前半でさっさと決着を着けて、後半は次回以降に続くお話です
二頭の巨龍の戦いは、最高潮を迎えていた。お互いが威圧的な火焔を吐き出し、自らの牙を、爪を、相手に突き立てんとする。頑丈な鱗がそれを防ぎ、金属的な狂騒を奏でた。この応酬は、どちらかが倒れ、その翼をもがれて、海底深く沈み行くまで続く。龍は賢い生き物だが、同時に残忍な生き物でもあるのだ。
自らの上げる咆哮に、酒類に似た酔いと火照りを感じていたリシュリューは、だがしかし、次の瞬間に襲いかかってきた衝撃で一気に現実へと引き戻された。
白濁する水の柱に艦首を突っ込んだ“リシュリュー”の甲板に、バラバラと水滴が落ちてくる。局所的な大雨を思わせる音の連なりに、煤汚れた前甲板が洗われ、加熱した砲身に触れてジュッと水蒸気を生じた。
敵一番艦との距離は、すでに二万を切っている。お互いに満身創痍に近く、その損傷具合は、改めて確認するまでもない。
前甲板の六門の主砲で斉射を繰り返すK級eliteは、艦上構造物の後部がどす黒い煙の膜で覆われており、チロチロと赤い炎がのたうっている。後部の三番砲塔がすでに擱座しているのは、ロワールから確認できた。その他、十発をゆうに超える命中弾は、装甲版の薄い艦上構造物―――探照灯や高角砲、機銃の類を根こそぎ鉄屑に変えていた。
一方の“リシュリュー”も、無事とは言い難い。前甲板には二つの破孔が穿たれ、煙を引いている。後甲板の惨状は艦橋から確認できないが、連続する応急修理妖精からの報告で、推して図るべしだ。それだけの被弾にも関わらず、こうして砲戦を続けていることは、“リシュリュー”という戦艦がいかに堅牢であるかを如実に示していた。
“リシュリュー”が―――祖国フランスが大西洋最強と豪語する最新鋭戦艦が、格上の一六インチ砲艦とも互角に戦えることは、十分に証明された。だから、
―――だから!さっさと沈みなさい!
このスコアは、絶対に自分のものにする。
装填の終わった二基の三八センチ四連装砲塔の砲身が、ゆっくりと持ち上がる。砲戦開始時には、毎分二回の斉射を放っていた“リシュリュー”の主砲も、そのタイムロスが随分と大きくなっていた。これだけ激しく撃ち合えば、艦のどこに異常をきたしても不思議はない。もっとも、それは敵艦とて同じことだ。
燃え盛る敵艦を、割れた艦橋の窓越しに睨む。彼我、共に斉射の準備は整った。
先に撃つのは敵艦だ。“リシュリュー”へと指向可能な、生き残りの六門が紅蓮の炎を吐き出し、盛大な砲煙と共に一六インチ砲弾を高空へ放った。
それから一拍を置いて、今度は“リシュリュー”が発砲する。健在な八門の砲身を奮い立たせ、その砲口から地獄の焔を現出させる。放たれた三八センチ砲弾は、物理法則に則った放物線を描いて、大西洋の空を駆けていった。
―――あんたなんかには、負けない!
轟音を引きずって、敵弾が降り注いだ。四本の水柱と二本の火柱。衝撃が“リシュリュー”の艦体を貫き、艦橋と言わず甲板と言わず、激しく揺さぶる。リシュリューもよろめくが、艤装を背負っていたことで辛うじてその衝撃に耐え抜き、両足を踏ん張って艦橋に立ち続ける。
前だけを見つめていた。
そこにいる敵艦に―――祖国のみならず、人類に仇なす深海棲艦に、自らの審判の矢が突き刺さる瞬間を待っていた。
その時は来た。
位置エネルギーを全て変換し終わった八発の三八センチ砲弾は、得た運動エネルギーに身を任せて、海面へと突撃していった。そしてそれを遮る位置にいたK級の装甲に正面衝突した。砲弾の堅い弾頭部分に守られていた信管は、唐突な制動に驚いて、眠れる龍を起こす。最悪の寝覚めに苛立つ火薬は、そこに秘められた爆発エネルギーを解放した。
二本の火柱が見えた。
―――どうだ・・・!?
手応えはあった。
だが、それ以上の変化はなかった。敵戦艦は、先ほどにも増して激しく炎と煙を上げているが、変わることなく進んでいる。被害のほどは窺い知れなかった。が―――
「敵戦艦沈黙!」
リシュリューは確信した。“リシュリュー”の次弾装填が終了しても、敵戦艦が再び発砲する様子はない。どころか、吹き出す煙の量が明らかに増加している。互角の砲戦の末、“リシュリュー”はついに、敵戦艦から砲撃を続けるだけの余力を奪ったのだ。
「トドメをさせ、リシュリュー!」
マッセナが叫ぶ。力強く頷いて、リシュリューが指示を出す。装填の終わった主砲がその鎌首をもたげ、燃え盛る敵艦に引導を渡すべく、その砲口に火焔を迸らされた。撃ち出された八発の砲弾がK級に到達するのに、それほど時間はかからなかった。
命中弾は再び二発。次の瞬間、敵艦の第二砲塔が真上に吹き飛んだ。主砲塔の天蓋を突き破ったか、衝撃波と熱波が弾火薬庫を蒸し焼きにしたか、着火点まで達した敵弾が一時に誘爆して、その装甲を内側からぶち抜いたのだ。その爆発エネルギーはとてつもない。
断続的な爆発。その衝撃に耐えかねた敵艦は、やがて第二砲塔を基点に二つに断裂した。度重なる被害が、艦体を支えていたキールをへし折ったのだ。
「砲撃止め」
マッセナの号令でリシュリューは砲撃を止め、各部に被害報告と集計を命じる。砲戦に勝ったとはいえ“リシュリュー”もこれ以上戦える状況にはない。文字通り、身を削って戦っていたのだ。
「何とかなったかな・・・」
「おう、何とかなったぞ」
さも当たり前のように言うマッセナを軽く睨もうとして、結局苦笑してしまう。
「これ、私のスコアなんだよね」
「そうだな」
「・・・私、本当にeliteを沈めたんだ」
「まだ浮いてるけどな」
「細かいことはいいの」
実感は沸かない。これが初陣だったのだから。まるで夢を見ているような、不思議な気分だった。
「艦隊を集めろ。それと、ジャガイモ野郎にも挨拶しなきゃな」
「来ないんじゃなかったの?」
「ああ見えて、気まぐれなんだよ。特に旗艦が」
ぼやくマッセナに頷いて、リシュリューは隊内無線で招集をかける。それから、ドイツ艦隊と交信を試みようと、欧州連合共通の通信バンドに周波数を合わせた。
その眼前で、敵一番艦が静かにドーバー海峡の底に沈んでいった。
「喰えん奴だ、まったく」
お互いに定型的な謝意を示しただけで終了した会談の後、自らの母港へ帰りゆくドイツ艦隊を見送って、マッセナは呟いていた。リシュリューはそれに同意するように、チラリと窓の外を見遣る。そこには、戦艦撃沈スコア二隻半のライバルが、親子のようにそっくりな僚艦を連れて航行していた。
「ほんっとに可愛げない」
そう吐き捨てて、リシュリューは自らの艦を転舵させた。浸水と損害によって緩慢になった“リシュリュー”は、それでも力強く、大西洋の海面を航進していった。
「イギリスの作戦も成功したみたいだな」
敵艦隊撃滅後、作戦行動中のイギリス艦隊からは、支援に感謝する旨の通信があった。もしも、あのまま敵艦隊がドーバーを通り抜けていれば、イギリス艦隊は後方から敵艦隊の襲撃を受けかねなかったのだから。
ジブラルタル沖の敵性艦隊を排除できれば、自ずとその先が見えてくる。大粛清中に引き下げられた戦線を押し戻し、大西洋の蓋を破る。そのための第一歩だ。
―――いつか、私も。
欧州連合の反攻は始まったばかりだ。いずれは、リシュリューたち新生フランス艦隊も、その戦列に加わることとなる。その時、行動を共にするのは誰か。キング・ジョージ五世?ビスマルク?ヴィットリオ・ヴェネトかもしれない。あるいは―――
スカパ・フローに投錨する、欧州戦線戦艦撃沈スコアトップか。
粛清の発端となったスエズ運河奪還戦の生き残り。スカパ・フローの“もう一つのイギリス艦隊”を率いる、美しき巡洋戦艦。イギリスが、畏敬と皮肉を込めて“女王”と呼んだ彼女。まだ見ぬその背中に、リシュリューは闘志を燃やした。
―――越えてみせる。
母港へと帰っていく“リシュリュー”には、すでに内なる炎が宿っていた。
◇
メインランド島。肌寒さにもかかわらず、美しい昼下がりの太陽に包まれるこの島で、彼女は淹れたての紅茶を楽しんでいた。ゆったりとした上着を、ドレスを軽装にした上から羽織り、片手にティーカップを雅に持っている。
「・・・おいしい」
「それは何よりでございます」
横に控えていた侍女は、彼女の屈託ない微笑みに、柔らかな笑顔を見せた。
「ウォースパイトも、一緒にどう?一人の紅茶もいいけれど、あなたとならもっと楽しいもの」
ウォースパイトと呼ばれた侍女は、一瞬迷ったあと、彼女の誘いを受けることにした。もう一組のティーカップを持ち出し、ポットの紅茶を淹れて向かいに腰掛ける。彼女のものより、濃縮されて苦味すら感じる薫りが、この侍女のお気に入りだ。
「・・・よいお茶です」
「ウォースパイトが淹れたからよ。スコーンもあるから、遠慮なく食べて?」
お皿に盛られているのは、彼女が手作りしたスコーンだ。程よい焼き加減で、こんもりと山を作っている。紅茶のお供には最適だ。
彼女は、そのうちの一つを取り、侍女の前に置く。侍女はゆっくりとフォークを入れ、薄く化粧をした唇で、焼き菓子を口にする。欠片一つこぼさない、手慣れた動作だ。
「これは・・・紅茶、ですか?」
一口味わった侍女が、確かめるように呟いた。スコーンからは、ほんのりと紅茶の風味がする。
「ええ、そうよ。料理長が教えてくれたの。どうかしら?」
「おいしいです。紅茶によく合います」
「もちろん。だって、あなたのために作ったんだもの」
侍女の目が、わずかに見開かれた。澄んだ黒の瞳が陽光にきらめく様子が、とてもきれいだと彼女は思った。
「忘れたの?あなた、前に言っていたじゃない。紅茶のスコーンが好きだ、って」
「・・・覚えていらしたのですか」
侍女は驚いた様子だった。随分前のことだったから、彼女が忘れていると思っていたのかもしれない。
愛らしい仕草に、彼女は満足げな笑顔を浮かべて、イタズラっぽく答えた。
「忘れるわけないわ。だって私、あなたのことが好きだもの」
彼女の言葉に、侍女は照れたように頬を染め、相好を崩した。
「もう。陛下は・・・」
それからそっと、もう一度スコーンにフォークを入れて、ゆっくり味わうように食べていた。
「それで、ウォースパイト。報告を聞こうかしら」
スコーンが半分ほどになったところで、いくらか温くなったティーカップを置き、彼女は侍女に促した。侍女の方も、スコーンで乾いた口を紅茶で湿らせて、彼女からの使命―――ジブラルタル沖の作戦と、それに伴うフランス・ドイツ両艦隊の戦闘についての詳細を報告し始める。
「作戦は成功したとのことです。ジブラルタル沖の敵性艦隊は、排除されています。アークロイヤルが知らせてきました」
自らの隷下である機動部隊の、そのうち一隻の名が挙がった。欧州で唯一、まともな機動部隊を持つ彼女の艦隊からは、今回の作戦に当たって三隻の空母が参加していた。
「そう。それはよかった」
そう答えたものの、彼女はあまり興味がない。代わりに、もう一つの戦闘の方の詳細を求めた。
「ドーバー海峡を通過した戦艦部隊も、フランスとドイツの艦隊が撃破しました。こちらは、通信傍受で判明しています」
「結局、ドイツは動いたのね。お人好しだこと」
彼女は薄く笑って、ティーカップに口づける。愁いを帯びたその視線は、やがて遠くを見るかのようになり、紅茶の液面の向こう側を覗いていた。
「・・・人間は、愚かだわ」
ポツリと呟く。侍女は黙って、彼女を見つめていた。
「信頼なんて・・・できようはずがないもの」
もう一度、静かに口づける。それから降ろされたティーカップが、小さくカタリと音を立てた。
いやー誰なんでしょうね、戦艦撃沈スコアトップって。一五インチ砲搭載のイギリス最強巡洋戦艦って、いったい誰のことなんだろうなー。知らないなー(棒)
ウォースパイトは、侍女ということになりましたが、実際にはコンパニオンとかが近いのかも・・・まあ、その辺は気にしない方向で
また、気まぐれに投稿します