学院内は定助が初めて見たほどに、騒々しいお祭り騒ぎとなっていた。
その生徒たちの騒ぎは、定助とギーシュとの決闘の時よりも、更にはパーティーの時よりももっともっと盛大だ。寮に戻り、急遽新しい制服に着替え直す者や、髪やメイクを整え始める生徒たちで廊下はごった返している。
そして支度と準備を整えた生徒たちは校門前へと我先に大移動を始め、学院の本堂にある一番広い廊下でさえも生徒たちで一気に埋め尽くされていた。この騒々しさを眺めていた定助はポカンと呆気に取られているようだ。
「な、なんなんだぁ、こりゃあ……セリア
「セリアアーって何よ?」
「あ、やっぱり知らないかぁ。インテル・ミラノに、ナポリ、SPAL…………ジダンにカンナヴァーロとか、知らない?」
「知らないわよ…………あー、そんな事よりほら、急いでっ!!」
切羽詰まった口調でルイズは定助の服を引っ張り、わらわら群れる生徒たちを強引に掻き分けて先へ先へと進んで行く。
整えられた身なりもそうだが、男子も女子も香水を振っているようで、高貴な甘い香りが漂っている。確かに一国の長が来訪するのだから、この物々しさは仕方ないだろうか。
「ご主人、ちょっと無理矢理過ぎだってば! ちょ、ちょっとちょっと!!」
正門前へ向かえば向かうほどに人混みは激しくなり、それでも猪突猛進に進むルイズ。しかし代償として、掴む手が離れてしまう。
やって来るのは『アンリエッタ』と言う名前の、王女様だそうだ。
少し前に部屋で身支度をしていたルイズの説明によると____
「ここ、トリステインを治める、とてもお偉い方なのよ。年齢も私とそんな変わらないのに、とても立派な方ね」
____そして胸を張って、自慢気に____
「実は私、姫殿下が幼い頃に遊び相手としてお近付きになった事があるのよ」
「へぇ! 王家と友達ぃ〜? すんごいなぁ!」
「ま、まぁ……ね」
妙に顔を赤らめて口籠るルイズだが(恥ずかしい過去でも思い出したのだろうか)、定助は好奇心から質問をする。
「どんな縁があって? 王家に会うなんて、貴族でも難しいでしょ?」
「ヴァリエール家を甘く見ないで。お父様は『公爵』なの。そのご縁ね」
『公爵』は王家に連なる、或いは匹敵するレベルの大貴族に与えられる称号だ。成る程、面会を行うのに造作も無い立場だったのかと定助は納得した。
「それじゃあ、幼馴染じゃあないか。もしかしたら会えるんじゃない?」
「恐れ多いわよ……それに今回は外遊のお帰りだから、お疲れでしょうに。失礼よ」
ルイズは少し、ムッとした表情を見せた。
本人を前にしていないと言うのに恭しい話し方と謙虚さは、確かにそのアンリエッタに対して敬意を払っている事がひしひしと伝わって来る。王家に近いからこそ、そう言う気持ちも強いのだろうかと考えた。
「それもそうか……友達とは言え、一国の王女様だからなぁ」
「えぇ。粗相があってはならないのよ。『友達』と、言えどもね」
ともあれ、国レベルの超大物がやって来るのだからルイズ一個人では無く、学院側も粗相があってはならないだろう。
正門前に着くと、学院の正面玄関へと綺麗な花が敷き詰められ、一部の教師たちがガードマンとしてその端に連なっている。花はこの国を象徴するとも言う可憐な白百合だ。
既に生徒たちでごった返しており、見た事無いほどの盛況に包まれている。
ルイズは馬車の通り道の最後方となってしまったが、見晴らしの良い段上の場所を確保した。既に生徒たちで詰まっている正門前のこの場所を確保出来た理由として、キュルケらがいたからだ。
「はぁい、ルイズ。こっちに来なさいな」
キュルケにタバサ、そしてギーシュとモンモランシー。彼女らがルイズを見つけ、誘ったのだ。
「予想してたけど、凄いわね……」
「そりゃあ、トリステインのお姫様が来るのよ。これで来ない貴族は貴族じゃないでしょうに」
キュルケのその言葉を聞いたモンモランシーが、訝し気にキュルケとタバサへ尋ねる。
「確か二人とも、ゲルマニアとガリアの人よね。やっぱり興味はあるのかしら?」
「興味はあるわよ。けどまぁ、お手並み拝見って感じ。ギーシュが頻りに『美人美人』って褒めるから、あたしより美人なのかしら〜って。タバサは暇潰しよ」
暇潰しで来た事を肯定するように、タバサは頷いた。
「き、君はねぇ……」
彼女らしいと言えば彼女らしいが、何故か喧嘩腰のキュルケにギーシュはたじたじと話し掛ける。
「気品、美貌、気質に能力のどれを取っても、あれほど高尚なお方はそうそういないよ! まさにトリステインがハルケギニアに誇る、一輪の百合の花なのだよ!」
「でもそう言う王女様って、大概は政治参加しないのよね」
「なっ!? ききき、き、君は何を言うか!?」
「図星のようね」
貴族の間でも知れている事だが、政治の実権を握っているのはマザリーニ枢機卿だ。その立ち位置は顕著であり、王女は象徴でただの傀儡ではないかと言う揶揄は歌となって平民に流れているほど。
「所詮は『
「キュルケ、それ以上は私が許さないわよ」
王女に思い入れがあるルイズが彼女を咎めると、つまらなそうに手をひらひら振った。険悪なムードを、ギーシュは何とか和ませようとする。
「まぁまぁ……本当に素晴らしいお姫様だし……ほら、近々、キュルケのゲルマニアと協定を結ぶじゃあないか。二人もこれを記念にもう少し仲良く……」
「まっ、お姫様は良いのよ。それより」
「………………はぁ」
ギーシュの言葉を切り、キュルケは辺りを見渡し始める。誰かを探しているようだが。
「……あれ? ジョースケいないじゃない?」
「あー……ジョースケね」
ルイズはやや不服そうとも、面倒臭そうとも言える顰めっ面を見せてから、定助の件を説明する。
「行きしなにはぐれてしまったわ」
「何してるのよ! ジョースケも楽しみの一つだったのに!」
「……今、私はここへジョースケを連れて来れなくてとても良かったと思っているわ」
あの人混みの中、とうとう離れてしまったのだ。ルイズは身体が小さいので押し込むように進めば何とか通り抜けられるのだが、そこそこ大柄な定助にとっては無理難題だった。
定助を掴んでいた手は離れ、気付けば見失っていた。
ルイズもルイズで突き進むのに精一杯で、定助を一応探しはしたものの、途中で諦めたほど。
(……ジョースケにあぁは言ったけど……やっぱり私は姫に会いたいのね)
別に一目見るのであれば、アンリエッタはこの学院に滞在するようなので何度もチャンスはあるだろう。人を押し退けてまで正門前を陣取ろうとする必要は無い。
しかしやはり、『友達として』、アンリエッタの姿をいの一番に見たい感情が抑えられなかったのだ。
それでも今回は成長を伺うだけ。友達だからこそ、迷惑は掛けたくない。
ルイズが物思いと懐古に浸る頃、突如として空を割るような歓声が響き上がった。
生徒たちは一斉に杖を掲げ、「トリステイン万歳、アンリエッタ姫殿下万歳」と讃える。
讃歌と共に綺麗な花弁が宙を舞い(【風】の魔法で演出しているのだ)、先遣の騎士たちが道端を抑えていた教師に代わって道を守護する。
「アンリエッタ姫殿下並びに、マザリーニ枢機卿のおなぁぁぁりぃぃぃぃッ!!」
声と同時に一際煌びやかな、ユニコーンに引かれた純白の馬車が正門をくぐる。一層、歓声は高まって行く。
「アンリエッタ姫殿下万歳! マザリーニ枢機卿万歳!」
馬車はゆっくりゆっくり道を進み、オスマンらが出迎える玄関前のレッドカーペット前へぴたりと止める。
「アンリエッタ姫殿下! アンリエッタ姫殿下ッ!!」
歓声と言う讃歌は馬車を降りる、一人の少女へと祝福を授けるかの如く。
馬車前に控えていた、『グリフォン』が描かれた紺色のマントを纏った騎士の手を借り、アンリエッタが生徒たちの前に姿を現したのだ。
勿論、それらはルイズたちも見守っていた。
興奮しているギーシュと、喧しい歓声を鬱陶しがるタバサと、呆然と眺めるルイズと反応は様々だ。
その傍ら、キュルケはモンモランシーに話しかける。
「なぁんだ、あたしの方が美人じゃあない?」
「キュルケったら……少しは謙虚な方が良いと思うわよ?」
「謙虚謙虚って、謙虚一本の結果が『ゲルマニアとの同盟』でしょ?」
アンリエッタは迎える生徒たちへと微笑み、小さく手を振って感謝を表す。
「も、モンモランシー!! いいい、今ッ! 姫殿下が僕に手を振って下さったぞッ!!」
「こんな遠くの方を見れる訳ないじゃないの…………えぇと、キュルケ、それの意味って……」
完全にファンガールと化したギーシュを窘め、含みを持たせるキュルケの言葉の真意を____若干、察してはいるが____モンモランシーは彼女に問う。
キュルケは皮肉を混じらせて答える。
「お姫様、同盟の為に『政略結婚』するらしいわね。あの笑顔の下ではやっぱりゲルマニアを見下しているハズだし、屈辱でしょうね〜」
「そ、そんな事ないでしょ。それに政略結婚なんて、普通じゃない?」
「貴女は恋を分かってないわねぇ〜……『恋』とはッ! 地図の無い遥かなる旅路の事ッ! 情熱と自由に満ちた、浪漫紀行ッ!!」
「じ、自由で良いわね、貴女は」
「例えば貴女がギーシュでは無く、別の男と結婚しろと言われたとしたら」
「その例えを言い切ったらならプッツンするわよ」
対してルイズは、二人の会話を意に介す事なく、一人の人物へと熱視線を送っていた。
アンリエッタ……も、確かにアンリエッタにも視線は向けられ、彼女は懐かしさを感じていた。
しかしそれより、彼女が衝撃と共に胸を高鳴らせ見つめる人物がいる。
マザリーニか、オスマンか、それとも名も知らぬ他生徒か教師か…………生徒たちの歓声を裂いて視線を送るその相手とは、アンリエッタを導くあの、『グリフォンが描かれた紺色マントの騎士』だ。
「……わ、ワルド、様……!?」
瞬間、彼女の頰はぽっと紅くなる。
さて、人混みに飲まれて流された定助はと言うと、あまりの人の凄さに進むより撤退を始めていた。
廊下の脇道へ逸れ、人の少ない食堂方面へ離れて行く。ルイズとははぐれてしまったが、知らない街では無く見知った学院内なので、至って楽観的。
「ひぃ〜……これは堪らない」
興味はあるが、野次馬根性でアンリエッタを見に行くのも乗り気になれない。どうせ学院に来たのなら、少なからず一見出来る機会はあるだろうに。
避難がてら厨房へ歩き出した定助だが、こっちもこっちで忙しなかった。
「うわわ」
メイドに使用人たちも、廊下を右往左往と行ったり来たり。王女が来るのだから、清掃やら持て成しの為の準備やらで戦場と化している。定助はすれ違う使用人たちに会釈しながらも、厨房へ辿り着いた。
「今からお姫様見に行くよりも、手伝った方が良いよな」
そっちの方が誰かの為になるし、突然の行幸に猫の手も借りたい状況である事は自明の理。
ここの所は平和なので、少しは忙しくなってやろうと厨房の扉に手を掛ける。
いや、彼にとって一国の姫を見るよりも、親しいメイド(シエスタである事は自明の理)と仕事をする方が癒される、と言うのが本音であろう。
「失礼しま〜す。お手伝いしますよ」
厨房は生徒たちの昼食後である為、表と比べて静かだ。それでも晩食は王家に振る舞う料理を考案しなくてはならないので、料理人たちはいつも以上に忙しない。
定助に気付いたマルトーは、笑顔で手を振って呼び寄せた。
しかしいつもより、妙にぎこちない笑みな所が気になる。彼は他の料理人らと共に、台所を囲っていた。
「おお! 我らが泡! いやぁ、助かるぜ……ったく! 上の教師陣はいきなりアレやれコレやれだの……隅まで手が回ってねぇ状態なんだ」
「大変でしたね。ええと、厨房よりメイド長の所に行った方が良かったですか?」
「いや、ここで良いぜ。姫さんの行幸と食材の搬入が被っちまってな、人手不足なんだ」
「手伝いますよ。搬入口に行けば良いんですね?」
定助は大方、この学院の地理は把握出来ていた。
すぐに搬入口へ行こうとする定助だが、それを「やっぱ待ってくれ!」と何故か呼び止める。
「どうしました?」
「いやな、これをお前さんに聞くのは門違いかもしれねぇが……こっちもこっちで切羽詰まってんだ。少し、話を聞いてくれないか?」
「構いませんが……料理の事でしたら一般人の自炊程度の知識しか無いですよ」
「勘が鋭いなぁ、流石だ! 確かに料理関係だが、それでも構わねぇぜ。こちとら藁にもすがる思いで、メイドとかにも聞いていたんだ」
マルトーに誘われ、料理人たちの輪の中に入る。中心の台所には簡素な紙が置かれており、料理の図解のような物がびっしり描かれていた。皆はそれを眺めて難しい顔をしていた。
「なぁ、聞いてくれ。アンリエッタ王女は、今宵は学院に泊まるそうだ」
「それはご主人から聞いていますが……」
続けて談話に参加している、四人ばかしの料理人たちも口々に話し出す。
「王女が来ようが戦争が起ころうが、この私に精神的動揺による調理ミスは決して無いと、思っていただこうッ!」
「我々の料理を食してくださる所……
「しょおぉがね〜なああぁぁ~~~~……たかが料理を作るんのもよぉ、楽じゃねぇなぁ?」
「最も気をつけなくちゃあいけないのはな……材料切れだぜ……後で『材料がありませんでした』ってのが最もムカつく!」
アンリエッタが泊まると言う事は、晩食があると言う事。彼らは王族たる姫へ出すに相応しいメニューを考えているのだろう。
しかし彼らは王族まで行かずとも、一端の貴族やそれなりの地位のある貴族たる教師たちを満足させる料理を作っているではないか。いつもの調子でやれば良いだろうにと、定助は思った。
「晩餐の献立ですか? 失礼ですけど、ここまで話し合うほどじゃあ……十分に貴族を唸らせる料理を作っているじゃあないですか」
「あぁ……いや、違うんだ」
「え? 晩餐じゃあないんですか?」
「勿論、晩餐の献立も考えなくっちゃあだが、今話し合っているのはもっと違うモンなんだ」
何の事か分かっていない定助の手前、赤毛のシェフが突然に左手で何かを持ち上げ、右手で何かを摘んでいるようなジェスチャーを見せた。
「フフ……これは貴族がお茶を飲む時のカップマナーだよ。カップを持ち上げる時、受け皿を下に添えるんだ」
「……お茶会が開かれるのですか」
マルトーは小さく頷く。
「学院長との茶話会があるそうで、それに出す『お菓子』を急遽考案する事になったんだが……」
続きを頭をマルコメた、厳つい顔のシェフが気怠げに語る。
「王家に相応しく、んでもって斬新で美味いお菓子を教師どもは提案して来た……こいつはマジにヤバい。奴らは『脅威』……それは奴らに『体裁』がある故だぜッ!!」
「斬新か?『斬新』で『高貴』で『美味い』のが欲しいのか!? 三つの要求…………いやしんぼめッ!!」
「料理人の私たちに命令するなどとは、十年は早いんじゃあ無いかな?」
晩餐までなら従来のメニューを最悪、使い回しをしても大丈夫だろう。
だが、お茶会に使用する菓子ならば一品が故に、高い希望が課せられてしまうのだろう。最も、これも以前上手く行った物を作れば良いのだが、教師陣からの注文がそれを疎外してしまった。
ここは料理人としての面子と意地の踏ん張り所だとお菓子のレシピを考案しているのだが、どうにも上手く行かないようなのだ。
「こう、何と言うかなぁ〜……お姫さんなら一口サイズが良いだろ? 出来るなら手で摘める、簡易な方が尚良しだ。パティシエの意見は?」
「ならば『プロフィトロール』だろうか……いや、確かに貴族向けだが、少し普遍では?」
「じゃあ、やっぱケーキにすべきか……しかしブルーベリーケーキは来ないだ出したんだよなぁ……アレも結構考えたからなぁ……」
「ば、馬鹿な……何も思い付かない……呆気なさ過ぎる……!!」
議論はとうとう停滞し、マルトーは縋る目付きで定助を見やった。
「なぁ、我らが泡……いや、ジョースケッ!! 何か、何か良いグッドアイディアはないか!? こう、斬新で美味そうなッ!!」
「オレェ?……プロが難しい事をオレが知っている訳ないじゃないですか……なら、既存の物へちょっとした変化で良いと思いますよ」
「しかし『斬新』ってのがいらねぇ注文なんだよなぁぁ……そもそも王族って、何食べんだよ……しょうがねぇぇなぁあ〜……」
マルコメの料理人が頭をかいて、椅子に凭れる。お手上げムードを醸し出し初めてしまった。
次にキノコを生やしたような、奇抜な髪型の料理人が提案する。
「カビでも生やしては? チーズにもカビを生やすように、ケーキにカビをッ!!」
「そんなケーキがあったら焼き尽くしてやるッ!!」
「そこまでしなけりゃ、『斬新』じゃあないだろうがぁ?」
最早『斬新』と言う言葉に乗せられ過ぎて、悪食レベルの危険なレシピまで飛び出しかねない事態。
どうしようかと悩む彼らは、忙しなく動き回る使用人たちの喧騒に飲まれかけようとしていた。
その時、食材の搬入が行われ、マルトーの指示の下厨房内に配置される。
運ばれた食材の内、一つが定助の目に付く所に置かれた。大きな布袋の、調味料らしき物。
ふと、定助の鼻が何かの『香ばしい匂い』を嗅ぎ付ける。匂いはその、布袋からだ。
「マルトーさん、その袋……」
「ん? あぁ、これか」
マルトーは袋に近付き、口を開けて中身を定助に見せてやる。
中に入っていたのは『黒ごま』だ。
「料理の調味料に使うんだ。黒ごまは白ごまと比べて香りが良いからな、アクセントに使えるんだ」
「味も香ばしいですもんね」
「まぁそうだが、ごま単体じゃ食べねぇなぁ」
「おにぎりに振りかけるのが良いのに…………」
途端に、定助の脳裏に何かが浮かんだ。
それは懐かしいようで、そんなに日が経って無いような、『感覚』だ。
彼は黒ごまの味を知っている。煎ったような香ばしさが、『とろ〜り』と、『ブシュゥゥゥウ』と…………
「……とろ〜り? ブシュゥゥゥ?」
何だか、妙な感覚だ。黒ごまはジャリジャリでは無いのかと、黒ごまに対する妙なイメージに困惑していた。
(オレは……黒ごまの……何を食べたんだ……?)
定助はジッと黒ごまを凝視し、この感覚の正体を思い出そうとする。
あまりに物凄い熱視線で黒ごまを見つめる為、他のメンバーも少し心配になったのか、定助の傍へ近寄って正気を確かめ始めた。
「君、どうしたのだ?」
色黒のブ男が定助へと近付いた、その瞬間______
「なんだこれはぁぁぁぁぁぁあッ!?『ゴマ蜜団子』だぁぁぁあぁあぁぁぁッッ!!??」
「ウオォォォォォオオオオ!?!?」
ブ男は窓から飛び降りんばかりの絶叫をあげ、叫び出した定助の傍ですっ転ぶ。
二人の奇声に厨房内は一瞬だけ時が止まり、ぱちくりした目で呆然とする使用人たちの視線が主に定助へ注がれる。
「わ、我らが泡よ……ど、どうしたのだ……!? あぁぁ……厨房で尻餅つくとは、皆に見下ろされるとは……これは私のイメージじゃあ無い…………高低差での災難はキノコの役だ!」
「それはどう言う事だ」
「えぇと、ジョースケ……『ごまみつだんご』ってのは、なんだ?」
恐る恐る聞くマルトーを、キッと定助は真剣な眼差しで見つめる。まるで自身の夢を語る、ギャングのボスを目指す少年が如く、一点の曇りも無い眼差し。
「……マルトーさん、思い付いたんです」
「……え?」
「えぇ、斬新で、高貴で、美味いお菓子が……今、オレはここで、思いつきました……そう! 今、ここでッ」
定助の言葉に興味を見せる五人だが、「だがしかし」と、何故か定助はワンクッションを置く。
「これがお姫様の口に合うかは……分かりません。『もしかしたら万人受けしないかもしれない』お菓子、なんです」
「え、えぇ…………え?」
「オレは平民なので、平民レベルのお菓子かもしれないんです。もしかしたら、あなた方の信用を失ってしまうかもしれないんです…………」
確かに、それは言えていた。
相手はトリステインを治める一国の指導者マザリーニで、アンリエッタに限ってはハルケギニア屈指のロイヤルファミリーだ。この世の美味を堪能して来たであろう、舌の肥えた華麗なる一族。
もし、平民レベルのお菓子が出たとしたら、どうする? 一口食べて嫌うのでは……いや、一口食べたのなら良い。見た目からして一口も食べられなかったらどうするのだ。優しそうなアンリエッタなら兎も角、あの偏屈っぽいマザリーニに酷評されれば名誉に関わるのでは無いか。
それに定助は、貴族の食事をあまり知らない、素人。彼の提案するお菓子は、王家では普遍過ぎて飽きられているかもしれない。つまり定助は提案の前に、プロの覚悟を問うておこうとしたのだ。
言えど、何故かハイテンションの定助。自分はその、『お菓子』に強い自信でもあるのだろうか。表情もとても生き生きとしていた。
静まり返る厨房内、視線が交差する料理人たちと定助。
「……やはり面白い」
沈黙を破ったのは______
「私も同行しよう」
______赤毛であった。
「赤毛さん……」
「後悔はない……今までのパティシエ人生に……これから起こる事柄に…………僕は後悔はない」
「一流に、ヒビが入るかもしれませんよ」
「それを一流にしてみせるのがプロなのだよ……さぁ、調味の時間だよ、ベイビーズ?」
彼に合わせ、残りの三人も立ち上がって意を決す。
「しょおぉぉがねぇなぁぁ〜……姫殿下のお茶菓子だぜ……一流のオレたちが手を施すッ! もう後には引けねェ~~ッ!!」
「人間は『好奇心』が刺激されるほど、精神のパワーが湧いて来るものだ……是非、教示願う」
「ね? 良いチームでしょ? これが良いんですよ、これが!!」
彼らの決意を前に、マルトーが手を叩く。
「良しッ!! 我らが泡ッ!! 是非聞かせてくれッ!! もう時間もねぇし、やるしかねぇんだしな!!」
「マルトーさん……」
「それに我らが泡の考案した菓子だぞ! 英雄の味だッ!! 光栄に思うよ!」
沈黙した厨房内、マルトーたちの鬨が響き渡る。彼らは今、そう、今から、王家を唸らせるお菓子を作るのだ。
「早速作るぞ!!」
ここにチームが結成された。定助は腕を振り上げ、チームに相応しい名を叫ぶ。
「チーム『シエスタ』の大仕事だッ!!!!」
「……なんでシエスタなんだ?」
マルコメのツッコミが入る頃、彼らの騒ぎが馬鹿馬鹿しくなっていた他のメイドたちはそそくさと仕事に励んでいた。
彼女らは思っているだろう、「男の人はずっと子供なのね」と。