ほら、四回言ったぞ!早く『黄金超大作』の書き方を俺に教えろ!!
『アルヴィーズの食堂』は学院のほぼ中心部、本塔内に位置する、巨大な食堂である。しかし『食堂』とは言うものの、その面積はオペラ座の劇場か何かかと錯覚するほどの、広さと豪勢さが融合した施設であった。大多数の生徒が席に着き、食事の挨拶が来るまで待つ様を見ていれば、朝食と言うより特別な日の晩餐会のような雰囲気だろう。
「うおおー、凄いなぁー!」
三列並んだ長テーブルは果てまで続き、引かれたテーブルクロスの上には朝食とは思えないボリュームの料理が
「こーんな華やかな所で、毎日朝食食べるのかー!」
「あまり大きな声出さないでよ! 恥ずかしいじゃない!」
興奮する定助の腕を引っ張って注意する。それでいてもこの尊厳な雰囲気を出す食堂が、彼に強烈な好奇心を与えるのだった。
「ここは魔法の勉強だけじゃあなくて、貴族としての
つまり学院が後押しして、生徒らに帝王学やらを、魔法のついでに教えるのだろうか。ルイズのプライドの高さを見ても、その教育は浸透している。
「へぇ、花嫁修業も兼ねているのか。やっぱ家庭科の授業とかあるんだよな?」
「…………家庭科は知らないけど……まぁ、大体合ってるわ」
そりゃ貴族は料理を作らないか、と定助は思い直した。
「あの……あの変な小さい石像はなんだ?」
定助の指差す先には、壁際に点々と並ぶ小人の像がある。良くみればかなりリアルに、
「あれが、この食堂の名前の元になっている、小人の石像『アルヴィー』よ。たくさんいるから、複数形にして『アルヴィーズ』ね」
「動き出しそうだなぁ」
「夜になれば踊るのよ」
「動くのぉぉ~?」
ここに来て、やっとこの世界は「なんでもありだな」と実感するに至る。それよりも夜中に踊り出すとは、これは夜な夜なここに入って見てやるしかないなと、変な使命感を抱いていた。
「あと、本当はこの食堂、あんたみたいな平民は絶対に入る事も出来ない場所なのよ」
「…………え、マジ?」
少し、ヒヤリと背筋が冷たくなった。堂々と正面から入ったが、咎められるのか。
「全然普通に入っちゃったけど、問題ない…………」
「…………」
「…………よな?」
「大問題よ」
そうルイズに言われ、ギクリと体が震えた。貴族と平民の関係を掴んだだけに、貴族たちから睨まれてないか、周りを見渡してしまう。その時に上の階の存在に気付いた、ロフト席だろうか。
そんな中で、慌てる定助のその様子を、ニヤニヤとして見ていたルイズ。
「…………普通はね? あんた使い魔だけど人間だし、特別に入れるように手配していたわ。だから今回は大丈夫よ」
定助はルイズにからかわれていた訳だ。変に気を張った自分が馬鹿に見えて、ドッと息が漏れた。
「驚かすなよ…………」
「ご主人様からの
「有り難う御座います」
これは素直に感謝する。こんな豪勢な料理を、朝からありつけるなんて黄金体験だ、ファンタジーだ、メルヘンだ。
「上の階もあるんだ」
「あそこは先生たちの席よ。私たちでさえ行けないわ……っと、ほら」
椅子の前まで来れば、ジッと定助を一瞥し、立ったまま静止している。何の事か分からないので「なんだろうか」とキョロキョロする定助だったが、その様子でルイズは溜め息吐いて、何かを諦めたようだ。
「もう……記憶がないのなら覚えておきなさい。椅子を引いて、私を座らせるの」
そう言う事かと納得し、すぐさま椅子を引いてルイズを座らせる。ここでやっと、何かあればご主人より率先してやるんだなと学んだ定助である。
「オレは隣でいいかな」
「なに言ってんの? あんた?」
「えっ」
椅子に座ろうとする定助を、ギロリと睨むルイズの視線を感じた。それでルイズに目線を合わせれば、やっぱり睨んでいた。神父と相対した不良少女の鋭い目だ、こいつこんな目も出来るのか。
「昨日の夜の事、思い出しなさいよ。あんた、椅子に座ろうとしたわよね?」
「…………」
「…………」
定助の視線が、足元へとゆっくり落ちる。
「…………床ぁ?」
「その通り」
頭が痛くなる。このやり取り、何だか昨日のリプレイのようだ。
「まぁ……いいか」
椅子に座れないと言う不満を消せば、あとは何も粉微塵に残らないのだから、甘んじる。こんな豪勢な料理を頂けるのだから不平不満は無しにしよう。
「床からいちいち立って取るの面倒だから、ここで幾つか料理をストックしていい?」
「…………あんた、椅子が駄目なら料理も駄目って気付かないかしら?」
指がちょんちょんと、下へ向けられた。それをすーっと目で追えば、何かが見えた。いや、見たくなかった。
「……………………」
「平民が、貴族と同じ食事なんて食べられる訳ないじゃない。この食堂の、この床で、その食事。普通だったら外で使い魔たちと一緒だったのよ? あんたは特別」
これまであった全ての事を、一気にひっくるめて撤回する。床には見るからに固そうな黒パンと、少量の冷たそうなスープが置いてある。
「……………………」
「ほら、さっさと床に座りなさいよ。お祈りが始まるわ」
「……………………」
何だか、自分の中の大事な物を色々と踏みにじられたような気分になり、彼女に対して異議申し立てをする気力もわかなかった。
(あー……『入れるように手配した』とは言っていたが、『食べられるように手配した』とは言っていなかった…………)
目の前の食事にありつけると、勝手にぬか喜びしていた自分が恥ずかしくて仕方なくなって来たが、「勘違いは仕方ない」と思い直し、屈辱感と羞恥から逃れる。
ふと気付けば、食堂はシィンと静寂に浸っており、ルイズも含めて全ての生徒が両手を組んで、祈るように
「偉大なる『始祖ブリミル』と女王陛下よ。今朝もささやかな
一人の人物(恐らく教師だろう)の号令の後に、全生徒がその祈りの言葉を口々に唱えた。何の事か分からない定助は、その様子を眺めているだけ。
(…………『始祖ブリミル』?)
人物名であろうその言葉が何故か心を離さなかった。貴族の人間がみんな揃えて祈っている所を見れば、かなりの信仰を集めている人物なのだろうか。
(…………にしても、『ささやかな糧』か……貴族たちよりもオレの方が状況に合っているんじゃあないか…………)
空腹にグッタリとしながらも、自分の目の前に置かれている『ささやかな糧』を見て何とも言えない気分になった。祈りが終わると、一斉に食器の鳴る音と話し声が響いた。
「朝食はやっぱり、焼きたてのクックベリーパイに限るわよねぇ」
幸せそうな満面の笑みで、パイを頬張るルイズ。そこだけならとても可愛らしい少女なのだが、すぐ下の床に座り、質素な料理を食べる定助と一緒に見れば、この世界のパワーバランスを象徴しているようで物凄い光景だ。ギャングでも一緒の席に座れるのだが。
「……なぁ、一生に一度の願い事なんだ、何か一つ食べさせてくれ」
「あら、食べ終わったの?」
黒パン二つに少量のスープ、さっさと空の胃にいれたが中途半端に満たされたので、余計に欲しがって足らなくなっていた。当たり前だが。
「じゃあ、私が食べ終わるまで待ってなさい」
「…………そのパイの一キレで良いんだが」
「何気に贅沢なもの頼むわねあんた……早く平民である事を自覚しなさいよ…………」
「分かった、だったらそのマスカット一粒なら……?」
図々しいなと眉をしかめながらも、「まぁ、マスカットぐらいなら」と思い、皿に盛り付けられた一房のマスカットから一粒を取り、定助にポイっと投げ渡した。
「ほら。それで満足しなさいよ」
「おぉ」
満足はしないと思うが、美味いものが食べられるだろう。これで空腹感を誤魔化せたらいいのだが。
「いただきます」
やはり貴族が食べるだけあって、厳選して出しているマスカットなのだろう。瑞々しく膨らんだ、なかなか上質の大きな一粒だ。食欲が沸き起こり、堪らず口の中に入れた。
そしてそのまま『前歯』で挟むと、一気に噛む。
ブシュゥゥゥゥ。定助の口からマスカットの果汁が勢い良く発射された。
「キャアァァァァァ!!??」
ルイズの甲高い悲鳴が響く。それはそうだろう、マスカットを噛んだ定助が口からテッポウウオのように果汁を飛ばしているのだから。そしてそれは、彼女の目の前を掠めたのだから驚かない要素が全くない。
「ンマイなぁぁあぁぁぁッ!!」
「何やってんのよあんたぁぁぁぁ!!??」
定助の歓喜とルイズの怒号、周りの全員の視線が一気に集中した。
「なに!? 私に
「やっぱ貴族の食べるものは何でも一流なんだな! マスカット一粒でもスッキリした気分になる!」
「私の話を聞けぇぇぇッ!!」
ふっと、大口開けて喋る定助の口内が見えた。チラリと前歯が見えたのだが、上前歯がちょうど真ん中ですきっ歯になっていた。その状態で挟んで噛んだ為に、細い隙間からマスカットの果汁がホースのように発射された。これにより、奇跡的飛距離で果汁を放ったのだ。
「あんたすきっ歯じゃない!? それでマスカット食べるの下手って、色々終わっているわよ!?」
「前歯で噛むのが癖なのかな」
「奥歯、奥歯を使いなさいよッ!」
「挑戦してみよう、もう一粒だけ」
何処までもマイペースな自分の使い魔に、髪を貶された不良のように激しくプッツンするルイズ。
「さっさと出ていきなさぁぁいッ!!」
貴族の振る舞いだとか、そんなものを無視したような鬼の形相の彼女を見て、「何だか知らんがヤバイ」と本能で察知し、食堂の出入り口目掛けて全力で逃げ出した、戦おうだとか弁解しようだとか考えもしなかった。言うのも、彼女は懐から杖を取り出していたのだ。
「ゼェ……ゼェ……あんの…………バカ犬……!!」
息をきらしながら、食堂からトンズラした定助を確認すると、気持ちも落ち着いて来た。
落ち着いてくると、クスクスとした嘲笑と、周りの声も聞こえた。
「おい見ろよ……『ゼロのルイズ』は平民さえも手懐けられてないぞ」
「凄い剣幕だったなぁ……朝から暇しないぜ……く、く、く!」
「あの平民、果汁をかけようとしていたぞ」
「まぁまぁ……『ゼロのルイズ』だしな! 大目に見よう!」
その様子に気付き、ボッと顔が真っ赤になり、とりあえず黙って席に座り平静を装った。
(く、くぅぅ!! あのバカのせいで、楽しいハズの朝食が台無しじゃない!!)
イライラと羞恥心が混ざりあい、まさに混沌とした感情を募らせながら、周りの興味が薄れて来た時を見計らってナイフとフォークを再び手に取った。
(絶対に許さないわ……! 三日間…………いや、一週間ご飯抜きにしてやる! 貴族の恐ろしさってのを身を以て味わらせてやるッ!!)
怒りのピークを越して、この混沌の感情を怒りにして定助にぶつける事にした。まるで脳に微弱な電気でも流されて闘争本能が暴走しているようだ。
こんな事になった理由を定助のせいにして呪いつつ、冷めかけのクックベリーパイを口にした。
「…………雑味?」
食べなれたクックベリーパイの中に違和感あり。何だか、ベリー以外の妙な酸味を感じた。そして一気に、さっきの光景がガンッ! と、フラッシュバックした。
「…………マスカット…………」
どうやら、定助の放ったマスカットの果汁が、ピンポイントでパイに直撃したようなのだ。フォークとナイフを持つ手が怒りで震え出す。
「…………絶対に……目にもの見せてやるんだから…………!!」
この時放った彼女のオーラは、近くを通った貴族も平民もビクビクとさせたとの事だった。
やりたかった「ンマイなぁぁあぁぁぁッ!!」でした(笑)
あたしもやりたいんですがね?すきっ歯じゃないので……はい(はいじゃあらへんがな)。