「……そう言えばギーシュはどうなったの?」
ふと、思い出したかのようにキュルケが話し出した。改心したとは聞いたが、この原因であるギーシュがどうなったのか知りたい。口の中に残ったパイをモゴモゴと咀嚼しながら、ルイズは「分からない」と言いたげに首を傾げた。
「あの後、モンモランシーとより戻して早速デートしていたわね……シエスタにも後輩の子にも謝罪していたし、私にも『使い魔くんはどうだ』って聞いていたし……後悔しているようだし、心配もしていたわ」
「あら、モンモランシーも満更じゃなかったのね」
「機嫌悪そうにしていたけど、デレデレだったし。分かりやすいわ」
呆れたように鼻で笑うルイズに対し、「分かりやすいのはあなたもじゃない」とからかってやろうとしたキュルケだったが、その言葉は結局飲み込む事となった。
「うわっ!?」
ルイズの目の前に、大きな薔薇の花束がニュッと現れた。鼻腔を擽る甘く優雅な香りから、かなりのロイヤルローズである事が分かる。
「わお、情熱的ね」
「な、なんなのよこれ……ギーシュ!?」
机の横で跪き、花束を掲げる人物は何を言おうと、話題にしていたギーシュ・ド・グラモン本人であった。
「………………」
「……やぁ、ルイズ。良い天気だね」
「……それはなに?」
ギーシュは少し黙って、俯いた。一瞬見えた顔は、真っ赤になっている。
「……渡して欲しいんだ……」
「……誰によ」
「えーっと……あのー……その……」
ゴニョゴニョと、蹴られて弱って行く犬のように静かになったギーシュ。何がなんだか分からなかったが、後ろからニヤニヤと面白い物を見るような笑顔をしたモンモランシーが着いていた。
「モンモランシー、どうしたのこれ……まさかギーシュ、彼女の前で私に告白とかじゃないわよね?」
「意外と強心臓ね、そそるような事するじゃないの、ギーシュ」
ルイズとキュルケの誤解に大慌てでギーシュは否定した。その際に浮かんだ花束を、ルイズは腕いっぱいに引き受けた。
「そんな訳ないだろ!? 僕はもう、モンモランシー、一筋さ!」
「じゃあ、この薔薇はなんなのよ」
「……それはぁー……」
何故か口籠るギーシュに見かねたモンモランシーが、笑いを含ませながら、とても愉快そうに代弁する。
「ギーシュったら、あの平民に『友情』感じちゃったみたいなのよねぇ!」
「も、モンモランシー!?」
止めてくれと真っ赤になるギーシュを無視して、彼女は続ける。
「貴族の癖に、使い魔の平民と『友情が芽生えたんだー』って言ってね、気に入ったそうよ」
「な! モンモランシー! それは違うぞ!!」
ギーシュが立ち上がったが、そのせいで真っ赤な顔は白日の下に晒された訳だが。
「彼には気高い精神が宿っていた! 僕はそれを身を以て実感したし、それまでの自分を恥じた! それに彼のお陰で僕は、君を手放さずに済んだ!! まさに、僕の『恩人』なんだよ、彼はッ!!」
熱く語る彼を前に、「ほらね?」と笑うモンモランシー。ハッと我に返ったギーシュはルイズとキュルケに向き直った。
「い、いや! あの……か、彼には迷惑かけたし、酷い目にも合わせてしまった……償い……と言うのは都合が良いかもしれないが、僕も彼の助けになりたいと思っているよ……」
ヤケになったのか、ひた隠していた心中を曝け出したのだった。
「ギーシュって、友達少ないから丁度いいんじゃないかしら?」
「も、モンモランシー……余計な事は言わないでくれよぉ……」
その様子を、苦笑いで見ていたルイズと、ニヤニヤとしているキュルケ。
ギーシュのグラモン家は、言えば女好きの家系である事は、波紋と波紋は打ち消し合うと分かるように知られた事実である。しかし結婚したり、本命が出来たりすれば、一転して女性に敷かれ、頭が上がらなくなる不思議な家系であるそうだ。
(まぁ、それほど女性を大事にしているって事なのかもだけどさぁ……)
目の前でイチャつくこの二人を見ると、薔薇の香りも乗っかって、戻った食欲がまた減少して行くようだ。甘ったるい。
結局昼食はだいたい残して終了となった。
「……そろそろ行くわ。あとこれは……まぁ、定助に添えておくわね」
「添えるって、死んだみたいだな君……僕のせいだけど」
ギーシュが苦笑いしながら言うと、ルイズは花束を抱えて席を立った。
「あんたが反省した事も、復活を望んでいた事も……起きたら言っておくわ」
「有難い……彼からは大事な事を学んだからね……」
「……変な所で義理堅いわね、ギーシュ……」
そう言いながらも「私もか」と呟き、キュルケ・ギーシュ・モンモランシーに手を振ってその場を後にした。後ろでキュルケが二人を弄り倒しているようで、ギーシュの青い声と、モンモランシーの黄色い声が聞こえて来た。
「所でギーシュ、あなたのお友達のオカッパの子……」
「あぁ……彼がどうしたんだい?」
「彼って、気前が良いのね! あたしが『エキュー金貨がないの』と言ったら、彼って『エキュー金貨は二つあった!』ってくれたのよ!」
「……まぁ、彼は地主の子だからね……えーっと、飛行船の街の管理人じゃなかったかな?」
オカッパと言えば、自分を取り押さえたギーシュの取り巻きだなと思ったのだが、匂いを嗅ぎ分けるわ汗を舐めるわ女性に負けるわで変な噂が絶えない。それでもってお金の話は少しドロリとしている。ルイズは聞かなかった事にした。
自室まで、あとすぐそこまで来ていた。授業中の看病は定助の友人であり、彼に助けて貰ったメイドのシエスタが名乗り出てくれて、任せている。その際に彼女とも親しくなり……元々手際の良いメイドであったお陰もあり、何かを頼むのは専らシエスタになった。最早、専属のメイドと位置付けるほどに。
「有り難いわ、あの子は」
まともに話したのは三日前からだが、今日までに信頼関係が構築されており、シエスタに鍵を預けても安心出来るほどまで信用している。彼女の謙虚で人当たり良く、奉仕精神深い様を見ていれば、自然と信頼出来る。
「シエスタには世話になっているわね……お礼しなきゃいけないわ」
しかし、お金は秘薬の為に厳しい状態。手元には杖か薔薇の花束。
何かを授与するのはキツいだろう。こっちから学院側に働きかけてみようかなんて考えた。彼女は本当に良きメイドだ。
「……とりあえず、交代してあげないと……他の仕事もあるだろうし。悪い事頼んだかしらねぇ……」
そう考えたが、元を出せば定助の気絶が悪いと考え、責任転換しておく。
そうこう考えている内に、自室の前まで来ていた。
「……でも、頼る事は大切よね……他の事も相談してみよっと」
キュルケの言葉が響いているのだろうか、頼らない自分は無理をしているだけと。それが彼の為かと問われれば、少し躊躇してしまう。だけれど、悪い事はしていないし、彼への感謝はどうせ言葉では言えないと思われる……彼女の性格的に。
「ま、まぁ、抱え込むなって事よね! 大丈夫大丈夫……私は誇り高きヴァリエール家よ」
変な意気込みをくっ付けながら、花束を片手で持ちつつ彼女はドアノブに手をかけた。
「いるかしら? シエスタ、帰って来たわよー」
そしてガチャリと、扉を開けた。
「はい! ほら、口を開けて下さい!」
「し、シエスタちゃん……一人で食べられるし大じょ……」
「何を言っていますか! 病み上がりの身で無茶は出来ませんよ! 私に甘えて下さい、はいあーん!」
「……いただきます。あーん」
目の前に写った光景は、ルイズのベッドの上に座って、シエスタに切ったリンゴを食べさせられる定助……といった甘い光景であった。定助は美味しそうにシャリシャリ音を立てて咀嚼をしている。
「あはは! 定助さん、大きなお口ですねぇ! どうですか?」
「んむ……んマぁい……これはぅんまいなぁ!!」
「ですよね! 糖度高めの、新鮮なリンゴですから!!……次行きますよ? はい、あーん」
「あーん」
リンゴの美味さで麻痺したのか、胃袋掴まれたか。二度目は抵抗するまでもなく口を開けてリンゴ待ち……と言う他から見たら恥ずかしい始末。
「定助さん、変わったすきっ歯ですねぇ」
「うん? ふぉう?」
「ふふふ……食べながら喋るのはお下品ですよ?」
「ふぅいませェん……」
「もう……子供っぽいんですから」
一瞬、自分を見失っていたルイズだが、思考が再浮上した。
「何やってんのよあんたぁぁぁぁ!!??」
久し振りの怒鳴り声に、飛び上がるシエスタと定助。ここでやっと二人は、ルイズの存在に気が付いた。
「……ご主人!?」
定助に呼ばれた事は少し嬉しかったが、それより勝るのは怒りだった。
「あ、み、ミス・ヴァリエール!? あ、あ、あ、あのあの……」
跳ね上がった拍子にベッドから起立し、壁際へ。狼狽しつつも、流石はメイドだ、弁える所は弁える。
「も、申し訳ありま……」
「シエスタは良いわよ! あんたよあんた、ジョースケぇ!!」
指差しで、単独怒鳴られた。
「お、オレェ? オレなの?」
「あんただっつの!! 何やってんの!?」
「リンゴ……食べさせて貰ってた」
「それが何でなのよぉ!?」
アワアワと弁解に入ったのは、シエスタであった。
「ミス・ヴァリエール、これは私から始めたものでして……!」
「いやシエスタ、違うわよ……食べさせた事に関してはどうでも良い……!」」
大股で入り口からズンズンと定助の前へ近付いて行く。その際の覇気に「逃げたら駄目だ」と謎の使命感が脳内に擦り付けられ、背筋を伸ばしてピタリと彼女を待つ。
ルイズはベッドに乗り上げると、グッと定助の眼前に顔を近付けて睨んだ。鼻息が生暖かい。
花束を定助の膝の上に置く。甘い香り。
「……やっとお目覚めのようね……」
「……はいッ」
「……よくもご主人様に心配かけさせたわね……覚悟は出来ている?」
「……そりゃ、もう……ガッツリ……」
ジィッと、物凄い眼力だ。例えるならば、自分を苛めた人間に対する猫の目だ。吊り上って、暗闇の中でもギラリと鈍く光っているような。
「……体調は?」
「完璧……とは言えないけど、骨はくっ付いている」
「……お腹は?」
「ペコペコだから……シエスタちゃんにリンゴ頼んだ」
「……その他、言う事は?」
ルイズの眼力に耐えられず、義理の兄弟の眼光につい逸らしてしまったように目線を逸らす。だが左方向を眺めて、考えているようにも見える。しかしやり場のない指は、薔薇の花束を弄っている。
数秒後、目線はかっちりルイズの方へ戻った。
「……色々と有り難う……あと、迷惑かけて……すまなかった……」
「………………」
「……これからも……お互いに……改めて、宜しく……?」
「…………ふん、及第点って所だけど……まぁ良いわ」
そこでやっと、ルイズが離れてくれた。ホッと一息。
離れたルイズがシエスタに近寄ると、手を差し出した。
「悪かったわね、色々と頼んで……服、やってくれたんだ……ありがと、シエスタ」
「あ…………いえ、お力になれて幸いです!」
ニッコリ微笑み、軽くお辞儀をするシエスタの前、穏やかに笑うルイズの姿。二人には階級と言うものが存在するが、その心の壁は殆どないだろう。良き主従で、良き友として、二人には垣根なき真っ直ぐな繋がりが出来ていた。
「じゃあ、後は私がするわ」
「え?」
「ほら、リンゴォ」
「え」
差し出された手とは、そう言う事だった。ニッコリ微笑んでいたシエスタの顔は、呆気に取られたような感じになる。次には名残惜しそうな表情へ。
「………………」
「…………お任せ致します」
「ありがと……また何か頼むと思うから、その時はお願いね」
「……はいぃ……」
渋々と言った具合に持っていたリンゴの入ったお皿とフォークをルイズに差し出し、手の上に乗せた。表情も、拗ねたような風だ。
「……ジョースケさん、また後で」
「え? あ、うん……本当に有り難う。また後で」
定助の感謝を受けて、元気が戻ったのか再びニッコリとなる。表情が忙しい子だ。
「では、失礼しました!」
明るく、快活な声で退室して言った。ルイズが開けっ放しだった扉をキチンと閉めて、彼女は寮を出て行く。
「……さて……と」
座りっ放しの定助へと向き直ると、また駆け寄って隣に座った。ベッドが軽く沈み、ワンバウンド。
「ふう……話したい事はいっぱいあるんだけど?」
「承知している……大丈夫、隠し事はしない……約束した」
「……分かれば良いんだけど……まずは、栄養補給ね」
定助に手渡さず、フォークを彼女は手に取った。
「……まさか」
「あ、その薔薇はギーシュからよ」
「いや、薔薇じゃなくて……ちょ、ちょっと……小っぱずかしいと言うか、それ……」
「グダグダ言わないの、怪我人何だから……あんた、一応」
察して嫌な顔をする定助をそのままルイズは、フォークに突き刺したまんまのリンゴを持ち上げ、定助に向けた。
「……あーん」
「……ご主人……自分で食べる」
「なに言ってんのよ?……メイドのは食べて、ご主人様のは食べられないって言うの?」
「そう言う訳じゃないんだけど……」
少し面白くなったのか悪戯気味にニッと笑うと、ズイッとリンゴを無理矢理定助の唇へ押し付けた。
「んん!?」
「ほら、口開けなさい! 有難く思いなさいよ、貴族が平民に食べさせてあげているんだから!」
ググッと押し付ける。渇いた唇が果汁で潤ったのは良いのだが、垂れそうだ。
「ほぉら! 聞き分け悪いと、オシオキよ?」
「ぐぐぐぅ……わ、分かった分かった、分かったから押し付けないでくれ!」
「やっとね……あーん」
唇から離され、諦めたように口を開けた。
シエスタと比べれば幾分か乱暴だが、リンゴが口内に入り、齧った。
「良いリンゴね、果汁が滴っているわ」
「むぐ…………やっぱりゥンマい」
「はい、もう一度あーん」
「…………あーん」
定助は、リンゴを食べ終わるまでの間、無心になる事にした。だけど、真っ赤な顔でリンゴを食べさせるルイズを見れば、何だかおかしくて、笑けてしまいそうだ。
それでも甘いリンゴの軽快な咀嚼音が、二人だけの部屋で鳴るのだ。心地良い時間である事は間違いない。
江戸川乱歩の全集買ったんで、投稿ペースは以前としてかな?失礼しました