「す、すいません……お手を煩わせてしまいました」
「構わないって、こっちが助かったし」
井戸への道すがら、定助はシエスタが抱えていた山のような服が積まれた洗濯カゴを、ルイズの服が入った洗濯カゴと交換する形で、運んでやっていた。
しかし運んでいて思ったのだが、持ってみればなかなかの重量である。これをシエスタの細い腕が、良くもまぁ持てたものだなと、定助は関心した。
(これはオレより大変そうだなぁ)
そんな事を思いながら、先導するシエスタの後ろを付いて行くのだった。
「そう言えばジョースケさん、変わった服を着ていますよね……噂の通りです、何処で買えたのですか?」
やはりシエスタも女の子だろうか、服が気になるお年頃と見た。
「その胸の飾りが、良いですよね! 錨と太陽ですか? それに凄い凝ったデザインですよね! 水兵さんみたいでカッコイイですよ!」
彼女の目はキラキラ輝いている、恐らくここまでの言葉は本心だろう。とても正直で率直な、人懐っこい性格と見て取れた。定助自身も、気兼ねなく話せる。
「んー……何処でとかは忘れたかな?……そんなに変わってる? これ?」
「はい。見たことない服ですよねー、高かったでしょうに」
残念ながら、ここへ来た時から違和感なく着ていた服だ。恐らくこの服を着たまま記憶を失ったとは思うのだが、だからこの服の事を知ると言う事は自分の事を知れる、と言う事に繋がるのだと思われる。
「……まぁ、どうだったかなぁー。高かったような、安かったような……わぁーすれちゃったン」
「あはは! 何ですかその言い方! ジョースケさんって、面白い人ですね!」
そう言われ、「そう? そう?」と嬉しそうに話す定助だった。
本当は記憶がないのだが、あまり「オレには記憶がない」と言って気遣われるのが嫌なので、ルイズ以外には必要以上に打ち明けない事にした。これによって壁を作りかねないし、ただでさえシエスタには親しくして貰っているのだし。
「おっととと……」
浮かれていると、洗濯物が揺れて落としそうになった、かなり集中力を使う。
「これ、毎朝運んでいるの?」
「はい! 毎日がその量、と言う訳ではありませんけどね? 最初は大変だったのですが、今ではもう慣れたものです!」
明るい笑顔で話すシエスタに、一点の曇りも見えない気がした。この辛い作業に彼女は信念を持っており、誇りにしているのだと、定助は感じ取った。
大変ながらも楽しい作業、少しだけ彼女が羨ましくなった。
「いや、本当に凄いな…………オレ、こんなの始めてだし」
「あ……」
定助の「始めてだ」と言う言葉を聞いて、思い出したようにシエスタは思った。
(そう言えばこの人、何の前触れもなくここに連れて来られたのだったっけ……なのにいきなり貴族に使われて…………あぁ、とても気の毒な人…………)
人間を召喚した、その噂のインパクトが大きくて忘れかけていたが、彼は普通の生活から引き摺り出された『被害者』なのだと、シエスタは思う。ベッドに寝たりと、暢気しているように見えていたが、何か心に傷を付けているのではないか。そう思うと、定助がかわいそうで仕方がない。
「シエスタちゃん、井戸って、あれかな?」
「え? あ、は、はい! あそこで到着です!」
物思いに耽っている間に、体は自然と井戸へ到着していた。やはり、日頃のルーチン的な生活が癖として、体を井戸へと向かわせていたのだろうか。殆ど、自動的だった。
「それでは、あの井戸の傍に置きましょうか。お疲れでしょう? もう少しです」
「よし」
スタスタと歩き、井戸へと到着。
ゆっくりとカゴを下ろすと、疲労からの解放により、息を吐いた。
「有り難う御座います、助かりました! ジョースケさん!」
「いやこっちこそ。それでご主人に怒られなくて済む」
またそんな事を言うのだから、シエスタに『気の毒な人』と思われるのだろう。彼女にまた余計な気遣いをさせてしまった。
井戸の傍には、何かギザギザの付いた木製の板が置いてある。
「これは?」
「洗濯板ですよ、どうかしました?」
シエスタの「何か問題でも?」と言いたげなニュアンスから察するに、洗濯機は存在せずこれで洗濯するのが普通のようだ。定助は全くやった事がないので、素直に焦った。
「すまないけど、オレ、洗濯はあまりやらないのだけど……」
言葉を選んだ。「やった事がない」と言ってしまったら、シエスタに養豚所の豚を見るような目をされそうだったので、見栄を張って「あまりやらない」と言った。
「あ、それなら私がやりましょうか?」
「いやいや悪いよそれは……これからもやらされるのだろうし、オレがやろう」
「そうですか……では、勝手ながら指南しますね!」
「有り難う、シエスタちゃん」
一人のメイドと、一人の使い魔。奇妙な井戸端談話が始まりそうだ。
「それにしても、大変ですよね……いきなり使い魔にされて、こんな事させられているのですから」
ざっくり数分後、洗濯の仕方の指南が終わり、彼女は定助への質問へと入る。
シエスタは井戸から水を引き上げて、その水と石鹸と洗濯板を使って一枚一枚洗濯物を片付けていた。慣れた手つきで、山を作っていた洗濯物は次々と洗われて行く。
「大変と言えば大変だけど、オレは案外楽しそうとも思っているよ」
「え? それはどうして……って、ジョースケさん!? 下着はそんなに擦っては駄目ですッ!!」
一方で洗濯板初体験の定助は、教えられたとは言え慣れない物は慣れず、シエスタが五枚を洗濯し終えた時点でまだルイズのスカートしか洗えていないと言う状況であった。
今、洗濯しているのはルイズの下着。それを親指で押し付けるようにして、強い力で洗っていた。
「あれ、駄目だったの?」
「下着は生地が薄いのですよ!? そんな力で擦っては、生地が痛んで最悪破れかねません!! 貴族の物ですから、丁寧に洗って下さい!」
シエスタに注意された定助は、謝罪するようにペコリと頭を下げる。しかし、
「わあぁぁ!! ジョースケさん、どうしてですか!? さっきよりも強く洗ってますよ!?」
「あヤバい、ついうっかり……」
「貸して下さい!私が洗いますから!」
…………また強い力で下着を洗おうとしていた為に、見るに見かねたシエスタが定助の代わりに洗濯してくれる事になった。流石にこれは申し訳なく思い、「ごめんなさい……」と静かに丁寧に謝る定助だった。
(やった事ないからなぁ…………やっぱり難しい)
ある記憶を引き摺りだしても、井戸端で水溜めて洗濯板を使用して服を洗う…………と言う経験もないもありはしないし、洗濯物は洗濯機にと、常識が頭に居座っている。破産した漫画家か何かが、強引に友人の家へ転がり込むほどの図々しさで、その常識がドンと構えてある。これのお陰で、洗濯板での洗濯に抵抗感が少なからずあるのだ。
「あの、すいませんジョースケさん……大きな声まで出してしまいまして……」
声を張って定助に注意を放っていた彼女から謝罪が来た。さっきの事は丸きり仕方ないだろう、彼女とて必死だったし、至らない定助を気にかけてくれていたのだから負い目を感じる箇所はないハズ。
「いや、シエスタちゃんは謝る事はないよ……」
「い、いえ! ジョースケさんの方も、その…………!」
作業の手を止めて、ワタワタし出すシエスタ。
「もう止め止め!! どっちが悪いかとか止めにしよう!」
このままだと、険悪と言うか気まずい雰囲気になりかねないので、定助が手をバタバタとさせて話を切り上げさせた。それに応じてシエスタも「そ、そうですね!」とやや引っ張られ気味に同意をした。再度、ルイズの服を洗い出した。
「それじゃあ、最初の話に戻しますが…………」
「どうぞ」
「無理矢理に使い魔にされてしまったのに、どうして仕えるのが楽しいのか……と、疑問に思いまして」
その理由について、定助は答えを言おうとしたが、その前に少しだけ彼女から質問の補足が続けて入った。
「あのぅ、言ってはなんですが…………ジョースケさん、普通の暮らしの中から…………どういった生活をしていたか分かりませんが…………元々住んでいた場所から、使い魔として貴族に使われる生活になってしまったのですよ? ご友人とかご家族とかも置いて来てしまって無理矢理…………寂しくはないのですか?」
「…………」
彼女が最初に思っていた、定助への「気の毒だ」と言う思いから、こんな質問をしているのだろう。「気の毒だ、大変そうだ」と同情の念が、本人は「楽しそう」と話すのだから矛盾を生んでしまったのだ。
だからこそ、これだけは聞いておきたいと、まずは質問したのだ。
「シエスタちゃん、貴族が嫌いなのか?」
「へ?」
すっとんきょうな声をあげたのは、シエスタの方だった。定助が質問を質問で返したのだからだ。殺人鬼には怒鳴られ、保安官にはアホ扱いされそうなほどの礼儀知らずな返しだ。
しかし、定助の方も、気にはなり始めていたし、ルイズの自分に対する態度で薄々分かっていた事なのだが、聞いておきたかったのだ。「この世界の『平民』にとっての『貴族』」を。
「あ、あの……嫌いと言いますか…………恐ろしいと言いますか…………」
周りをキョロキョロと見渡し、声もボソボソとした小声になっている。『貴族』に聞かれたら不味い内容だったのかも知れない。
「常識ですが、『メイジ』は、由緒ある『貴族』の家系にしか生まれません……故に、教育も立派になされて、幼い頃から貴族としてのプライドを叩き込まれるでしょう? それだけに、魔法の使えない…………力も身分もない我々『平民』は絶対に敵いませんもの……」
シエスタの説明を聞いて、定助は昨日のルイズの話を思い出していた。「魔法は貴族の殆ど全員が使える」「平民なんかが」…………この世界の『貴族』とは、恐らく財力・地位と共に『魔法』を会得している者を指すのだろう。そして、それ以外は全て『平民』に併合され、貴族とは比べ物にならないほどの冷遇がされているのだろうか。
そう言えば、シエスタはまだ若そうだ、見積りで十代だろうか。平民は貴族ほど、選択肢が少ない事が伺える、『使われるだけの仕事』だらけなのか。
「もし、貴族を本気で怒らせてしまったら…………私たち平民はどうする事も出来ません…………恐ろしいに決まっているじゃないですか…………」
彼女は本気で怯えている。いや、彼女に限らず殆どの平民がこうなのだろうか。どんな人間も、『平民』として生まれたのなら『貴族』の顔色を伺って一生涯を全うする運命にあるのだろうか。
運命…………定助は、安易に「運命」と言う言葉を使いたくない思いに駆られた。それを言い訳にするような使用法に対し、嫌な気分を覚えた。
「……当たり前の事を聞いたようだね」
「では、ジョースケさんは……どうなのですか?」
再び、シエスタの質問が回って来た。
「ジョースケさん、『仕えるのが楽しそう』と言っていましたが、それは私にも分かる所があります。でも、無理矢理連れて来られて、言いたいように使われて……私とは状況が違います、寧ろ過酷です」
「うん」
「なのにさっきの質問……まるで、『貴族が怖くない』とも言いたげな話し方でした。なので、疑問に思って…………すいません、軽率でした……」
少し言い過ぎた所があったと、思ったのだろう。頭を下げて、また謝罪をするシエスタ。
定助は考える素振りを見せず、話した。
「貴族が怖いかどうかは、よく分からない。けど、自分は現状に満足している」
その返答に、シエスタはパッとしないのか、小首を傾げている。
「どういう……ことでしょうか?」
「何て事はないってことだな。どうにかなる」
「……ふふ、それって、私の質問の答えなんですか?」
定助はこめかみに指を立てて考え込む素振りを見せたが、「どうかなぁ」と曖昧に言って終わった。シエスタにも、微かだが笑顔が表れている。
「強いのですね、ジョースケさんって……羨ましいです」
何だか空気がしんみりし始めたので、定助は慌てて話題を変えた。
「今、何時か分かる?」
「え? 今ですか?…………そろそろ生徒たちの起床時間になるのではないでしょうか?」
「おっとと、それじゃ戻らないと……」
言い終えた頃には、彼女はルイズの服を洗濯し終えていた。ブクブクと泡のたった桶の中から、白いブラウスが現れた。
「これは、私が干しておきますね! 乾きましたら、私がミス・ヴァリエールのお部屋へ運びますよ」
「何から何まで有り難う、シエスタちゃん」
しかし、ここまで世話になりっぱなしでは定助の気が収まらない。甘えてばかりではいられないだろう。
「あー、オレからも何かお礼したいな…………」
何が出来るか考え込む定助だが、シエスタは「別にいいですよ」と辞退を申すのだが、それで気が済まないのは定助の意地にも似たものなのだろうか。
「じゃあこうしよう。シエスタちゃんが困った事があったら、何であろうと絶対に助ける! これでどう?」
何としてでも恩を返したい定助は、断る彼女を押しきって『出来る事』を取り付けた。流石にここまでの人の気持ちを無下にする事は失礼だと、シエスタは思ったのか、それを受け入れる事にした。
「……分かりました。私も何かありましたら、ジョースケさんを頼りますからね! ふふっ、有り難う御座います」
「こっちが感謝したいほどだよ……」
それだけ言えば、定助は立ち上がった。
同時に、やや強い風が吹いて、桶から溢れそうになっていた石鹸の泡が、少しだけフワリと舞い上がり、シャボン玉となった。
「…………あ」
目の前を飛ぶシャボン玉。
定助は、何か忘れているような気になり、それをじっと見つめていた。
「ジョースケさん?」
それも、シエスタによって呼び戻される。ハッと気付けば、シャボン玉はパチンと弾けて消えた。
「どうかしました?」
「いや……あぁ、じゃあ、また」
気を取り直して手を振りつつ、咄嗟に作った笑みを浮かべながらシエスタと別れた。彼女は微笑みながら、静かに手を振って見送ってくれた。
寮までの道はキチンと覚えている。寄り道する事なく、彼はルイズの眠る寮へ戻ったのだった。時刻は七時前、そろそろみんなの目が覚める。
シエスタとは、スペイン語で『昼寝』でありまさ。
僕もシエスタしとったら次の日の朝を迎えた時とかありますね、はい。
ジョジョリオンを再度読み込んだので、定助の人物像が掴めて来ましたが、妙な箇所があれば指摘を。失礼しました