扉を開けて、ルイズを先に行かせる為に横へずれる。それを確認した彼女が、扉から廊下へ出た。だが、すると「ゲッ」と嫌な相手にでも会ったような、濁った声をあげた。
何事か、と思い定助も廊下に出れば、扉の右手の方でルイズの前に立つ人影の姿があった。
「おはよう、ルイズ」
「…………おはよう、『キュルケ』……」
ルイズから人間嫌いの漫画家が、その中で最も大嫌いな奴に出会った時のような、「早くどっか行けよ」と言っている嫌味なオーラを感じる。それが「おはよう」の挨拶の中でも、一言一言の抑揚の中で露骨になっている、明らかに暗めの声だ。
「あら、今日は早く起きれたのね、意外」
「あんたは一言多いのよ! 起きれるわよ、そんくらい!」
顔を合わせてすぐの、二人の突っ掛かり様を見れば、仲はそんなに良くない関係である事が伺える。と言っても、相手がルイズを怒らせて、面白がっているようにも見える。
「『起きれるわよ、そんくらい』ねぇ、昨日は誰のお陰で遅刻せずに済んだっけ?」
「うっさい! 昨日は……その、た、たまたまよ! お、遅くまで勉強していたからね! ふ、ふーん!!」
これは完全に遊ばれている、素人目でも分かる。ルイズを怒らして、アワアワとさせるのが好きなのだろうか。そしてルイズは分かりやす過ぎる。
「フフ、そう言う事にしてあげるわ…………って、あら?」
「あ」
相手が扉の前に立つ定助の存在に気付き、目線が合った。顔を見てみれば、定助は見た事ある顔だったので、思い出していた。
(確か……オレが召喚された時にいた子だ…………)
燃えるような紅い髪に、高身長の美人。そうだ、あの時もルイズに突っ掛かっていたのを思い出した。
(…………知ってはいるんだけどなぁ…………)
あの時はあまり印象に深くなかったが、間近で見てみればそのインパクトで脳裏に焼き付いた。
肌は
なんだか、人を惹き付け離さない魅力を持っている。この人、磁力でも持っているのではないかと思うほどだ。
「あなたがルイズの使い魔のー……えーっと、お名前をお聞かせ願える?」
「え? あ、オレェ?」
存在感に圧倒されて、少し頭が動いていなかった。
「名前は一応……東方定助」
「『一応』って曖昧ねぇ…………」
何だか、自分の名前であると頭にはインプットされているが、「本当の名前ではない」ような気がしてしまう。だからここまでずっと、この『東方定助』と言う名前に自信が持てなかった。
(だからって、『記憶喪失なんだ』って言いたくないけどなぁ…………)
こう言う事はそう、易々と教えるものではないのだが、この名前に関しても尾を引いているのが、無くなった自分の事なのだろう。この事を伝えた上で『東方定助』を名乗るか、凄く悩む所だ。
「だって、記憶がないんだし」
そう悩んでいた時にルイズが普通に暴露した。
「おいおい、言うなよそれを…………」
「別にいいじゃないの? 現にあんた、曖昧に言ったせいで、何でかについての言い訳考えてないでしょ?」
バレていた。
「それに、記憶がないって善処させておけば、
そうやって気を使わすのが嫌だから黙っていようとしたのに。しかし一理あるのだから言い訳しようものがないし、言ったって「隠したいのなら『一応』なんて付けずに言えば良かったのよ」なんて言われたら論破される。諦めて、溜め息吐くだけにしておいた。
「え、それ、本当なの?」
記憶喪失だと聞いた紅い髪の少女は、懐疑的にマジマジと定助を眺める。それについて自分から言うよりも、ルイズが勝手に補足をした。
「嘘な訳ないじゃない。だから自分の名前が本当か分かっていないんだし、貴族であるあんたに対しても頭が高いのよ」
「あ、そう言う事。でも、記憶喪失にしてはルイズと話せていたじゃない?」
「忘れた事が限定的なのよ。ある程度の知識と常識は覚えているけどね、自分の事とか魔法とかこの国の事とか、まるっきり忘れているわ」
要約されて説明されると、本人である定助が不可解に思ってしまう。確かにこんな限定的な記憶喪失は、ちょっとおかしい。
「まぁ、仕えさせるのだったら支障はあまりないんだけどね」
「へぇぇ……そんな事があるのねぇ…………」
彼女の目に、懐疑から好奇が宿った。何か、面白いおもちゃとかを見付けた時のような、子供っぽい好奇心の視線。そこに、ねっとりとした大人の視線が入れば、ドキリとするのは仕方がないだろう。
「それにしても災難ね、ルイズのせいで記憶喪失になって」
「私のせいじゃあないわよ!?」
意外とこの少女は、彼が記憶喪失だと知っても平常運転だ。だけど分かる、こう言った女性は、自分と他人をまずは分けるタイプだろう。そうやって、問題などを置いといて懐に入り込むのだろうか。
「ともあれルイズ、凄いじゃない! 本当に平民を召喚するなんて! 流石は『ゼロのルイズ』!」
「うるさい! 私だって、好きで平民を召喚したんじゃあないわよ!」
ギャーギャー喚くルイズは、さっきの寝坊助とは到底思えず、完全に覚醒している事が分かる。寝起きは悪いくせに、目覚めは早いとは、良いのか悪いのか判断つけられない性質だ。
(……『ゼロのルイズ』?)
彼女が言った、ルイズの呼び名だが、とても妙な感じだ。ルイズの渾名か何かとは思うが、見当つけられなかった。
その時、いきなり熱を感じた。
「うん? 何かこの廊下、暑くないか?」
「ふふふ、後ろ」
紅い髪の少女に背後を指差されて、クルリと振り返ってみれば、そこには真っ赤な体色の大きなトカゲが座っていた。
「うわぁ!? なんだこの生き物!?」
「あら、『サラマンダー』が分からない? 本当に記憶喪失のようね……」
理由はともあれ、納得してもらったようだが、その『サラマンダー』を前にして飛び退く定助に、彼女の声は聞こえていないだろう。
「あー……そう言えばそれ、あんたが召喚したのよね……」
羨ましいのか、義望の眼差しでサラマンダーを見ている。ルイズの様子からして、こっちの方が平民より上等な『使い魔』と言うものだろう。
「あたしは、誰かさんとは違って一発で召喚したのよ?」
「…………ふん、言ってなさいよ……」
事ある毎にルイズの神経を逆撫でするこの少女に、定助はある意味で、敬意に似たようなものを感じた。
「紹介するわ、あたしの使い魔の『フレイム』よ。この鮮やかな火にこの巨体……ふふふ、まさにあたしにピッタリの使い魔ね!」
「あんた、【火】属性だものね」
「ふふふ……『微熱』のあたしにぴったりね」
クスクスと笑いながら、少女は自慢気に胸を張る。定助は、フレイムの尻尾を灯す火が気になって仕方なかった。
「よれば、あの『火竜山脈』に生息している種類だそうよ? 血統書が取れるわ。それに曰く、
そして、チラリとルイズを見やると、ニッコリ笑いながら、
「どうせなら、こんな素晴らしい使い魔を召喚したいわよね?」
「ふぎぎ……!!」
またルイズを怒らせる事を言った。堪えるように呻くルイズだが、ここで持ちこたえていなければ間違いなく、「ぶっ殺す」と言うまでもなく飛びかかっていただろうか。
「見てみろよこいつ! 煙を吐いているぞ!」
「楽しんでんじゃあないわよッ!! さっさと離れなさいッ!!」
とばっちりにも似たルイズの叱責に、渋々とフレイムから手を離した定助であった。
「あらあら、ルイズ? 使い魔に当たっちゃ駄目よ?」
「いちいちうるさいのよあんた! 気が済んだのならとっとといなくなりなさいよ!」
「で? えーっと、ヒガシカタ・ジョースケで良いのよね?」
ルイズを無視して、少しダンマリ気味の定助に絡み出した。横で「無視をするなぁ!」と叫ぶルイズだが、もちろん無視だ。定助は定助で、名前を呼ばれてちょっとだけびっくり。
「……ええ、東方定助で…………」
「ふぅん、ちょっと変わったお名前だけど、『一応』は名前なのね、覚えておくわ」
変わった名前……そう言えば、この世界に『漢字』と言う概念はあるのだろうか。ルイズもシエスタも、聞いてみればとても漢字には変換出来ない、カタカナの名前である。
そんな事をふと考えたのだが、少女は胸に手を当てて、自己紹介に入ったので思考を吹き飛ばした。
「あたしはキュルケ、『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。以後宜しく」
「………………………………」
「どうしたの?」
「…………いや、よろしく」
長い。どうしてこの世界の人間は、こんなに名前が長いんだろうか。定助は、最初の『キュルケ』と、最後の『アルハンツツェルプストー』ぐらいしか聞き取れなかった。
「フルネームを言わなくてもいいわよ、どうせ聞き取れきれてないだろうし、あんたの家柄がどんなのとか覚えてないだろうし」
そんな定助の気持ちの大半を、ルイズが代弁してくれた。そう言えば、ルイズのフルネームはスッカリ忘れてしまっている。
「それはあなたも同じじゃない?」
「これからみっちり叩き込むわ」
何だか
「まぁでも、記憶を無くした男…………んふっ! 何だかミステリアスね!」
また最初の時の、子供の好奇心に大人の眼差しが合成したような、あのちぐはぐな視線で彼女……キュルケは定助を見た。それに、やけにズイッと近付かれているので、定助は無意識に体を反らして逃がした。
「全く忘れちゃったの?」
「そうね、聞いた限りだと、生まれ故郷も忘れたそうね」
「ルイズ、あたしはこの人に聞いているのだけど?」
代わりに代弁したルイズに、注意を入れた。そしてわざとだろうか(恐らくわざとだが)、ルイズは聞こえるように大きく、憎々しげに舌打ちをした。キュルケは反応せず、続ける。
「それで? あなたの口から説明して」
「…………まず、自分の事を言えないほどには忘れてしまっている。生い立ちから、どんな生活をして、どんな夢を持って、どんな奴と人間関係を築いていたのか……それこそ、『自分は何者なのか』と深く考えるほど、全く残っていない」
「へぇ、全く?」
「何も分からない」
キュルケの目に宿る好奇心が、更に光を強めたような。いや、これはもう、ターゲットを定めた
だからこそなのだろうか、彼女の満たすような魅力と相まって、定助は逆らえないような気がしていた。
「……でも良く見れば、良い男じゃない? さぞかし、異性からモテていたでしょうね」
「は?」
かなり理解不能な彼女の言葉に、素で「は?」と言ってしまったが、キュルケは咎める事はないようだ、お構い無し。
「細身だけど、筋肉はそれなりにありそうだし、顔の作りも整っているわ、ちょっと肌は色白気味だけれど。間違いなく、美男子の内に入っているわよ!」
「そ、そお? オレェ?」
「えぇ! 平民なのが惜しいほど!」
どんだけ平民は損をしているんだと、突っ込みかけたが引っ込めた。あまりそんな風な雰囲気はしていなかったのだが、彼女も『貴族』なのだ。しかし彼女からは『貴族』と言うより、『女王』のような風格を感じてしまうのは何故だろうか。
ともあれ嬉しそうな定助だったのだが、それを見ていたルイズの注意が入った。
「なに良い気になってんのよあんたは! ちょっとキュルケ、あまりそいつを持ち上げるんじゃないわよ!」
「あら? あたしは率直な印象を述べただけなのだけどー?」
「それが駄目だっての!」
文句を言うルイズをまたほったらかしに、キュルケは更にズイッと定助へと顔を近付けた。
「ねぇ、あなたって、『自分の中の
「へ?」
その質問に、ルイズがとうとうプッツンした。
「あ、あんた!? なに、人の使い魔たぶらかそうとしてんのよッ!?」
「何もそんなつもりはなかったけどねぇー」
「もういい! あんたが去んないなら、こっちから去るわッ!…………ほら! こっち来なさいっての!」
呆然とする定助を引っ張り、キュルケの元から離れる。「おいおい」と言う定助だったが、手を振って見送るキュルケに合わせて手を振る余裕はあった。突き当たりの道に曲がれば、キュルケもフレイムも見えなくなり、途端に空気が冷たくなった。
「全く…………! いい!? 今後ともツェルプストーと接触するのは禁止よ! 会話も許さないわ!」
「なぁ……なんでそう、あの子を目の敵にしてんだ? 友達なんだろ?」
「あんた、あのやり取り見てよく友達だと思ったわね!?」
何だろうか、『喧嘩するほど仲が良い』なんて格言が浮かんでいた。何だか、二人は憎まれ口を叩き合う仲だとは思うのだが、何処か良く気があっているような節を感じたからだ。
まぁ、当の本人が否定したのだから、勘違いなんだろうが。
「ツェルプストー家と、私たちヴァリエール家はずっとずっとライバル関係なのよ! 昔からしょっちゅう戦って来た、因縁の関係なの!」
「そらまた何でそーなるの?」
「……………………」
少し黙り込んでから、ルイズは嫌々ながらも語りだした。
「…………私たちとツェルプストーは領地が接していて、何かといざこざがあったのよ。それに…………」
「それに?」
「…………ヴァリエール家は代々、ツェルプストーに恋人を寝取られているわ」
定助は思わず吹き出しかけた。しかし、ここで笑ってはルイズに
なるほど、領地を取り合う敵であり、恋のライバルでもあるのだなと、定助は認識した。特に色恋沙汰関係からもたらされる因縁やらは深く、複雑だ。
「お父様からも『ツェルプストーにだけは負けるな』と教えられているほどよ!…………あぁもうムシャクシャするぅ!! 何であたしは平民を召喚したのよぉぉ!!」
「オレは知らんぞ」
「いいや関係ないねッ!! このアホ犬ッ!!」
とうとう『犬よばわり』にされて、滑稽なのやら悔しいのやら……複雑に折られた感情に悩まされながらも、定助はルイズに引っ張られ、寮から出たのだった。
寮の扉を抜けて、ルイズから解放されれば、思い出したように質問をした。
「そう言えばキュルケちゃんが言っていたけど……」
「なにその『ちゃん付け呼び』!? あんたたちそんな親しくないし、まずキュルケはあんな成りだけど一応、貴族だからね!? 身の程知りなさいよそろそろ!」
「まぁまぁ……」
「…………で? キュルケがなんて?」
ライバル関係の彼女が言った、なんて言えば気になって仕方がないのもライバルの止められない
「キミの事、『ゼロのルイズ』って言っていたけど、何か意味ある?」
その質問を聞いた瞬間、ピクリとルイズの体が揺れた。「あ、これは怒られる」と思い、待ち構える。
「…………あんたなんかが、知らなくてもいい事よ」
(あれ?)
しかし反応は、薄いもの。
いや、薄いのではない。彼女は『静かにキレている』。あの、
(…………この言葉は言わない方が良いか……)
そんなただならぬ雰囲気を察知し、定助は黙ってルイズの後を付いて行くのだった。
細かい色彩設定としては、服装は『ジョジョリオン 四巻』の色合いで、肌の色は『ジョジョリオン 十巻』の方と、設定付けておきます。失礼しました