6日目
安芸・佐伯郡 城前の港
「
「おう!」
最後に相良良晴が舟に乗り込んで、史実の悪条件に雪が加わった元春さえも「こんな戦は2度としたくない」と言いはるほどの作戦がスタートする。
総大将の毛利元就、精鋭部隊率いる吉川元春、戦況を外から見て指示を出す小早川隆景、一連の戦で毛利軍の士気に否応なしに加担している相良良晴が、村上水軍の男達が操る舟にそれぞれ乗る。
一方で、連戦で疲れる部隊を持ち、もしもの時があったら大変な事になる毛利隆元は、本土の城につめて、まだ本土にいる陶隆房の嫡男・長房を見張る。
「…………」
厳島の父上と姉者に本土の兄者。更に、毛利の旗に集う5000の老若男女達に、兄者の『徳』に動かされた村上水軍。それらの人達が自分を無条件に信じて動いてくれる事を改めて実感した隆景は、思わず微笑みを浮かべる。
それに、兄者は兄なので恋をしてはいけないが、兄者と同じような雰囲気が漂い、実際その通りな相良良晴。武辺一辺倒な姉者が惚れた彼に褒められた私は、自分でも単純なものなんだと驚きつつも恋に落ちた。
あの人を慕う女の子が多いのは、吉田郡山城から 城に来るまでに実感している。まだ自分の心の名前を理解出来ていない姉者、良晴に影のように隣に侍る黒い少女、主に公家達に同伴していたという寡黙な茶人、噂だけど南九州の島津の幸が薄いという少女。関東の事はわからないけど、幾人かは慕っているだろう。それも、恐らくは国主ぐらいの少女が。
「ふふふ」
血を血で流す何時もの戦とはまた違う高揚感。
虚無感とはまた違う思いが最後に待っていると直感出来た彼女は、無意識に笑う。
その小さな笑い声を嵐の中で聞き取れた宗勝は、横目で暗闇ごしにおぼろげに彼女を見れた。
その唇は一本線のまま横に広がり。
目も何時もとはまた違う細さで。
歴戦の男である宗勝さえも震わせる笑みがそこにあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6日目
厳島北東部 包ヶ浦
無事に地面の上に立てた事に良晴は安堵の溜め息をつき、すぐに自分の右腕を掴んでいた元春を抱える。その自然すぎる滑らかな動きに、そろそろ周りも慣れてきて特別な反応は無い。
暗闇と雪を挟んで見える前の人の足を頼りに、風魔達は昼間のような足取りでついていき、厳島のほとんどをしめる尾根を登る。
横に広がる尾根の頂に脱落者なく辿り着けた一行のほとんどはそこで腰を降ろし、良晴と元春は休む間もなく呼ばれたので元就の所へ向かう。
「ここまでは予定通りじゃ」
ほとんどの者が初めてであろう荒海を乗り越えた航海の直後の真夜中の暴風雪の中の登山で脱落者がいないという事を、まずは元就は手放しに褒めて、他の者達もうなずく。
隆景以外の誰にも知らせずに舟を1隻残らず本土に返して背水の陣である事を毛利軍全員に知らしめた老将は、次いで地名の事を話す。
「我らが上陸した所は包ヶ浦と、この峰は
「隆景様の水軍と我らで包み込む博打、でございますか」
「そうよ。掛け金はそれぞれの家、報酬はこの陰陽8ヶ国。途方もない規模じゃ」
報酬は陰陽8ヶ国。
その言葉に、さっきより勢いよく頷きあう。
「突撃は変わらず明朝の夜明け。それまでしっかりと休養じゃ」
『はっ!』
そして解散となるが、良晴と信直は元春に呼ばれて、頂の小さな平地の1つに立てられた幕の中に入る。
山の上に出たので風が吹きすさび今にも陣幕をかっさらいそうな勢いだが、雪の方は心なしか弱まってきた。そんな中、互いの髪や甲冑が風であたるほどまで体を寄せあい、そうしてから元春が話し出す。
この変の直前に城を移したが、どっちも
「信直。先鋒の先鋒、よろしく頼むぞ」
「ははっ!!」
そして、戦の前の慣例として、1杯だけ酒を呑む。
ほぼ同じ頃、良晴らがいるところを駆け下りていった先の海で、暴風の音に負けない大声が響き渡っていた。
「我らは筑前の
突然の大声に厳島の港を警戒していた男達は、暗闇の先の声の主を探そうとするが、自軍の所狭しと並んでいる舟を挟んでなので、目を皿にしても遂に見つける事は出来なかった。
なので警備隊長は自分から立候補した男に声の主の近くまで行かせ、書状などを持ってこさせる。それらを確認してから、彼は雷のような大声で返した。
「お主らを確認した! しかし、このように我らの舟が並んでいるので、上陸は明朝以後にお願いしたい!!」
「……あい受けたまった!」
こうして、筑前からの援軍は厳島の沿岸にはりつける事に成功したわけだが、舟づたいに神社の社殿に密かに上陸したその軍の総大将の少女は、ふと顔を上げた。
まさにその時、その少女・小早川隆景が見上げた先にある吉川家の本陣では、信直が自分の所に戻っていった後、1つの事が起きていた。
「駄目、なのか?」
「うっ」
相良良晴は上目使いの年相応の少女、本陣を守る者達の視線、幕の外から何故か来る視線を感じとり、そして明日の事を考える。
結局、1歩引いていた右足を元に戻し、元春がしているように彼女の体を抱き締める。
「わかった。一緒に寝るよ」
「! そうかそうか! 良晴は良い男じゃ!」
元春は破顔し、良晴は複雑な表情をする。
近いようでどこかずれている2人がいる山を、隆景は無言のまま見上げていた。
明るくなっていくにつれて雪の勢いは弱まる。
そして粉雪になってきた明け方、戦いは始まった。