中庭には行くな。
トリステイン魔法学院には、もちろん、学院長がいる。太陽が東から昇るように当たり前の事だが、学院長はいる。
学院の真ん中にある本塔の最上階、そこが学院長が業務を行う魔法学院長室が設置されている。自分のやりたくない事は人にやらせるように、当たり前の事だが。
「先程の爆発騒ぎは、ミス・シュヴルーズが行っていた【土】の授業の際、『錬金』の実践学習をしていた所、生徒が実践魔法で失敗した為に起きたものです」
「…………あーもう良い……誰が何をしたかは分かった分かった…………」
学院長室にて、秘書と思われる緑色の髪を靡かせた女性が、前方に座って面倒そうに聞く、立派な髭を蓄えた老人に報告をしていた。
老人はとことん面倒そうに、鼻毛を抜きながら聞いていると言う始末なのだが。
「こんな事態を起こすのはあの子じゃろ?……ヴァリエール家の末っ子の…………えーとぉ…………」
「……………………」
「…………あぁ、ルイズじゃ、ルイズじゃろ。そうじゃろ?」
名前を思い出すまで少しプランクがあったが、ルイズの失敗魔法は最早、この学院で有名な事なのだ。そして爆発が起きて教室の備品が破壊されたりすれば、報告は毎度毎度ここへ届いて来る。ので、彼自身『実践』と『爆発』と『失敗』さえ聞いたら、誰が起こしたらものかすぐに検討付ける所まで来ていたのだ。
「……えぇ、その通り、ミス・ヴァリエールです」
「むぅ……これで何回目かのぅ…………」
老人はインク壺と羽ペンを取り出すと、秘書に渡された書類にサインをする。
「こちら、サインを」
「…………こらまた派手にしよって……うわ、パーティー開ける額じゃぞこりゃ…………」
「取り替える備品としましては、黒板が一つ、椅子が三十六脚、机が五つと教卓が…………」
「あぁ言うな言うな! 頭が痛くなるわい! うひー……」
さっさと書類に自分の署名を書き入れた後、ペンを放り出して椅子から立ち上がった。
「全く……あまり国庫から請求しようものなら、いつか調査団が来おるぞ……」
「別に
「いや、対応が面倒」
「……………………」
見るからに職務を「面倒」だとか、色々と問題のあるこの老人。
この老人こそ、見た目と風格は兎も角、このトリステイン魔法学院を治める学院長、『オールド・オスマン』である。今、ルイズが破壊したものの被害額とを計算し、それを国に請求する書類を書いている。しかしこの学院長、こう言ったデスクワークが大嫌いである。
なので、ある程度の書類作業を秘書に任せて、自分の著名が必要な重要書類だけにサインすると言う事をしている。それでも面倒面倒言うのだが。
「はぁぁ……どうしたものかのぅ、あの子は…………一度や二度なら兎も角、これで何度目じゃろうか…………」
「まだ修行中の生徒です。大目に見てあげましょうよ」
「そう言えば『平民』を召喚したと聞いたが……本当に話題の絶えない子じゃわい」
窓から学院を見下ろす。そろそろお昼時だろうか、下には大勢の生徒が食堂のあるこの本塔へと集結している様が分かる。どっかの狂気な医者なら大笑いで喜ぶ光景だが、オスマンは自分の生徒たちを我が子のような、慈愛の目で眺めている。
「そろそろお昼時かの?」
「えぇ、そうですね」
「ほほほ! 生徒たちが集まって来とるわ。可愛いらしいのぅ」
ザワザワと集まる生徒たちを見て、にこやかな表情となるその姿は、孫を見守る
「ふぅ……これを眺められると、嫌な仕事の事は忘れられるのぅ」
「……………………」
「そう思わぬか? ミス」
「オールド・オスマン」
「あぁっ!?」
窓を眺めていたオスマンがいきなり、クリア間近のゲームをゲームオーバーにされた不良のような驚愕の声をあげた。それと同じタイミングで、秘書は白いネズミを捕まえていた。
「…………窓を眺めるフリをして、使い魔を使って私のスカートを覗こうなんてしないで下さい」
「……………………」
「…………バレていますよ」
「…………ふぉ、ほほほ……」
動揺しているオスマンから見るに、使い魔に何かをして、秘書のスカート下を見ようとしていたようだ。何をしたのかは分からないが、色々と無駄遣いな事をしている気がする。
ここでさっきのオスマンの台詞全てを、生徒たちではなくて秘書のスカート下にすげ替えて見て貰おう。かなりドン引き。
「な、何がなにやらさっぱりですじゃ」
「白々しいですよ」
「…………今日は平和じゃのう」
「話は終わっていませんよ」
「こう、ピクニックにでも行きたいような」
「蹴り殺しますよ」
「誠に申し訳ありませんでしたッ!!」
蹴り殺すという言葉に怖じ気付き、謝罪しながら秘書の足元にザザーッと土下座して近付いたオスマン。秘書に敷かれる学院長とは、威厳も何も、そこには暗黒空間に飲まれたように何もないだろう。
「白状しましたね…………」
「いや、ほんの出来心! たまたま『モートソグニル』がミスの足元まで来とったから、どうせならと思って……」
「『どうせ』でこんな事しないで下さい」
捕まえた『モートソグニル』と言う名前の、オスマンの使い魔ネズミを解放してやる。モートソグニルは一気に秘書から間合いを離すと、怯えて物入れと物入れとの隙間に逃げ込んでしまった。
その様子を確認すると、秘書は呆れたような声で話す。
「全く……あまり酷いようですと、王室に報告しますよ?」
「それだけは止めてくれんか!?」
すがり付くように、秘書の近くへ膝だけで近寄ると、必死に許しを懇願する。
「年寄りのちょっとしたお茶目じゃろう!? こんな年寄りに酷な事は止めとくれんかのぅ!?」
「…………許して欲しいのですね?」
「とてもッ!!」
「ならその右手、引っ込めましょうか?」
何と抜け目のないジジイ。何と言うエロへの挑戦。
土下座して弁解を求める姿はしているのだが、近寄った時に死角を狙って、気付かれないように右手を秘書の尻へ伸ばしていたのだ。もちろんそれを、
「え、あ、いやこれはその…………み、右手が勝手に」
「……………………」
「止めます、はい……すいませんでした」
ニッコリ、笑って怒っている秘書に恐れをなして、学院長オールド・オスマンの悪ふざけはここで終わった。スゴスゴと秘書の監視に晒されながら、冬のナマズのように大人しく、元通り自分の席へと向かった。
「全く……そんな風だから、婚期を逃すんじゃぞ」
向かう最中に放ったこのオスマンの言葉で、彼女の中で決定的な何かがキレた。
「……おいエロジジイ…………今、なんつった?」
明らかな秘書の口調の変わり様に、オスマンは「しまったぁ!」と少女が敵に捕まえられた時のような迂闊な驚き様で飛び上がった。
「え? あ、違うんじゃ!? こ、こ、根気が必要じゃなって!! 秘書の仕事は忙しいからなぁ、うん!」
「いまてめぇ、『婚期逃すぞ堅物女』って言ったなぁぁ!?」
「誰も堅物とは言っとらんぞ!? 落ち、落ち着くん……うげべらぁ!?」
学院長室からドッタンバッタンとした激しい音と、オスマンの悲鳴が響いたのだった。
さて、学院長室へと走る一人の教師。それは、図書館で何かの発見をしたコルベールであった。
「あそこの司書さんの説教、一度食らうとなかなか逃げられないと聞いたが……ひぃ、噂通りだった…………!」
自身の発見に驚き過ぎて、静寂な図書館で叫んでしまったばかりに、昼前まで司書に捕まり説教をされていた。昼食の頃合いを見計らい、全力で逃げて来たのだった。
「……………………」
逃げて来た、そう。逃げて来た。司書さんはまだ、コルベールを許してはいないと言う訳だ。
「い、行き辛くなるなぁ、図書館に……」
気苦労から、髪の無い頭をポリポリと掻いた。
「ま、まぁ! とりあえずこの発見をお知らせしなければッ!!」
責任やらお叱りは後で受けるつもりだ。そんな使命感と覚悟の心を持って、コルベールはひた走る。
「はぁ、はぁ…………」
本塔を駆け上がり、学院長室の前に到着。ここまで走りっぱなしの為に荒れた呼吸を正して、ノックをしようと扉に近付いた時…………
「ん?」
……学院長室から、オスマンのか細い声が聞こえて来た。
「た……助けて………………」
息も絶え絶えな、瀕死の声。
あのオスマンが何事かと、コルベールは激しく動揺する。
「お、オールド・オスマン!? どうなさいましたぁぁぁ!?」
扉を勢い良く開き、学院長室へ突撃したコルベール。その彼の眼前に広がっていた光景と言うのは、
「蹴り殺してやるこのド畜生がぁぁッ!!」
「ひぃっ!? あぅ!! 止めて、止めて下さ、ぎゃあぅ!?」
地面に這いつくばって、秘書にゲドゲドに蹴られる我らが学院長オールド・オスマンの姿であった。
「……………………」
「…………あら! こんにちはミスタ!」
彼に気付いて満面の笑顔で挨拶する秘書に、軽く戦慄するコルベール。この状況の理解が全く追い付かない。そしてまだオスマンにグリグリと踵を押し付けている。
「……えーっと、ミス、これは一体…………」
「オールド・オスマンが腰が痛いとおっしゃるので、マッサージを施していた所ですわ!」
マッサージにしては殺気の籠った蹴りをお見舞いしているように見えたのだが。今だって、虫を踏み潰すような感じで踏みつけているではないか。
「いや、あの、マッサージと言うのは指圧を使って……」
「マッサージですわ」
「ですから、マッサージと言うのは……」
「マッサージですわ」
「あぁ、そうですか! マッサージですか! いやぁ、ハハハ!」
笑顔ながらも黒い、秘書の圧倒的オーラに押されて、抱いていた疑問全てを放棄、あるがままを受け入れたコルベールであった。
「…………んで? なんの用じゃ……えーっと、ミスタ…………誰じゃ?」
「……………………コルベールです、オールド・オスマン……」
ボロボロの状態の学院長を前にして、名前を忘れられたコルベールは本気で帰りたくなった衝動を抑えている。一体この人はまた何をやったのかと、呆れて溜め息が出てしまう。
「おぉそうじゃった、ミスタ・コルベールだった…………あぁ、すまない『ミス・ロングビル』、お茶を淹れてもらえんかの?」
「かしこまりました」
あの後だと言うのに、普通に応対する二人を見て、どれだけタフなんだと思ったコルベール。もうストレス超マッハで、抜け毛の心配をしなければならないではないか。
「えぇ、用件と言うのは……こちらをご覧下さい」
コルベールが取り出したのは、図書館で見つけた、あの本である。自分の前に置かれたその本を手に取ったオスマンは、ただただ訝しげに流し読みをする。
「…………『始祖ブリミルの使い魔たち』…………こらまた古い文献を……」
「実は、その本に重大な事が書かれていまして」
「はぁ…………君はこう言うのが本当好きじゃのう……それで、重大な事とは?」
オスマンの質問に対しコルベールは言葉の代わりに一つの紙を差し出した。彼のスケッチ用のメモ用紙だが。
「これは、ミス・ヴァリエールの使い魔が左手に有したルーン文字のスケッチになります」
「話題の『平民の使い魔』とやらじゃな……ん? 見慣れない文字じゃのう…………」
「では、その本の三百六ページ、第三項目の所を見て下さい」
「面倒な事させるのぅ……ええと? なになに?」
指定されたページを開いたオスマンだったが、訝しげな目は急に真剣になり、表情にも驚きが滲み出ていた。そして「信じられん」と呟くと、丁度お茶を淹れ終えた秘書…………ロングビルに命じた。
「…………ミス・ロングビル、すまないが、席を外してくれんか? ミスタと二人で話したい事があるのでの……あぁ、お茶を有り難う」
「…………はい」
お調子者なさっきまでのオスマンとは打って変わった、真剣な目付き。目尻が持ち上がり、何か考え事をしているようで額にシワを寄せている。そして更に漂わせる雰囲気と言うものが、幾年の年月を越して来た老年の威厳を醸し出していた。
その様子で、ただ事ではないと感じたロングビルは、何も質問せず、学院長室から退室した。
「……………………」
「……………………」
扉が完全に閉まり、ロングビルの気配が消えた事を確認すると、オスマンの方から話し出した。
「…………これは本当かね?」
「はい! 私が調べました事です! 間違いありません!」
「にわかには信じられん…………こんな事が…………」
「オールド・オスマン! これは、とんでもない事実ですぞ!!」
興奮気味のコルベールを落ち着かせるように手で制し、再び手元の本とコルベールのスケッチを互いに見比べる。
「まぁ待てミスタ! 君は落ち着きを覚えたらどうかね! ここには君と、ワシしかおらん。落ち着いて、一つ一つ確認するのじゃ」
「はっ!? も、申し訳ありません! つ、つい!」
頭を下げて謝罪するコルベールだが、オスマンは謝罪を求めなどいない。謝罪に反応するまでもなく、じぃっと、本とスケッチを眺めていたのだった。
「それにしても…………ふぅんむ…………」
スケッチに書かれた『定助の左手に浮き出たルーン』と、本に書かれた内容。コルベールとオスマンが注目した点は、この文献に書かれているルーンと、定助のルーンが完全に一致していた所だ。
奇妙な事が起きた。高齢のオスマンが驚く内容である。一体この世界で、何が起き始めているのか、オスマンは静かに時の変調を感じ取っていた。
ジョジョの同志でしたら、感想は思いっきりはっちゃけても大丈夫です。
でもたまに、冷静な評価が欲しかったり。
はは!泣くなポルナレフ!イベントで会おう!!