本当は前回の時点で、ギーシュに定助が啖呵切る所まで行っていたのですが……申し訳ありませんでした。
今はちゃんと追加しましたので、そちらを見てから読んで下さい。
失礼しました
ギーシュの表情筋は、依然としてひきつったまま。
それもそうだ、自分より格下の平民に、完全にナメられているからだ。ため口きいて、指差して「お前」と二人称呼びした上、身長差を利用した上から目線で最後に「アホみたいな奴」だと罵倒。
罵倒だ。貴族に絶対にしてはいけないタブーの最上位を、普通に破ったのだ、この定助は。
しかも、ゲス扱いされた上に、彼が馬鹿にする『ゼロのルイズ』が彼より高潔だと言い出した。
「…………あぁ……思い出した……君は、『ゼロのルイズ』の使い魔だったね」
「……………………」
ギーシュはキザっぽく鼻で笑うと、手に持った薔薇を定助の前へ翳しながら挑発する。
「なるほど……『ゼロ』が召喚しただけあって、下等な使い魔だな!」
周りの貴族から笑いが溢れた。場は当たり前の事だが、定助に対してのアウェイ、「そうだぞ平民!」やら「謝るなら今の内だぞ、『ゼロのペット』!」などの罵倒もわぁわぁわぁと叫ばれた。
内心、ギーシュにとっては良い意味で思いもよらない事態だった。自分の二股をうやむやに出来る、吊し上げられる平民が現れたのだからだ。
「その渾名は止めろ」
しかし、定助はこんな程度で屈せず、寧ろギーシュを挑発し返しに入る。
「ご主人は『ゼロ』なんかじゃあない」
この返答に、ギーシュは呆れたように首を振った。
「主人への忠誠心は素晴らしいが、『ゼロ』は事実だろ?」
「ならお前の渾名は『二股』か?」
「……………………」
倍返しに近い返しに、思いもよらずギーシュは絶句する。その様がまたウケたのか、貴族たちはまた一斉に笑い出した。中には「てめぇモテやがって! こいつはめちゃ許さんよなぁ!?」やら「俺はモテないが女は尊敬しているぞ!」と定助に賛同する声まであがっている。
一番辛かったのは、うやむやに出来かけた二股を定助に掘り返された事と、誤算だったのは『貴族に啖呵切れる平民が存在していた』事だった。
「…………平民がぁ……!」
「これは平民とか貴族とかの問題じゃないだろ。二人の少女を泣かせたお前の、『男としてのモラル』だろ」
場はまた沸き返る。
事態を収める所か、事態が溢れて止まらない状態へとなっており、定助へのアウェイはギーシュへと移りつつある。その証拠にヤジの中には「もっと言ってやれ平民!」なんて声もあがっている。
ギーシュは焦り出した。
しかし、その焦りが平民によりもたらされたものとなると、強烈な怒りへと変換される。そしてその怒りは、強い『殺意』へと堕ちて行くのだ。
「ちょっと、どきなさいよ!」
定助の後ろから声が聞こえた。
集まる群衆を押し退けて、彼のご主人様であるルイズがやって来たのだった。
「ジョースケッ!!」
群衆の最前まで来たルイズの表情は、怒っているけど困惑しているような感じに見えた。
「なにやってんのよあんた!?」
「…………あ、ご主人。ケーキどうだった?」
「はぐらかさないでッ!」
ルイズの声は本気の声だ。教室の時の、本気の怒りの声だ。つい、定助は押し黙った。
「……あんた、貴族に喧嘩売るなんて、どうなるか分かっているの!?」
「ご主人……これは……」
「ギーシュに謝りなさいッ! 平民が、貴族に勝てる訳ないの!」
ここで感じた。本当に貴族に歯向かう事は、有り得ない事でありとんでもない事態である事を、ルイズの一つ一つの叱責に込められている。
「いいや、謝罪の必要はない…………」
その言葉を言ったのはギーシュだった。
ギーシュは、殺意のこもった目で定助を睨み付け、手に持った薔薇を定助に向けた。
「この僕がッ! 平民にナメられてたまるかぁ!!」
そして、とうとう、ルイズの恐れていた事を宣言する。
「『決闘』ッ! 決闘だッ!! 皆の前で…………完膚無きまでに叩きのめしてやるッ!!!!」
その宣言に、食堂中が歓喜をあげた。
「オイオイオイオイギーシュ!? 決闘は禁止だろ!?」
「それは『貴族』に限った事だ! 平民との……ましてや、使い魔との決闘は禁止事項にないッ!!」
頭に血が上った彼は、自制心のタガが外れている。ただある思考は一つだけ。
(この
強い殺意は、誰にも止められない。そして彼からは『やるといったらやる』と言う、凄味があった。これは逃げられないと踏んだ定助は、体をルイズからギーシュに向け直した。
「……決闘? オレとぉ?」
まるで「それマジぃ?」と言っているような、間抜けな声。さっきもやられた。
これがまたギーシュの過敏な神経を逆撫でする結果になった事は言わずとも分かる。
「貴様に決まっているだろぉ!? それともなんだ! ここまで啖呵切って逃げるとかないよなぁ!?」
「…………そうだなぁ」
定助は、テーブルに近寄ると、何か気絶しているオカッパの傍にあったワイン入りワイングラスを手に取った。
もちろん、飲む訳ではない。訝しげに見るギーシュを前でそれを手に取り、不器用にワインを回した後。
「ぶっ……!?」
……油断していたギーシュに、いきなりワインをぶっかけたのだ。
「ちょっと、あんたぁ!?」
ルイズの声を筆頭に、貴族たちがどよめいた。一緒のどよめき、その後は暫くの沈黙。ギーシュはフルフルと怒りで震えている。
「…………な……何してんだ?…………貴様ぁ…………!」
「ここまでやったんだ、オレは『逃げない』。まず、そのワインは『
空のワイングラスを机に戻し、指差しで定助も宣言した。
「これからの決闘は『シエスタちゃんの分』だ……オレの方がお前を叩きのめしてやる」
この発言は、『決闘を受けた』と捉えられる発言。しかし定助は普通の口約束ではなしに、更に喧嘩を吹っ掛けギーシュを怒らせる事をした。
こうする事によって向こうはこっちを逃がさないし、こっちも向こうから逃げられない。完全なる『決闘の流儀』を構築したのだった。
「『宣戦布告』だ」
定助は言い切った、貴族に対して『宣戦布告』を宣言したのだった。
「へ、平民が貴族に喧嘩売ったぞ……!」
「なんて奴だ……死んだな」
「オイオイオイオイ……凄い展開になったな…………」
「ギーシュ! 生意気な平民をとっちめろぉ!!」
白いワイシャツが、モンモランシーと定助のワインですっかり赤く染まる。
これは宣戦布告と言うより『侮辱』と認識したギーシュ。もう、この定助の死を以て怒りは収まらない。
「良いだろぉぉ貴様ぁぁ!! 泣いて喚いて恥晒す覚悟が出来たら『ヴェストリの広場』へ来い!! 決闘だぁぁぁッ!!!!」
「今、ここじゃないのか?」
「平民の血でッ! 貴族の食堂を汚せるかぁぁぁぁぁ!!!!」
喉を潰さんばかりの大声でそれだけ言い残すと、怒っていてもキザな奴で、クルッと優雅にマントを翻しつつ背を向ける。そのままハンカチで乱暴に顔を拭いつつ、ツカツカと食堂の出入口へ向かったのだった。
「決闘だ! 決闘だ!」
「みんな、ヴェストリの広場だぞ!」
「おい平民! 逃げんなよ!!」
「ナアナアナアナア……お前はいつまで気絶してんだ…………」
ギーシュの後を追うように、貴族たちは一斉に食堂を出ていった。後に残ったのは、少数の貴族に、ルイズとシエスタと定助である。
「……………………」
「………………この……馬鹿ッ!!」
ルイズから叱責が飛んだが、定助は背を向けたまま。
「平民のあんたが、貴族にどう勝てるって言うのよ!だからあれほど、身の程知れってねぇ…………!」
「こ、こ、殺されちゃう…………ジョースケさんが……殺されちゃう…………!!」
怒るルイズに、怯えるシエスタ。対照的だが共通して、定助のこれからを絶望視している。貴族に平民は絶対に勝てないし、定助が何かを持っているとかもない。彼は全くの凡人だ。
「………………ご主人」
「なによ!?」
クルリと振り返り、ルイズと向き合う。そしてまずは、頭を下げた。
「…………!?」
「勝手な事をした、本当にすまないと思っている」
「だ、だったら今からでも……」
「だけど」
顔を上げた定助の目に、後悔はなし。何処までも澄んだ、綺麗な黒い瞳だ。その瞳を見て、ルイズは何も言えなくなる。
「あいつはキミに侮辱し……そしてオレの友人のシエスタちゃんを貶めようとした。この落とし前は付けさせる」
「…………あんた」
「それに悪いのはあっちだろぉ!? あの二股アホ色男!」
「……………………」
いきなり感情的になられて言葉も出ないルイズだったが、ともあれ、定助の信念の強さをまたここで見られた気がした。
しかし、相手が悪い。しかもかなり怒らせてしまった。再起不能で済まされたら幸運だが、最悪、定助の命は…………
「ご主人、先に言うが、オレあのアホに頭は下げないからな」
しかし定助は、二人の少女の尊厳の為、自分自身が決めた信念の為に、勝てる見込みのない戦いへと赴こうとしているのだ。いや、本人は恐らく『勝てない』と思っているだろう。
それでも彼には、戦わねばならない使命を抱えた。それを果たすまでだった。
「…………どうなっても……しらないから…………アホ犬」
ルイズは定助を突き飛ばし、ズカズカと食堂を出ていってしまった。理解を得られたのか、駄目だったのか、少なくともルイズからはある意味で『GOサイン』は出されたのである。
「……………………」
「じょ、ジョース…………ケさん…………!!」
シエスタに近寄り、顔を覗きこんだ。彼女の目からは止めどなく涙が零れていた。ギーシュに対し頭を上げられなかったのは、恐怖心と共に泣き顔を晒したくなかったからだった。
体は酷く震え、貴族に対しての怯えを体現している。そして更に、定助を巻き込んでしまった申し訳のなさと罪悪感が彼女の心に重くのしかかろうとしていたのだった。
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい…………私のせいで……ジョースケさんが…………あ、あぁ…………!」
苦しくて、定助を見るのが辛かった。視線を下げた目から、重力の向かうがままに下へ下へ次々に涙が落とされて行く。
「大丈夫か? ほんとあいつ、なんなんだよ…………いきなりシエスタちゃんにキレ出したもんなぁ」
「あ、あの……わ、私が……」
定助に「原因は自分」と言おうとした所、フワリと、暖かくて柔らかい感触に包まれた。
「…………!」
「大丈夫、大丈夫」
感触の正体は、優しくシエスタを抱き締めた定助だった。
良い香りがする、潮の香りだ。
穏やかな波がインディゴの海を揺らして行く中を、暖かい南風が青天の白雲と磯の匂いを流して行く。そんなイメージが、シエスタの頭に宿った、優しい感触……始めて感じたハズなのに、懐かしい感触。
「あっ…………」
その感触は、すぐに消えてしまった。定助が離れてしまったのだ。
「…………約束は守る」
背筋を伸ばし、帽子を被り直した。そしてキッとした瞳に、優しげな微笑みでシエスタを見下ろしている。
「『困った事があったら、何であろうと助ける』…………約束は守るよ」
朝の時にした、助けて貰ったシエスタへの感謝の約束。定助は、その約束を果たすまでだった。
「ジョースケさん…………」
「じゃあ、早速あのアホみたいな奴をぶん殴りに行こうか…………」
言葉を待たずに、定助はシエスタを通り過ぎて食堂を出ていく。
止めたかった、行かないで欲しかった……しかし、あの真っ直ぐで純粋な目で見つめられたら、何も言えなくなっていた。覚悟を秘めて道を進む者を、止めたくはなかった。
「…………ジョースケ…………さん…………!」
堪えきれず、涙を流して立ち竦む、シエスタだった。
気付けば食堂から、人はいなくなっていた。
さて、場面は変わって食堂の上の上の……本塔最上階、学院長室。
「オールド・オスマン!! これは一大事ですぞ!! 現代に甦った、『ガンダールヴ』ですぞ!!」
興奮気味のコルベールをまぁまぁと制しながら、二人は定助のルーンについて話していた。
どうやら定助のルーンは、『ガンダールヴ』と言う物らしい。
「ミスタ、もう少し落ち着かんか…………全く……」
「は、申し訳ありません…………また」
「…………まぁ良い。それで、ミス・ヴァリエールの使い魔は、かの伝説の神の左手、『ガンダールヴ』と言う結論に至った訳じゃが…………」
神の左手『ガンダールヴ』。それは、コルベールの持ってきた『始祖ブリミルの使い魔たち』にて記載されていたものだが、それは『伝説のメイジ ブリミル』に仕えたと言われる使い魔である。
しかし、緻密な検証の末、その伝説の使い魔のルーンが、何を隠そう定助の左手に表れたルーンである事が判明したのだ。
ここで疑問が表れる。
「……何故じゃ? 何故、ミス・ヴァリエールが召喚した平民の使い魔が、『ガンダールヴ』になったのじゃ?」
「さ、さぁ…………検討もつきません……天の悪戯か、果ては何かの因果か…………」
「ふぅんむ…………」
魔法の使えない落ちこぼれのメイジ、ルイズが召喚した平民はガンダールヴ。ここまでの情報でさえも、人によっては何が起こったのかさっぱり分からないと、困惑するだろう。
「しかし、『ガンダールヴ』と言われれば、『始祖ブリミル』に仕えた伝説の使い魔! あらゆる武器を使いこなし、その強さは一人で千人の軍隊を壊滅させるほどと言われております!!」
「……………………」
またまた熱く、ヒートアップして行くコルベール。そろそろ、頭を冷やす方法を思い付いた方がいいぞと、オスマンは思うのだった。例えば、号泣するとか。
「まさに! まさにまさにまさに!!『最強』の名に相応しい無双の戦士!!…………それが今ッ! 我々の下に、この学院にいるのですぞ!!」
「ふむ」
「是非とも、宮廷に報告せねば!」
はしゃぐコルベールに対し、黙って静聴していたオスマンが一喝する。
「それはならんぞ! ミスタ・コルベール!」
その迫力や如何に、老年の威厳と言うものだろうか。コルベールは驚きで、オスマンはマジマジと見る。
「な、何故ですか!先に言った通り、最強の戦士が現代に甦ったのですぞ!?」
「あぁ分かっとる。だから内密にするのじゃ!」
「何故ッ!?」
オスマンの表情が険しくなる。
その表情を見て、ただ事ではないと感じたコルベールは、口を閉じたのだった。
「良いか? 冷静になって考えてみなさい。宮廷のボンクラどもに『ガンダールヴ』とその主人を渡してどうなる?」
「はっ……!」
「戦好きの連中が、暇潰しと言わんばかりに戦争を起こしおるにきまっとる!」
オスマンは長い時を生きて来た。その年齢は、百だとか三百だとか言われるほどの老年である。故に、王族の裏と言うものを嫌と言うほど見てきている。
「くれぐれも内密にじゃ……この件は、わしが預かる…………」
「は…………はい…………」
話も一段落着いた。ロングビルに淹れて貰ったお茶は、すでに冷めてしまっていた、話に夢中になり口を付けるのを忘れていた。
「ふむ……ミス・ロングビルには悪いのぉ…………まぁ、飲むが」
カップを持ち上げ、淹れて貰ったお茶なので折角だし飲もうとした所、
「失礼します、ロングビルです!」
と、噂をすれば主が来る。ロングビルが戻って来たが、何やら血相を変えている。
「どうしたミス?」
「ヴェストリの広場で、生徒たちが集まっております!」
「何事じゃ!?」
「それが、決闘のようでして…………」
それを聞いて呆れたように溜め息を吐くオスマン。禁止事項にしている決闘をするなんて、非常に馬鹿馬鹿しいとも思っているのだろうか。
「全く……本当に暇を持て余した貴族ほど質の悪い奴はおらんわい…………で? 誰と誰じゃ?」
「決闘を吹っ掛けたのは、ミスタ・グラモンとの事です」
「グラモン…………あぁ、あのグラモンか…………どうせ色恋沙汰じゃろ? あそこの家系は代々女好きと決まっておる!」
それはあなたも同じじゃないのか、とコルベールは思った。
しかし、オスマンの推測とは違うようで、ロングビルが首を振った。
「それが…………相手は、ミス・ヴァリエールの使い魔だそうでして……」
「…………なんじゃと?」
全くの予想外。さっきまでの話題の『ガンダールヴ』が、ギーシュと決闘との事だ。驚いたオスマンとコルベールは目を合わせた。
「止められんのか?」
「かなりの熱狂です。先生方も止めに行ったのですが、生徒たちが束になって妨害をしているようでして……手に負えない状態との事です」
コルベールがオスマンに焦り気味に提案をする。
「オールド・オスマン! 『眠りの鐘』を使用しましょう!」
「いいや、使わんで良い……わざわざ子供の決闘に秘宝を使うまでもないじゃろ、勿体ない……」
代わりにオスマンは、壁に立て掛けていた鏡に向かって杖を向けた。すると、さっきまで自分たちを反射していた鏡が曇り出し、『ヴェストリの広場』の様子が写し出されたではないか。
「止められんのならここは、少し様子を見ようかの……」
「し、しかしオールド・オスマン!? 貴族に平民は勝てませんぞ!?」
「ミスタ!」
ここでコルベールは、オスマンの思惑に気付く。
あの平民が『ガンダールヴ』とするならば、今はそれを確認出来る絶好の機会ではないか。今はロングビルがいる為、詳しい意見交換は出来ないのだが、こうして『遠見の鏡』を使って様子を見れる。
「ミス・ロングビル、引き続き先生方には呼び掛けを行ってなさい。そして万が一の為に、『眠りの鐘』の準備をしておくのじゃ……あぁ、使用はわしの命令があるまでじゃぞ?」
「…………分かりました」
それだけ言えば、再びロングビルは学院長室より退室する。二人残ったオスマンとコルベールはジッと、鏡に刮目するのだった。
「さて……お出ましのようじゃ……」
鏡には、広場に現れた定助の姿があった。
俺は反省すると強いぜ?(無反省)