ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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泡球と青銅、決着す。

「先手を譲り受けたが……容赦しないからな!!」

 

 定助に近付く前に、三体は別々に大きく広がる。右手・左手・真ん中から囲むように攻撃するようだ。

 

「これだと、一体滑らせてもあと二体に影響がない……なるほど、考えたな」

 

 予想外だが狼狽えはしない。定助は痣からシャボン玉を出し、最短距離で突っ込む真ん中のワルキューレに向かわせた。

 

「今、お前の体から『摩擦』を奪った!」

 

 

 シャボン玉が弾け、摩擦を奪われた真ん中が転んだのを見計らい、一気に前方へ走り出した。

 

「…………ん」

 

 しかし、左右に広がっていたハズのワルキューレが、急速に方向転換し、走り出した定助へと突撃してきたのだ。このワルキューレたち、広がる時にわざと走る速度を落とし、すぐに定助と当たれるようにインターバルを小さく操作していたのだった。

 

「突破口が開けたと油断したか!! 君が真ん中のワルキューレを転ばす事は予測していたぁ!!」

 

 中衛の二体がドッシリ構えている上に、左右からの槍持ちワルキューレが迫る。

 またもやピンチか、定助は転んだワルキューレの元へ辿り着いた。

 

 

 

 

「ギーシュ、二つ目のミスだ、『予測を見誤った』」

 

 しかし、定助は全く臆する事なく、冷静そのもの。

 

「オレは突破する為に真ん中を転ばしたんじゃあない」

 

 倒れるワルキューレの、装甲の薄い右手部分を狙って、『ソフト&ウェット』は蹴りで破壊する。ワルキューレは右手に持っていた物をこれによって、手離してしまった。

 

「これが『欲しかった』だけだ」

 

 右手に持っていた物とは、『槍』だった。『ソフト&ウェット』で槍をガシリッと掴むと、左に迫っていたワルキューレをそれで攻撃する。

 

「なっ、槍を!?」

「オラァッ!!」

 

 渾身の力で突かれた槍は、ワルキューレの胸部に直撃、大きな穴を開け、持っていた生命力が果てたように膝から崩れ落ちた。

 

 

「……しかし……」

 

 ギーシュはニヤリとほくそ笑む。気を取られていた定助の背後に、到達したもう一体のワルキューレが槍を向けていたのだ。

 

「危ない!!」

 

 ルイズが叫ぶが、定助は振り向かない。

 

「大丈夫、距離と速度を計算していた」

 

『ソフト&ウェット』は背中を向けたまま、長い持ち手の部分を突き出し、定助を掠めてワルキューレに直撃させた。鋭利な先端部ではなく、持ち手の柄の部分で当てたので破壊的効果はない。しかし、衝撃にやられたワルキューレを倒す事には成功した。

 

「そ、そんな活用法が……!」

「何も槍は穂先だけを使うものじゃない。金槌だって、重石に使える」

「…………」

 

 定助はクルリと、たった今倒したワルキューレの方に体を向けた。

 

「ワルキューレの走るスピードと、オレまでの距離を計算していた。何秒後にオレの後ろへ到達するかを読んでいたんだ」

 

 その為か、後ろを向かずともワルキューレの存在を察知出来たのだった。

 倒しはしたが、破壊はしていなかったので、さっさと『ソフト&ウェット』で槍を入れて再起不能にした。

 

「オレの『ソフト&ウェット』はパワーに自信がない……道具は最大限利用する」

 

 最初に倒したワルキューレにも槍を入れて完全破壊、前衛を突破した。

 

 

 しかし持っていた槍は、今壊したワルキューレの『一部』と言う事になっている為、ボロボロと土に戻ってしまった。

 

「ぜ、前衛突破か……見事だよ……」

「……ここまで二分か……あと三分」

「……攻めるのは危険と見た」

 

 中衛は槍を構え、定助を迎撃する形を取った。また、『摩擦を奪われる』事を危惧しているのか、互いの間隔をあえて空けている。双竜のワルキューレを間に、ギーシュへの道が出来上がったが、到達への道のりは困難を極めるだろう。

 

 

「僕にとったら耐え忍ぶ戦いだろう……交代しようか、先手を譲ろう」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 定助は再び、真っ直ぐに突っ込んだ。迂回すると読んでいたギーシュは、意外とばかりに眉を顰めたのだが、虎穴に猪突猛進する様は無謀と言えよう。

 しかしあの定助だ、油断は禁物である。

 

「『ソフト&ウェット』!」

 

 シャボン玉が定助の手前の地面で弾けた。また滑らされると思い、ワルキューレの足腰を強固に構えさせた、ちょっとやそっとではこけないハズ。

 

 

 

 

 しかし、すっ転んだのは、定助だった。

 

「なに!?」

「おおー、ツルツルだぁ」

 

 速度を付けて滑りに入った為、定助は走行時の倍の高速で芝生の上を背中で流れて行く。その進行方向はワルキューレの間、ギーシュは息を飲んだ。

 

「おおお!! 面白そう!!」

「すげぇぇ! なんだありゃ!?」

「オイオイオイオイ……聞いた事ないぞ」

「もう、すげぇな…………」

 

 観客からは歓声と拍手。貴族を楽しませるパフォーマンスになっているのが滑稽だ。

 

「ワルキューレ!! 突破させるなぁぁ!!」

 

 中衛のワルキューレが槍を構え、滑って来る定助を迎え撃った。守りは完璧、迎えるだけ。

 

 

 滑っている時、『ソフト&ウェット』を自身の前方へ出すと、定助と同スピードでスタンドもワルキューレに突撃をした。

 

「怪我をしてもいい、この速度なら倒せるか……」

 

『ソフト&ウェット』は握り拳を作ると、高速スピードで突っ込んだままのエネルギーを止めず、そのスピードさえ味方に付けてワルキューレの槍をすり抜け、拳を叩き込んだ。

 スピードの分、威力が増すと考えたのだ。

 

 構えられた槍が、定助の体に刺さろうかとした時、それはバキリとへし折られた。

 次に、定助の掛け声と共に『ソフト&ウェット』から残像が見えるほどの高速五月雨ラッシュが、二体のワルキューレ本体に襲いかかる。

 

 

 

 

「オラオラオラアラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

 決して高くないパワーの『ソフト&ウェット』だが、スピードが相乗して拳を『衝突させる』形に叩き込むのだ。こうすれば、弱くたってぶち壊し抜けられる。

 

 

 しかし、ここで良い意味での予想外。

 

「うん……ッ!?」

 

 なんと『ソフト&ウェット』の拳を食らったワルキューレが、スピードがかかっていると言えども、かなり楽に破壊されたのだ。まるで捻り潰すような呆気なさに、定助は困惑した。

 

(『ソフト&ウェット』のパワーが……上がっているのか……!?)

 

 そう言えば怪我の痛みも消えたりと、自分の体にも異変が起こっているようだ。『ソフト&ウェット』の効果なのか、それとも別の何かの仕業なのか。

 

(………あと一分)

 

 一先ず、無駄な考えは今は排除しておこう。集中するのは、決闘だ。

 

「オラァッ!!」

 

 スタンドのラッシュを受けたワルキューレ二体は、砕けて四散した。この破壊力と圧巻のスピード、この場全てに戦慄を生み出した。

 

「な、なんだと……ぎぎぎ…………中衛も……かぁ……!」

「………………」

 

 ギーシュはもう、すぐ目の前だ。摩擦を戻した定助は、ふらりと立ち上がった。

 

 

 

 

「……ご対面……」

「くぅっ……!」

 

『ソフト&ウェット』に構えさせたまま、定助とギーシュの二者は向かい合った。短くて長い距離、五分到達まであと四十秒。

 

 

 混じりっ気なしの『最終ラウンド』である。

 

「お、お……おおおお!!」

「突破ぁ!!」

 

 有無を言わさず先手必勝……は互いに考えていた事だった。一体だけのワルキューレと『ソフト&ウェット』が真っ向勝負に入る。ここに来てハイヴォルテージは限界超過、熱狂は止まらない。

 歓声は聞こえない、ここは全く別の世界に感じられた。空間の中心は、ギーシュと定助……勝敗はどちらか一方ずつ、今ここで衝突する。

 

「オラァッ!!」

 

『ソフト&ウェット』の一撃が、前に出ていた一体目の顔面に直撃、倒れた。

 

 

 

 

「まだまだぁぁ!!」

 

 後ろに控えていたもう一体のワルキューレの槍が、定助を捉えた。高速で放たれた上に、一体目のワルキューレに目が行っていた定助は、それを食らってしまい、脇腹辺りを軽く抉った。

 

「……ッ」

 

 しかし、彼は怯まない、『恐怖』を作らなかった。

 

「ジョースケぇ!! もう……止めて!!」

 

 ルイズの悲痛な声が間近で聞こえた。あぁ、ご主人もこんな近くまで来ていたのだなと、定助は確認したのだった。

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラ!!!!」

 

 ラッシュが開始、パワーが上がった『ソフト&ウェット』の弾丸ラッシュは驚異的なんて言葉は不相応なほど、強烈なインパクトを放った。もうこの弾幕を潜れる者は存在しない。

 

 

 ガラガラと、音を立てては崩れ、破片を全方位に飛ばした。後衛突破、ワルキューレ全滅である。

 

「あ……あぁ……なんと言う事だ……!」

 

 唖然とするギーシュだが、容赦しないのは定助も同じだ。

 

「二十秒! 畳み掛けるッ!!」

 

 打つ手なしのギーシュに、『ソフト&ウェット』従えて一気に詰め寄る傷だらけの定助の迫力に、ついギーシュは一歩、後退りしてしまった。

 

「え? ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなもの食らったら……」

「おおおおおおお!!」

 

 もう『ソフト&ウェット』の射程距離内。あのラッシュを食らえば、間違いなくただでは済まないだろう。最悪、痛みのショックで死にかねない。

 

 

 

 

「お願い止めてぇ!!」

 

 ギーシュの耳に、誰かの制止する声が聞こえた。巡る走馬灯の中で、声の主……想い人『モンモランシ』だと気付いた。彼女は、ギーシュを見捨てた訳ではなかった、まだ、想ってくれていたのだ。

 

(あぁ……モンモランシ……)

 

 定助のスタンドが大きく手を広げて目の前に迫り、恐怖を回避する人間的本能から硬く目を瞑った。

 

(すまなかった……)

 

 そして、暗闇の中で謝罪を残し、『ソフト&ウェット』の拳を待つのだった。

 

 

 

 

「アラァッ!」

「ぶふぅっ!?」

 

 左頬に鈍い痛みと音、地面に倒れながら定助を見ると、拳を突き出した彼の姿があった。『ソフト&ウェット』は後ろで見守るようにフヨフヨと浮遊して立っていた。

 その手には、ギーシュの薔薇が持たれている。

 

「四分五十三秒」

 

 時間をポツリと呟きつつも、ギーシュにぶつけた右手の拳を痛そうに振っている背後で、『ソフト&ウェット』が、薔薇を粉々にしている。

 その様子を、ポカーンと下から見ていたギーシュ。

 

「あぁ、疲れた。長かったぁー」

「……何故だい?」

「んん?」

「………………」

 

 少し痣っぽく変色した左頬の口角から血が滲む。痛むそこを指で触りながら、俯いた後にギーシュは聞いた。

 

「何故、その……そいつで僕を…………」

「なんで殴らなかったって?」

「………………」

 

 あの時、『ソフト&ウェット』が目前まで迫っていた時、殴られるものだと思っていた。

 しかし実際は、ギーシュから魔法の手を無くす為に薔薇を奪っただけである。殴ったのは、定助だった。

 

 ここまで、散々定助を痛めつけたギーシュだ、報復とばかりにラッシュを食らわされるかと思っていた。

 

「……最初、オレはお前になんて宣言した?」

「…………え?……えーっと……」

 

 決闘の始まり辺りに記憶を遡らせ、彼の発言を思い出しハッとした。

 

 

「オレは宣言した。『そのキザな顔に一発殴ってやる』……有言実行は気持ちが良いな」

 

 そんな事を言っていた。彼は、ギーシュへの怨み辛みを宣言通りの『一発』で晴らしたのだった。

 

「そ、それで良いのか……?」

「なんだぁ? もっと殴られたいのかぁ?」

「いいいいいいや! そう言う事ではなくて!?」

「じゃあそれで良い」

 

 定助は『ソフト&ウェット』を向かわせ、ギーシュに手を差し伸べさせた。少し躊躇する。

 

「え……えーと、何て言ったかな? この……精霊さん?」

「精霊……まぁ、あながち間違いじゃないか……名前は『ソフト&ウェット』だ」

「君、隠していたのか……?」

「いや、倒れていた時に思い出した。あんなボロボロになるまで隠さないよ普通……」

 

 またもボンヤリと、『ソフト&ウェット』を眺める。近くで見ると更に圧巻と言うか、無機質な感じが強まると言うか。言い表せない圧力のようなものを、スタンドは纏っているかのようだった。

 

「う……す、凄いな……君の使い魔かい?」

「オレは魔法使いじゃない。『ソフト&ウェット』はオレの半身だよ」

「ど、どう言う事だい?」

「オレの事より、お前はやる事あるだろ!?」

 

 

『ソフト&ウェット』がギーシュの手を無理矢理掴み、無理矢理立たせた。

 

「うわぉ!?」

 

 間抜けな声で立たされたものの、手にはあまり感触がなかった。立たされたと言うより、浮かされたような感じだ、非常に不思議な体験。

 

「この決闘は、『主人とシエスタちゃんの為』だって言ったろ? オレは良いんだ……ただ」

「ただ……?」

「ご主人は『ゼロ』ではないと容認し、お前が当て付けて傷付けたシエスタちゃんへの謝罪。これが、敗者へのペナルティだ」

「………………」

 

 それを聞いたギーシュは、小さく笑った。

 

「ふふ……敗者と言うが、僕はまだ認めていないよ?」

「そうかぁ? じゃあ、もう一戦?」

「いいや、結果は見えているよ……僕の負けだ」

 

 ギーシュの敗北宣言が聞こえたと同時に、ギャラリーに巨大な歓声が巻き起こった。負けたギーシュへの嘲笑に、勝った定助への妬みなども聞こえるが、「ナイスファイト!」と二人を讃える声もあがっている。

 歓声と拍手の中心にいるギーシュは、クルリと振り返った。

 

 

「……ええと……ミス・ヴァリエール」

「……え?」

 

 初めてギーシュに『ミス・ヴァリエール』と敬った名前で呼ばれたので、ルイズは一瞬、思考が追い付かなかった。一歩一歩と、ルイズの傍まで近付くと、頭を下げる。

 

「え、な、なに? ギーシュ?」

「君の事を『ゼロ』と呼んで、申し訳なかった……」

「…………!」

 

 頭を上げたギーシュの目に、偽りだとか偽善だとかの色はなかった。真っ直ぐとした、真剣な目だった。

 

 

「君も、君の使い魔も……共に素晴らしく『高潔で誇り高き人』だと言う事に気付いたんだ。傲慢かとは思うが……どうか、許して貰えないかな?」

「………………」

「………………」

「……全く……そんな台詞を吐けるから勘違いする子が増えるのよ、二股ギーシュ」

 

 苦笑いをするギーシュだが、ルイズはツンとさせていた表情を微笑ませて、言った。

 

「まぁ、ジョースケが懲らしめてくれたそうだし、水に流してあげるわ……特別よ?」

「……有り難う!」

 

 また頭を下げ、感謝する。

 その様子をにこやかに見つめる定助だった。

 

「ではあのメイド……シエスタと言ったかな? 彼女にも謝罪しなくてはな」

「あぁ、シエスタちゃんは今、ここにいない……一先ず後回しにして……」

 

 定助は指を差す。その先を見てみれば、心配そうに見守るモンモランシの姿があった。

 

「……彼女も、君に傷付けられた人の一人だ。それに、君を心配してくれていた……あと、もう一人の子にも謝罪をするんだ」

「あぁ……二人には悪い事をしたよ……」

「……本命はどっちだ?」

「……モンモランシ……ケティには悪いけど、本命はモンモランシなんだ……」

 

 それを聞いた定助は、ギーシュの肩にポンと手を置いた。

 

 

 

 

 目の前に、星のマークが浮き出たシャボン玉が浮いていた。

 

「……ん? これは?」

「……『ソフト&ウェット』…………」

 

 パチンと、弾けた。

 

 

「今、お前から『摩擦』を奪った」

「どわぁ!?」

 

 ツルンと転ぶギーシュと、唐突な事に飛び上がるルイズ。その後ろ、悪戯に成功した子供のように笑う定助の姿。

 

「よし! 今から彼女に本音をぶつけてくるんだ!」

「おおおおおい!? 君、まさかぁ!?」

「滑って行けぇッ!!」

 

 摩擦ゼロのギーシュを思いっきり押してやり、彼はツルツルーッとモンモランシの方へ滑って行った。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

「え? ちょ、ちょっと、ギーシュぅ!?」

 

 困惑したまんまで声を出したモンモランシに、ギーシュが足元まですっ転んで行った。後に残ったルイズは呆れたような表情で見ていた。

 

 

「はぁ……全く、とんだ一日よ……」

「あのー。ご主人……」

「あんたッ!!」

「はい」

 

 定助に振り返ると、ズイッと近寄った。ビックリした定助は一歩、後退りした。

 

「……ご主人様を心配させるなんて、良い度胸ね……それに、その……変なの?」

 

 チラリ、とルイズは『ソフト&ウェット』を見やる。後ろに堂々たる姿で構えるそれを改めて見れば、異質さと奇妙さが際立っているよう姿に圧倒される。少し怖いと感じたルイズは、サッと定助に目線を戻した。

 

「……これの説明も兼ねて、審問させて貰うわよ……!」

「あぁ……すまない……勝手な事ばかり……」

「ふんっ! 次やったら許さないんだから!このアホジョースケ!!」

 

 ルイズは怒っているが、とても安心したようにも見える、何とも言えないような表情になっている。そして、定助に背を向けると、さっさと歩き出した。

 決闘が終わり、興奮冷めやらぬ感じのギャラリーたちが散って行った。

 

 

 定助は、『ソフト&ウェット』を消した。

 

 

 

 

「早く来なさい!怪我を治してもらうわよ!」

「ご主人……先に行ってくれ。少し休んでから行く」

「それなら医務室で休んだらいいわ」

「いや、もう……無理…………」

 

 バタンと、定助は地面に倒れた。消え入るような声と、大きな音に気付いたルイズはすぐに振り返った。

 

「ちょ、ちょっと!? あんた……ジョースケぇ!?」

 

 すぐに定助に駆け寄った。左手のルーンの輝きは、止まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 定助がギーシュに負けを認めさせた所で、『遠見の鏡』は再び元の鏡へと戻った。

 その前で、驚いたように目を開いていたコルベールと、険しい表情のオスマンが、「何とも言えない」と言いたげに互いと目を合わせて意見を求め合う。

 コルベールも同じ考えだと察したオスマンから、言葉が出る。

 

「むぅ……平民の青年が勝ってしまったのう……ミスタ」

「は、はい……いやはや、予想外なような予想通りのような……」

 

 実は、ギーシュのワルキューレが倒れた定助に向かっていた時、見物を取り止めて『眠りの鐘』を使用しようかとしていた最中の逆転劇だったのだ。二人はまず、定助復活の所に視点を置いた。

 つまりは、定助の背後に出現した『守護精霊』についてだ。

 

「あの青年が、瀕死の状態の時に現れたあの『精霊』ですよ! 精霊が現れた時、彼は復活しました!」

「その点は一目瞭然じゃな。では、あの精霊は一体なんじゃ? 何処から現れたんじゃ?」

「ふむ……あのように特徴的な精霊も亜人も、私は見た事ありません……壁からすり抜けるように出て来ましたが……まるで幽霊のように…………」

「幽霊…………」

 

 二人もまるで見覚えもない異形の存在、長老であるオスマンでさえも分からない存在なのだ、この世に分かる者など存在するのだろうか。いや、一人だけだろう。

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔……彼じゃな。彼があの精霊の正体を知っているようじゃ」

「そうです、彼もです! あの精霊が出た瞬間に、左手のルーンが輝いておりましたぞ! 恐らく、精霊が『ガンダールヴ』のルーンに何かしらの作用を加えたのです!」

「ふむ、それはわしも気になっておった」

「そして輝いた瞬間の、人が変わったような奮闘!! 言っておきますが、彼は満身創痍の状態です! それも、立てないほどの! まさしく、力の『ガンダールヴ』です!」

 

 また熱くなり出したコルベールを制そうとするも、大気圏突破した隕石よりもヒート状態に陥った彼の饒舌は止まらない。

 

 

「ミスタ・グラモンの青銅ゴーレムを拳で破壊した様を見ましたか!? それに、七体相手を物ともしない鬼神ぶり! 伝説にも納得なパワーです!」

「…………あー、ミスタ……」

「特に私のお気に入りは、ミスタ・グラモンとの一騎打ちの場面です! 何と言いますか、騎士道を感じましたな!」

「コルベール君ッ!!」

 

 黙らないコルベールに、怒号でストップをかけた。ハッとなったコルベールは光る頭を下げて謝罪するのだった。別に深く追求する訳ではないので、オスマンが話に入る。

 

「確かに後半の、異常なほどの獅子奮迅たる戦いぶりは驚いた。しかし、あの精霊はまだ何か隠し持っておるようじゃ……」

「そ、そうです……! ワルキューレや本人がツルツル滑っていましたよ! 芝生の上を!!」

 

 凍らせている訳でもなければ、下に何か敷いている訳でもない。生憎『遠見の鏡』は『見る為』であり、聴覚効果に乏しいものなのだ。ましてやあの大声量の中、二人の会話だけを抜き取るのは出来なかったのだ。

 つまり、二人は彼の能力の正体が掴めていない。

 

 

 

 

「……まず、精霊については置いておこう。不可解な物ではなくて、分かっている話題にしようかの」

 

 分からない事について議論するより、『ガンダールヴ』の伝承から彼を捉えてみようと、二人はしてみるのだった。

 

「『ガンダールヴ』は千人の軍隊を相手にしても、ビクともしない最強の戦士だったと言う。あらゆる武器を扱え、強靭な肉体は尽きる事なく戦闘に従事出来たと言われておるのう?」

「はい……」

「わしは、『あらゆる武器を扱える』と言う所に着目してみたのじゃ。そして、あの精霊と彼との繋がり……唐突な覚醒……」

「精霊の登場により、『ガンダールヴ』の力が発揮された事は確実のようです……ん?」

 

 しかし、そこでコルベールに疑問が出来た。

 

「待って下さい……『あらゆる武器を扱える』……? 彼は武器を使っていませんでしたよ。最初にも、ミスタ・グラモンからの剣も拒絶していました!」

「そこじゃ……そこが重要なんじゃ……」

 

 オスマンは、言葉を纏めるように椅子に凭れる。

 

 

「彼は武器を持っていない……あの精霊の拳一つで切り開いた勝利だった……ここで『ガンダールヴ』の伝承と食い違いが出てきてしまったのう……」

「う、うーむ……しかし、あの強大な力は『ガンダールヴ』の名に相応しいものでしたし…………誤作動でも起こしたのかな?」

 

 結局議論は停止してしまう。それもそうだ、二人は今、伝説の領域に片足突っ込んでいる状態なのだ。遥か久遠の『伝説』についてのアレコレを必死に考えている。そんな途方もない事を考えていても、真実に到達する事は決してない。脳みその無駄遣いだ。

 

「とりあえず、この件については保留としておこう……確実な事は、『あの平民はただの平民ではない』事と、『ガンダールヴの能力と精霊がリンクしている』事じゃ」

「………………」

「今は、外部に知られる事のないように注意し、彼の動向を注意深く観察する事……良いか、ミスタ・コルベール。偉い人の格言にこんな事がある」

「なんでしょうか?」

 

 オスマンは、自身の目の下にトントンと指を当てて、微笑んだ。

 

 

「『当たって砕けろ』……なんつってのぉ!」

 

 コルベールは苦笑いだけを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室の中、体中に包帯を巻かれた定助が、ベッドの上で眠っている……もとい、気絶している。

 

「こんな傷だらけで貴族に勝ったなんて、どうかしているわ……本当に?」

「は、はい……本当です……みんな見ていましたから」

「ありえないわよ……私は見てないけどね」

 

 定助の治療に当たっているのは、医務室長の先生。【水】のメイジなので、魔法を使って定助の怪我を治療しているのだが、怪我の状態はかなり酷く、内臓に傷は入っているわ、かなりの出血をしているわ、肋骨も折れて息が辛い状態だわと……聞いただけで痛い状態に陥っている上で、貴族に勝ったと聞いて決闘話を懐疑している。

 

「かなり深いわ……俗に言う重傷ってやつよ。私の魔法でも完全に治癒出来ないわ……そこから先は、薬の善し悪しによるんだけど……」

「薬なら大丈夫です……主人は私ですし、私が購入します」

 

 ルイズが、薬の購入を申し出たので、先生は何やらホッと安心したような表情になった。

 

「……安心したわ。これほどの怪我を治癒する薬は、もはや高価な秘薬のレベルになるからね。ここに置いてないし、学院が平民の為に秘薬購入の経費を落としてくれると考えるのは難しいし」

 

 医務室は、貴族も平民もやって来る。その二つの身分を分け隔てしないこの先生は、双方からも好かれている。だからこそ、ルイズの頼みとは言え治療を承ったのだ。

 ルイズも、無茶な魔法練習でしょっちゅう怪我をしていたので、すっかり彼女と顔馴染みなのである。

 

 

「はい、このリストにある秘薬が治癒効能のある物よ」

「有り難う御座いま……うわっ、凄い……」

 

 リストにある秘薬の種類を見て、少し顔を強張らせた。値段としては一週間遊んで暮らせるほど、そこそこ高価なものばかりなのだ。

 

「……何とか買います」

「そう、安心ね!……じゃあ私は、別の仕事があるから……後は宜しくね?」

 

 それだけ言い残して、先生は医務室から退室した。

 

 

 

 

 二人きりになり、静かになった部屋の中で、定助の微かな寝息が聞こえる。

 上半身は脱がされている為、服は壁にかけてある。ボロボロになり、穴とドロだらけの、白くて綺麗だった面影はなくなってしまっている。

 帽子は枕元に置いてある。彼のお気に入りだから、起きた時にすぐ取れるよう、近い所に置いてある。

 

「…………なに寝てんのよ、起きなさいよ……」

 

 ルイズが定助にそう呟くが、彼の意識に届く事はないだろう。相も変わらず、定助は眠っている。

 

「……あんたは大馬鹿だっての……貴族に歯向かって、ボコボコにされた挙句に私に薬買わせるなんて……恥晒しよ、全く……」

 

 目が微かに潤んでいる。こんな風に言うのだが、自分の為に戦ってくれた定助に対しての感謝は存在している。存在しているからこそ、こうも痛々しい姿で横たわる彼を見るのが辛いのだ。

 

 

「……ジョースケ…………」

 

 名前を呼べど、目は開かれず。時間はゆっくり、足並み揃えるのだった。

 

 

 

 

「お邪魔しまー……あら、先生いないのね」

「……不在」

 

 暫くして、医務室に二人の訪問者が来た。キュルケとタバサである。ルイズは慌てて目を擦り、涙を消した。

 

「あ、キュルケ……さっきは有り難う」

「気にしないで。みんな、『あの平民凄い』って褒めてた割には、誰も運ぼうとしなかったし」

「……結局、楽しんでポイッなのね」

 

 倒れた定助を運んだのは、キュルケである。『レビテーション』を使用し、定助を浮遊させて医務室まで運んでくれた。最初はギーシュがやろうとしてくれたのだが、何故かキュルケが申し出たと言う、少し妙な所はあるのだが。

 

「どうなの? 怪我は大丈夫だった?」

「……結構深いみたいなの。浅い所……出血とか裂傷は魔法で治せたけど、深い所は薬で、体の中から治さなきゃいけないって」

「ふぅん……薬って、どんな?」

 

 キュルケが聞いて来たので、ルイズはリストを彼女に見せた。やはり彼女も「うわっ」と声を出して顔を顰めた。

 

「なかなか高価ね……出せるの?」

 

 ルイズは少し、溜め息を混じらせた。

 

「正直、ギリギリかも。本当に微妙な線よ。何とかまけてもらえないかしら……」

「あぁ、足りない分くらい出してあげるわよ?」

「……やけに親切ね、良い事あったの?」

 

 気持ち悪いほどに尽くしてくれるキュルケに、いつもとは違い過ぎるので少し不気味に思った。その問いに関して、何とも言えない表情になる。

 

「んー……善し悪しなら悪い事もあったかしらねぇ。とくに使い魔くんにはちょっと、狂わされた所があったかしら」

「どう言う事よ? ジョースケ、あんたに何かしたの?」

「そう言う事じゃないけど、まぁ小さな事よ。気にしないで」

 

 チラリと、キュルケはタバサを見た。彼女は賭けに負けたのだ、この事は定助を心配しているルイズに口が裂けても言えない。

 

 

「良い事もあったわよ。まず、あの決闘! 面白いものが見れたわ!」

 

 パチンと手を叩き、朗らかな笑みでキュルケは話す……前に、ルイズから横槍入る。

 

「どうせ、あの幽霊でしょ?」

「あら、察しが良いわね」

「それ以外思いつかないわよ……」

 

 幽霊……もとい、『ソフト&ウェット』の事である。

 

「みんな、その話で持ちきりだったわよ? 何処から現れ、彼に何をしたのかとか」

「あと、妙な能力も持っているわ」

「そうそう! あのツルツルーって滑るやつ! 面白そうだからやってもらいたいわ!」

 

 定助の逆境の中で、突然来訪したこの幽霊は、定助に力を与えて勝利に導いたと言うのが、通説になりつつあるそうだ。しかし誰も、正体は知らない。

 

「………………」

「……タバサ、何してるの?」

「……見当たらない」

「そう言えば消えたのよね、あの幽霊」

 

 消失する場面はキュルケとタバサが見ていた。ユラリと、霧の中へ消えて行くように消失したのを見た。瞬間、定助が力尽きたように倒れたのだから驚いた。

 

「消えた後に倒れるものだから、悪魔の契約でもしていたかと思ったわね。契約で、魂持っていかれちゃったって」

「そんな訳ないじゃない……定助の口振りからして、ずっと一緒だったみたいよ」

「彼、記憶ないのに?」

「決闘中に思い出したそうよ……あっ」

 

 

 

 タバサが二人を見ていた。そう言えば彼女は『定助は記憶喪失』と言う事を知らなかった。気になったと言うように、小首を傾げている。

 

「……記憶喪失?」

「まぁ、別に教えてもいっかな……」

 

 説明文を頭の中で探すように、こめかみをポンポンと叩いて考える仕草をした。

 

「ジョースケは、記憶喪失なの。自分にまつわる事を全く覚えていないのよ、誕生日も、住んでいた場所も、家族も友人も……」

 

 こう考えてみれば、彼は何とも『寂しい人間』なのだと暗い気持ちになった。

 

 

(……家族も友達も……自分の繋がりも全て忘れている…………のよね)

 

 だからこそ彼は、元々の性格と言うのもあるが『繋がり』を求めて、お人好しになったのではないか。他人に尽くす性格になったのではないか。

 

「…………」

「……説明、途中」

「え? あっ、ご、ごめん」

 

 物思いに更けてしまった。説明はまだ途中である。

 

「えー……自分の事は忘れているけど、ある程度常識は覚えているみたい。会話は成立出来るし、授業で発言したり……でも、魔法の事とか、トリステインが元より、ハルケギニアの事を忘れてしまっているそうなのよ」

「………………」

「貴族と平民の事も忘れていて、貴族にも普通に接するから、お陰でギーシュと決闘なんてトラブルになったのよ……」

「………………なるほど」

 

 タバサは黙って聞いていた。

 興味あるのかないのか良く分からないが、ルイズ自体も彼女とここまで話せたのは恐らく初めてだろうか。しかし随時無表情で、何考えているのか悟らせない少ない言動とが相まって、親近感は覚えられず、また「不気味だな」と言う印象が強まったのだった。

 

「……以上だけど、何かないかしら?」

 

 反応が少なかったので、心配になって質疑応答に入ってしまった。多分「ない」だろうなと思っていた。

 

 

「一つだけ」

 

 タバサが聞いて来たので、来ないと踏んでいたルイズは慌てた。

 

「え? あ、どど、どうぞ……?」

「……何かを恐れているとか……やけに入れ込んでいるものとか……ある?」

 

 質問の意図が良く分からないが、読書家の彼女だ。何か、ルイズの知らないような内容を知っているのかもしれない、これはその為の問診だと思った。

 今日までの定助を思い出そうとする。

 

「……まだ出会って二日目だから何とも言えないけど……」

「………………」

「何かを怖がっている節はないわね……寧ろ、怖いもの知らずと言う感じ。何か入れ込んでいる……と言うのもないかな? 自分の趣味とかも忘れていると思うし」

「…………分かった」

 

 返答に期待するのだが、タバサは医務室内をまたキョロキョロ(幽霊探し)し始め、何も言わないので「なんだそりゃ!」と思わずルイズはずっこける。

 二人の会話が済んだのを見計らって、キュルケがルイズに話しかけた。

 

「どうするの? 薬はいつ買うのよ?」

「お金を渡して、実家で買って貰うわ。自分のお小遣いだし、授業の為って言えば納得してくれるわよ」

「買って貰えな……あぁ、言い訳が難しいわね」

 

 平民の使い魔の怪我を治す為に買って欲しい、と言ったって掛け合って貰えないだろう。授業の為と言っても、こちらから一銭も出さないのは失礼だし、こっちがお金出しさえすれば滅多な理由じゃなければ買って貰えるハズだ。

 

「その……だから……お金を貸してくれないかしら? 少しで良いわ、八十パーセントは出せるし……」

「良いわよって、言っているじゃない! 彼には起きて貰わないと困るわ」

「…………?」

 

 定助はキュルケに何かしたのだろうかと、少し疑った。何故だか、キュルケが定助に用があるようなのだが、真意を確かめる前に立ち上がってしまった。

 

 

「それじゃ、一旦お暇するわね。タバサ、行くわよ」

「…………分かった」

 

 幽霊探しを切り上げて、タバサも立ち上がり、医務室の出入り口へと歩き出した。

 

「じゃあねー、ちゃんと看護してあげるのよー」

「言われなくてもするわよ!……まぁ、有り難う」

「いえいえ」

 

 二人は医務室を出て行った。また、静寂が医務室の中を包んでしまったのだった。

 

 

 

 

「…………世話かけさせるんじゃないわよ……使い魔の癖に」

 

 眠る定助の、頰っぺたをつねってやった。もちろん、起き上がらないのだが。




「オラアラ」しようかしまいか渋りましたが、要望が多かったんでやりました。

4/5→『S&Wは主人と一緒』をこちらに併合しました。
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