………そろそろストーリー進められるな、うん。
「………よしっ、終わったよ、吹雪ちゃん」
ある日の夜。普段は夕方に終わらせていた書類仕事が少し長引いてしまった。
原因は那智さん主導で、訓練という名前の肉体強化をするようになったから。
訓練を始めたのはいいけど、軍人として見ると僕は体力がない部類らしい。
結構厳しいけど、運動は苦手じゃないから特に気にしてはいない。
「はい、お疲れ様です、海人さん。一応聞いておきますけど、体に異常はないですか?」
「ん、大丈夫大丈夫。筋肉痛はあるけどそれは仕方ないし」
「そうですか。あまり無茶はしないでくださいよ?海人さんは私達の提督なんですから」
………私達。
………僕は、吹雪ちゃんたちみんなの、提督、か………
「ねぇ、吹雪ちゃん。僕って、提督としてはどうなのかな?」
「どう、ですか?どうしてそんなことを聞くんですか?」
「………龍田さんが前の提督が艦娘に殺されたって言ってたんだ。
多分、その前の提督は本当にダメな人だったから殺されたんじゃないかな、と思う」
提督には、あの青葉さんが言うには艦娘に命令できる能力がある。
調べてみたところそれは確かだった。
それがあるのなら、提督は艦娘に殺されはしないはずだった。
だけど、その能力を無視できるほど、艦娘に強い感情があったのなら、命令を無視することもできるという。
ただし、その感情は憎悪とか殺意とか負の感情で、とてつもなく強い感情である必要があるらしい。
僕は強い感情の恐ろしさを知っている。
感情に任せて動いてしまえば、大切な何かを傷つけたり、取り返しのつかないことをしてしまう。
「………海人さん?」
「っ、ごめん、考え事してた。とにかく、それで気になったんだ。
僕って本当にダメな提督じゃないのかな、って」
それを聞いた吹雪ちゃんは答えてくれた。
「それは一言に言えることではないと思います。
評価する観点によって評価は変わりますからね。
ですから私から見ての評価になりますが、それでもいいですか?」
「うん。この島にいる艦娘の中で一番僕を見てくれているのは吹雪ちゃんだと思う。
だから、吹雪ちゃんの意見を聞かせてほしい」
そういうと、吹雪ちゃんは少しの間考えて、答える。
「海人さんは………提督としては、本当にダメだと思います」
「………だよね」
予想はしてた。たけど、言われるとやっぱり心にズン、とくる。
「書類の処理能力は悪くはないとは思います。
ですが、身体能力は不安ですし、何よりも提督としての知識がありません。
知識がないということはミスや油断を招きます。
戦争においてはたった一つのミスや油断でも、甚大な被害を生むことがありますから。
そういった理由で海人さんは、提督としてはいい評価はできません」
「………わかった。ありがとう、吹雪ちゃん」
辛辣な言葉だった。だけど、その全てが事実だ。僕に言い返すことはできなかった。
「そして………人としては。海人さんはとてもまともなんだと思っています」
吹雪ちゃんは、そう言って僕を誉めてくれた。
「ど、どういう意味?」
「簡単な事ですよ。海人は優しいんです。ですが、提督としては、優しすぎるんです」
「僕は、提督としては優しすぎる?」
「はい。海人さん、いいですか?私たち艦娘は人間じゃない。
そのことはご存知ですよね?」
「うん。あの横須賀の青葉さんがそれを言ってた。
だけど………僕はそれを認めたくはない」
艦娘は、化け物であり、兵器である。そう青葉さんは言っていた。
それを僕は信じたくない。わがままかもしれないけど。
「海人さんの気持ちはわかります。
ですが。本当に私たち艦娘は人間じゃないんです」
「吹雪ちゃんまでそう言うんだね………」
「じゃあ、試してみましょうか?勝負しましょう、海人さん」
そういって吹雪ちゃんはテーブルの上に肘をついて手をこちらに向ける。
腕相撲で勝負、ということだろうか。
僕も同じように肘をつき、吹雪ちゃんの手を握る。
「海人さん。もしも私に勝てたなら、艦娘は人間であると私は認めますよ」
「言ったね………いくら僕でもさすがに吹雪ちゃんくらいの女の子になら、勝てるよ?」
「それはどうでしょうね?海人さんのタイミングで始めてもらっていいですよ」
「ふーん………じゃあ、お言葉に甘えてっと!!………え?」
全力で力を込めた。そのはずなのに………ピクリとも、吹雪ちゃんの腕は動かない。
どうやっても、動かない。
「………わかりましたか?これが、艦娘の力です。
私は横須賀での訓練のおかげで、艦娘の強さを示す指標である『練度』は30程はあります。
ですから、装備がなくても艦娘としての力を装備ありの時の全力とはいきませんが、装備なしでも発揮できるんです」
「っ………!だから、人間じゃないって言うの?」
この会話の間にも、力を加えてみるが、全く動かない。
これが、艦娘の力っ………!!
「はい。入渠すればどんな傷も治ったりするところなどもありますし、年をとらなかったりしますからね」
「と、年をとらない?うわっ!」
それまで動かなかった吹雪ちゃんの手が動いて、僕の腕は机に付けられた。僕の敗北だ。
「知っての通り、人類と深海棲艦との戦争が始まってから、もう10年も経ちます。
その中で死んでいった艦娘もたくさんいます」
「っ!」
「ですが、生き延びた艦娘もいます。
その艦娘の身体検査の結果なんですが………10年前と全くといってもいいほど、変化が見られませんでした。
体重等は変化もありましたが、艦娘には加齢による身体能力の低下や変化が全くといってもいいほどなかったんです。
それから、私たち艦娘は不老であるという話が出てきました。
この話は少数派ですが、大本営でも信じられているそうです」
「艦娘が、不老だって………?だから、艦娘は人間じゃない、っていうの?」
「はい。他にも人間とのいくつかの違いがありますが、説明は省いておきましょう。
わかりましたか海人さん?艦娘は、人間じゃないんです。
それを割り切って考えることが、今の海人さんにはできない。
戦いにおいて必要な後一歩ふみこんだ決断………私たちに死地へ向かえ、といった命令を私たちが人間であると考える限り、海人さんにはできません。そうでしょう?」
そう言い切った吹雪ちゃんの表情は、ものすごく真剣な表情だった。
そうだ。そんな命令は僕にはできない………死んでこい、だなんて、言える訳がない。
………だけど。それでも。僕は思うんだ。
「それでも………艦娘は人間だと僕は思いたい」
「………海人さん?話を聞いていたんですか?」
吹雪ちゃんが少し怒った表情をする。それでも、話は止めない。
「聞いてたよ。だから僕は言ってるんだ。
そうだね、確かに吹雪ちゃんがさっき見せたあの力はとてもじゃないけど、人間には出せない。
だけど。艦娘………少なくとも吹雪ちゃんの心は僕よりも人間らしいと思うんだ」
「私が、海人さんよりも人間らしい?一体どういう意味なんですか」
「少し昔の話をしようか………聞いてくれるかな?」
そう言うと吹雪ちゃんは頷いてくれた。
「………僕は昔、とある女の子を傷つけたことがある。
その時にあの女の子に付いた傷のいくつかは今でも痕が残っているくらいだ」
その言葉を聞いた吹雪ちゃんの表情が少し怒っている表情から驚きに変わった。
優しい人間だと信じていたはずの人物が女の子を傷つけていたのだ。
驚くのも無理はないと思う。
だけど、驚いているは僕も同じだ。この話は誰にも話したことはないというのに。
吹雪ちゃんの話を聞いていると、話してもいいかもしれないと思えてきたのだ。
「昔の僕はいじめられっ子だった。
何度傷つけられても、僕は何もしなかった。親にも言わなかった。
言ってしまうことで身の回りの環境が変わってしまうことがとても、怖かったんだ。
周りの環境が変わってしまうことで、自分以外の誰かが傷ついてしまうんじゃないかって、当時の僕は考えていた。
だから、僕は何もせずにいじめられていて、ただ怒りだけを溜め込んでいた。
どうして僕はこんな目に会うんだ、ってね。
そこに、その自分を心配して声をかけてきた女の子がいた。
だけど、僕はその女の子に八つ当たりをしてしまった。僕は一方的に女の子を痛めつけたんだ。
時間が経って冷静になったときには………傷や痣だらけになった女の子がそこにいた」
あの時の光景。あの時抱いた後悔。それを僕は忘れることはない。
いや、忘れてはいけない。
それ程に、僕にとっては大切で、残酷な過去だったのだ。
「それなのに………女の子は、僕を許してくれた。
つらかったね、って。
大丈夫だよ、と。
私がそばにいるよ、と!
僕に言ってくれたんだ………それだけで、僕は本当に救われた」
あんな状況だったというのに、女の子は僕にそう言ってくれた。
その言葉が、どれ程僕の助けになったことか。
「だから、あの時の僕は決めたんだ。
僕は、あの女の子の力になりたいって。
それからは、僕はあの女の子と一緒にいることが多くなった。
女の子の力になりつつ、時には女の子が僕の力になってくれた。本当にあの頃は幸せだった」
「あの頃は………?まさか、その女の子は………死んだんですか」
「いや、今も生きてるよ。海軍の士官学校に入っているはずだ」
「そ、そうですか。すみません、死んだなんて言ってしまって。
………あれっ?海人さんが提督になるための試験を受けたきっかけって、士官学校に志望していた人と、海人さんの入試資料が入れ替わっていたことだって前に言ってましたよね?もしかしてその人がその女の子なんですか?」
「そう。本来士官学校に入ろうとしていた人がその女の子だ。
だけど何の因果か資料が入れ替わってしまい、こうして僕は提督になった。
それは仕方ないことだって僕は割り切れたんだけど………その女の子には無理だった」
だから、僕は提督になることが決まってからしばらくしたある日、女の子に呼び出された。
葉っぱのない桜の木の下に………
「その女の子は僕が提督になったのは自分のせいだと後悔していたんだ。
提督という深海棲艦とも関わる命の危険がある仕事に僕をつかせてしまったことに、後悔した。
だから………僕から離れていった。もちろん僕は引き止めた。
だけど、女の子にこう言われた。
『こうなったのは自分のせいなのに、どうして海人くんは私に同じように接してくれるの?
私はあなたの友達でいていい訳がない。海人くんにあわせる顔がないのに………!!』
といって、最後にもう二度と会いたくないって言われたんだ。自分が関わる限り、私は迷惑をかけてしまうから、とも言ってたかな。
………結局の所、僕はあの女の子に捨てられたんだ………あの子がそう思っていなくても、僕にとってはそうだ。
あれほど、悲しく、そしてつらかった経験はない」
「………寝ている海人さんが時々うなされていたのは、その時の光景を見ていたからですか?」
………なんだ、見られてたんだ。
「そうだよ。だから………その事を何時までも引きずって前に進もうとせず、『提督を辞めたい』とかずっと言ってる僕なんかよりも、前に進もうとしている吹雪ちゃんたちの方がどれほど立派で………どれほど人間らしいことか」
「………海人さん」
吹雪ちゃんは僕を哀れむかのような表情をして、僕の頬に触れた。
「………涙が流れてる、とでも思ったの?ごめんね………ねぇ、吹雪ちゃん。知ってる?人間は本当に悲しい時はね。涙は流れないんだ」
本当に悲しい時。人間は悲しみに押しつぶされて涙を流すことすら許してくれないんだ。
「………今までに泣きすぎたから、の間違いじゃないんですか?」
「どうだろう、ね………今日はもう一人にしてくれないかな………?」
「………わかりました」
自分にはどうしようにもない、とでも思ってくれたのか吹雪ちゃんは指示に従ってくれた。
「海人さん、一つ言ってもいいですか?」
「………何かな?」
「私は、あなたを捨てたりはしません。
例え、自分の命を懸けてでも。あなたを守ります………それを、覚えていてください」
そう言い残して吹雪ちゃんは部屋から出ていった。
「………ありがとう、吹雪ちゃん。でもね………僕は本当につらいんだ。できることなら、ここで死にたいよ………」
だけど、僕が死んだらあの時、あの子が僕を救ってくれた意味もなくなってしまう。
それに。
僕はもう提督になってしまった。艦娘の命を、背負ってしまったんだ。
逃げ出したい。自分の周りにある現実から、逃げ出したい………!!
だけど、逃げたところでどうにもならない。そんなことはわかっているのだ。
「………どうすればいいのかな、本当に………」