいた。

 べらぼうに弱い酒によるものではない赤みを帯びた顔の隆元は、口を開こうとした良晴の肩を掴む。

 

「今度は隆景が!」

 

 ……陶の奴等に妙な余裕があったのはこれか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

5日目 真昼

安芸・佐伯郡 草津城、評定の間

 

 山城である草津城に、武吉と客将として良晴が最後に入り、末席の方に座る。

 それを見た元就は、隆元や元春と再会した時のようではなく威厳をもって、目の前に平伏する若者に言う。

 

「もう1度、今度は(おもて)を上げて事の次第を述べよ」

 

 早足だからという理由で選ばれた若者は、色々な所から鋭く痛む体を無視して、それに答える。

 

 自分は、吉田郡山城に留守番していた1人である事。

 自分の他に、400人ほどの者が城にいる事。

 朝、急に南の方で声が上がった事。

 突然の事態ながら、迫り来る旗印を見た隆景によって、城下の領民に避難を言いに行った事。

 見たところ自分達と同じぐらいの人数だったので、隆景も当初は迎撃を考えていた事。

 しかし、他に異常が無いか周辺を調べ回っていた元就直属の忍が、重傷を追いつつも北から大軍がやって来たのを報告した事。

 不利を悟った隆景は、外に出ていた者達に城内への撤収と持ち場につくよう命じた事。

 即席でやって来た足軽も加わった450人の武士と、250人の領民が城内に避難した直後に、南北の両方から攻められた事。

 その攻撃をなんとか防いだ後、ここへの使者に命じられ、情報を整理した後に城から出た事。

 忍に守られながらここにやって来た事。

 

「もう1度じゃが……旗印はなんであった?」

「『四つ割菱』と『四つ目結』でございます」

 

 武田家と尼子家。

 改めて、敵の正体を知った元就は、肘掛けの上に乗せている拳を握りしめ、目蓋をこれでもかというほど閉じる。

 郡山城と厳島、敵と愛娘。考える事も無いことだ。

 

「親父どの」

 

 しかし、その決断は遮られる。

 

「俺に行かしてくれ」

 

 わずか3日の間に、見違えるほど成長した、産まれたばかりの娘と妻が城の中にいる隆元に。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

5日目 真昼

周防・吉敷郡 山口

 

 行人包を被る男。

 廃屋の中に身を寄せるその人物は、外から聞こえてきた鈍い音に顔を上げた。

 

「嵐が……来ますね」

 

 痩せこけた美男子から漏れ出たのは流暢な日本語。

 

「大きい嵐が来るぜ」

 

 その男の声に、地元の訛りが入った声が応じる。

 

「ちょっくら(あさ)りに行ってくるわ」

「はい。……神のご加護があらん事を」

「どうもっと」

 

 若者が廃屋から出ていったのを優しい瞳で見送った男ーーフランシスコ・ザビエルは、壁の隙間から見える山に張りつく人工建造物を見る。

 

「オオトモさま……」

 

 何かにすがる時のような呟きは、しかし誰の耳にも届くことは無かった。

 

 そして、日ノ本を西から白い物達が包み込んでいく。

 この時代は『鯨海(けいかい)』と呼ばれ、まだ虎千代と名乗っていた長尾景虎が飛び込んだ日本海に進んだ低気圧は、その長い長い尻尾を日ノ本に叩きつける。

 

 山も、海も、野も。

 日が変わる頃には、周防でも安芸でも、今で言う暴風()となっていた。

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