ロンパートとエルザの身体検査は終了した。タバサ自身も分かっていた事だが、二人は吸血鬼でもグールでも無かった。言うのは彼は村長であり、それもかなりの古株。彼の顔を忘れる者など村の中でいる訳があるまいし、グールにするにしては村内で目立ち過ぎる立場であるからだ。彼に一番近い養子のエルザも、その内に入るだろう。
タバサとシルフィードは、村を散策していた。村長から現状を聴取し終えたのであれば、早速動かねばならない。言うのは今はもう昼下がり、あと六時間もすれば夕刻を迎えて、吸血鬼の動く夜に差し掛かる。ちんたらしていては、吸血鬼の初動に追い付けまい。
「………………」
さっきからシルフィードの表情が浮かない。
一応彼女は今、騎士である。こんな自信の無さそうな表情を他人に見られては沽券に関わる。それに村中には不信と疑心が蔓延っている……一気に信用はアンダーランドまで落ちるだろうに。
「……そんな表情されては困る」
辺りに人がいない事を確認し、ぽつっと短く小さく注意する。
「あ……ご、ごめんなのね」
「目尻を上げる、眉間に力を込める、口角を引き締める。実行しないとお肉……」
「わ、わ、分かったから分かったから!!」
細かい注文を飛ばすタバサを宥め、シルフィードは溜め息を吐いた。そもそも、肉に自分が呪縛されているのが何とも恨めしいのだが……空腹には勝てない。
「と言うか、何か食べさせて貰えるって聞いたのね! まだ何も食べてない!」
「晩餐まで時間あり」
「はぁぁぁ……何で人間って、食事に時間を決めているの? 食べたい時に食べたら良いのに!」
うだうだ文句を垂れるシルフィードに目くじらを立てつつも、タバサは彼女に質問をした。
「……それで? 何か聞いた?」
シルフィードの浮かない表情の原因は十中八九、あのエルザにあるだろう。エルザの身の上話でもロンパートから聞かされたのだろうか。
一度チラリとタバサを見てから、何故か今にも泣きそうな顔で話し出す。
「あのエルザって子……両親をメイジに殺されたそうなのね……盗賊になっていたメイジに」
「………………」
「この村まで逃げて来て、村長さんが保護したそうだけど……そんな悲しい過去から誰にも心を開かなくって、村長さんも笑顔を見た事が無いんだって」
タバサが身体検査をしている時、彼女はずっとビクビクと身体を震わしていた。それこそ卒倒せんばかりの怯え様で。
そんな様子を見るならば、ロンパートから話を聞くまでも無く、昔メイジ基、人間に何かされたのではと想像するのも易し。シルフィードの語ったエルザの過去は、賢明なタバサは予想済みであったので驚きはしない。
「…………お姉さまも、笑わないのね」
思わず口をついた、シルフィードの言葉。
タバサはその言葉を聞かなかった振りをし、相も変わらない仮面の表情で真っ直ぐ道を見据えている。
(私は人形、私は人形)
先導するシルフィードの背中を見ながら、彼女は自分に言い聞かせるように、そのワードを復唱した。
さて、二人がまず向かったのは、三人目の犠牲者で、そして子どもの犠牲者としては最後となったシャロンの家である。彼女は家の中で血を吸い尽くされ、殺されていたそうだ。
「すいません……今回の件で、すっかり姉は寝込んでいまして」
応対したのは、シャロンの叔父である。
シャロンの父親は数年前に他界しており、残った母子の世話を、母親の弟である彼が見ていたそうだ。
しかし、唯一の血の繋がった娘が吸血鬼に殺され、母親は酷いショックから病気がちになった。そんな重い経歴を聞いて、シルフィードの気分はまた落ち込んでしまう、と共に吸血鬼への怒りも増して行くのだ。
「気にしなくていいの……吸血鬼は必ずやっつけるわ」
「……えぇ」
叔父の様子から、あまり期待しているようには見えない。それはやはり、前の騎士がやられた事による失望があるのだろう。
彼は幾分、弁えてはいるが、その内心は王家への失望と共に悲しみもあるだろうに。
「兎に角、家の中を調べさせて貰うから……えぇと」
「………………」
「うっ…………ほ、ほら! 私の命令ですわ、調べなさい!」
ギクシャクとした言葉で、威圧的にタバサに命令を下す。村民に対し、タバサが従者であると言う印象を与える為にわざとそうした口調で言い付けるのだ。
ただその内心は、「ごめんなさいなのね!」の連打だろう。
「当時の状況を教えて欲しいの。辛いでしょうけど、こちらも手立てを見つけたいし」
「はい……えぇと、窓を見て貰えたら分かりますが……」
窓には二重三重と、木の板が打ち付けられている。板と板の隙間でさえも、子ども所か雀一匹も入らない程に厳重だ。
「あの通り、厳重に窓は全て閉鎖していました。シャロンが安心して眠れるように、寝ずに見張りをしていたのですが……急に、記憶が……」
「それは『眠り』の先住魔法ね。【風】の先住魔法としては初歩だけど、威力はワイバーンさえ眠らせる程なの」
「あぁ、やはり私は術に嵌っていたのですか……そんな魔法を使う化け物に、勝算はハナから無かった訳か……」
彼のその言葉は、本心であろう。もう彼には守る者が無くなったのだ、肩を落として項垂れる様はまだ若い彼を随分と老けさせている。
「しかし……ドアも窓も全て、封鎖していたのですよ。何処から入り込んだのでしょうかね」
曰く、封鎖した箇所には破壊の跡は無く、まるで壁からすり抜けて入って来たかのように、形跡を残す事なく侵入したとの事。
「うーん……それは奇妙ね……吸血鬼はそこまで高等な魔法は使えないし……」
「そうなんですか?……じゃあ、俗に聞く蝙蝠になって……と、言うのは……?」
「迷信よ。何かに化ける先住魔法なんて、使える生物はそうそういないわ」
まぁ、貴方の目の前にいるんですけどもと、シルフィードは胸を張って自慢げな表情となる。叔父は何の事か分からず、ぽかんと彼女を見ていた。
さて、タバサは何をしているかと思えば______
「…………」
「………………」
「……何、しているの?」
______煙突と直結している暖炉に、頭を突っ込んでいた。服は煤に塗れ、何か探しているかのように煙突内部を覗き込んでいるようだ。何でなのかは分からないが。
「…………お、おほん! タバサ、何で暖炉なんか調べているの!?」
「……煙突から侵入したのではと、考えたものでして」
「そんな細い所から入る訳ないじゃないの!? 汚いからやめなさい!」
汚れた主人を哀れに思ったシルフィードに叱られ、タバサは渋々と暖炉から頭を抜き、服を叩く。
「兎に角、吸血鬼だって肉体はあるんだから、何の形跡無しに入り込むなんて不可能よ。何かしらの跡があるハズ……」
「では、別の部屋を見ますか? こことは別に、物置がありますので」
「是非とも、案内して欲しいの」
叔父が先導し、シルフィードは居間を後にしようとする。チラリとタバサへ目配りさせ、部屋から出る事を催促させる。
服から煤を落とした彼女は、暖炉に背を向けて、シルフィードに続こうと足早に去ろうとした。
その時、外から怒号が響く。それも一人や二人では無く、十人以上の罵倒。
気になったタバサは、木の板を打ち付けられた窓から、声の先を目で追った。彼女の聴覚は、とても機敏である。
空はもう、夕方に落ちて行く。橙色が村を染め上げて行く綺麗な黄昏時だが、今の吸血鬼騒動の最中では地獄の前触れとなりすっかり恐れられてしまった。
夜へ近付くほどに不安の種が強まる村人たちは、自棄でも起こしたのか、松明を手に取りとある家を包囲している。村の少し外れにある、乾燥した暗色な木の家だ。
「やい! てめぇが吸血鬼なんだろ!? 出てきやがれッ!!」
「夜な夜な女を襲うたぁ、ロックじゃねぇ!! 夜まであと数十分、必死になるよォ〜〜ォ!!」
「吸血鬼を倒すと心の中で思ったなら! その時既に包囲は終わっているんだッ!!」
「いるのは分かってんだ!! 正体を現せ!!」
半暴徒と化した村民たちは、石を投げ付け窓ガラスを割る。彼らの目には殺意と憎悪しか無く、それらが一点に集中した家からは一人の男性が飛び出して来た。
「誰が吸血鬼だッ!! 辞めやがれ、この野郎どもッ!!」
男は精悍な顔立ちをした、大柄の中年。村人たちを止めようと出て来たようだが、更に罵言は強まるばかり。
「出たな、グール!! 分かってんだ、おめぇのババァが吸血鬼だろ!?」
「何の根拠があってそう決め付けてんだ!? おっかぁは吸血鬼じゃないぞ!!」
「そうか、なら何で昼間にゃ姿見せねぇんだ!?」
「病気なんだ! ずっと言って来ただろうが!!」
どんなに男が説明しても、村民たちの押し問答は続けられる。
「誰の言い分で俺らを疑うんだ!?」
怒れる彼らを割って、一人の青年が姿を現した。
「よぉ、『アレキサンドル』……観念するんだな」
青年はグールの疑いを掛けられている中年男性、アレキサンドルに話し掛けた。
彼を見たアレキサンドルは確執があるか、納得したかのように青年の名前を呟く。
「…………薬草師の『レオン』……またてめぇか……!」
「お前らは数ヶ月前に来た『余所者』……そして、お前らの来たタイミングでのこの騒動だ。疑わねぇ訳ねぇだろ?」
「何回言わせる!? おっかぁの療養だと、何度も何度もなぁ……!!」
冤罪を主張するアレキサンドルだが、一向に場は鎮まらない。村民全てが、このレオンの言い分を信じ、彼の母親を吸血鬼と疑っているのだ。
「なぁにが、療養だ」
レオンは呆れた様子で語る。
「太陽光で皮膚が焼けちまうからだろ? 日中出てこねぇのはよぉ!!」
「……い、言いやがった、な……て、テメェェ!!」
あくまで吸血鬼扱いをするレオンに、アレキサンドルの堪忍袋がはち切れた。軒先の壇上から飛び掛かり、レオンを殴り付けようとする。
「おいおい、そんな生っちょろい飛び掛かりじゃあ、笑ったモノか欠伸しかモノか!」
「このマンモーニがッ!!」
その彼を取り押さえたのは、二人の男性だ。飛び掛かった彼に突撃し、身体の大きいアレキサンドルとは言え二人の男性を押し切れずに地面に伏せられる。
「……ッ! ち、畜生どもめッ!! 呪われろッ!!」
「呪われるのはお前らの方だろ?」
レオンは押さえられたアレキサンドルの元へ近付き、彼の襟を引っ張った。
「みんな見ろ!! こいつの首筋を!! 牙の痕がある、グールの証拠だッ!!」
彼の言う通り、確かにアレキサンドルの首筋には二つの小さな穴傷がある。何かに噛まれたような傷だ。
「アホか!! これは山ヒルに噛まれた痕だと…………!」
「そうかも知れねぇが、お前らには要因が多過ぎる。白状するんだな!!」
誰も彼の言い分を信じない。取り押さえられ、悲観に暮れるアレキサンドルはただただ怨恨の篭った視線でレオンを睨み付けるばかり。
アレキサンドルを伏させ、気分でも乗ったのか、レオンは玄関先を蹴飛ばしてドアを開いた。
「今から証明に入ろうか! オラァ、吸血鬼出てこいッ!!」
「辞めろよ!! おっかぁは朝から具合が悪いんだ!?」
言い分など聞き入れない。レオンは数人ばかりを連れて、ズカズカと家の中へと突入する。その手には桑や鉈が握られ、彼の母親に何をしでかすか分からない物々しさがある。
アレキサンドルは不甲斐なさからか、悔しさからか、涙を流した。もう彼の口からは雄叫びしか放たれない。
「い、いい加減にしなさぁぁぁぁいッ!!!!」
そんな最中に響いたのは、女性の甲高い声。声の主はシルフィードである。タバサはいない。
雄々しい声たちの中で彼女の声は一際目立ち、レオンらの足を止めた。
「何をしているの!? 喧嘩は許さないのね!」
村民は彼女の身なりを見て、すぐに吸血鬼退治に来た騎士だと合点が付いた。
合点は付いたのだが、その表情は訝しげ。
「……本当に騎士か?」
「なんちゅーか……威厳がねぇって言うか……」
「!?!?」
彼らの言葉に、軽くショック。例えるなら、信じていた恋人に裏切られて冤罪を着せられたようなショッキング。いや、それは流石に重過ぎる、せいぜいトイレの便器から豚が顔を出した様を見た時のショックだろうか。
それは兎も角とし、シルフィードは『風韻竜』としてのプライドから、「威厳がない」に徹底的に対抗した。
「ちょ、ちょっとそれは聞き捨てならないのね!! これでも、名の知れたメイジなの!!」
「話し方がもう、なぁ……」
「!?!?!?」
再びショックを受ける彼女を他所に、騒ぎを聞きつけたレオンがシルフィードに話し掛ける。
「丁度良い! 騎士様、この家を調査してください! この家に住んでる『マゼンダ』ってババァが吸血鬼なんだ!!」
「だから違うって言っているだろうが、分からず屋め!!」
レオンの訴えとアレキサンドルの叫びを同時に聞いた彼女は、この騒動の第三者として中立的な視点から話を聞けれた事は幸いであろう。二人の言い分を聞き、少し事態を整理してからシルフィードは場を鎮める為に集結者全員へ言い渡す。
「兎に角、後は私が調べるから! 仮にその家に住んでいるお婆さんが吸血鬼なら、家の中に入るのは危険なの!」
「ん……確かに……」
シルフィードの言い付けに納得したレオンたちは、早々と家から出る。その様子を見て一先ず、シルフィードは一息。
「ほら、その男の人を離しなさい! 出ないと、魔法を使っちゃうわよ!」
そう言い、シルフィードは杖を向けるものの、取り押さえている二人は呆れ顔。
「……なんか、本当に魔法使えんのかぁ? 全然ロックを感じねぇぞ!」
「メイジってのは、一々魔法を使うなんて言葉は使った事ねぇと聞く。何故なら、それを心ん中で思った時には魔法を使うからな」
(え、そうなの!?)
一方の言い分に、シルフィードはギクリと身体を震わせた。
メイジは杖を持っていなければ魔法は使えないと同様、シルフィードも人間に化けている間は魔法が使えないと言う制約が課せられているのだ。つまり、今の彼女は平民同然であり、ここで「魔法を使ってみろ」と言われたら何も出来ないのだ。
(ひ、ヒィィィ!! お、お姉さまは何処なのぉぉ!? きゅいきゅい!!)
いつの間にかどっかへ行ってしまったタバサを心の中で求めながら、彼らの意思を死刑宣告のように待つ。
「まっ! 疑わしきは罰せずと言うし、オレはロックに従うぜ!」
(……ロックって何だろう)
厭にハイテンションな村民と、兄貴的風格を持つ村民の二人に少し困惑したものの、シルフィードの見ている前でアレキサンドルは解放された。
どうやら、「私が調査する」と言う彼女の申告だけで満足を得られたようだ。誰にも気付かれないように、ホッと一息。
「これで吸血鬼も終わりだな」
「いや、あんな騎士に任せて良いのか? 明日にゃ葬式だろ」
「ともあれ何かあるなら、今夜起こるだろ……起こって欲しくねぇが」
「オレたちザビエラ村の村民は、反省すると強いぜ?」
「成長しろ。成長しなきゃあ、俺たちはこの悲劇を跳ね返せねぇ」
口々にぼやきを入れながら村民たちは、ゾロゾロと家路へ向かう。気が付けば、月が昇り始めていた頃であった。
「ケッ……絶対に吸血鬼のハズなんだ」
彼らの中心的人物であった薬草師のレオンも、そう吐き捨て、去って行く。ものの一分もしない内に、村外れのこの場所から人はガラリといなくなり、静寂が場を支配する。
流れて行った人々の背中を見つめるのは、シルフィードとアレキサンドルだけ。
「大丈夫? 結構強く地面に押し付けられていたけど」
「だ、大丈夫……です。有り難う御座います、騎士様」
アレキサンドルは涙を拭いながら、のっそりと立ち上がる。立ち上がると、溜め息が溢れた。
「……あのレオンって奴が、おっかぁが吸血鬼だって皆に吹聴したんです。俺らは余所者で、おっかぁは病で外に出ないって事だけを見て、決め付けやがったんだ」
彼はギリッと奥歯を噛んだ。
シルフィードはまさかと思い、その時のアレキサンドルの口内を見やったが、吸血鬼らしい牙は見受けられなかった。
「そうだったのね……狡猾な吸血鬼はまず、人間の疑心暗鬼を起こさせる事を楽しむの、アレじゃ思う壺なのに」
「…………えぇ」
大男、アレキサンドルの背丈が妙に小さく見えた。それは吸血鬼と疑われ、糾弾されて来た心労から背中を曲げていたからだった。そんな彼の姿を見ていると、シルフィードはまた居た堪れない気持ちとなる。
「騒がしいねぇ……どうしたの、お客さんかい?」
すると、家の玄関から嗄れた老婆の声が聞こえて来た。
杖を突き、覚束ない足取りで玄関先から顔を出した彼女は、蹴飛ばされて破壊された扉や、石を投げ付けられて割れたガラスを見て驚いた顔をしている。
「あぁ、アレキサンドル……また、なのかい?」
「……おっかぁ……」
「……困ったものだね」
この老婆が、アレキサンドルの母親であり、村民から吸血鬼の疑いをかけられているマゼンダだ。マゼンダはアレキサンドルに目を向けた後、彼の隣にいるシルフィードに気が付き会釈する。
「見慣れない方ね……こんにちは」
「おっかぁ、もう夜だよ」
「あ、もう夜かい……ずっと家に篭っていては駄目だね……ケホケホ」
マゼンダは咳をする。病気持ちと言うのは本当らしく、とても弱々しい。
「それで……その方は?」
「あぁ……この村に吸血鬼退治に来た、騎士よ」
「あらま、騎士様で。これはこれは、失礼をば致しました……私は占い師をやっています、マゼンダと言う者です」
「ご丁寧にどうもなのね」
シルフィードも彼女に挨拶を交わした後に、早々に言う。
「お婆さんも分かっている通り、村の人たちから吸血鬼だと疑われているの」
「……存じております」
「だからその……取り敢えず、お話だけでも聞かせて欲しいわ」
マゼンダは一度、息子のアレキサンドルを見やる。
「……おっかぁ、騎士様の話は聞いていた方が良い……もしかしたら、疑いが晴れるかもしれないしな」
「えぇ、お前が言うなら、そうするよ……あぁ騎士様、こんなボロ屋ですが、立ち話もなんです、お入りになすってくださいな」
先へ促す彼女を合図に、シルフィードはおずおずと家の中へ入って行く。
ドアは留め具が壊れ、蓋のようになってしまっている。屋内に入った時に、アレキサンドルが疲れた表情でそれの修理に入ったのだ。
シルフィードが吸血鬼の疑いのあるマゼンダ宅へ行っている最中、タバサは近辺の家々を見て回っていた。
こう言った田舎の村の家と言うのは特別、大小なりの差異以外にはどれも似たような造りの家ばかりだ。どの家にも煙突があり、木の板の打ち付けられた窓にと、統一されていた。これでは一度、侵入出来る方法が割れてしまえば、どの家にも吸血鬼が入ってしまいかねない。
「………………」
村はもう、寝静まったかのようだ。夕刻少し過ぎと言うのに、もう誰もいない。
タバサがここを出歩く前に騒動を聞き付けていたが、敢えて行かなかった。あぁ言う暴徒には、何を言っても無駄だと知っていたからだ。
代わりとして、彼女は村の全体図や特徴を記憶しに入る。小さな村であるので、地理は大方頭には入ったのだが。
「さぁ夜だ、家族を守らねぇとな……」
「こんな時に言うのは不謹慎かもだが……またぐっすり眠りたいよ」
「あ〜、またロックが聞きてぇなぁ……この村は全然ロックを感じねぇ」
「ここまで歩くと、沢山息をする……カロリーを消費するから、体温が上がるな」
ふと、タバサの後方にゾロゾロと家路につく集団の姿。タバサには、あの時にいた暴徒たちだと分かった。
彼女は夜になり根気が折れたのかと程度にか思っていなかったが、まさか自分の使い魔が場を納めてくれたとは思うまいに。
疲れた顔の集団が家々へと消え去った時、甲高い笑い声が飛び込んで来た。そちらへ目を向けると、こんな時間だと言うのに子供たちが五人ばかり、外で遊んでいた。しかも吸血鬼が好みとする、少女が一人。
「こ、こら! 家の中に入りなさい!! 吸血鬼が来るわ!!」
すると母親たちが、子供たちに忠告をする。少し前までは時間を守らせる為の子供騙しも、今では現実味を帯びていた。
恐怖に歪んだ表情のまま、母親たちは子供たちをそれぞれの家へと連れ込んで行く。
しかし手を引かれる少女は、イヤイヤと拒絶した。
「やだやだ! まだ遊ぶの!」
「馬鹿言わないで!! さぁ、早く!! 今、吸血鬼がいるって、説明したでしょ!? 血を吸われて死んじゃうのよ!?」
「もう大丈夫だよ、吸血鬼なんて怖くないよ!!」
無理やり家へと引っ張られるその少女は、声高々に訴える。
「だって、『ドラゴンさん』が守ってくれるもん!!」
マゼンダの家に入ったシルフィードは、彼女の妙な様子に気が付き、声をかけた。
彼女は時折、締め切られたカーテンを少し開き、誰かを待っているかのように外を覗いては、祈るかのように手を組むのだ。アレキサンドルのいる軒先とは真逆なので、彼を待っているとは思えない。
「?……お婆さん、息子さんの他に誰か待っているの?」
シルフィードの問い掛けに、マゼンダは微笑みながら頷いた。
「えぇ……と言っても、騎士様に信じてくださるか……実は、数ヶ月前から、『精霊のお友達』が出来まして……」
「……え?」
呆然とするシルフィードに、マゼンダはその『精霊』の名前を言う。
「……『
「『
タバサは少女の言ったその名に、強く反応する。
何処からか、嬉しそうに笑うような声が聞こえたような、気がした。