ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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朝食を食べに行こう。その2

 扉を開けて、ルイズを先に行かせる為に横へずれる。それを確認した彼女が、扉から廊下へ出た。だが、すると「ゲッ」と嫌な相手にでも会ったような、濁った声をあげた。

 何事か、と思い定助も廊下に出れば、扉の右手の方でルイズの前に立つ人影の姿があった。

 

 

「おはよう、ルイズ」

「…………おはよう、『キュルケ』……」

 

 ルイズから人間嫌いの漫画家が、その中で最も大嫌いな奴に出会った時のような、「早くどっか行けよ」と言っている嫌味なオーラを感じる。それが「おはよう」の挨拶の中でも、一言一言の抑揚の中で露骨になっている、明らかに暗めの声だ。

 

「あら、今日は早く起きれたのね、意外」

「あんたは一言多いのよ! 起きれるわよ、そんくらい!」

 

 顔を合わせてすぐの、二人の突っ掛かり様を見れば、仲はそんなに良くない関係である事が伺える。と言っても、相手がルイズを怒らせて、面白がっているようにも見える。

 

「『起きれるわよ、そんくらい』ねぇ、昨日は誰のお陰で遅刻せずに済んだっけ?」

「うっさい! 昨日は……その、た、たまたまよ! お、遅くまで勉強していたからね! ふ、ふーん!!」

 

 これは完全に遊ばれている、素人目でも分かる。ルイズを怒らして、アワアワとさせるのが好きなのだろうか。そしてルイズは分かりやす過ぎる。

 

 

「フフ、そう言う事にしてあげるわ…………って、あら?」

「あ」

 

 相手が扉の前に立つ定助の存在に気付き、目線が合った。顔を見てみれば、定助は見た事ある顔だったので、思い出していた。

 

(確か……オレが召喚された時にいた子だ…………)

 

 燃えるような紅い髪に、高身長の美人。そうだ、あの時もルイズに突っ掛かっていたのを思い出した。

 

(…………知ってはいるんだけどなぁ…………)

 

 あの時はあまり印象に深くなかったが、間近で見てみればそのインパクトで脳裏に焼き付いた。

 

 

 肌は(あで)やかな褐色、それに一番驚いたのは胸元のボタンが開けられており、豊満な胸部による谷間が惜しげもなく空気に晒されていた。更に漂う、品の良い香水の匂い。足がグンバツだとか(確かにグンバツだが)そんな次元ではなく、頭の先から爪先まで輝かしいほどの美人。そして、場をスッポリ覆ってしまうほどの(なまめ)かしい色気、これだけの要因が重なったのに印象に残らない訳がないだろう。

 なんだか、人を惹き付け離さない魅力を持っている。この人、磁力でも持っているのではないかと思うほどだ。

 

「あなたがルイズの使い魔のー……えーっと、お名前をお聞かせ願える?」

「え? あ、オレェ?」

 

 存在感に圧倒されて、少し頭が動いていなかった。

 

「名前は一応……東方定助」

「『一応』って曖昧ねぇ…………」

 

 何だか、自分の名前であると頭にはインプットされているが、「本当の名前ではない」ような気がしてしまう。だからここまでずっと、この『東方定助』と言う名前に自信が持てなかった。

 

(だからって、『記憶喪失なんだ』って言いたくないけどなぁ…………)

 

 こう言う事はそう、易々と教えるものではないのだが、この名前に関しても尾を引いているのが、無くなった自分の事なのだろう。この事を伝えた上で『東方定助』を名乗るか、凄く悩む所だ。

 

 

「だって、記憶がないんだし」

 

 そう悩んでいた時にルイズが普通に暴露した。

 

「おいおい、言うなよそれを…………」

「別にいいじゃないの? 現にあんた、曖昧に言ったせいで、何でかについての言い訳考えてないでしょ?」

 

 バレていた。

 

「それに、記憶がないって善処させておけば、頓珍漢(とんちんかん)な事言っても理解してくれるでしょ?」 

 

 そうやって気を使わすのが嫌だから黙っていようとしたのに。しかし一理あるのだから言い訳しようものがないし、言ったって「隠したいのなら『一応』なんて付けずに言えば良かったのよ」なんて言われたら論破される。諦めて、溜め息吐くだけにしておいた。

 

 

「え、それ、本当なの?」

 

 記憶喪失だと聞いた紅い髪の少女は、懐疑的にマジマジと定助を眺める。それについて自分から言うよりも、ルイズが勝手に補足をした。

 

「嘘な訳ないじゃない。だから自分の名前が本当か分かっていないんだし、貴族であるあんたに対しても頭が高いのよ」

「あ、そう言う事。でも、記憶喪失にしてはルイズと話せていたじゃない?」

「忘れた事が限定的なのよ。ある程度の知識と常識は覚えているけどね、自分の事とか魔法とかこの国の事とか、まるっきり忘れているわ」

 

 要約されて説明されると、本人である定助が不可解に思ってしまう。確かにこんな限定的な記憶喪失は、ちょっとおかしい。

 

「まぁ、仕えさせるのだったら支障はあまりないんだけどね」

「へぇぇ……そんな事があるのねぇ…………」

 

 彼女の目に、懐疑から好奇が宿った。何か、面白いおもちゃとかを見付けた時のような、子供っぽい好奇心の視線。そこに、ねっとりとした大人の視線が入れば、ドキリとするのは仕方がないだろう。

 

 

「それにしても災難ね、ルイズのせいで記憶喪失になって」

「私のせいじゃあないわよ!?」

 

 意外とこの少女は、彼が記憶喪失だと知っても平常運転だ。だけど分かる、こう言った女性は、自分と他人をまずは分けるタイプだろう。そうやって、問題などを置いといて懐に入り込むのだろうか。

 

「ともあれルイズ、凄いじゃない! 本当に平民を召喚するなんて! 流石は『ゼロのルイズ』!」

「うるさい! 私だって、好きで平民を召喚したんじゃあないわよ!」

 

 ギャーギャー喚くルイズは、さっきの寝坊助とは到底思えず、完全に覚醒している事が分かる。寝起きは悪いくせに、目覚めは早いとは、良いのか悪いのか判断つけられない性質だ。

 

(……『ゼロのルイズ』?)

 

 彼女が言った、ルイズの呼び名だが、とても妙な感じだ。ルイズの渾名か何かとは思うが、見当つけられなかった。

 

 

 その時、いきなり熱を感じた。

 

「うん? 何かこの廊下、暑くないか?」

「ふふふ、後ろ」

 

 紅い髪の少女に背後を指差されて、クルリと振り返ってみれば、そこには真っ赤な体色の大きなトカゲが座っていた。

 

「うわぁ!? なんだこの生き物!?」

「あら、『サラマンダー』が分からない? 本当に記憶喪失のようね……」

 

 理由はともあれ、納得してもらったようだが、その『サラマンダー』を前にして飛び退く定助に、彼女の声は聞こえていないだろう。

 

「あー……そう言えばそれ、あんたが召喚したのよね……」

 

 羨ましいのか、義望の眼差しでサラマンダーを見ている。ルイズの様子からして、こっちの方が平民より上等な『使い魔』と言うものだろう。

 

「あたしは、誰かさんとは違って一発で召喚したのよ?」

「…………ふん、言ってなさいよ……」

 

 事ある毎にルイズの神経を逆撫でするこの少女に、定助はある意味で、敬意に似たようなものを感じた。

 

「紹介するわ、あたしの使い魔の『フレイム』よ。この鮮やかな火にこの巨体……ふふふ、まさにあたしにピッタリの使い魔ね!」

「あんた、【火】属性だものね」

「ふふふ……『微熱』のあたしにぴったりね」

 

 クスクスと笑いながら、少女は自慢気に胸を張る。定助は、フレイムの尻尾を灯す火が気になって仕方なかった。

 

「よれば、あの『火竜山脈』に生息している種類だそうよ? 血統書が取れるわ。それに曰く、好事家(こうずか)に見せたら値段は付けられないほどらしいとか……」

 

 そして、チラリとルイズを見やると、ニッコリ笑いながら、

 

「どうせなら、こんな素晴らしい使い魔を召喚したいわよね?」

「ふぎぎ……!!」

 

またルイズを怒らせる事を言った。堪えるように呻くルイズだが、ここで持ちこたえていなければ間違いなく、「ぶっ殺す」と言うまでもなく飛びかかっていただろうか。

 

 

「見てみろよこいつ! 煙を吐いているぞ!」

「楽しんでんじゃあないわよッ!! さっさと離れなさいッ!!」

 

 とばっちりにも似たルイズの叱責に、渋々とフレイムから手を離した定助であった。

 

「あらあら、ルイズ? 使い魔に当たっちゃ駄目よ?」

「いちいちうるさいのよあんた! 気が済んだのならとっとといなくなりなさいよ!」

「で? えーっと、ヒガシカタ・ジョースケで良いのよね?」

 

 ルイズを無視して、少しダンマリ気味の定助に絡み出した。横で「無視をするなぁ!」と叫ぶルイズだが、もちろん無視だ。定助は定助で、名前を呼ばれてちょっとだけびっくり。

 

「……ええ、東方定助で…………」

「ふぅん、ちょっと変わったお名前だけど、『一応』は名前なのね、覚えておくわ」

 

 変わった名前……そう言えば、この世界に『漢字』と言う概念はあるのだろうか。ルイズもシエスタも、聞いてみればとても漢字には変換出来ない、カタカナの名前である。

 そんな事をふと考えたのだが、少女は胸に手を当てて、自己紹介に入ったので思考を吹き飛ばした。

 

 

「あたしはキュルケ、『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。以後宜しく」

「………………………………」

「どうしたの?」

「…………いや、よろしく」

 

 長い。どうしてこの世界の人間は、こんなに名前が長いんだろうか。定助は、最初の『キュルケ』と、最後の『アルハンツツェルプストー』ぐらいしか聞き取れなかった。

 

「フルネームを言わなくてもいいわよ、どうせ聞き取れきれてないだろうし、あんたの家柄がどんなのとか覚えてないだろうし」

 

 そんな定助の気持ちの大半を、ルイズが代弁してくれた。そう言えば、ルイズのフルネームはスッカリ忘れてしまっている。

 

「それはあなたも同じじゃない?」

「これからみっちり叩き込むわ」

 

 何だか於曾(おぞ)ましい事を聞いたような気がした、義理の兄弟が父親を毒殺しようとしているのを知った時のような戦慄と同等かもしれない、そんな冷えた空気を感じた。定助は聞かない事にする。

 

 

「まぁでも、記憶を無くした男…………んふっ! 何だかミステリアスね!」

 

 また最初の時の、子供の好奇心に大人の眼差しが合成したような、あのちぐはぐな視線で彼女……キュルケは定助を見た。それに、やけにズイッと近付かれているので、定助は無意識に体を反らして逃がした。

 

「全く忘れちゃったの?」

「そうね、聞いた限りだと、生まれ故郷も忘れたそうね」

「ルイズ、あたしはこの人に聞いているのだけど?」

 

 代わりに代弁したルイズに、注意を入れた。そしてわざとだろうか(恐らくわざとだが)、ルイズは聞こえるように大きく、憎々しげに舌打ちをした。キュルケは反応せず、続ける。

 

「それで? あなたの口から説明して」

「…………まず、自分の事を言えないほどには忘れてしまっている。生い立ちから、どんな生活をして、どんな夢を持って、どんな奴と人間関係を築いていたのか……それこそ、『自分は何者なのか』と深く考えるほど、全く残っていない」

「へぇ、全く?」

「何も分からない」

 

 キュルケの目に宿る好奇心が、更に光を強めたような。いや、これはもう、ターゲットを定めた(はやぶさ)のような眼光にも思えた。

 だからこそなのだろうか、彼女の満たすような魅力と相まって、定助は逆らえないような気がしていた。

 

 

 

 

「……でも良く見れば、良い男じゃない? さぞかし、異性からモテていたでしょうね」

「は?」

 

 かなり理解不能な彼女の言葉に、素で「は?」と言ってしまったが、キュルケは咎める事はないようだ、お構い無し。

 

「細身だけど、筋肉はそれなりにありそうだし、顔の作りも整っているわ、ちょっと肌は色白気味だけれど。間違いなく、美男子の内に入っているわよ!」

「そ、そお? オレェ?」

「えぇ! 平民なのが惜しいほど!」

 

 どんだけ平民は損をしているんだと、突っ込みかけたが引っ込めた。あまりそんな風な雰囲気はしていなかったのだが、彼女も『貴族』なのだ。しかし彼女からは『貴族』と言うより、『女王』のような風格を感じてしまうのは何故だろうか。

 

 

 ともあれ嬉しそうな定助だったのだが、それを見ていたルイズの注意が入った。

 

「なに良い気になってんのよあんたは! ちょっとキュルケ、あまりそいつを持ち上げるんじゃないわよ!」

「あら? あたしは率直な印象を述べただけなのだけどー?」

「それが駄目だっての!」

 

 文句を言うルイズをまたほったらかしに、キュルケは更にズイッと定助へと顔を近付けた。

 

 

「ねぇ、あなたって、『自分の中の(けもの)』は覚えてらっしゃる?」

「へ?」

 

 その質問に、ルイズがとうとうプッツンした。

 

「あ、あんた!? なに、人の使い魔たぶらかそうとしてんのよッ!?」

「何もそんなつもりはなかったけどねぇー」

「もういい! あんたが去んないなら、こっちから去るわッ!…………ほら! こっち来なさいっての!」

 

 呆然とする定助を引っ張り、キュルケの元から離れる。「おいおい」と言う定助だったが、手を振って見送るキュルケに合わせて手を振る余裕はあった。突き当たりの道に曲がれば、キュルケもフレイムも見えなくなり、途端に空気が冷たくなった。

 

 

「全く…………! いい!? 今後ともツェルプストーと接触するのは禁止よ! 会話も許さないわ!」

「なぁ……なんでそう、あの子を目の敵にしてんだ? 友達なんだろ?」

「あんた、あのやり取り見てよく友達だと思ったわね!?」

 

 何だろうか、『喧嘩するほど仲が良い』なんて格言が浮かんでいた。何だか、二人は憎まれ口を叩き合う仲だとは思うのだが、何処か良く気があっているような節を感じたからだ。

 まぁ、当の本人が否定したのだから、勘違いなんだろうが。

 

「ツェルプストー家と、私たちヴァリエール家はずっとずっとライバル関係なのよ! 昔からしょっちゅう戦って来た、因縁の関係なの!」

「そらまた何でそーなるの?」

「……………………」

 

 少し黙り込んでから、ルイズは嫌々ながらも語りだした。

 

 

「…………私たちとツェルプストーは領地が接していて、何かといざこざがあったのよ。それに…………」

「それに?」

「…………ヴァリエール家は代々、ツェルプストーに恋人を寝取られているわ」

 

 定助は思わず吹き出しかけた。しかし、ここで笑ってはルイズに(しめ)られかねないので、何とか抑えた。

 なるほど、領地を取り合う敵であり、恋のライバルでもあるのだなと、定助は認識した。特に色恋沙汰関係からもたらされる因縁やらは深く、複雑だ。

 

「お父様からも『ツェルプストーにだけは負けるな』と教えられているほどよ!…………あぁもうムシャクシャするぅ!! 何であたしは平民を召喚したのよぉぉ!!」

「オレは知らんぞ」 

「いいや関係ないねッ!! このアホ犬ッ!!」

 

 とうとう『犬よばわり』にされて、滑稽なのやら悔しいのやら……複雑に折られた感情に悩まされながらも、定助はルイズに引っ張られ、寮から出たのだった。

 

 

 寮の扉を抜けて、ルイズから解放されれば、思い出したように質問をした。

 

「そう言えばキュルケちゃんが言っていたけど……」

「なにその『ちゃん付け呼び』!? あんたたちそんな親しくないし、まずキュルケはあんな成りだけど一応、貴族だからね!? 身の程知りなさいよそろそろ!」

「まぁまぁ……」

「…………で? キュルケがなんて?」

 

 ライバル関係の彼女が言った、なんて言えば気になって仕方がないのもライバルの止められない(さが)なのだろうか。ともあれ、ルイズが聞く耳持ったのを見計らって、質問を言った。

 

 

「キミの事、『ゼロのルイズ』って言っていたけど、何か意味ある?」

 

 その質問を聞いた瞬間、ピクリとルイズの体が揺れた。「あ、これは怒られる」と思い、待ち構える。

 

 

 

 

「…………あんたなんかが、知らなくてもいい事よ」

(あれ?)

 

 しかし反応は、薄いもの。

 いや、薄いのではない。彼女は『静かにキレている』。あの、激昂(げっこう)するタイプのルイズが、静かにキレているのだ。

 

(…………この言葉は言わない方が良いか……)

 

 そんなただならぬ雰囲気を察知し、定助は黙ってルイズの後を付いて行くのだった。




細かい色彩設定としては、服装は『ジョジョリオン 四巻』の色合いで、肌の色は『ジョジョリオン 十巻』の方と、設定付けておきます。失礼しました
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