絵柄が懐かし過ぎて、感慨深かったです。本編は読んでませんが。
一方の定助は、学院内の廊下傍のベンチに座りマルトーらを待っていた。
チーム・シエスタはシェフとして特例で謁見出来たものの、普通では平民は近付く事さえ許されない。
アンリエッタらのいる広場は丸々、平民は立ち入りを禁止され、魔法騎士団がガードマンとなるので衛兵すら入れない。完全なる聖域と化していた。
「あれで良かったのだろうか……れ、冷静になったら別のにしたら良かったとか思って来た……」
仲間内だと最高にハイになり、ノリとアイディアで盛り上がるが、いざ本番だと事の重大さに気付き怖気付く……と言った、ここまで全ての人間が陥った現象に彼も嵌っていた。
妥協と改良を重ねて完成した、黒ごまクリームプロフィトロール『メモリー・オブ・ジェット』。香ばしくも軽い上品な甘さ、敢えてフワフワにしない半熟気味のクリームがまた独特な食感を生む。
今思えば素朴過ぎたかもしれないとか、お姫様に黒ごまってどうなのよとか、相手がロイヤルファミリーだと自覚すればするほど「あーすりゃ良かった・こーすりゃ良かった」がループする。
『相棒相棒! おめぇらしくねぇなぁ!』
「デルフ?」
傍らのデルフリンガーが、ガチャガチャ揺れながら励ましてくれる。
剣に激励される人間とは、奇妙な光景だ。
『逆に考えろ!「王族だから寧ろ素朴な方が新鮮」ってな! 聞いた限りじゃ、悪くなさそうじゃあねぇか!』
「……そうかも。けどデルフ、剣なのに物の味とか分かるの?」
『いいや全く』
「ほ〜ら!」
『んでも、そんなモンだろ? 平民が宝石に憧れるのは宝石を知らないからで、貴族がフェスタに憧れるのはフェスタを知らないからだ! 人間、知らない物へは強い憧れを抱くもんだし、驚きを感じるもんだぜ!』
亀の甲より年の功とは言うが、やはりデルフは定助よりもずっと長く生きて来ただけあり、人間を良く知っている。
まだ不安はあるものの、少し落ち着いた。
「……剣なのに良く人を見てるなぁ」
『別に剣なのは良いだろ! 意思さえありゃ、人も剣もさして変わらんもんだぜ相棒!』
「へぇ、意思か」
意表を突いて深い事を言うデルフに、時折関心させられる。全く剣として活用していないが、良きアドバイザーとして買って良かったと思っている。
すると突然、定助を呼ぶ声。
「ジョースケさーん!」
『相ぼッ!?』
シエスタだ。彼女に気が付くと、定助は黙ってデルフを鞘に押し込んだ。
人生の先輩よりも、癒してくれる人を優先する。それも人間なのだとデルフはまた学ぶ。
「やあ、シエスタちゃん。休憩?」
「やっとですよジョースケさん……と言っても、あと少ししたら夜の宴会の準備ですけどね」
「大変だなぁ、メイドは……オレも何か手伝おっか?」
「いえいえ! これは私たちの仕事ですし、別に初めての事じゃないですし!」
ジョースケの隣に座り、ニッコリ笑顔。癒される、さっきまでの不安が吹き飛んだ。
「それでジョースケさん、聞きましたよ!」
「聞いた? 何を?」
「マルトーさんたちと、アンリエッタ姫様にお出しするお菓子を考案したとか!」
あれだけ厨房で騒げば、噂はあっという間に広がるだろう。
あまりにヒートアップし過ぎて、砂漠の暑さでイカれた人間にも見えたとか何とか。
「オレはアイディアだけだけど」
「でも、聞いた所じゃ、胡麻をプロフィトロールにするって。ジョースケさんって、独創的な人なんですね!」
シエスタは彼を滅茶苦茶褒めてくれる。際限なしに褒めてくれるので、とても居心地良い。
「あっ、じゃあ、シエスタちゃんも食べてみる?」
デルフリンガーの納められた鞘の横に、紙のホールに包まれたお皿があった。
中にはチーム・シエスタの結晶、メモリー・オブ・ジェットが十個。試食品として余った分を戴いた。後でルイズに振る舞おうと思っていたが、シエスタが第一になる。
「これが、ジョースケさんたちが考えた……?」
「うん、うん! メモリー・オブ・ジェットって言うの!」
「ふわぁ、素敵な名前! 確かに黒色ですもんね」
黒いシュークリームと言うインパクトを、名前で壮麗に昇華され受け入れやすくした。「ゴマ・ミ・トゥ・タンゴ」にしなくて良かったと、心底思う。彼女の感激の声が聞けた、癒される。
「ほらほら、おひとつどぉ〜ぞっ」
「では、お言葉に甘えていただきます」
「前歯で噛んだら駄目だよ。奥歯で噛むんだ」
「奥歯ですか? 分かりました」
摘んだメモリー・オブ・ジェットを、パクッと一口。癒される。
食べてすぐ、彼女の表情が変化した。
最初は黒ごまクリームの、およそお菓子らしからぬ味に驚く。
次に黒ごまの芳ばしさに気付き楽しむ。
その後、黒ごまの芳ばしさに追い付いた微かな甘みにウットリ。
喉を通れば、口内に残る余韻に浸ってスッキリ。
甘さはあまり残らず、くどくない。
「美味しい!」
「でしょ? でしょ!?」
「平民の私が言うのも変ですけど、お上品な感じですね。プレーンのビスケットみたいと思ったら、食べてすぐじゃなくて、後追いで甘みがやって来るんです!」
「流石シエスタちゃん! 分かってるぅ!」
「でも最初に出て来た黒ごまは、決して邪魔ではないんですよ。味覚を踊らせるような、濃くて芳ばしい味が凱旋パレードのファンファーレのように、口の中を満たすのです」
「シエスタちゃん?」
「それはまるで、王様の馬車を待つかの如く。湧き上がる歓声、熱気、期待……それらを抜けて現れた甘みはまさに王族の帰還! そしてあっさりと消え行く様は祭りの余韻!」
「し、シエスタちゃん?」
「黒ごまとクリーム本来の甘みの融合! 例えるなら、ワインに対するチーズ! 風と草原のデュエット! ミスタ・グラモンに対するミス・モンモランシ! ヴァイオリンとピアノの調和ッ! 混ざり合い、絡み合う様は、幾多の色の絹を織り合わせ作る、最高級の絨毯のようなッ!」
「………………」
土石流のように彼女の口から羅列される、語彙力に満ちた食レポ。初めて見た一面の為、思わず定助は圧倒されあんぐり口を開いていた。
「……あっ! 定助さんも! はい、あーん!」
開いた口が塞がらない彼へ、もう一粒取ったシエスタが食べさせてあげる。
その行動に驚き、自分でシエスタに忠告した癖に、前歯で強く噛んでしまう。
すきっ歯の隙間から、勢い良くトロトロの黒ごまクリームが発射される。
「ぅンまいなぁぁぁぁぁぁあッ!!」
「わぁあ! ジョ、ジョースケさん!?」
口元のクリームを拭いながら、定助は照れながら言う。
「……こうなるから、奥歯で噛んでね」
「……あはっ! あはははは!」
「ふふ、ふふふ!」
黒ごまプロフィトロールなのに、ひたすら甘い空間がそこに構築されていた。
二人は笑い合い、定助はウットリしながら小さく呟く。
「あぁあ……癒される……」
するとまた、彼を呼ぶ声。
「ジョースケぇぇ!!」
廊下の奥からドタドタ詰め掛けて来たのはマルトーと、チーム・シエスタの面々。茶話会は終了したようだ。
全員、走って来ているのに表情は真っ青になっていた。
「おお! ここにいたかぁぁ!」
「ど、どうでした?」
「それが……困った事が……」
「困った……事……!?」
まさか、アンリエッタ姫はお気に召さなかったのだろうか。
嫌な予感と考えが頭を過り、思わず定助も立ち上がる。チームの全員が、渋い顔をしていた。
「……もしかして、受け付け……なかった……とか?」
「……いいや、ジョースケ。逆だ」
「…………え? 逆?」
定助の隣に黙って立ったマルトー。
彼は震えた手で、いつもより弱々しく定助の背中を叩いた。
「……レシピを……教えて、くれと……宮廷料理に、加えたい……って……」
「あまりに動揺し過ぎて夢だと思って……腕に『ベイビィスタンド』って書いてしまったよ……」
「アンリエッタ姫殿下の笑顔は危険だ……! 仰け反っていなければ死んでいた……!」
「あれほど自分が小さい人間だと思った事はなかったぜ……」
「今なら見上げていても幸福だよ……」
あまりの出来事に、面々は思考の底から変貌を遂げたかのようだ。
定助も思いも寄らない結果に、またあんぐり口を開けるしかなかった。シエスタもまた、呆然としている。
「きゅ、きゅ、宮廷……!?」
「料理……ゴマみつが、宮廷料理……? え?」
その後、宮廷料理として加えられた『メモリー・オブ・ジェット』。
レシピは非常に単純でありながら、黒ごまの油で蜜を作ると言う方法は興味を持たれた。
また砂糖は通常よりもカットされ、比較的安価な黒ごまが主に使われるとなり、コスト面でも誰でも再現が出来るお菓子として、受け入れられた。アンリエッタ姫が賞賛し、味も高貴的とあって貴族に親しまれた。
レシピは王都に流れ、メモリー・オブ・ジェットは平民にも流行し、『トリステインの大衆菓子』として浸透するのは、ほんの少しの未来の話。
その流行に肖り、黒ごま料理が増えるのも、先の話。
時刻は夜に差し掛かり、双子の月が空に浮かぶ。
アンリエッタ姫を歓迎する宴会は終了し、興奮冷めやらない内に生徒たちは寮に戻った。
流石に定助と言えどもそこには行けず、ルイズの部屋で一人待っていた。
お菓子作りの後より、ずっと見ていない。最も、チーム・シエスタの面々で宴を催した上、貴族は宴会に向けてドレスの準備などしなければならず、なのでギーシュやキュルケらにも会えなかった。
八個残ったメモリー・オブ・ジェットを携えながら、デルフと話しつつぼんやり遠く、学院の本搭を眺めている。
「……帰ったわ」
ドレスを着替え、化粧を落としたルイズが、やっと帰って来た。
門で逸れてよりの再会だ。
「あっ! おかえりご主人! 途中逸れてごめん!」
「別に良いわよ」
「そうだそうだ! これ、厨房のみんなで作ったんだけどさぁ! 氷入れてるから、キンッキンのヒエッヒエだから」
「後にするわ」
素っ気ない態度に、定助は驚いた。
彼女の事だから定助を見て「何処行ってたのよ!」と叱るハズだし、お菓子好きの彼女ならば「なにそれ? プロフィトロール?」って興味を示すハズ。
それすらない、全くの虚無。
あまりに虚無的過ぎて、自分で着替えてキャミソール姿になっていた事に気付かなかったほど。定助は自分が時間を飛ばしたのではと疑ったほどだ。
「……えっ、もう着替えたの?」
「………………」
そのまま椅子に座り、机に頬杖突く。
それっきり動かなくなった。ぼんやり床を俯瞰し、物憂げな顔で、固定されたかのように。あまりに動かないので一瞬、定助は自分が時間を止めたのではと疑ったほどだ。
「ご、ご主人? その、怒ってる? オレェ? オレのせい?」
「………………」
「……えぇと……あの、これ、食べる?」
「………………」
反応がない。ちょっと怖い。石像と話している気分になって来るからだ。
何かアクションしなければと、メモリー・オブ・ジェットを机に置いて、意を決したように立った。
「……とある外国語を話せない人が、言葉の違う外国人夫婦と会う事になった」
突然何か話し始めた。面白い話で場を和まそうとしたのだろうか。
「通訳がいるとは言え、挨拶くらいは言わないと示しが付かない」
「………………」
「そこで彼は通訳にお願いし、二つの軽い挨拶を教えて貰う事にした」
「………………」
「『How are you(ご機嫌いかが)?』『Me too(私もですよ)!』」
「………………」
「その二つを覚えて、いざその夫婦と挨拶する。しかし彼はこう言った」
「………………」
「『
ルイズは無反応。笑い所のハズなのになと思いながら、続ける。
「外国人夫婦の夫はビックリしたけど、それをジョークと受け取った。なので彼もジョークで返そうと、妻を肩に寄せながら言う」
「『I am Mary husband(私はメアリーの夫です)』」
「『Me too(私もですよ)!』」
これは面白いだろうとルイズをパッと見る定助。
しかし彼女の時は戻らず、やはり視線を下げてぼんやり。あまりに無反応な為、自分のジョークが通じていないのかと心配になって来た。
逆に今の自分は、彼女に見えないのではないかと怖くもなって来る。それほどまでにルイズは、反応がない。
何よりも不可解なのは、ルイズは決して不機嫌ではない点だ。嫌な事があって不貞腐れているなら、もっとブスッとしているし、定助への当たりもそこそこ強い。今のジョークが面白くないのなら再起不能になるまで酷評するハズ。
だが怒ってはいないし、考え事をしている様子でもない。本当に虚無。心配になって来る。
「……なぁ、ご主人。実は俺、口笛が得意なんだ。ピュ〜♪ ピュー♪」
「………………」
「これが本当の、『笛吹けども踊らず』!」
何を言っているんだオレは。
馬鹿馬鹿しくなり、恥ずかしくもなり、元の椅子に座って夜空を眺め出した。
非常に気まずい、とても気まずい。何を話せば良いか、どうすれば良いかが分からない。双月を眺め、流れ星を見つけ、「Help me」と心中で懇願する。
その思いが通じたのかどうかは別として、誰かが部屋の扉をノックした。
コッ、コンコンコン。
意図的に指の力を操作しているような、変なノック音。
ふざけているようにも聞こえ、キュルケだろうかと定助は立ち上がった。
「誰か来た?」
「…………このノック音……」
「え? あ、ご主人! マイワールドから戻って来た!?」
定助をやはり無視し、愕然とした表情で扉を眺めている。
出迎えようとせず、ただ見る。不思議に思った定助だが、何かあると察して出迎えずに待った。
コン、ココンッ。
暫く間を置き、ノック。
「……まさか……!?」
「ご主人?」
何かを確信したようにルイズの表情は晴れ始め、使い魔の定助に開けさせる事も忘れてドアノブに飛びついた。
服装がキャミソールである事も忘れている。
「ご、ご主人! 服、服ッ!!」
「え? あぁ! ブラウスとスカート取って取って!!」
「はいっと」
「投げるなっ!!」
叱られたとは言えやっと反応して貰え、定助は少し嬉しかった。
しかしルイズが取り乱すほどの人物がいるのかと考え、もしかしたら教師かもしれないと予想する。
扉を開くと、薄暗い廊下に立っていたのは、黒いローブの人物。
顔をすっかり隠し、男か女かも分からない。見るからに怪しく、定助は警戒してルイズの傍に近付く。
「あの……」
「しっ!」
ルイズが声をかけようとすると、その人物は静かにするように示し、取り出した杖で探知魔法を行う。
探知魔法は、他に魔法がかけられていないかを判別する魔法だ。それほど神経質になるほどなのかと、定助は訝しむ。
「……あの、どちら様でしょうか」
「ッ!? ジョースケッ!!」
「おうっ!?」
ローブの人物に近付こうとした彼を、横からいきなり突っ飛ばす。
床に彼が転がっている内にその人物は部屋に入り、そそくさと扉を閉める。
「………………」
「も、もしかして……あ、あ、あなた……様……は……!?」
「……あぁ……あぁ……!」
互いに顔を見合わせているが、ローブの人物の後ろで倒れる定助からは顔が見えない。
しかし声からして、若い女性だとは分かった。
「あ……あ……あん……!?」
「ああ! ルイズ! 懐かしいルイズ!!」
「ひ、ひめ」
突然ローブの人物はルイズに抱き着き、震えた声で何度も彼女の名を呼ぶ。
当のルイズはどうするべきか迷い、手をワタワタさせていた。
「覚えていますか!? 良く中庭で蝶を追いかけて、泥だらけになったり!」
「あ、あの、あのあの……も、勿論です……!」
「お菓子を取り合って掴み合いの喧嘩になったり!」
「そ、その時は本当に、申し訳ありませっ……!」
「貴女の家の執事を脅かして、彼をパニックにさせたり!」
「今思ってもあれは悪質だなと思うのですが……って、そうではありません!」
あのルイズが、恭しい敬語。
一体誰なんだと気になった定助は、ローブの人物の背後に近寄った。
「ご主人? この人どなっ」
「シッ!!」
「おぐっ!?」
顔を覗き込もうとする定助の脇腹を一発ド突く。
「ああ、懐かしいですわ! ドレスの取り合いでラッシュの速さ比べをしましたわね!」
「あの時は姫様の御手で気絶してしまいました……そ、それより! わ、私めのモノが御無礼をおかけしまして、何と陳謝すれば……!」
「もう! 私と貴女、旧知の仲で親友ではありませんか! どうか、他人行儀を払ってください!」
「姫様……!」
完全にこの二人の世界になっている。
蚊帳の外の定助は、ルイズに攻撃された脇腹を押さえながらまた、床に蹲る。いつも以上に攻撃的で驚いたが、それよりも驚いたのはルイズの言葉。
彼女は今、ローブの人物の事を『姫様』と呼んだ。
「……え? え? ご主人、ごご、ご、ご主人? も、も、も?」
定助は「もしかして?」と言いたかったが、衝撃的な状況で舌が回らなくなった。
今、この学院にいる『姫様』はたった一人で、今しかいない人物。
その人物の顔は知らないが、その人物の為に定助は知恵を貸した。
そしてずっとその人物の事を考えて思い悩んでいた。
やっと彼女は、フードを取り、定助へと目を向ける。
美しい少女だった。
美しいだけではない、王族としてのオーラを纏っていた。それが光となり、輝いているかのようにも見えた。
「ええと……ルイズ、この方は貴女の召使いですか?」
素顔を晒し、立っていた少女は、紛れもなく『アンリエッタ姫』……トリステインの、王女様だ。
「ぷぷぷプリンセスぅッ!?!? マジィッ!?!? 本物!?」
今度はルイズの右脚が定助の腹に命中した。