「受付って、どうすればいいんだろう」
事故などで記憶がない人が通常、どんな風に物を考えるのか分からないけれど、僕はなんとか常識程度は覚えているらしい。
「うーん。ありのままを伝えればきっとお医者さんも飛んでくるんじゃないかな」
「精神科とかじゃないといいなぁ…」
とはいいつつも、外傷は全くないし、MRIとか、それで異常がなければ精神鑑定とかになるのだろうか。
そうこう言っているうちに、電車は渋谷に到着した。
「渋谷なんだね」
「私も人が多いところは好きじゃないんだけど、総合病院だと、ここが一番いいらしくて」
ハチ公像がある西口には、平日にもかかわらず、綺麗な服を着た多くの若者がいた。
「この人たちは、平日から何をしているんだろう」
明らかに学生な僕やヒカリちゃんが言うのもどうかとも思うけれど。
「大学生じゃないですか?」
僕のイメージする大学生像は毎日研究室に籠るような感じなんだけれど。
「それは理系の方じゃないですか?ほら、キャンパスライフって楽しそうですよ」
ヒカリちゃんは口ではそういうけれど、憧れているようには見えない。
「ねぇ、何あれ」
「え?マジだ、なんだあれ」
そんな彼らを通り過ぎようとした時、その場にいた女の子が近くのビルを指さした。
ガラス張りのそのビルは向かいのビルの姿を映しているはずなのだが…。
「うっ」
先ほどからの違和感が突然、前頭部の痛みに変わり、僕はその場に膝をついた。
「なんでこんなところに…」
ビルに映る得体のしれぬ穴。
その淵は水面のように歪んでいて、穴の中を見つめるとまるで吸い込まれそうな気分になる。
なぜかその場の全員が、穴から目が離せなくなっていた。
人間に残る本能的な部分が、その穴に近づいて来る何かの気配を感じていた。
『警察です!慌てず駅構内に避難してください!』
近くの男性が、手帳をかざして叫んだ。
それを聞いた人は、堰を切ったように走り出した。
「大丈夫?逃げるよ」
膝をついて息を荒くしている僕に、ヒカリちゃんが手を差し伸べてくれる。
「ヒカリちゃんは逃げて」
痛む頭を押さえて、目線を穴に戻すと、口からそんな言葉が出てきた。
「来た」
『ミイツケタ』
血走った眼、黒と黄土色の体躯。
血に濡れたような爪と角を持ったソイツが、穴から這い出てくる。
「ディアボロモン」
ヒカリちゃんは震えながらそう呟いた。
「あれの名前はディアボロモンか」
いつの間にか、頭痛は収まっている。
僕は立ち上がると、ヒカリちゃんをディアボロモンから庇うように、一歩前に出る。
「これを使えってことか」
手にはひび割れたデジヴァイス。そのディスプレイは弱弱しいながらも、確かに光っている。
「そんな、ゲートは閉じているはずじゃ」
ヒカリちゃんの手にも、似たようなものが握られている。
彼女のものは穏やかなピンクの光を放っている。
分からないけれど、やるしかない。
僕はデジヴァイスの右上のスイッチを押した。
僕らの光に反応したディアボロモンが、ついに完全に穴から這い出てきた。
奴は僕らを見て、禍々しい口をあけて笑うと、赤い爪を振りかぶって跳躍の体勢を取る。
『汝の身は盾に、剣に』
どこからか聞こえてくる声、それと同時に右手の平に熱を感じる。
もはや黒い弾丸となって突っ込んでくるディアボロモンに向けて、僕は右手を伸ばす。
--『Realize』
とんでもない衝撃。
何とか踏みとどまると、目の前にはあり得ない光景が広がっていた。
ディアボロモンはもと来たビルに激突したようで、ガラスを突き破って店内に倒れている。
一方の僕の右手の中には、白銀に輝く剣が握られていた。
長さは1メートルほどだろうか、その見た目に反して重さはそんなに感じない。
柄の部分には青い宝石のようなものがはめられており、刃面には見慣れない文字が浮かんでいる。
「それって、オメガモンの…」
ヒカリちゃんはこの剣を知っているらしい。
「とりあえず、下がって」
ヒカリちゃんを駅構内まで下がらせると、僕はディアボロモンが転がり込んだビルに向けて剣を構える。
本能的に剣を袈裟懸けに振り下ろす。
またしても衝撃。
今度は吹き飛ばせなかったようで、赤い爪が剣を受け止めている。
反射的に体を右に反らすと、今まで僕のいた空間をディアボロモンも右手が貫いていた。
考えるより先に、体が勝手に動く。
僕はその手を左手で掴むと地面に向けてそれを抑え込む。
握力からしても、こんなことをできるのは人間じゃない。
遅れてくる思考で、そんなことを思った。
ディアボロモンもこれには驚きだったらしく、一瞬剣にかかっている力が弱まった。
それを見逃す僕の体ではないらしく、剣にかかる力のベクトルを上向きにして、相手の爪を跳ね上げると、体の中心、むき出しになっているコアのような部分に、目にもとまらぬ突きを叩きこむ。
僕の意識は、それを目で追うのが精いっぱいだ。
鈍い感触と共に、左手にかかっているディアボロモンの力が抜け、目からは生気が消えていく。
3秒ほど経つと、ディアボロモンの体は花火がはじけるように崩壊した。
『電波災害特例1、私の言葉が分かるなら、その場を動くな』
脱力する間もなく、後ろから声をかけられた。
振り向こうとすると、撃鉄の落ちる音。
体が勝手に反応し、地面についていた剣が振り上げられる。
『やはりバケモノか』
声をかけてきた男は先ほど避難誘導を始めた男だった。
警察官が持つにしては大型の拳銃を構え、こちらから5メートルの位置を取っている。
「あなたは誰です」
『人に名前を聞くときは、まず自分からだ』
「残念ながら、それが分からない」
『やはりそうだったか、ならば教えてやる、付いてこい』
そう言って拳銃で示した先には、護送車、と呼ぶにふさわしい車と、迷彩模様に身を包んだ自衛隊員たちが待機していた。