これか……DIOに出会った時の気持ちとは……た、魂までは売らねぇ!
「…………よし……いてて」
受けた打撲を労りながら、汚れた机を拭き取った。ざっと、二時間ずっと掃いては拭いて、運んで集めて捨ててを繰り返している。だが、その殆どの作業をやっているのは定助のみ。ルイズはぼんやり、机の上に座っていた。
だいぶ片付いたか。あと、一時間程度やってれば、教師に「終了」は言えるだろう。
「ふぅぅぅ…………ちょっと休憩休憩…………」
ここまで掃除
それにしてもハードな一日だ。ルイズの使い魔として初日であるハズなのに、色々と起こり過ぎている。洗濯して、サラマンダーを見て、質素な食事をして、殺意を受けて、デカイ土竜に会って、授業に参加した後、爆発で打撲…………
一週間でギャングのボスに就任した中学生と言った感じだろうか、今日の話だけでも小説の一つや二つ書けそうだ。
「……………………」
それはそれとして、この隙間のないような一日の中で、最も奇妙な事を思い出す。奇妙な事とは、ルイズの放った爆発の衝撃空間の中で見た、『半透明の腕』だ。
(アレは……けして幻覚じゃない…………)
あの空間の中、飛び散った石の破片が定助に突き刺さろうとしていた。覚悟を決めて、目を薄く閉じた。
しかし、その石の破片は、定助の
この瞬間的時間の中でも、その光景は網膜に焼き付いている。あの腕は間違いなく、『起こった事実』であり、『確かに存在していた』のだ。
(誰かが傍にいた? オレの後ろから…………オレを守ってくれた……?)
爆発後、呆然とする中でも、『傍にいた者』の正体を探した。だが、吹っ飛んで着地した時の太った生徒の反応や、周りの反応を見る限りは、誰もこれを見ていなかったようだ……まぁ、あの状況だ、仕方ない事なのかもしれないが。
(一体、何者だ?…………どうしてオレの後ろから現れた、どうしてオレを助けたんだ…………)
答えのない事を考え込んでしまえば、なかなか戻って来られない。ただこれは、自分の中に『懐かしい』と言う感情が、心にあった為だ。久しぶりに故郷へ帰って来たような、ノスタルジックな感情…………この矛盾が、彼の中で納得出来ないのだ。
(この気持ちはなんだ…………オレは、アレを知っているのか?)
そう考えた所で、「アホらしい」と小さく呟いた。
(オレはアレを知らない)
そこで考えに見切りをつけて、頭を現実へと引き上げた。
(今は…………こっちか)
机の上に座っている、ルイズに視線を向けた。心、ここにあらずと言った風に、荒れた教室を眺めて箒を回している。浮いた足をブラブラさせて、息を小さく吐くばかり。
「ふぅ……」
「……………………」
彼女を表す渾名だった『ゼロのルイズ』……まさかこの名前が、ここまで重大なものだとは分からなかった。プライドの強いルイズには、さぞや屈辱的で不名誉な渾名だろう。
「……………………」
「……………………」
「………………なに?」
かける言葉を探していたら、見つめながらも沈黙する彼に痺れを切らしたのか、向こうから話をかけて来た。
「あ…………いや…………」
かける言葉が見付からないのだから、返す言葉も見付からなかっただろう。突然話しかけられて、困惑したのは定助だった。
「……………………」
言葉は見付からないがしかし、『触れまい』と思っていた事に、『触れる』時が来たのかもしれない。主人への気遣いより、主人への理解を優先させる。
「…………あの……ご主人…………」
「……………………」
「……『ゼロ』…………と言うのは、あぁ言う事だったんだな」
定助に質問に、ルイズの表情に変わりはない。
利口な彼女だ、定助が聞きたがっている事に気付いていたのだろう。
「……えぇ、あいつらが言う『ゼロのルイズ』の『ゼロ』って言うのは、『成功率ゼロ』だとか『素質ゼロ』だとか…………全く私は持っていないって事を表しているものよ」
まるで他人事のように、フワフワと浮わついた声で言っている。
「昔から……私が魔法を使おうとすると、さっきみたいにドカーン…………って、何故か爆発ばかり。成功した事は一回もないわね」
「……………………」
「……………………」
自分の事を話すルイズだが、やはり辛い所があるのか、黙ってしまった。
しかし、定助はむやみに話しかけたりしない。彼女は話す事を拒否しているのではなく、言葉を探していると思っているからだ。定助は、ルイズの話が終わるまで、絶対的な『聞き手』に回る事にした。
「……………………」
「……………………だから……お父様も、お母様も…………厳しかったわね……流石にあの時は挫けそうになったわ」
「…………でもキミは、挫けなかった。努力したから、この学院にいるんだろ?」
定助の質問に、少し戸惑うように俯いてから、再び顔を上げて「そうね」と肯定する。
「
「凄いじゃないか」
「でも…………」
「……………………」
ルイズはまた少し黙った。定助は静かに待った。
次の言葉が出てくるまで、一分だけ経過した。
「…………増えて行くのは『知識』だけ。自分がどの系統が分からないほど失敗しているから、全部の系統を勉強したってのに…………何一つ、私には使えなかった」
「…………そうか……」
「大きくなって、必死に勉強したら使えると思っていた。座学はトップだし、杖の構え方まで一挙動一挙動覚えているわよ。でもどうよ、この有り様……」
右手を上に突き上げて、荒廃の中にいる自分をアピールしているようだ。彼女は今も昔も苦しんでいたのだ。
「学院に入って、家から離れてからも猛烈に努力したわ。教科書はもう、穴が空くほど見た。ぶっ倒れるくらいの練習量で、魔法を試した。でも変わらない」
「……………………」
「そう言えばいたわね、私が学院に入れたのは『金があったから』だとか、『まぐれの
「…………それだけに、プレッシャーも強いんじゃあなかったのか?」
ここでやっと、何もかも見透かしたようなルイズの表情に歪みが生じる。定助が今、彼女の感情を見透かしたからである。
「…………本当に察しが良いわね、あんた……何者よ」
「…………それが知りたいんだけど」
「あぁ…………記憶喪失だったわね……普通にしているから忘れそうになるわよ」
「くくくっ」
ルイズが定助に軽口叩き、定助が堪えるように笑った。少し、彼に心を許したのではないか。
「…………まだ話しても良い?」
証拠に、彼女から話の続きを申し出たほどだ。
「どうぞ」
「…………そうね、物凄いプレッシャーだったわ。私の上にお姉様が二人いるんだけど……姉妹としての順番じゃなくて、ヴァリエール家の者として…………さっき言った通り、厳しくされたわね」
「ほお…………」
「有名な家庭教師を何人も付けられたほど…………みんなに匙を投げられたけどね。私なんかは…………」
そこで彼女はとうとう、沈黙してしまった。「私なんか」から次の言葉を模索しているようなのだが、口は開かれるのに、何を言おうか分かっていない。
「……………………」
「……………………」
何度か思い付いた言葉を言おうと、口を開いたのだが、それでも出てこない。そして、最後には諦めたように口を閉じ、俯くのだった。
「キミは、『ゼロ』じゃあない」
定助の言葉に、ルイズは目線を合わさざるを得なかった。驚いた顔のルイズの目には、真剣な顔の定助が座っていた。
「こうしてここに、オレがいるんだ。これは
「…………それに浮かれた結果がこうでしょ」
「キミは誰よりも努力をし続けた」
「実らない努力なんて、ただの骨折り損よ……話すんじゃなかったわね…………もういい、言わないで」
彼女の心に何かが生まれたハズだ。なのに、彼女の心はそれを拒絶している。拒絶しているから、この話をなかった事にするつもりだ。
ここで止まれば、彼女の心は『死んでしまう』。定助は食い下がらない。
「家のプレッシャーに潰されそうになっても、キミははね除けてきた」
「もう会わす顔さえないわ……話はおしまい」
「そうであっても…………キミは信じて、戦い続けて来たんだろ」
「おしまいって言っているでしょ? 命令よ」
ルイズの声が震えた。
「キミは認められる為に、この学院の中、一人だけの戦いを生き抜いて来た」
「止めなさいって…………」
「そんなキミを、オレは『ゼロ』なんて言わない」
「止めて……」
「キミは間違いなく、『誇り高き一族』の意思と誇りを受け継いでいる」
「黙りなさいってッ!!」
ルイズの叫びが、教室に
息を荒く吸い込む彼女の目には、食堂の時に感じた殺気のようなものを感じる。定助は、静寂に身を預ける事にする。
「あんたねぇ……平民の癖に、貴族の何が分かるってのよ……! 私の何が分かるってのよ!? 自分の事も、分かってない癖に!」
「……………………」
「召喚に成功したのは、ただのお情けよ…………『ゼロ』としての一生が……私の『運命』なのよッ!!」
「…………なるほど」
今度は定助が俯いた。とうとう彼も、諦めてしまったのか、こうなる事も『運命』だったのだろうか。
「……『運命』…………そう決めるのなら、今までを捨てるんだ」
再び彼はルイズを見た…………いや、睨んでいる。
「…………ッ!」
暢気で、頓珍漢な平民の使い魔……だと思っていた彼から、『気高い精神』を感じた。ルイズは思わず、押し黙った。
「『運命』で片付けるのなら、これまでの努力も、支えも……全部否定するんだ。そして、キミの『一族』も否定するんだ」
「そんな事出来る訳ないじゃない……!?」
「キミは『運命』の延長線上として、自分の能力を否定した。そして、これまでの一生を否定した…………自分の事なんか、『運命の一部に過ぎない』なんて考えるのなら、筋道通りの事柄に
「あ、あんたって……あんたって…………ッ!」
頭に血が昇ったルイズは、箒を投げるとなんと、杖を定助に構えた。定助に一族を侮辱されたと、思ったからだ。あの爆発を間近で食らえば、定助はまず無事で済む訳がないだろう。
「だ、だ、だ…………黙らないと…………黙らないと…………!」
しかしルイズの……涙で潤んだ目と、震える手を見れば、迷いがある事は明白。
「…………なら、それでオレを『殺せばいい』」
「は、はぁ!?」
これで怖じ気付くと思っていた。
しかし、定助は絶対に食い下がらない。
「なに言ってんのよ!? 正気じゃあないわ!!」
「キミこそ何言っている。しようとしているのはキミだ。オレは決められない」
「でも、あんたは……」
「どうせ昨日会ったばかりの、顔見知りの平民だろ? 未練はないハズ」
定助の瞳に、曇りはなかった。後悔もなかった。何処までも本気の『覚悟』が瞳の奥に輝いていた。
「否定するんだ、オレを殺すんだ」
「や、止めなさいって、言ったわよね……?」
「丁度良い。『運命』の中で生きて行くのなら拘りは捨てなければな」
「や、や、止めて…………!!」
どよめく彼女の心に向けるように、最後に定助は言い放った。
「選ぶんだ。キミはどっちだ? 落ちこぼれの『ゼロのルイズ』か、誇り高き『ヴァリエール家のルイズ』か」
「…………!!……!」
ルイズは、杖を、
「……………………」
「……………………」
…………静かに懐へと閉まった。そのつもりはないだろうと思うが、魔法は定助に向かって、発動しなかった。
目からボロボロと涙が落ちる。あの、気丈な彼女から想像出来ない一面だった。
「…………捨てられる訳ないじゃない…………」
ぽつり、ルイズは呟く。
「ここまで……いつか魔法が使えるって…………頑張って来たのに…………」
「……………………」
「…………捨てるなんて、無駄じゃない………………あんただって……」
一呼吸置く、興奮し過ぎたせいか、少しクラクラと頭が回っている。眉間を指で押さえながら、ルイズは『とうとう言った』。
「……あんただって、『始めて魔法で召喚した』んだし…………」
それを聞いた定助は、歯を見せてニコッと笑った。あの変なすきっ歯が丸見えだ。
「認めたじゃあないかぁ! キミは、『ゼロ』じゃあないって!」
さっきまでの真剣な顔から一転、
「キミは間違いなく、魔法を使える。ならばこの召喚だって、絶対に成功しないものだった」
「え、えぇ…………」
「だけどオレがこうして、キミの使い魔として存在している。これは、どんなに『ゼロ』と罵られようとが、絶対に覆せない事実。それにほら、この…………手の文字の奴」
定助は、左手のルーン文字を見せた。これは間違いなく、ルイズ自身が行った『魔法の一つ』であるし、彼を使い魔として認めた絶対的な証なのだ。
「これは成功の証。キミに才能が無いなんて、そんな事はないんだ。人一倍頑張った人間が、人一倍下に見られてはいけないんだ……恐らくキミの魔法には、『何かがある』んだと思う」
「……『何か』?」
「そう、『何か』」
定助の含ませた言い方に、興味をもったルイズは、質問する。
「じゃあ……その『何か』って、なんなのよ?」
それについて定助は、自信満々気にこう言うのだった。
「さぁ?」
「……はぁぁ!?」
「だってオレは、『魔法』が使えないし、魔法学も知らないんだぞ~……逆に知っていたら怖いだろ?」
確かにそうかと、ルイズは溜め息吐いた。あまりにも分かったような事を言っていたので、無意識に平民へ期待した自分が恥ずかしくなった。
「だけど、キミはこれから『その意味』を探さなくてはいけない」
しかし、定助は続けた。
「…………『意味』?」
「そう、『意味』だよ。考えた事はないのか?『何で魔法が使えないのか』を。素質とか、そんなのは省け」
それは何千回も考えた事柄だ。しかし、今の頭で考えてみると、少し違和感があるような気がする。
「…………そう言えば……」
「『何か』がキミの中にあるんだよ。その『何か』の存在と『意味』を探して行く…………これがキミの使命であり、オレの使命でもある」
それを聞いたルイズは、ピクッと反応する。
「…………あんただって……記憶を取り戻したいのでしょ?」
本当にある時、ポンと忘れてしまうのだが、定助は記憶がないのだ。自分にまつわる事全て、生い立ちや家族も。
「確かに、自分が何者か知りたい」
その後に定助は「だけど」と付け加えた。ルイズは黙って聞いている。
「……オレはキミの『使い魔』だ。主人のキミの為に働いて、何か不愉快でもあるか?」
「…………あんたって、変わっているわ、ほんと」
涙を袖口でサッと拭くと、ルイズはやっと、机から飛び降りて、投げ落とした箒を手に取った。表情は、さっきまでのボンヤリとした顔をしていない。まとわりついた物を落としたような、吹っ切れたような、とてもスッキリとした顔だ。
「…………さっさと終わらせないとねぇ…………お昼ご飯に間に合わないわ」
「えぇ? 掃除出来るのぉ?」
「出来るわよ!? 私を誰だと思っているのよ!」
彼女は胸に手を当て、誇らしげに言うのだった。
「私はあの、ヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ! 掃除ぐらい、なんて事ないわ!」
それを聞いて、定助は微笑んだ後にゆっくりと腰を上げた。教室は、予定より早く片付きそうだ。
「でもあんた」
「ん?」
「ツェルプストーと何かしてたでしょ?」
「え」
ルイズの爆発が起こる前に、彼女と話していた事がバレていた。それを見ていたのなら、信じて立っていた事を見てくれと、少し思う。
「…………いや、あれだよ……キミの事について…………」
「ジョースケ」
「はい…………ん?」
「…………ご飯抜きは昼食までにしといてあげるわ、感謝しなさい」
一週間から減らされたのだが、安心したような複雑なような……一先ず苦笑いをしておく定助だった。
そして、ルイズの口から「ジョースケ」と聞けた事には、純粋な嬉しさを実感するのだった。
私の名前はランタンポップスだ!レンタンでもノンタンでもない!
んー、名言にしたいなぁー!だよな?オービー君?
1/26→台詞を一部、加筆しました。