村の入り口を意味する簡素な門の下にいたのは、優しげな人相の老夫。小さなベレー帽を被り、白い髪と髭を伸ばした人物で、村の前まで来たタバサとシルヴィードを見ると帽子を取って丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしておりました、騎士様で御座いますか?」
シルヴィードは質問をする。
「良く分かったね……」
「いえ、お二人が向かって来るのを村の者が見ましてね……お召し物からして騎士様ではないかと予測したままでです」
「あぁ、そうなの」
改めて自分の服を見てみる。確かにこの服装はガリアの女性騎士専用のもので、且つ今はタバサのロッドを手に持っており、騎士と思われるのは違和感ないか。
繰り返し言うが、今はシルフィードが騎士と言う事となっており、背後で鞄持ちをしているタバサはお付きと言う事になっている。そしてそう言う体で吸血鬼捜索・退治を遂行しようとしているのだ。
なので、今のシルフィードは王族が遣わした騎士である。
「それはそれとしまして……はい。えぇ、私はこの村の村長をしております、『ロンパート』です。御用の際は、私の名前を呼んで貰えればと……」
「はいはい」
「…………」
「…………え?」
自己紹介を終え、顔を上げた村長のロンパートは黙り込み、ジッとシルフィードの顔を見るのみ。なので、何の事か分からない彼女はキョトンと小首を傾げた。
「どうしたの? 顔に何か付いてる?」
「え? あぁ、これは失礼を」
「え? なにを?」
「え?」
「え?」
話が噛み合わなくなり、何処と無く空気が悪くなる前にタバサがシルフィードに、「やれやれ」と言わんばかりに助け船を出した。
「……名前」
彼女の呟きにハッと気付けたシルフィードは「成る程!」と言いながら飛び跳ねた後、村長に向かって偉そうに胸を張りつつ、自身の名を名乗ったのだった。
「遅れたのね! ガリア花壇騎士、シルフィード! ここに見参!」
「へ?」
「【風】の使い手なの、宜しくね!」
「え?」
キチンと自分の名前を名乗ったシルフィードだが、名乗ったは名乗ったでロンパートは困惑の表情となってしまっている。
何か変な事言ったかしらと、またしてもキョトンとなるシルフィードだが、後ろのタバサは無表情でそっぽを向いた。
名乗れとは言ったが、ここでタバサは「名前」とだけ言った事を少々後悔する。
何て言えどシルフィードは『風の妖精』と言う意味の名前であり、言うなら人間の名前に付けるようなものではなく、ペットや使い魔に付けるようなファンタジーでメルヘンな名前である。
なので、タバサの真意としては「人にありそうな偽名を使って名乗れ」であり、シルフィードがそんな器用な事を出来る訳がないだろうと後悔していたのだ。
「シルフィード……様……で、御座いますか?」
「うん」
「シルフィード……」
怪訝な表情になって行くロンパートに、段々不安となってタバサへと捨てられた子犬が如き目を向ける。勿論タバサは視線を逸らし続け、一切目線を合わせてくれないのだが。
何言われるかと思い、無意識に縮み込むシルフィードであるが、次に聞こえて来たのはロンパートの感嘆する声であった。
「成る程! その名は世を忍ぶ、仮のお名前でありますな!?」
「……へ?」
話が掴めず、ぽかんとロンパートの顔を見やった。
彼は続ける。
「いやぁ、『
「え? え?」
「良く良く考えてみれば、ガリア花壇騎士のお方が、たかが一平民に名乗るハズもないでしょうに……いやはや、失礼をば致しました!」
「え、あ〜……い、いやぁ! そうでしょ? シルフィもお気に入りなの!」
良く分かってはいないが、自分の名前が褒められているのだなと解釈し、シルフィードは頬に手を当てて喜んだ。
「…………」
「イタタタ!?」
しかし、浮かれる彼女をタバサは背中を思いっ切り抓って戻って来させ、振り向くシルフィードに口パクの合図で要件を話せと伝える。何だかんだで、時間が差し迫っているのだ。
「あ、そうだったそうだった……それで、吸血鬼退治の件なんだけど……」
「はい……詳細は、立ち話も何ですから私の家でどうでしょうか?」
「うん、お願い」
「畏まりました。ささ、こちらへ」
ロンパートがやや腰を曲げて先導し、シルフィードとタバサはその後を付いて行く。
ふと、タバサは歩きながらも辺りを観察した。
緑に囲まれ、青い空が広がり鳥が鳴く、誠に平穏な田舎の村と言った感じだ。何処にでもありそうな、長閑な雰囲気だ。
しかし異常な程、人の気がない。まるで村長のロンパートと、騎士(体としてだが)のシルフィードと自分以外は誰もいないような、本当にそう思わんばかりの閑散さが目立っている。
「……人は、いる」
人の気はないが、こっちに集中する視線を感じた。
カーテンのかけられた窓々の奥から流れ込む、好奇とも邪険とも失望とも捉えられる、不特定多数の視線である。
それらの視線を感じ取ったタバサは、困ったように呟くのだ。
「……けど協力者は、得られない」
吐きたくなる溜め息を押さえ、至って無表情な騎士のお付きを演じる事に専念する。
暫くすれば村長の家へと辿り着き、扉を開けて中へ誘導するロンパートに従い、シルフィードは軽快にお邪魔するのだった。
タバサは最後まで感じた視線から、まず『期待』はされていないと分析しつつ、入り込んだ。
「今度の騎士様は女性か……」
「何だぁありゃ? 子供連れかぁ?」
「こないだの騎士様は三日でお葬式……今回は二日かねぇ」
「こいつは全然、ロックじゃねぇ! 前の騎士の方がイカしていたぜ!」
「もう国は頼りになんねぇ。なぁ? 俺達の村は俺達で守るんだ」
「怪しいのはやはり、あの占い師の婆さんか……」
ロンパートの家へ上がり込み、ソファにタバサとシルフィードは並んで座る。
少し経つと、ロンパートは紅茶を持って来て手前に置く。そしてすぐに彼女らと向かい合いで椅子に腰掛ける。優しげな顔が一変し、深刻な面持ちとなった。
この表情の移り変わりを見たシルフィードも、何処と無く表情が引き締まり、ゆったりとした口調で話を促した。
「……では、詳しくお話を」
「はい、畏まりました……」
ロンパートはやや言い辛そうな、嚙み締めるような語り口で吸血鬼による被害の詳細を順を追って説明して行くのだった。
「最初の犠牲者は……僅か、十二の少女……ルーシーちゃんと言う子です。かわいそうに、木苺狩りの帰りに突然襲われ、あまりに惨憺な姿で息絶えておりました……」
「…………!」
「……血を、吸い尽くされていたのです」
残酷な話にシルフィードは、怒りからか悲哀からか、下唇を噛む仕草を取った。
「それから二ヶ月の間に八人もの女性が同様に血を吸われて殺され、一ヶ月前に必死の思いで宮殿へ要請しました。そして王室はすぐに腕利きの騎士様を遣わして下さいましたが……三日後、九人目として……」
「騎士でも手に負えないなんて……」
「かなり狡猾です。騎士様を欺くとは……あ、いや、シルフィード様の力量を疑っている訳ではありませんが」
「大丈夫大丈夫……続けて」
これはイザベラに聞いた通りだなと、タバサは黙って熟考していた。
花壇騎士はシルフィードが驚く通り、腕利きのメイジよって編成されている……が、同じ騎士であるタバサの目線からすれば非常に微妙だったりする。言うのは、親の威光を受けて入ったようなボンクラがポツポツと存在している。
騎士隊とは言えど、個々人の実力が上向かい下向かいと一定になっていない側面があるのだ。
「吸血鬼は確かに、情無き妖魔です。特に少女の血を好むとあるじゃないですか……最年少の子でも、十にも満たないシャロンちゃんが……子供達も怯え、夜も眠れない日々を過ごしておりました」
「ひ、酷い……!」
「えぇ、極悪非道です……」
心を抉られるような、非常に冷酷で残忍な吸血鬼の悪行。許すまじと、感受性高いシルフィードは膝の上で握る拳の力を強めて行く。
対してタバサは無表情を崩さなかった。恐らく彼女の視点は、村人を守ると言うより吸血鬼を残滅させる事に置かれていると見えるだろう。良くも悪くも、主たるイザベラの命令に忠実なのだ。
「吸血鬼の騒動となってからは夜間出歩く者はいやしなくなりまして……これ幸いと忌々しい吸血鬼め、夜分遅くこっそり家に忍び込み、人血を吸うのです。そして家族は……変わり果てた娘や母の姿を見る事になるのです」
「…………」
「陽に弱い吸血鬼ですので、昼間は森に潜んでいるのでしょう……なので森に入る者もいなくなりまして……宮殿に向かう時も、かなり決死の覚悟でした……しかし……」
ロンパートはやや躊躇ったような風になり、一呼吸置いてから言葉を続けた。
「……騎士様が亡くなり、すっかり絶望した人々が村を捨ててしまいまして……このままでは、私の曽祖父より続くこのサビエラの村が消失してしまいます。私としましては一致団結すべきだと思っておりますが、如何せん『
『屍人鬼』のワードに反応したタバサが、やっと締めていた口を開き質問をした。
「……グールを、ご存知で?」
「えぇ……この騒動となってからは、嫌が故でも吸血鬼の事を知らねばならなくなりましてね。吸血鬼はグールを一人、使役出来るそうではありませんか。なので村人同士、誰がグールなりやと疑心暗鬼に陥っている始末でして……あぁ、これこそが吸血鬼の思惑と言うのに……!」
「グールなら、その傷があるハズ!」
横からシルフィードが提案するが、ロンパートは力無く首を振る。
「ここは森の中の村であります。蛭に虫にと、要因が多いのです。私らもグールを探そうと実施致しましたが、思わしき傷がある者だけで七、八人もいまして……」
予想していた通りとあまり変わらないなと、タバサは冷ややかに思いつつ、これからどう行動するかを頭の中で組み立てている。
「あぁ、そう言えば……最近、子供達の間で妙な噂がありまして……これも吸血鬼と関連あるのかと、お聞きしたいのですが」
ふとロンパートは思い出したかのように、話を出した。
これ以上、新鮮な情報は出ないだろうと思っていたタバサは興味を示し、目を細めて静聴に徹する。話して良いかと彼はシルフィードを見たので、肯定の意も込めて聞き返した。
「噂?」
「はい。単なる噂ですが、この噂が子供達に些か光を取り戻させている節があるので、もしかしたら怖がらせたくない一心で誰かが広めたものかもしれませんが……偶然か、この噂が出た頃から幼い子の被害者が出ていないものでして」
「それは、どのような?」
先を促すシルフィードに従い、ロンパートは「はい」と言った後、噂の内容をそのまま話した。
「……『小さな小さなドラゴンさんが、守ってくれる』」
『ドラゴン』に過剰反応したのは、今の姿は人であれど同族たるシルフィードであり、目を見開き驚き声で聞き返した。
「え?ど、『ドラゴン』!?」
いきなりの大声と過剰反応にロンパートはピクリと背筋を伸ばし、愕然とした表情で彼女を見やっている。
すぐさまシルフィードは「ごめんなさい……」と謝罪し、半目で睨むタバサの視線に怖がりつつも話を続けさせた。
「ま、まぁ……私も今までここに住んでいましたが、ドラゴンなんて見た事ありませんし、まずドラゴンが出没するような地形でもありませんので、いないとは思うのですが……火の無い所に煙は立たない訳でして、どうも何処から出た話かが検討出来ないのです。子供達は口々にその『ドラゴンさん』を呼び親しみ、中には吸血鬼なんか怖くないと、我々以上に気丈な子もいまして」
「吸血鬼が油断させる為に放ったんじゃ……」
「しかし、先程のシャロンちゃん……三人目でしたが……彼女を最後に、幼い被害者がいなくなった事もありまして。実は夜中に出歩き、生きて帰って来た子もいましてね? とても偶然じゃないような気がしてならないのです」
「…………」
奇妙な『ドラゴンさん』の噂に、タバサは考えうるだけの可能性と当て嵌めてみた。
吸血鬼が油断させる為に放った噂、と言うのが一番有力な説だ。その噂を流し、実際に子供は襲わない事で信憑性を持たせて油断させる、と言う事も考えられるだろう。
しかし、それは一回限り。油断した子供に一人でも手を出してしまえば、噂は瞬く間に意味を失う。『ドラゴンさん』がいないと言う証明となり、また警戒させる事になろう。
狡猾な吸血鬼がする作戦にしては、単発的であまり賢いものではない。もっと言えば、子供でなくともそれから六人も殺しており、その一人はメイジだ。力量からすれば、そんな噂を流して油断させる程度の作戦を行使せずとも、問題はないハズなのだが。
ならやはり、子供達を案じた村人による根も葉もない作り話か。だが、子供が襲われないと言う実績があり、これもまた妙である。
人間が新鮮な食物を好むように、吸血鬼もまた新鮮な女性の血を好む。特に若く瑞々しい少女の血は吸血鬼にとってご馳走であり、騒動が起きれば真っ先に少女が狙われると統計されている。しかし今回は二人目のシャロンを日切りにピタリと止めている。
悠長な話だが、吸血鬼が子供よりも美味い血を持つ年齢層を探し当て、味に目覚めたのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい」とタバサは首を振った。そんなグルメな吸血鬼なぞいてたまるか。
「…………」
だが非常に奇妙な噂だ。
何かが、子供達を吸血鬼から守っているのだろうか。それも吸血鬼に悟られず、見つからず、その上で吸血鬼を出し抜く事もまんまと行って。
……正直そんな奇跡のような存在、信じられるハズがないが。
だが理由が付かない。不整合でもやもやとするが、一先ずその『ドラゴンさん』が確認出来ないのなら置いておこう。そうタバサは考え、俯けていた頭を上げた。
「…………?」
視線を上げたその先に、タバサは誰かを発見した。
ロンパートの背後にある扉を少し開けてこちらを覗く、小さな人影を見つけたのだ。
「……あっ……」
タバサと視線が合い、驚いたのか声を出す。
その声にロンパートとシルフィードが反応し、二人共にそちらへ視線を向けるのだった。
「ん? 誰かいるの?」
「あぁ、『エルザ』かい? ほれ、お入り」
ロンパートが優しい声と手招きで『エルザ』と呼ばれる人物を呼ぶと、ゆっくり扉が開き、部屋へ入って来た。
「お、おじいちゃん…………」
怯えた様子で入って来たのは、幼い女の子である。
ふわりとした金髪で、淡雪が如く白い肌に蒼い瞳がくりくりとした、小動物を思わせる可愛らしい子供だ。
目に映った瞬間、シルフィードが満面の笑みで立ち上がった。
「きゃあ! とっても可愛い!」
「すいません、人見知りをする子でして……大丈夫だよエルザ、この方々は騎士様だ。さっ、ご挨拶しなさい?」
するとエルザは行儀正しくスカートの裾を持ち上げ、硬いながらも恭しくお辞儀をし、挨拶をした。
「え、エルザ……です……その……よ、宜しくお願いします……」
擁護欲掻き立てられる困り顔と、おどおどとした様子。更には人形を思わせる愛くるしい顔立ちと容姿が相まってダイヤモンド砕く破壊力を放っている。
「いやああああああん!!」
シルフィードはその月まで吹っ飛ぶ衝撃で一発ノックアウトを食らい、脇目もふらずエルザを抱こうと飛び付いたのだった。
「もぉぉう! 何て可愛いのぉぉ!!」
「…………?」
「食べちゃいたい! キュイキュイ!!」
「ひぅ!?」
突然迫るシルフィードに、涙目でロンパートの座る椅子の後ろへエルザは隠れてしまった。
言うより、「キュイキュイ」と本性晒して完全に暴走する彼女を、流石に見過ごせないと踏んだタバサがシルフィードの耳を引っ張り引き戻す。
「……シルフィード様」
「ひぃぃぃ!?」
「……少し、お戯れが過ぎるかと……」
「イタイイタイイタイ!? わ、分かった、分かったぁ!!」
そんな二人の様子を呆然とロンパートが見つめる前で、タバサはシルフィードを引き寄せ、耳元で囁く。
「うぅ……酷い……ん?」
「…………」
「え? あ、あの子も?」
「…………」
「……うん」
タバサからの提示を了承したシルフィードは、少し言い辛そうな表情でロンパートとエルザへ目線を向けた。
「あの……一応、お二人の体を確認したいの。誰がグールか、調査の前にまずあなた達二人を調べさせて欲しい」
シルフィードはタバサからの命令を、そのまま二人に言い渡す。
それを聞いたロンパートはギョッとした顔となり、自分の後ろに隠れるエルザをあやすように、背中を優しく叩きながらシルフィードに物申した。
「わ、私は構いません! しかし……しかし、この子だけは……エルザだけは勘弁して下さりませんか!?」
今までとはまるで見なかった、とても慌てた様子。
椅子から立ち、エルザの前で立ち塞がるようにしての懇願。シルフィードに従っていた先程までの彼が唯一断りを入れる程で、ただ単に孫娘を溺愛しているだけではなく、まだ何か別の理由がありそうだなとタバサは見抜いていた。
「そ、そうね。エルザちゃんは特べ……」
「…………」
「イタタダダダダ!?」
甘やかそうとするシルフィードに、甘えさせないタバサが見えないように大腿部を抓った。
怖い我が主人の気迫と体罰に怯え、渋々と言われた事を実行する事にする。
「うぅ……れ、例外は認められないの……」
「認められない」
「でも、でも! 本当は勘弁してあげたいの!」
「…………服を脱いで下さい」
これは駄目だと踏んだタバサは、主導権を一時握り、身体検査を実行させた。
ロンパートは騎士からの命令で、もう物言いは不可だと悟り、悲しげな表情でエルザと視線を合わせる。
「うぅ……!」
「……エルザ……」
人見知り、と言うには余りにも異常な怯え様。いつ倒れてしまってもおかしくない程震え、目に涙を溢れんばかりに溜め、化け物でも見るかのような表情でシルフィードを見ていたのだ。
この様子を見たロンパートは心痛するのだが、少しでも彼女の苦痛を和らげてやろうとシルフィードに条件を付けた。
「……良いですが、この子の検査は……その、お付きの方にさせて下さい。私は、シルフィード様から受けます」
「え?」
提示された条件を飲むか飲まないかと、タバサを一瞥したシルフィード。
タバサはコクリと頷き、許可を与えた。
「……良いけど、どうしたの?」
「えぇ……いや、その……」
口籠るロンパートだが、待てないタバサはエルザの前に立ち、言った。
「……私は『メイジじゃない』。私が検査する」
「……うぅぅ……」
「何処か部屋を借ります……こっち」
タバサがエルザの手を掴むと、怯える様子はそのままだが、ロンパートか離れて廊下まで付いて来てくれた。
その背後で、ロンパートの心配そうな視線を受けながらも扉を閉めて、遮断させる。
「…………」
「ご、ごめんね……え、えと、あの子も女の子だし、エルザちゃんには悪い事しないだろうし……」
「悪い事しないだろう」と言ったが、相手がタバサである事を思い出し、小さく「多分……」を付け加えた。正直タバサが余計に泣かせるような事を言ったりしないと言う保証がない為、使い魔の身でありながらも猛烈に不安である。
しかしシルフィードへ向き直ったロンパートは、やはり心配そうではあれど何処か、ホッとしたような表情をしていた。
「いえ、ご無礼を……お許し下され」
「い、いいのいいの! こっちもデリカシー……? が、無かったと思うの!」
「有り難う御座います……」
「…………」
だが、あまり察しの良いとは言えない彼女であるが、思い返す限りのエルザの怯え方が、些か常軌を逸していたと言う事は気付いていた。
気になったシルフィードは、意を決してロンパートに質問する。
「あの……エルザちゃん、とても怯えていたの。でも、ちょっとあれは……」
「……えぇ、変に見えたでしょう」
「言い方は悪いけど……かなりおかしいのね」
彼女の質問を受け、ロンパートは少し躊躇する素振りを見せた後、仕方がないと言い聞かせるかのようにエルザの身の上話を始めた。
「あのお付きの方も気付いておられのようでしたし、隠すのも悪いですからな……エルザは、メイジが怖いのです」
「メイジが怖い?」
「……実はあの子は、私とは血の繋がりのない、関係上は『養子』であります……」
「え? お孫さんじゃなくて?」
一瞬だけ口を閉めて、黙ろうとしたが、何とかこじ開けるようにして続けた。
「……あの子の……エルザの実の両親は……『メイジに殺されて』おりまして」
「…………!」
シルフィードは、絶句してしまった。
別室への廊下を進む最中、タバサは自分の手に引かれるエルザに向かって質問を始めた。
「……一つだけ質問する」
「ひっ!……な、なんです……か?」
か細く、消え入りそうな儚い声で何とかエルザは返答に応じてくれた。
シルフィードよりは幾分か態度が軟化しているので、タバサの思った通り、メイジを恐れていたのだなと確信に至る。
それは兎も角として、タバサは気になっていた事を彼女に投げ掛けた。
「……『ドラゴンさん』って、知っている?」
それを聞いたエルザは、頭をぴょこんと動かし、分かりやすく反応してくれた。
ロンパートの言った通り、子供達の間で浸透し、信じられている噂らしい。だがタバサにとってこの噂が気になって仕方が無かったのだ。
「……どんなの?」
「え、えと……『ドラゴンさん』……『ドラゴンさん』……」
エルザはモジモジとしながら、話してくれた。
「……私は……見た事ないけど……村の子達がみんな言っていて……」
「…………」
「……『フースイ』で、『吸血鬼から助けてくれる』……って……」
「……『フースイ』?」
余計に分からなくなったタバサ。
『フースイ』……広い知識を持つタバサでさえも、聞いた事のない言葉だった。何かの魔法か、方法か生物か事象か……と、辿ってみれども、やはり聞いた事がなかった。文字通り、何にも当て嵌まらない単語である。
当て嵌まらないと言えば、彼女が通う魔法学院の秘宝にも、何にも当て嵌まらない単語が書かれていたなと思い出す。恐らくは、何かの言葉が拗れて広まったのか、元々からの無意味語なのかとどちらかだろう。
「『フースイ』って?」
「わ、分からない……です……」
彼女は『ドラゴンさん』を聞いてしかいないのだ、知らないのは当たり前かと考えた。
質問を変える。
「……誰から聞いたの?」
「誰から……じゃなく……みんな、言っています……えと、見たって子もいて……」
「……その子の名前は?」
「……『エミリー』……」
それだけ聞くとタバサは「有り難う」と無感情的に言い、会話を切った。
単なる子供達の噂だ。しかし何か、タバサの勘が「注意深く観察しろ」と言っているのだ。この『ドラゴンさん』が実在するかしないかは別として、何かしら意味を持っているように思えた。
村民を襲う吸血鬼と、そこから子供だけを守る『ドラゴンさん』……二つの相反する話と、これからの調査方法を頭の中で練りながら、タバサはエルザの身体検査をする為、適当な部屋へ入ろうとした。
窓の奥に、視線を感じた。
扉の前で立ち止まり、廊下の奥にある窓を見るのだが、何もいなかった。
気のせいかと割り切るが、同様の事が村に向かう道すがらで感じた事を思い出す。裾を引く違和感に首を傾げながらも、彼女とエルザは部屋の中へ入って行く。
『ホォ〜。どうやら、オレが見えソウダナ! ファーストコンタクトは、どのタイミングで行うベキか?』
何もいなかった窓の外に、球体のような影が現れ、そう呟くとまたしても消えるのだった。
村長の名前の『ロンパート』は、本作オリジナルです。原作は『村長』だけでしたが、私の趣味で名付けました。気にするなッ!(ジュラル魔王並の封殺)
夜分遅くの投稿、失礼しました。
寝る時は戸締りをしっかりし、吸血鬼に合わぬようにお気を付け下さいませ。
吸血鬼に出会った時は、波紋の呼吸をしてくれ。以上ッ!!