ルイズの足が止まった。
何処から流れて来たのか、地面にひれ伏す定助の真上に『シャボン玉』がふわりふわふわと浮かんで弾けたのだった。いや、そこまでは何と言う事はない、彼女自身も定助からだいぶ離れた場所にいたので、視認していなかった。
「…………それって……」
ルイズも、絶句していた。
「ね、ねぇ、タバサ……あれって……なにか分かる……?」
「……?」
ギャラリー側のキュルケは、放心したような声で本に夢中のタバサに聞いた。タバサは、周りが沈黙した事による空気の変化に気付き、本から顔を上げて定助を見た。
始めて彼女から、動揺の色が眼鏡越しの瞳に宿る。
「……分からない…………」
「た、タバサでも分からないの……?」
「……見た事がない…………」
「そ、そう……」
タバサの動揺に気付いたキュルケは、そこでピタリと会話を切った。二人は食い入るように、一点だけを見ているのだった。
「……ゆ、幽霊とかじゃ……ないわよね?」
「もしくは……『使い魔の使い魔』か……」
そこで本当に会話を止めた。
「……平民……!?」
余裕綽綽だったギーシュの表情に、また最初のような動揺が見られた。近付いていたワルキューレの動きも、自身のキザなポーズを止めて、まるで怪物にでも遭遇したかのような顔で定助を……正確には『定助の体の上辺り』を凝視していた。
観衆からも、どよめきが立つ。
「お、おい…………なんか……いるぞ……!」
「なんだ!? あの平民、メイジだったのか!?」
「オイオイオイオイ……僕には理解不能だ……!」
「なぁ……見た事ねぇよあんなの……」
困惑。そんな声が聞こえている。
最前列の動揺に、良く見えない後方が「なんだなんだ」と騒ぎ立っている。
「おいギーシュッ! アレもお前のか!?」
そんな訳がないだろう、ギーシュも困惑している。あまりの驚きに、杖を落としかけたほどだ。疑問を投げかける観衆を完全無視をして、ジィッと、彼は『それ』を見ていたのだった。
「……嘘……でしょ……ジョースケ…………あんた……!?」
一番定助に近いルイズでさえも、驚くほど。ギーシュを止める役割も忘れて、彼女もずっと見ていた。
見た事のない、教科書にも乗っていない、そんな不可解と摩訶不思議な光景が、彼女の……この場にいる者全ての目線の先で起こっていたのだ。
「思い出した……『
定助が、小さな騒めきに揺れる広場にて、呟いた。
彼の真上に、壁から半透明的に浮き出るようにして『黄色い人型の生物』が出現していたのだった。
それは、胸に錨のマークを刻み込んだ上半身部分を、壁から出すようにしていた。細く、長い腕は定助を守護するかのように広げられ、両肩部には己を象徴するかのように『星』が描かれている。面長な顔には、丸い目のような部分が付いており、ジッとギーシュを睨み付けているかのようだった。
人、と言うより『人形』と言う表現が合うほどに、無機質な『来訪者』は何も喋らず、定助の上で君臨している。
「おい……答えろ……平民…………!」
ギーシュは動揺から震える唇で、『来訪者』の正体を知っているであろう定助に問いただそうとした。
「答えろッ!! それは何だ!? 何者なんだッ!!??」
動けないハズの定助が、ゆっくりと、上半身を持ち上げた。
「いッ……!?」
立てないほどに痛めつけたハズだった、もう定助は再起不能のハズだった。彼は定助に完全なる勝利をしたハズだった。
「……不思議だ……さっきまで気がおかしくなりそうなほど痛かったのに…………」
左手のルーンが、黄金の輝きを放っていた。
「今は痛くない……寧ろ、体が軽い……」
定助は、傷だらけの体を、二本の足で支えられている。立っていたのだった。
「ジョースケ!? なにしてんのよ!? 立っちゃ駄目……!」
「ご主人……問題はない……大丈夫だ」
定助の声は、ルイズに遠過ぎて聞こえなかった。
そして、定助の復活を待ち望んでいたかのように、『来訪者』は壁からその全貌を晒す。
腰の部分は鉄の棒が入り組んだようになっており、恐らくそれらが骨組みとして駆動しているのだろう。しかしその堂々たるフォルムは、ある種の『美』を持っている。間接部分は球体間接となっており、それがまた『人形』のような見た目に仕立ててあるようだったのだ。
地面から少し浮遊し、定助の傍に佇むその存在の出現に……この場にいる誰もが驚愕からか、話す事もなく『来訪者』に注目していたのだった。
「これはなんだ?……と、言っていたな、『ギーシュ』……」
「……ッ」
定助に初めて名を呼ばれた事により、少しの動揺を与えた。それ以前に、謎の『来訪者』を従え、満身創痍の状態で直立した定助への『得体の知れない者に対する恐怖』を抱えていたのだった。
「オレにも良く分からない。良く分からないが、これは『スタンド』と言う存在だ。今、思い出した」
顔を上げ、帽子を直し、定助の目は再び、ギーシュの姿を捉えた。
「オレを守ってくれる存在だ……そして、唯一無二の存在……」
人差し指の先を鼻先にくっ付け、下目遣いでギーシュを睨むと、『スタンドの名』を静かに言う。
「『ソフト
自分の名前に呼応するかのように、『来訪者』…………『ソフト&ウェット』が構えの体勢を取った。
『ソフト&ウェット』の行動開始にハッと我に返ったギーシュは、薔薇を定助と『ソフト&ウェット』に向ける。
「わ、ワルキューレッ!!」
ゆっくり、いたぶるように歩かせていたワルキューレを、急速突進させて定助へと先制攻撃を仕掛けた。強固に握られた拳を構え、定助に強烈な一撃を再度、与えてやろうと近付いて行く。
だが、
「んんんッ!?」
ワルキューレが定助の前方数メートルの所で盛大にすっ転んだのだ。それは滑るようにして、足を前に背中から倒れる形だった。
「お、おいワルキューレ!? 何をしている!?」
再度立ち上がろうとするワルキューレだったが、上半身を上げて足で踏ん張ろうとした時にまたすっ転んだ。そしてまた起き上がろうとした時も、また同じような手順ですっ転ぶのだった。
ギャラリーからザワザワと困惑する声があがる。
「ギーシュ! 落ち着けよ! 凡ミス凡ミスぅ!!」
誰かがそんな風に気遣うのだが、それとは違う。
(こ、コケるなんて凡ミス……僕のワルキューレがする訳ないだろ……ッ!?)
ワルキューレの制御は完璧だ。恐らく、人間相手の統率より規律正しく正確に動いてくれるハズだ。しかし一体のワルキューレがこうやって、無様にも地面に倒れているのは悲しき事実。原因を探り出そうと、躍起になるが、その原因は『一つ』しか思い付きまい。
「貴様ぁ!! 僕のワルキューレに何かしたなぁぁ!?」
当て付けにも等しいギーシュの問い掛けに、定助は惚けるまでもなく普通に答えるのだった。
「あぁ、『した』」
「何をした!? 後ろのソレがしたのか!?」
「その通り、『ソフト&ウェット』が『した』」
定助は、軽い足取りで転び続けるワルキューレの元へ歩き出した。ダメージは極限まで与えたハズなのに、一歩一歩を踏みしめるように歩いている。またギーシュに動揺が起こったのだが、流石は軍人の家系と言う訳か、自身の背後に立たせていた残り二体のワルキューレを、槍を持たせて向かわせたのだ。
「ワルキューレ!! 再び足腰立たせなくしてやれぇ!!」
槍を構えて定助に突撃するワルキューレたち。定助は倒れているワルキューレの傍に近寄ると、『ソフト&ウェット』に踏ませた。ワルキューレは倒れていながらも、敵を捕らえようと『ソフト&ウェット』の足を掴むのだが、確かに触れているハズなのに掴めないのだ。
「『スタンドはスタンドでしか触れない』……が、『スタンド自体は物を一方的に触る事が出来る』」
向かってくるワルキューレたちを見据えながら、定助は首筋の『星形の痣』に右手を差し向けた。
プワッと痣から『シャボン玉』が出現し、それを右手で払えば、シャボン玉は真っ直ぐ二体のワルキューレの足元へとふわふわ飛んで行った。
「……ギーシュ、ここでお前は一つ『失敗』した」
「なにぃ!?」
シャボン玉はワルキューレの足元へ到達すると、儚くパチンッと弾けた。
「それは、『何が何だか分かっていないのに行動させた事』だ」
今度は二体のワルキューレが仲良くすっ転んだ。
「はぁぁぁぁぁ!!??」
しかも、ただ転んだのではなく、芝生の地面を『ツルツルーッと滑り出した』。
これは広場にいる者が「はぁ!?」と間抜けな声を出した。凍らした訳でもないのに、ワルキューレがまるで氷の床を滑るようにツルツル滑っている事実に、思考が完全に追い付いていないのだ。もちろん、それはギーシュもだし、ご主人様のルイズもだ。
「な、な、何なのよこれぇ!? 何したのよ!?」
ルイズはギーシュを止めるだとかはもう、今起こっている状況に手一杯で忘れてしまった。そして代わりに、定助に「何をしたのか」を聞いてしまっている。
その疑問に定助はニヤリとして答えた。
「『ソフト&ウェット』が『奪った』んだ」
能力を打ち明けるが、困惑の声はあがる。
「う、『奪う』!? どう言う事だ!?」
今度はギーシュが聞いた。理解し切れていないようだが。
「『ソフト&ウェット』の能力は、放ったシャボン玉が弾けた時、『そこから何かを奪う』スタンドだ」
ツルツル滑って、定助の所へ向かってくるワルキューレを見た後、『ソフト&ウェット』を一瞥すると、スタンドは足元で倒れるワルキューレを踏み付けていた足を大きく後ろに引いた。
二体のワルキューレは止まらない。
「今、地面から『摩擦を奪った』」
構えていた『ソフト&ウェット』が渾身の力を込めてワルキューレを蹴飛ばした。するとそのワルキューレも、地面を高速に滑って行ったのだ。
「んな馬鹿なぁ!? ワルキューレぇ!?」
「おー、滑って行くなぁ〜」
高速で滑り合うワルキューレ同士が衝突、強固な体とスピードとが相まって衝撃が強まり、三体は粉々に砕け散った。
「そ、そんな……魔法……聞いた事がない……!」
「これは魔法じゃない、もっと違う能力だ」
舞い上がった青銅が、土に変わり、ハラハラと舞い散っている。その中でもギーシュと定助は、互いから視線を外す事はなかった。
「これが、『ソフト&ウェット』。そして宣言する」
定助の代わりに傍へ寄った『ソフト&ウェット』がギーシュを指差した。スタンドに指を差されてギクリとするギーシュ。
そのポージングは体を斜めに向けて背筋を伸ばした、ギーシュのやるような貴公子風のキザな指差しだった。しかし、ギーシュより優雅に見える。
そのまま宣言を言い放った。
「……お前の所まで二十メートルか……この決闘、『残り五分で終わらせる』」
大胆な宣言、困惑に浸っていたギャラリーの興奮はまた舞い戻って来た。
「アレがなんなのか分からんが、良いぞぉぉ! 平民!!」
「あれはゴーレムか!? 精霊かぁ!?」
「うおおお!! 普通の決闘よりおもしれぇぞぉぉぉ!!」
「いけぇぇ!! 二股ギーシュをやっつけろぉぉ!!」
定助へのアウェイは、ギーシュへと移った。ここの連中は、楽しませてくれる存在なら貴族だとか平民だとか関係ないのだ、『どっちかが滅多打ちにされる様が見たい』のが本音。
空気の流れが定助へと移ったのを実感したギーシュは焦る。
(ふ、ふざけるなよ平民がぁ!!……しかし、認めよう……!)
ギーシュは、定助が行動するよりも先に薔薇の花弁を一気に散らし、七体のワルキューレを作り出した。前衛に三体、中衛に二体、後衛に二体の、動揺している割には冷静な隊列だ。
「むっ……」
「……このギーシュ・ド・グラモン……君を見くびっていたようだ」
ギーシュの目は、キッと凛々しいものとなる。彼の家は軍人の家系と聞いたが、まさにこの目は若いながらも立派な『軍人の目』である。ここで彼は定助を、『好敵手』として認識したのだ。
「ここからは、君のファイトに敬意を払い、敬意を以って君を倒す!! 僕が操れる限界の、七体だッ!!」
ワルキューレたちが、一斉に構える。臨戦態勢はバッチリだ、いつでも突撃出来る。
数で言えば圧倒的不利。そして、ギーシュは圧倒的有利。しかしギーシュは決して油断しない、カッコつける事は止めにして真剣に戦いと向き合っていたのだ。
「………………」
「………………」
「……先にどうだ? ギーシュ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて!!」
前衛のワルキューレ三体が定助に襲いかかる。
合わせて定助も『ソフト&ウェット』を自身の前に立たせ、守護させた。
一日投稿しなかったからとて、失踪したと失望しとらんですよね?
いやはや、申し訳ありませんが、毎日投稿・感想返信が難しくなるかと思います故、善処願います。
あと、ランタンポップスだ!!二度と間違えるな!!