今後発生するデジタルワールドからの脅威のために、日本政府の切り札となった主人公。
政府からの見返りとして、新しい名前と生活の中で、記憶を探す旅が始まる。
『今日は転校生を紹介する』
『女子?かわいい?』
『いや、男子でしょ、イケメンの!』
『静かにしろ、桜井、入っていいぞ』
まだ糊のきいた制服に身を包み、廊下で手持無沙汰にしていると、教室内からお呼びがかかった。
大きく深呼吸をして扉を開くと、大勢の視線が僕を待ち受けていた。
軽く一礼して教卓の横まで歩く。不思議と緊張はないのだが、新しい靴のせいもあって妙に動きが硬い。
「今日から2-Aに編入する、桜井亮君だ。いろいろ面倒を見てやってくれ」
副担任の西島先生から目くばせを配る、僕のある程度の事情についてはこの人も知っている。
「桜井亮って言います。えーと、ちょっと言いにくいんですけど」
西島が驚いてこちらを見る。一応、ある程度の経歴は偽造で用意されているのだが…
「僕、記憶がありません。勉強や常識については覚えているはずなんですけど、もし変なところがあったら遠慮なく教えてくれると嬉しいです。それと、よかったら友達になってください」
そうやって笑っておく。隠し通せることでもないのなら、最初から行ってしまった方が楽だ。
案の定、教室は微妙な空気になってしまったが。
「あの!」
そんな中、一人の女子生徒が手を挙げた。
「武ノ内空って言います、私でよかったら、分かんないこと、なんでも聞いてね」
そういって笑いかけてくる。
それを皮切りに、俺も、私も、とクラスの大半が笑いかけてくれる。
どうやら、思わぬ形で受け入れられたようだ。
「なぁ、桜井、サッカーに興味ないか?」
用意された一番後ろの席に着くなり、隣の男子が顔を寄せてきた。
「サッカーか、やったことあるかも分からないんだけど、どうして?」
そう聞くと男子は人懐っこい笑顔で笑った、目じりが誰かに似ている。
「いや、一目見た時からさ、なんか運動してたんだろうなって感じがして」
そうだろうか、別段筋肉質なわけでもないと自分では思っていたが。
「歩き方とか見て、軸がしっかりしてるなって」
そこまで見られているのか。
「こら太一、桜井君困ってるでしょ、サッカー部の勧誘だけは本当に熱心ね」
「だけってなんだよ!」
「この人、サッカーの事しか考えてないからね、気を付けて」
そういって男子生徒の向こうから歩いてきて声をかけて来たのは、先ほどの武ノ内さんだ。
「改めてよろしくね、私の事は空でいいから」
「俺は八神太一、太一でいいぞ」
なんだか夫婦漫才を見ているような気になりながらも、僕はある点が気になった。
「僕も亮でいい。ところで、太一って妹さんいない?」
「いるぞ、どうしてそれを?」
「ヒカリちゃんって名前?」
「え?ヒカリちゃんと知り合いなの?」
「昨日会ったんだけれど、渋谷でいろいろあって」
「まさか亮、お前がディアボロモンを…」
太一が声を潜めて聞いてくる。
「ディアボロモンって…」
空も表情をこわばらせている。
「やっぱり二人とも知っていたんだね、太一はヒカリちゃんから話は聞いてる?」
「あ、あぁ…」
太一は信じられないようなものを見るような目で僕を見ている。
「詳しく聞きたいんだけど、とりあえず授業ね、亮君、教科書とか大丈夫?」
「なければ貸してやるぞ?」
「西島先生からもらったから大丈夫、一限は数2だっけ?」
「そうそう、数2は今日小テスト…って、忘れてた!」
「はぁ…昨日言ったじゃない、ちゃんと勉強してきなさいって」
「昨日はJリーグの試合を夜見ててな、気づいたら2時で」
「ほんと…ばか」
「空、頼む教えてくれ!」
「もう遅いわよ、先生来ちゃったし。亮君はできなくても大丈夫だと思うから」
そういって空は席に戻っていく。
「やべぇ…」
残された太一は青ざめた表情で教科書をめくっている。
そんな姿に笑いがこみあげてきて、僕は太一に伝えてあげた。
「太一、教科書逆だよ」
「小テストの結果だが、全体的にもう少し勉強して来い、そして数名は中間テストを覚悟しておくんだな」
そんなセリフと共に、数学の担当教官が出て行った。
「太一、どうだった?」
小テスト後の授業でもうつぶせのまま動かなかった太一に、一応聞いてみた。
「それは残酷な質問よ、亮君」
空がやって来た。
「部停は…それだけは」
ぶてい?
「勉強しないのが悪いのよ、丈さんほどとは言わないけど、せめてもう少しくらい勉強しなさいよ」
「試合近いし」
「言い訳しない」
「ちぇ…オカンかよ…」
「なんですって?」
「なんでもないです」
ところで、と空は太一の頭を叩きながら声を潜めて切り出した。
「ディアボロモン、あれがまた現れたの?」
「昨日渋谷でね。僕は初めて見たんだけどね、多分」
「ヒカリの話だと、亮が倒しちゃったらしいぞ」
「え?デジモンを?」
「なんか剣がどうとか言ってたな」
「あはは、なんか出ちゃって」
「出ちゃったって、それもだけれど、ゲートが再び開いたってこと?」
「でも俺やヒカリのデジヴァイスにアグモンたちの反応はないぞ」
「その辺りのことなんだけど、二人も選ばれし子供なの?」
太一と空は顔を見合わせて頷いた。
「後でいいんだけど、どこか三人で話せる場所に行けないかな、デジタルワールドが、僕の記憶にも関係しているらしいんだ」
「だったらパソコン室ね、ヤマトや光子郎君にもメールしておくね」
この学校にはやはり何人かの選ばれし子供がいるらしい。
「そういえば、ヒカリにメールしてやってくれよ、すげー気にしてたぞ」
そういって太一は携帯の画面を見せてくる。
「やっぱりみんなガラケー…もう僕がガラパゴスだ…」
「何言ってるんだ、ほら、携帯持ってるよな?」
昨日政府から渡された端末とは別の携帯を取り出す。
「最新機種じゃん」
「昨日買ってね」
最新機種と言ってもタッチパネルでもないし、ネットもiモードだ。
「でも、不思議な縁もあるものね、ヒカリちゃんと知り合って、太一の隣の席だなんて」
「そうだね、僕の知り合いには太一と空さんとヒカリちゃん、それに西島先生くらいしかいないんだし」
そういいながら、さっそくヒカリちゃんにメールを打つ。迷惑メール扱いされないだろうか。
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To:Hikari Yagami
From: Ryo Sakurai
Title: 昨日はありがとう
昨日助けてもらった桜井亮です。あの後いろいろあって、この名前になりました。
偶然お兄さん(太一)の隣の席になって、アドレスを教えてもらいました。
この前のお礼もしたいし、今後ともよろしくお願いします。
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昼休みがやってきた。
「食堂か、購買か」
西島先生の話では、ここ月島総合高校には結構多きい食堂と、購買部があるらしい。
しかし場所をよく知らないため、購買戦争を仕掛けるなら負けてしまうだろう。
「亮、飯行こうぜ」
隣の太一が勢いよく立ち上がり親指を立てる。
「うん」
「八神君抜け駆け?」
「私たちも桜井君とご飯食べたい~」
「ねぇねぇ、亮君って呼んでもいい?」
「俺たちとも食おうぜ、桜井」
なんだこの熱気は。
「ほんと、新しいもの好きよね、このクラス」
空が肩をすくめながらため息をついた。
「飽きられたら捨てられる?僕」
結局大所帯で食堂を占拠することになった。
弁当組の差し入れや、歓迎の証という名目でサラダをもらいまくった僕は、けっこうおなかが膨れてしまった。
「もう食えない」
「なんかペットみたいなんだもん、桜井君」
「そうそう、なんか純粋っぽいところとか」
「もっと食えよ、そしてラグビー部に入れ」
「俺のサラダ食ったよな、じゃあ今日の放課後はテニス部の見学だ!」
「全く…」
お腹をさすりながら歩く僕の隣で、空があきれたように腕を組んでいる。
「いい人たちだよ…ね」
「基本はな」
太一もさすがに心配そうな顔で隣を歩いている。
だが、一番に定食メニューの野菜を僕に渡してきたことを僕は忘れない。
「放課後はパソコン室に行くからね?間違えてもサッカー部なんていかないでね、太一も」
「行かねぇよ」
そんな話をしていると、ポケットの携帯が振動した。
「あ、ヒカリちゃんからだ」
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To:Ryo Sakurai
From:Hikari Yagami
Title: こちらこそありがとうございました
兄ともどもよろしくお願いします。
もし時間がったら夕方昨日の公園にこれますか?
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「生身でディアボロモンを倒した、だと」
放課後、パソコン室に集まった面々は、僕と太一の言葉を聞いて絶句していた。
「僕もよく分からないんですけど…どうやら僕はこの世界の人間ではないらしくて」
「いや、責めてるわけじゃない、すまない」
そう口にしたのはハンサムな顔つきをした少年、石田ヤマト。
「確かに、通常の物理攻撃に対してデジモンは非常に強い、足を止めるならまだしも、倒してしまうとなると、やはりデジタルワールドの物質である可能性が高いですね」
そう分析するのは、この部屋をセッティングしてくれた泉光子郎。
「とりあえずピヨモン達に連絡がつかない以上、デジタルワールドの話を亮君にして、記憶を取り戻してもらうことが対策にもつながると思うの」
空がそう言ってみんなの顔を見る。
太一やヤマト、光子郎も頷いている。
「亮は普通の選ばれし子供とは違うんだよな」
ヤマトが腑に落ちないといった感じで問いかけてくる。
「デジヴァイスは持っているんだけどね」
僕はポケットからひび割れたデジヴァイスを取り出して机の上に置いた。
「損傷が激しいですね」
光子郎が触ってもいいですか?と聞くので、僕は承諾した。
「形状は僕らのものと変わりませんが、心なしか色が違いますね」
そういって自分もデジヴァイスを取り出す。
彼ら3人のデジヴァイスは僕のものよりも淡い水色をしている。
「パートナーデジモンがいないというのは不思議ですね」
彼らにはそれぞれ、相棒となるデジモンがいるらしい。
「あえて言えばあの剣がパートナーになるのかな」
「でも、生身でデジモンの相手をするなんて無謀すぎる」
ヤマトの言葉はもっともだ。
前回は意識せず体が動いたが、次もそうなるかどうかの確証はない。
彼らには僕が政府の戦力としてデジモンに対して戦闘を行う義務があることは伝えていない。
ただ、政府によって保護されているという認識で伝えてある。
これはあくまで最終手段である彼ら選ばれし子供たちを前線に立たせないという政府の以降でもあり、僕が彼らを前線に送りたくないという思いもある。
今日は解散、ということでみんなのアドレスを教えてもらって帰路に就く。
ヒカリちゃんにはもうすぐ着くというメールを送って、昨日の公園に向かった。
夕暮れの海は綺麗で、帰りにはこうして回り道していくのも悪くないかもしれない。
「桜井さん」
声をかけられて振り向くと、自転車にまたがったヒカリちゃんだった。
「なんだか不思議な感じだな、まだ自分の名前じゃないみたいで」
「そうかもしれませんね、でも、桜井亮って素敵な名前だと思いますよ」
「ありがとう」
「公園まで歩きましょう」
自転車から降りて歩くヒカリちゃんに、僕は昨日のあれから起こったことを話した。
もちろん、戦闘義務の事は伝えずに。
なんとなく、この子に本当のことを話したら、反対すると思うのだ。
「桜井さんって、一人暮らしになるんですか?」
「うん、あそこのマンション」
そう言って、そう遠くないマンションを指さす。
「あそこって去年で来た新築マンションですよね」
「一人には広すぎるんだよ」
2LDKなんて、学生の住む家じゃない。
「政府は違いますね…、あ、そうだご飯ちゃんと作れますか?」
「そういえば…分かんないな、適当に外食しようと思ってた」
「ダメです。昨日のお礼もありますから、よかった今夜家で食べませんか?」
「女の子の家に行くのは抵抗が」
「お兄ちゃんもいますから」
確かに男友達の家に行くのなら問題はないのだろうか。
「う~ん、お礼をするのは僕のような気がするんだけど」
「いいえ、私です、もう、桜井さんはいろいろ気にしすぎです」
そういって微笑む姿に不覚にもドキッとしてしまった。
いけないいけない、相手は中学生。
僕がいくつかは分からないけれど。
「じゃあ、お邪魔するよ」
「よかった。じゃあお母さんに三人分って伝えますね、あ、私も作るんですけどいいですか?」
「いいですかって、むしろありがとう」
過去の自分がどんな生活をして、誰の隣にいたかは分からない。
でも、今のこの瞬間はきっとこの先も、記憶が戻っても、大切な記憶になるんだろう。