01 その始まり
河内・高安郡教興寺。
普段はのどかな寺町であるその地区は、2月も終わりに差し掛かろうとしていた頃、人で溢れかえっていた。
「おお、燕が飛んでおる」
その10万人以上の中の1人である老人が、目の前で
その言葉に、その老人の隣で馬に乗っている姫武将は、同じように見上げて太陽も
「御主が大和に来たのも、燕が飛んでいた頃であったな」
「……ええ」
カラカラカラ……。そんな軽快な音と共に、鞘から取り出されたのは研ぎ澄まされた木刀。それを真横に振ると、少し緩んでいた空気が再び張り詰める。
直後に、法螺貝の音が短音で3回、後ろから鳴り響いた。
「者共!」
法螺貝の響きがまだ残っている間に、少女は前を見ながら木刀を高々と上げ、声を張り上げる。
「我らの戦の始まりだ! 不忠者を退治するぞ!」
『おー!!!』
ある者は『畿内のお姉さま』と後に評した彼女の声に、後ろの武将達もそれに負けないように
そして、蔦の旗印が動き出す。
まだ靄がかかる昼過ぎ。
松永・内藤・有馬、戦場へ向かう。
休憩を挟みながらも激戦が繰り広げられている所へ迷いなく馬を操りながら、彼女は2年前のあの日に思いを馳せていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここを出るぞ」
2年前のあの日、私がこの世界に来た翌日に、目の前の男性が真剣な表情で言う。
対して、ようやく自分が誰かなのとここの場所がわかっただけの私は、ここがどうなるのか知っているので頷く。
「俺はお前も前に行った事のある常陸の弟の所に行こうと考えてる」
いや、知らないですけど。
思わずそう言いそうになったが、辛うじてこれをこらえて、代わりに首肯して、出かけた言葉を呑み込む。
「だが、お前は少女の身。それに、小笠原のように中央との橋渡しを担ってもらいたい」
朧気だが、この世界での父はそんな事を言っていたと思う。首肯した後は、関東の地にあの方はいらっしゃるだろうかと考えてたから、そんな話に耳を傾けてなかった。
遠い地の遠い時の事を愛娘が考えているとは思いもよらない目の前の男性は、私が無意識に視線を彼の目から離そうとしていなかったせいか、満足げな表情で最後にようやく私の行き先を言ってくれる。
「お前は結城山城守殿の所に行ってもらおうと思う」
…………誰?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時を同じくして、近江とは山城を挟んだ所にある大和の山深い里に、その結城山城守忠正がいた。
その里の主の家とは思えない簡素な部屋の中で、彼は自分と同じくらいの者を中心とする一族に平伏されていた。
「石舟斎らが我らに加盟する事は大和の早期な統一に繋がる。英断、筑前守様に代わって感謝するぞ」
「有り難きお言葉でございます」
その後、旧知の友でもある目の前のこの里の主と忠正は話し込み、結局は1泊する事になった。
南都の奧の山の中にある里を出て、興福寺など寺社勢力が強いその南都を経由して、京に立ち寄った時に、すっかり忘れてた多羅尾家の者と彼が連れてきた少女に出会う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
摂津・
今で言えば新神戸駅の裏手にあるその山城に、山城守様の主君が住んでいる。
「結城山城守忠正、ただいま大和より帰還いたしました」
「ごくろうさまです」
山城守様は日本なら何処にでもいそうな外見の老人だったが、霜台様は異国情緒に溢れた御方だった。いや、異国でも霜台様のようなお人はいないだろう。
山城守様から聞いていたし、ご主人様と戦国の世の事を学んでいる時にインパクトがあったので覚えていた。けれど、この世界の霜台様は、今までのどの『松永久秀』よりそれがあった。
「あなたがはるばる遠い所から来たお方ですね」
「はい」
淡い紫色の清楚な短髪。
嫉妬も浮かび上がらないほどの豊満な体つき。
ご主人様といた世界ではコスプレ会場で見れそうな服装の下の肌は褐色で、瞳の色も黄色に近かった。
「忠正から事情は聞いています。自由になさいませ」
たおやかな笑顔にあふれる母性。
史実に聞くような大悪人には見えないが、しかし本能は霜台様を目にした時から警鐘をずっと鳴らしてきた。
「では、お願いがあります」
だが、山城守様から聞いていた霜台様の御話と、その2人から滲み出る雰囲気から確信できた。
「私も松永家の戦に参加させてください」
より早くご主人様の下へ帰れる道になる、と。