一方のアンリエッタ。
彼女は塔の上層部、つまりはオスマン学院長の部屋にいた。バレバレのカツラを被るコルベールを付け、三者による談話だ。
「遠路遥々、お疲れの事とは思います。アンリエッタ姫殿下」
「お久しぶりです、オールド・オスマン。突然の訪問、申し訳ございません」
「いえいえ、滅相もない! 皆が喜び、心から歓迎いたしております」
微笑むアンリエッタだが、オスマンは憂いがある事に薄々気が付いてはいた。
「お気分が優れないようですかな?」
「それは大変です! か、換気でもいたしましょうか!?」
「いえ、それには及びません。やっと枢機卿から離れられて、寧ろホッとしておりますわ」
彼は今、学院内の視察に回っている。アンリエッタはオスマンと談話し、準備が整い次第に晴天の下でマザリーニと共に、茶話会を行う予定だ。
余興と言えば妙だろうから、メイジとして日々精進する生徒らの技量を把握する名目で、使い魔品評会も催される。今、広場ではその準備に教師も召使い達も、身を粉にして動いているようだ。
「私としましては、本当はもっと早くに来るべきとも思っておりましたわ」
「学院の視察は、定期的になされております。姫殿下がわざわざするほどでもないでしょうに」
「いえ……『土くれのフーケ』を捕らえたメイジへの、爵位授与についてです」
ルイズ、キュルケ、タバサの事だ。オスマンも高く評価し、その申請を直々に書いたのだから忘れるハズがないだろう。
しかし彼女の浮かない顔の理由は、それとも関係しているのだろうか。
「『シュヴァリエ』の授与ですな。しかし今朝届いた文書には……」
「……えぇ。シュヴァリエの授与条件が変わりまして、要請は取り消しになったのです」
「王都を騒がせ、数多の貴族を出し抜いたフーケ。そのフーケを捕らえたのですから……非難をしているつもりではないですが、爵位授与には打ってつけかと思いますぞ?」
アンリエッタは溜め息を吐きかけたが、マザリーニの言葉を思い出して寸前で飲み込んだ。だが表情にある鬱々しさはより、顕著となる。
「……国内の盗賊を捕まえた程度では与えられなくなったようですね。知らない内に、色々な事が変わっておりますわ」
「『国内の』……さも、国内の事に爵位は与えられないような言い方ですな」
「実際そうですよ……これから、『アルビオン』の事もありますし、軍務での働きを重視するようになっております」
「……つまる所、軍に属さなければ爵位は与えられないと」
トリステインならびに諸外国は、決して良好な関係を築いている訳ではない。隙があればすぐに侵攻せんばかりに、均衡は不安定な情勢にある。
先のゲルマニアとの同盟もそう言った事情によるものだ。最近のアルビオンにおけるクーデターが、均衡を打ち破りかねない状況を作り出し、トリステインは急遽として同盟による軍事力強化を迫られたのだ。
アンリエッタの言う『国内の』とは、そこに収束される。
軍務は戦争、戦争は国外との関連。自国内だけでの活動は度外視している所を皮肉ったのだろう。従軍者に限定して特権を集中させれば自ずと、志望者や士気も上がるだろうと。
(由緒正しき騎士の認定にも軍事軍事……よほど戦争がしたいようじゃな)
オスマンは心の中で皮肉った。
隣のコルベールは、冷蔵庫に隠れる為に中身を外に出す殺し屋のような、バレバレのカツラを揺らしながら首を振る。
「折角、ミス・ヴァリエールらやその使い魔君が、命を懸けて捕らえたと言うのに……さぞ、残念がるでしょう」
コルベールのボヤキに、アンリエッタが反応をする。
懐かしい、『ヴァリエール』の名前。
「ミス・ヴァリエールと言えば……末娘のルイズでしょうか?」
「彼女をご存知で……あぁ、ヴァリエール家と言えば公爵家。公爵ともなれば、何度か出会ってらっしゃいますか」
「ルイズ……懐かしいですわ……そう。あの娘がフーケを……」
ずっと浮かない顔だった彼女の表情に、やっと光が差し込んだようだ。
アンリエッタにとってルイズは、何か特別な思い入れのある人物なのだろう。
「……あの、オールド・オスマン」
「なんですかな、姫?」
アンリエッタが何か言おうとした時に、学院室の扉がノックされた。
入って来たのは、近衛騎士の一人。スラリとし、髭は整えられた、まさに騎士であり貴族の鑑と言った風貌だ。
グリフォンをあしらった紋章が、気高く輝く。
「茶話会ならびに、品評会の準備が整いました。移動の準備を」
「……分かりました、『ワルド』」
ワルドと呼ばれる騎士に促され、アンリエッタらは立ち上がる。
コルベールが先に行った所で、オスマンはボソッと話しかけた。
「……旧友と会われたいのですかな?」
「っ!……はい」
振り向き、目を合わせたオスマンは、チャーミングにウィンクしてみせる。
使い魔の品評会が始まった。
綺麗に刈られ整えられた芝生の上に、豪奢なテーブルと椅子が並べられる。そこにアンリエッタ、マザリーニ、オスマン並びに教師陣が座る。勿論、アンリエッタの周りには魔法騎士隊が守護していた。
わざわざ外にしたのは、使い魔の技量を遺憾無く発揮してもらう為に。円形に刈られた、広場の即席ステージの上で生徒たちは己の使い魔の力を引き出させる。使い魔の技量は、メイジの技量だからだ。
これを王族直々に拝見するのだから、控える生徒らはゲロでも吐きそうな顔で出番を待たされている。
「お、オレ、これが終わったら故郷に帰って、実家行くよ……身の程知らずって他のヤツに馬鹿にされるのも結構いいかもな……」
「あのステージに乗るんだ……思い出して来た、そうだ……! もう、行かなくては……オレは姫殿下の所へ行かなくては……!!」
「そうなるべきだった所に……戻るだけなんだ……元に戻るだけ……ただ元に……」
生徒間では緊張のあまり、臨死体験まで催す人間が続出していた。
勿論、生徒一人一人の使い魔を品評しては夜を迎えかねないので、学校側からの指名と十人限定の志願制だ。
指名は、目に見えて素晴らしい使い魔を持つ者を選び、志願制は、一般的ながらも素晴らしい芸のある『意外性』を期待しての措置。
再三に渡って言うが、これは王族の御前。場合によっては目にかけられるなんて名誉もやって来る一大行事。臨死体験しない方がおかしいのだ。
「諸君たち。落ち着きたまえ」
慌てふためく彼らの前に立ったのは、ギーシュとその使い魔、ジャイアントモールの『ヴェルダンデ』。巨大なモグラであり、使い魔のレートでは中堅くらいの生物だ。
故に指名はされなかったが、彼は意気揚々と志願した。
「これはチャンスだ諸君! 麗しきトリステインの白百合、アンリエッタ姫殿下に自分を表現出来る、最高の機会だ!」
「モゲっ!」
キザに決めるギーシュと、ヴェルダンデ。自信のあり様から、何か隠し芸があるのだと期待される。
「ギーシュ……そのジャイアントモール、何か出来るのか……!?」
「あぁ、出来る……僕の可愛いヴェルダンデなら出来る……!!」
「い、一体、何が出来るってんだ!?」
「諸君、覚悟だよ……覚悟が道を切り拓くッ!!」
控え室の暗い影からギーシュとヴェルダンデは、輝く黄金の陽の下へ出て行った。
薔薇を咥えて。
ステージに立った彼は、ひたすらキザポーズを取り続けた。
それを真似する形で、ヴェルダンデもひたすらポーズを取り続けた。
それだけである。
「なぜだ……正気じゃあないぜッ! どういう物の考え方してるんだ!?」
「や……やばいィッ! シラけるとか言うよりもこのままだと……は、恥で死んじまうウウッ!」
当の本人は真面目なのだろう。周りにいた人間が恥ずかしくなるほどの状況。思わず目を逸らさずにいられない。
しかしギーシュは違っていた。
「……ふふふ!」
奇怪な生物でも見るかのようなマザリーニだが……やけに楽しげなアンリエッタに、彼だけは救われていた。
図らずも彼の余興は、廃れ気味の彼女の心を救っていたようだ。
出番を待つ者ら以外にも、ゲドゲド状態の者はいる。
五人のシェフたち、『チーム・シエスタ』である。彼らは光栄にも、完成したお菓子を運ぶ使命を仰せつかったのである。
「ジョ、ジョースケ考案のこのスイーツだが……い、いけるか!?」
『完成品』を持つマルトー。豪胆な彼とは言え、一国の王族を前にして普段通りに出来る彼ではない。
帽子や服にシミはないかと、気になって仕方がない。
「僕の人生を賭けた……一品……です……受け取って……ください……」
「たかが菓子作んのもよぉぉ……楽じゃあなかっただろ? え?……これからもっとしんどくなるぜ……俺らは……」
「ヤッダーバァァァァァアァア!!」
いや、マルトーはやはり豪胆な人物だ。三人は緊張で臨死体験に入っている。
彼の後ろに立ち、ガチガチに震えながらその時を待っていた。
「お前たち、落ち着きやがれってんだ!! これが駄目でも、晩餐で挽回するだけだろ!!」
「そ、そうなんですが……あの姫殿下を前にすると悶え震えるのだ……恐怖でなッ!!」
お気に召されない以前に、この状態で果たして出来るのかと不安になる。
だが豪胆なシェフはもう一人いた。
「ハッハッハッ!! 笑え! 給仕は笑いながらするのが作法だぞ!!」
彼だけはやけに、お菓子に自信があった。
「やけに落ち着いてんな……」
「なかなか、『食の黎明』とも見える作り方! 変わっていながらも王道! これが良いんですよこれが!! ただの黒ごまが、メインとなって王族に振舞われる所まで来たのですよ!」
すっかり忘れていた。このお菓子は、あの『黒ごま』から作った代物。何とか脚色したが、大丈夫だろうか。
「……ジョースケを……いいや。俺たちで作ったんだ! 信じるしかねぇだろ、『コレ』をッ!!」
品評会がひと段落ついた。
マルトーら、チーム・シエスタは姫殿下との謁見に馳せ参じる。
その後の品評会はタバサのシルフィードと、上等な使い魔が起用された。これにはアンリエッタならびに、マザリーニも騎士隊も賞賛する。本当はキュルケのフレイムも挙げられる所だが、ゲルマニア出身の彼女は声をかけられなかったようだ。
こうして場が盛り上がった所で、オスマンとの茶話会に移った。
「マザリーニ枢機卿殿。ゲルマニアは如何でしたかな?」
「……実に杜撰な国ですな。都なら、トリステインの方がまだ壮麗でしたぞ」
老人と言うのは、つい情勢の話に向かってしまう。
さんざん馬車の中で聞かされたそれを、アンリエッタは鬱陶しがった。
「折角の茶話会なんですから、今はその話題はよしませんか?」
「では、どのような話にいたしましょう? 品評会でしたなら、先程のウィンドドラゴンは見事で。使い手のメイジもさぞ、良き血族でしょうな」
タバサのシルフィードを賞賛するマザリーニ。
その彼女がフーケを捕まえた一人だぞと、オスマンは冷ややかに思う。
「左様でしたか。姫は、どの使い魔が気に入られましたかな?」
オスマンが尋ねると、アンリエッタは少し考えた後、答えた。
「あの、ジャイアントモールですわ」
「ほお! ギーシュ・ド・グラモンの?」
「グラモン家の子息ですか……まぁ、らしいとは思いましたが」
「でも人間の仕草を模倣するなんて、よほど彼と相性が良いのでしょうね。見ていてとても、和みましたわ」
これをギーシュが聞けば、絶頂モノだろう。今の彼は裏で、冷静になってヴェルダンデを抱き締めながら震えていた。
三者に紅茶が振舞われた後に、お菓子が届けられる。ガチガチのチーム・シエスタがアンリエッタの後ろに並び立つ。
「お、お菓子を作りました。我々の創作です。お口に合えばと」
意気揚々と出て来たマルトーも、アンリエッタの眼前に立つならば人生最大級の緊張に見舞われる。
早鐘を打つ心臓と、どもりそうな舌を何とか落ち着けさせ、ゆっくりと品物を置く。
目の前に置かれたそれを見て、まず一行は驚かされた。
「……黒いのう」
「黒いですな……」
「黒いですね……」
小さなシュークリーム……『プロフィトロール』。一口で食べられるサイズ。
しかしながら問題はその生地の色。黒いのだ。実質は灰色だが、普通の一般的なプロフィトロールよりも遥かに黒い。
「シェフ。これは……何でしょうか?」
アンリエッタの質問に、パティシエの赤毛シェフが、名前を言った。
「『メモリー・オブ・ジェット』……です」
「『黒玉の記憶』……?」
時間は創作過程まで遡る。
定助が提案した『ゴマみつ団子』であったが、まず彼の言った構想時点で問題が発生した。
「その、『モチ』ってのは無理だな!」
団子にはモチ(海外ではライスケーキ)が必要不可欠。
しかし米より小麦のこの世界に於いて、もち米なるものは無い。
「なら、別の物で包まないですか? ほら、パンとか何とか……」
「それならば、『プロフィトロール』はどうだい、ベイビー?」
赤毛シェフの提案により、モチの代わりにシュークリームの生地を起用する事となった。
サイズは王族の狭い口に入るくらい、小さなもの。麗しき姫殿下に、あまり口は開けさせなくない。
次に、彼の言うゴマみつ団子の根本を担う要素だが、これの発想に一同は驚いた。
「ゴマの……ねりゴマ蜜ぅ!?」
黒ごまを油を加えながら、磨り潰す。するとゴマの粒子はペースト状に蕩け、言うように蜜となった。この活用方法には、エキゾチックなシェフが黎明黎明と賞賛していた。腱鞘炎間近なほど、ゴマを擦ったものだ。
そのねり蜜を加えながらシュークリームの生地を作ると、黒に着色された物が出来上がる。
中の空洞へねりゴマを流し込もうとするが、その味に難色が示された。
「……ちと、渋くねぇか?」
「しょぉがねぇぇなぁあ〜……生クリームと混ぜて甘くするぜ」
「出来るだけトロ〜ってさせたいんですよ」
「よ〜しよしよし……粘りっけのある、『カスタードクリーム』としよう!」
卵黄と牛乳、砂糖とねりゴマを混ぜ、固まり過ぎないよう気をつけながら小麦粉(軟質な小麦が、定助の言う『薄力粉』の役目を果たす)を加え、火を通す。
この際、砂糖の分量はカットさせ、黒ごまの素朴な味が伝わり易いよう工夫した。
黒ごまカスタードを生地内部に流し込めば、完成。
出来上がった物は、黒いプロフィトロール。
定助の言う通りに、名前は『ゴマ・ミ・トゥ・タンゴ』になりかけたが、見た目を何とか昇華出来ないものかと思案され、『メモリー・オブ・ジェット』となった。ジェット石は貴族に人気の黒石だ。
ここに発案者の定助はいない……シェフではない彼は同行出来なかった。
「これはオレじゃなく、皆さんのアイディアもあって出来た物です。オレの事は気にしないでください」
流石は我らが泡、謙虚で素晴らしい。
「変わった色の、プロフィトロールですな……」
「これは何を使われたのですか?」
「それは食べての、お楽しみで御座います」
好奇心を煽るように言ったが、マルトーの心臓は破裂寸前だ。何よりあの、アンリエッタ姫に話しかけられた自分が信じられない。
味に関してはチーム・シエスタも納得だが、彼らの口と姫の口は違う。果たして合うか否か。
メモリー・オブ・ジョットが彼女の口へと持ち上げられる。
(あぁ……伝わってください……!)
(ヘイルトゥーユーッ!)
(アンリエッタ姫の質問……今のはマジにヤバかったぜ……)
(キィィイコエェェエエエエ!!)
チーム・シエスタ、緊張の一瞬。固唾を飲んで、その時を覚悟した。
厨房でアイディアを出し合っていた方が幸せか。祭りは準備が楽しいと言うが、祭り本番が修羅とは。
アンリエッタの柔く、薄紅色の唇が、ジェットを咥える。
押し込まれ、口の中。生地は破れ、クリームが舌を包む頃。
味覚の良し悪しがそろそろ、表情に現れるだろう。シェフらはおずおずと、彼女の声を待った。
「あら、美味しい!」
チーム・シエスタ、勝利の瞬間である。
一年ちょい、お待たせして申し訳ありません!
今後とも、是非によろしくお願いいたします!