欧州激戦録   作:瑞穂国

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リクエストから紆余曲折を経た、BOBシリーズの四作目です

三作目?ああ・・・いい奴だったよ・・・(ちょっと待て)

楽しんでいただけたら嬉しいです


ドーバー海峡海戦
ドーバー海峡海戦 1


波は静かだった。それもそのはず、今日は朝から風もなく、海面付近の水を掬い上げるものはいない。天気もこの辺りに珍しく快晴で、多少裕福な老人なら、絶好の釣り日和だなどと感想を漏らしそうだ。そのくらいには、目の前の大西洋は物静かだった。

 

ただし、彼女の船に関しては別だ。機関を一杯に吹かして産み出されたエネルギーを、艦尾のスクリューを回すことによって推進力に変えながら、彼女の船は鋭い艦首で波間を引き裂いた。圧倒的な重量に押し退けられた海水が白い飛沫を上げ、艦首を濡らす。もっとも、海が荒れていればさらに酷い有り様になるので、この程度の波は気にならない。

 

「ほんとに来るとはね・・・」

 

艦橋の真ん中、戦艦級の巨大な艤装を背負った彼女は、眼前で割れる海面を見遣ってぽつりと呟いた。

 

彼女は、艦娘だ。残念ながら、現在の大西洋―――否、世界中のどこの海も、老人が暇つぶしがてらに釣りに行けるほど平和ではなかった。海に出るには、それ相応の覚悟が必要だ。

 

彼女―――フランス海軍に所属する最新鋭超ド級戦艦を操るリシュリューは、平和な海を取り戻すことができる存在だ。ただしそのためには、彼女たちの敵である謎の艦艇群―――深海棲艦を倒さなければならない。

 

今回の出撃も、それが目的だ。

 

 

 

現在、世界の戦線は大きく二つに分けることができる。すなわち、日米を中心とした太平洋戦線。そして欧州連合を中心とした大西洋戦線だ。この他に、インド洋においても戦闘は起こっているが、そちらには戦線と呼べるほど満足な戦力を人類側はまだ準備できていなかった。

 

リシュリュー含めたフランス海軍は、当然後者の戦線に加わっている。欧州連合(所謂EUとは、完全に別の組織である)の一員として、イギリスやドイツ、イタリアなどと作戦行動を共にしていた。

 

が、今回はフランス単独の出撃だ。というのも、欧州主力の英国艦隊は現在ジブラルタル沖で作戦行動中であり、なおかつ現海域に早急に展開できるのが彼女たちだけだったからだ。

 

上空に展開する、弾着観測用のロワール130から、敵艦隊に関する情報が入る。その内容を、リシュリューは艦橋内に聞こえるように、はっきりと読み上げた。

 

「敵艦隊発見。戦艦三、駆逐艦三。一八ノットでドーバー海峡を西進中です」

 

「了解。予想通りだな」

 

背後から野太い声が聞こえた。

 

各部の最終チェックを妖精さんたちに命じた後、リシュリューはそこにいる男を振り返った。彼の顔には、海軍軍人らしからぬ荒々しさと獣性の笑みが浮かんでいた。

 

オスカル・ド・マッセナ中将。リシュリューたち“新生フランス艦隊”を統べる提督だ。

 

「まさか、本当にドーバー海峡を突っ切ってくるなんて」

 

うちの提督ならやりかねないな、などと思っていることはおくびにも出さず、リシュリューはマッセナの予測に感嘆の言葉を投げた。

 

「鬼のいぬ間のなんとやら、だな」

 

ニッ、とマッセナが白い歯を見せる。

 

「鬼?」

 

「東洋のことわざだ」

 

「どういう意味なの?」

 

「知らん」

 

ガクッ。

 

「ダメじゃない」

 

「細かいことはいいんだよ」

 

大雑把過ぎるのもどうかと思うよ、という言葉は飲み込むことにした。今まで散々言ってきても、何ら変わらなかったのだから。

 

「まあ、何にせよ、だ」

 

リシュリューの横に進み出たマッセナは、眼前の海原を見つめてさも愉快そうに宣言した。

 

「俺たちの前を挨拶もなしに通り過ぎようなんて礼儀知らずな奴には、きっちり駄賃を払ってもらわねえとな」

 

 

艦娘とBOBの出現から、早三年。欧州最初の艦娘となったレーベレヒト・マースとの邂逅からは二年半。その間の欧州戦線の雲行きは、お世辞にも良いとは言えなかった。それは、先の世界大戦の頃の各国の軍備に起因する。

 

太平洋と、その間に浮かぶ島々を巡る広大な範囲での戦争となった第二次世界大戦太平洋戦線において、航空母艦という艦種の持つ意味は日を追うごとに増していった。日米は戦艦の建造を取り止めてまで航空母艦の建造に邁進し、結果太平洋の各地に、海底をジュラルミンで覆い尽くすほどの航空撃滅戦―――機動部隊戦が生起したのだった。

 

航空撃滅戦でいえば、欧州戦線も負けてはいない。バトル・オブ・ブリテンは、文字通り英独の鎬を削る航空機の争いだった。が、航空機の運用の方法という点では、太平洋と欧州では、性格が全く違う。

 

お互いの国が圧倒的に近かった欧州では、わざわざ航空母艦を建造しなくとも、基地から直接航空機を送り出せたのだから。

 

もちろん、各国ともに航空母艦を建造はしている。イギリスなどは、日米に次ぐ空母保有国だ。しかし、国力の差はあるにしろ、大戦を通して空母の数は日米が圧倒的だった。

 

艦載機の性能にしてもそうだ。日米の空母艦載機が開戦時にはすでに単葉だったのに対し、イギリス海軍の主力雷撃機は、未だ双葉の“ソードフィッシュ”だった。

 

とはいえ、これらは全て大昔の話であり、大戦が終わった後も、誰一人気に留める者はいなかった。

 

深海棲艦、そしてそれに唯一対抗可能な艦娘たちが現れるまでは。

 

艦娘とBOBが、かつて第二次世界大戦を戦った軍艦たちの魂を素体としていると知ったとき、欧州各国の誰もが「しまった」と思った。「自分たちは、日米ほど強力な機動部隊を持てないじゃないか」と。

 

深海棲艦には、L級(日本側呼称空母ヲ級)と呼ばれる大型の航空母艦が存在した。これに対抗するには、どうしても多数の空母によって編成された機動部隊が必要だ。だが、イギリスを除いた欧州各国は、満足に空母を持っていない。そのイギリスにしても、防御の代わりに搭載数を犠牲にしたため、航空攻撃能力には疑問符が付いた。

 

日米が善戦し、太平洋の資源輸送ルートが確保される一方で、欧州連合は制空権なき戦いを強いられていた。戦えば五分五分、機動部隊戦に至っては一度も勝てていなかった。

 

彼らは焦っていた。国際世論の中で、失地回復を着々と進める日米―――特に日本の存在感は増すばかりだ。逆に、戦果を上げるどころか領海の維持すら危うい欧州各国は、世界からの無言の圧力に肩身の狭い思いを強いられている。

 

その影響は、如実に現れた。無理な作戦の強行、損害を省みない進撃。最初の二年間で出た喪失艦(轟沈時に艦娘諸とも沈み、艦体の復旧が不可能となったBOB)は、日米合わせて十隻に満たないのに対し、欧州は三倍の三十隻に近い。

 

そして、事件は起こった。

 

スエズ運河奪還のためインド洋に進出した欧州連合艦隊は、実に十隻もの轟沈艦を出した。内、喪失艦は六隻。後方の補給船団の護衛まで含めて三十隻の艦隊だったのだから、いかに高い損失率だったのかがわかるだろう。

 

作戦を指揮した提督たちは軒並み査問にかけられ、結果無理を通り越した戦闘の強行が発覚。欧州連合各国海軍に、粛正の嵐が吹き荒れた。

 

その後に創設されたのが、リシュリューたち新生フランス艦隊だ。

 

所属艦は、フランス艦隊でも特に最近邂逅した艦娘ばかりで、リシュリューを筆頭に戦艦四隻を中心として構成されていた。空母も一隻いるが、こちらは搭載数が少ないため、もっぱら艦隊の防空に専念している。

 

結成間もない新生フランス艦隊にとって、本格的な艦隊戦は今回が初めてのことだった。

 

 

「艦隊各艦に伝えろ。右砲戦用意!」

 

ドーバー海峡通過中の敵艦隊の進路を塞ぐように展開する自艦隊に、マッセナが号令する。それを受けたリシュリューが五隻の僚艦に指示を出し、同時に自身の速力を上げた。

 

「敵艦隊、距離四万」

 

上空のロワールからの情報を伝える。飛行艇をそのまま小さくしたような観測機は、高度をいかして水平線の向こうを見張っていた。今のところ、まだレーダーに反応はない。

 

「敵の艦種はわかるか?」

 

「先頭はK級(日本側呼称ル級)elite、後は全部通常型」

 

「了解」

 

勝ったな。ほくそ笑むマッセナに、リシュリューは怪訝な表情を向けた。

 

「一応言っとくけど、私は一五インチ級で、あっちは一六インチ級だからね?」

 

「おう」

 

それがどうした、みたいな回答に、リシュリューは半目になる。

 

戦艦の主砲口径は、そのままその艦の性能に直結する。基本的に戦艦の思想は、「相手を撃破しうる火力と、自らと同等のの火力に耐えうる防御」の一点だ。つまり“リシュリュー”なら、自らの搭載する一五インチ―――正確には、正三八センチ砲に耐える装甲を持っていることになる。

 

対する深海棲艦の戦艦群は、その全てが一六インチ砲搭載艦だ。よってその性能は、一六インチ砲準拠のものとなっている。もっとも、全艦に万全の防備が備わっているわけではなく、K級とP級(日本側呼称タ級)各々の通常型は、一六インチ防御としては装甲が不十分であることがわかっていた。

 

それでも、荷が重いことに変わりはない。防御はともかく、火力は統一して一六インチだ。新鋭艦である“リシュリュー”をもってしても、些か不安が残る。

 

「大丈夫だ。心配すんな」

 

豪快な笑みを浮かべる自らの提督に、リシュリューは諦めに近い溜息を吐いた。まあ、この人がこう言ってるのだ。きっとどうにかなるんだろう。

 

「たまには自分の提督を信じてみようかな」

 

「おいおい、たまにはってなんだ」

 

容赦ない部下の言葉に、マッセナも苦笑した。それから、もう一度、あの獣性の強い眼光で前を見据える。

 

「“ダンケルク”、“ストラスブール”は駆逐艦と共に分離、通常型二隻を抑えろ。その間に“リシュリュー”がeliteを仕留める」

 

―――簡単に言ってくれるなあ。

 

それでも、言われた当人であるリシュリューもまた、随分とのんびり構えている。これぐらい日常茶飯事だし、今更文句はない。むしろ、この底抜けな豪快さには、色々と救われたものがある。

 

『抑えろって・・・具体的に何すればいいわけ?』

 

ダンケルクからの通信だ。直接艦橋のスピーカーに繋いでおいたため、はっきりとした声が聞き取れた。マッセナはマイクを取り、明瞭な答えを返した。

 

「何をしてもいい」

 

三日月形に吊り上がるその口元が、まるで新しい悪戯を思いついた少年のようだった。

 

『そっかあ、何してもいいんだ?』

 

「お前に任せる」

 

『ふふん、まあ期待してなって!』

 

ダンケルクは、自信に満ちた声と共に通信を切った。

 

「・・・そういえば」

 

ダンケルクの自信満々な声に既視感を覚えたリシュリューは、ふと思ったことを口にした。

 

「結局、ドイツ艦隊はどうなったの?」

 

「動かねえってさ。命令が出てないから」

 

あのジャガイモ頭が。マッセナが罵った相手は、マッセナと同じように新しくドイツ艦隊を率いることになった若い提督だ。二個あるドイツ水上艦隊のうち本国に展開する艦隊を預かる彼は、非常な堅物として有名だった。噂によると、ニコリとでも笑うところを、誰も見たことがないらしい。

 

「たく、これだからドイツ人は」

 

「それじゃあ、ドイツ艦隊は動かない?」

 

「そういうこった」

 

「ふーん」

 

リシュリューはそこで話題を切り上げた。それほど興味がある話題でもないし、第一ドイツの置かれている状況もわかる。水上艦隊が限られる彼らにとっては、貴重な戦力を独断専行で傷つけるわけにはいかないのだろう。

 

―――まあそれに、出てきたら出てきたで、私のスコアを取られるのは嫌だしね。

 

リシュリューは微笑する。

 

「レーダーに艦影。敵艦隊を捕捉」

 

艤装の同調率を戦闘態勢に上げたリシュリューが、レーダーからの情報を読み上げる。ロワールの観測と、レーダーの捉えた座標から、大まかな射撃諸元を算出しておく。レーダー射撃にしろ、光学観測射撃にしろ、最終的には敵を水平線上に捉えなければならない。

 

“ダンケルク”以下、五隻の僚艦が舵を切る。“リシュリュー”を一回り小さくした二隻の高速戦艦を先頭に立て、こちらへまっすぐ向かってくる敵艦隊を側面から牽制しようとしているようだった。

 

『ダンケルクより各艦。敵艦隊見ゆ』

 

“リシュリュー”よりも前に出たことで、“ダンケルク”が先に敵艦を水平線上に捉えた。レーダーによれば、“ダンケルク”と敵艦隊との距離は三万ニ千。“リシュリュー”はその三千後方だ。

 

「・・・まだ見えねえか」

 

双眼鏡を覗き込んだマッセナには、期待していたものが見えなかったらしい。見張りの妖精からも、まだ敵艦見ゆの報告はなかった。ただ、前方のそう遠くない位置を、一六インチの大筒をもたげる艨艟が悠然と航行しているのはわかった。その気配が、レーダーのブリップ以上にひしひしと感じられた。

 

「敵艦隊増速!」

 

「やっとやる気を出してきたか」

 

「続いて見張りより、敵艦見ゆ」

 

水平線上に、突き出たマストと艦上構造物が見えた。それだけあれば、射撃用の測敵を行うのは容易だ。ただし、射撃用精密レーダーが水柱を観測できるようになるには、もう少し接近しなければならない。

 

そしてそれは、唐突に始まった。

 

『敵先頭艦発砲!』

 

「水平線に発砲炎視認!」

 

ダンケルクとリシュリュー、二人の切迫した声は、ほとんど同時に発せられた。水平線の上、敵艦のいる辺りに、爆炎が迸った。敵先頭艦の主砲が、フランス艦隊に向けて火を噴いた瞬間だった。

 

三十数秒後、落下した敵弾三発は、莫大な水量を伴って弾けとんだ。三本の丈高い水柱は、そのどれもが“ダンケルク”の周囲に生じている。

 

敵一番艦が“ダンケルク”を標的としているのは明白だった。




いいところで終わってる感が・・・

できれば今日中に続きを投稿したく・・・

欧州艦は勉強不足もいいところなので、指摘等ありましたら
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