八神太一…主人公
八神光…太一の妹
石田ヤマト…太一の友人
第一話 邂逅a
2005年4月2日
AM7:00
「お兄ちゃん、朝練遅刻するよ!」
朝の光ヶ丘に元気な声が響く。
「あと5分…」
「キャプテンなんだから!しっかりして」
女の子の力とはいえ、全力で揺さぶられては寝てもいられず、八神太一はベッドを降りることになった。
「やば、こんな時間?」
手元の目覚まし時計は7時5分、太一の通う高校までは自転車で最低20分はかかる。
今から家を出ても30分からの朝練に間に合うかは怪しい。
「カバン、玄関に置いておいたから、はやく!」
側に立つ妹の光は、今年で中学3年生。
昔はいつも太一の後を付いてきていたのに、いつのまにかしっかり者の妹に成長してしまった。
「悪いな光、それじゃ、行ってきます!」
大慌てで壁にかけておいた制服を着て、階段を駆け下りて行く。
息も切らせず駐輪場に駆け込むと、中学生時代から乗り続けているママチャリに跨り、強くペダルを踏み込む。
「本格的にやばいな」
信号待ちですら煩わしい。
いつもより15分ほど遅く出ているせいか、人の通りが少ない。
幾つかの信号は点滅で駆け抜け、家を出て12分程度で校門に飛び込んだ。
「あれ?」
グラウンドにいるはずのサッカー部員達の姿が見当たらない、おまけに、他の部活の人々や先生の姿もなく、高校全体が閑散としている。
「おかしいな…、そういえば、来る途中に誰かに会ったか?」
太一は記憶を辿る。
階段、駐輪場、大通り、交差点、コンビニ、人はおろか、車の通りもなかったではないか。
偶然にしては出来すぎている、はっきり言って異常だ。
何かまずいことが起きている、そんな本能的な危機感に身構えていると、携帯が鳴った。
発信先は、石田ヤマト。
「ヤマトか」
『よかった、繋がったな』
「一体どうなってる?」
『俺に言われてもわからん、今、どこにいる』
「高校だよ、ヤマトは」
『俺は家だ、とにかくそっちに向かう、動かないでくれ』
「分かった」
そう言って、ヤマトからの着信は途切れた。
光はどうだろうか?
慌てて履歴から八神光を呼び出すが、出る気配はない。
そういえば、以前もこんなことがあった。
5年ほど前の夏休み。
あの時に、太一たちに投げかけられた言葉は何だったか。
『ア ソ ボ?」
全身に悪寒が走る。
声の主は見当たらない。
「どこだ」
無意識に左手はポケットに入っている堅い物を握る。
太一は分かっている、彼らは、ここにいない。
それでも周囲を見回しながら、強くそれを握りしめる。
『コ コ』
真上だ。
恐ろしく動きの悪い首を上に向けると、真っ赤な目がこちらを見下ろしていた。
空が避けている。
ソイツは顔から、手へ、胴体へ、脚へ。
まるで虫のような滑らかで不気味な動きで這い出してくる。
「ディアボロモン」
太一は身動きも出来ずに、かろうじて動く口を開いてソイツの名を呼んだ。
深紅の爪がゆっくりと後ろに引かれる。
太一は瞬き一つできずに、固まっている。
逃げられない。そんな確信があった。
ただ、振り下ろされるであろう狂刃を見つめることしかできない。
『?』
ディアボロモンが何かに驚き、上を見上げる。
今にも振り下ろされそうな爪を何かが掴んでいる。
「人?」
赤い狂刃を掴むその手は明らかに人の物だ。
ディアボロモンが振り解こうとするものの、空の裂け目から伸びた腕は全く動かない。
動かない事に痺れを切らしたのか、ディアボロモンが禍々しい口を腕に向けて開く。
眩しさすら感じる純粋な闇の塊が、腕に向けて放たれた。
閃光と爆音。
太一は衝撃波で吹き飛ばされ、そこでようやく体の自由を取り戻した。
「どうなったんだ」
巻き上げられた土煙は、空まで舞い上がり、視界を隠している。
『ゴアアアアアァァァ!』
ディアボロモンの咆哮が、砂塵を吹き飛ばした。
焦っている。
太一の知るディアボロモンは常に余裕を持って笑いながら戦闘をしていた。
しかし今の奴の声には明らかな焦燥が見られた。
一体、何と対峙しているのか。
顔についた砂を払い、必死に視界を確保した太一が見たものは、グラウンドに対峙するディアボロモンと、一人の少年だった。
顔までは見えないが、遠目からでも病的なまでに細く白い少年の右手には、見覚えのある不釣り合いな大剣が握られている。
少年はディアボロモンから5メートルほどの距離から動かない。
『ア ソ ブ?』
無機質なそれでいて人を煽るような声を発すると、ディアボロモンは目で追いきてないほどのスピードで5メートルを突進した。
少年が大剣を一閃したと気づいたのは、ディアボロモンの身体が袈裟懸けに切り落とされ、霧散してからだった。
少年は大剣を地面に引きずるように振り返り、データ片を眺めている。
太一はどうしてよいか分からず、一歩ずつノロノロと彼に近づいていく。
「あの…」
普段からは考えられない情けない声が出た。
よく見ると少年は太一と同い年くらいだろうか。
一秒ほどかけて緩慢に視線を上げると、太一の方を見た。
「ケガ、ナイ?」
片言のような、絞り出すような声が少年から発せられる。
怪我がないか、と聞かれている事を間が空いてから理解した太一は、ああ。と答えた。
「ヨカッタ」
ボロ切れのような外套のポケットから、携帯のような端末を取り出すと、何やら操作を始める。
すると、傍の大剣が粉々に砕け散った。
「コレモ、モウダメカ」
さして悲しくもないような声色で呟くと、何かに気づいたように太一に目線を戻す。
その視線は太一が握りしめているデジヴァイスに注がれている。
「デジ…ヴァイス?」
「知ってるのか…?ひょっとして、お前も選ばれし子供?」
少年は理解できないのか、首をゆっくりとかしげた後、そのまま地面に倒れこんだ。
「おい!」
慌てて駆け寄り少年の身体に触れる。
ゾッとするほど冷たい手。
本当に生きているのだろうか。
「お兄ちゃん!」
いつの間に寝ていたのか、目を開けると自室の天井と、妹の顔が目に映った。
「あれ?オレ」
「朝練、遅刻するよ?」
時刻を見ると6時45分。
いまいち状況が理解できない。
太一は確かにグラウンドに居たはずで、ディアボロモンに襲われ、少年に助けられた、その後少年の手に触れたところで記憶は無くなっている。
「お兄ちゃん、顔色悪いよ?お休みする?」
心配そうに顔を覗き込んでくる光。
「いや、多分大丈夫…」
フラフラする足取りでキッチンに向かうと、母親が料理を作りながらテレビを見ていた。
「あら太一、おはよう。顔色悪いわよ?」
「光に言われた」
「どうせ夜更かししてたんでしょう?空ちゃんとメールでもしてたの?」
「なんで、そうなるんだよ、大体あいつはヤマトと」
「はいはい、冗談よ、早く食べなさい」
全てが釈然としないままテーブルに着くと、太一は進まない箸で朝食を食べ始めた。
第一話 邂逅a 完