今回も長くなりそう・・・
機動部隊の前方。晴れやかな海面を心持ちも軽やかに進む艦影があった。数は多い。ごつごつと勇壮な艦上構造物を備える戦艦や、それを守るように展開する巡洋艦、駆逐艦。多国籍艦隊らしく、隣り合ったそれぞれの艦型は全く異なったものとなっており、さながら海上にモザイクを描いているかのようだ。
その中の一隻。アルファ隊に所属する“リシュリュー”の艦上で、彼女は浮き立つ心に身を躍らせたい気分だった。
なぜならば。彼女の隣を進むブラボー隊の先頭には、壮麗な構造美を醸し出す欧州最強の巡洋戦艦が陣取っているからだ。
―――まさか、こんなに早く、叶うなんて。
願いというのは、してみるものなのだ。
艦娘のフッドとは、作戦前に一度だけ顔を合わせていた。欧州戦艦撃沈スコアトップとは思えない柔らかな物腰は、まさに女王陛下そのものだった。欧州連合の作戦には初参加となるリシュリューに、励ましの言葉までくれた。
―――やっぱり、すごい。
海に出た時。その存在感に圧倒された。陸であった時とは全く違う、決意のようなものが、“フッド”の艦体から静かに滲み出ている。リシュリューが知らない屈辱の時を乗り越え、彼女は今こうしてここにある。経験の差だった。
それでこそ。それだからこそ、越え甲斐があるというものだ。ライバルというのは、こうでなくては。どこぞの不愛想なドイツ戦艦にも見習わせたいくらいだ。
欧州連合戦艦部隊は、三つの部隊に分かれている。
リシュリュー率いるアルファ隊は、“リシュリュー”の他に“ダンケルク”、“ストラスブール”の計三戦艦が所属している。
フッド麾下の女王艦隊―――ブラボー隊には、“レナウン”と“レパルス”の両巡洋戦艦が所属している。
そして、イギリス本国艦隊で構成されるチャーリー隊は、“キング・ジョージ五世”と“プリンス・オブ・ウェールズ”で構成されていた。
アルファ隊の指揮を執るのはマッセナ少将。ブラボー隊はフッドの直率だ。チャーリー隊はサマヴィル少将が率いている。
「壮観だな」
八隻もの大艦が並んでいる様を見て、マッセナが感嘆の呟きを漏らした。艦首で割けていく地中海の海を見つめながら、リシュリューも同感の意を示す。
「やっぱり、全然違うわね」
「来て正解だったな」
「ええ!」
艦隊の一員として、欧州最武勲戦艦と共に戦える喜びを、リシュリューは素直に表情に表した。
「で、ロワールから報告は?」
「まだ何も。そろそろ見つける頃合いだと思うけど・・・」
戦艦部隊各艦が、それぞれの偵察機を放ったのは一時間前だ。目標は、まだ見つかっていない深海棲艦地中海艦隊戦艦部隊。二個艦隊で構成され、戦艦六隻を要する強力な部隊だ。地中海解放にあたって、欧州艦隊が八隻もの戦艦を揃えたのは、この強力無比な戦艦部隊と対峙するためだった。
戦艦部隊の後方、女王艦隊所属の機動部隊からは、すでに敵機動部隊と交戦に入っている旨が報告されていた。彼女たちの偵察機が、戦艦部隊を捉えていない以上、その索敵範囲外にいる可能性が極めて高い。
「焦れるな」
「焦れるわね」
リシュリューは、自らが戦闘好きであることを自覚している。こうして待っているのは、どちらかと言えば苦手だ。願わくば敵戦艦部隊には、さっさと姿を現して、決戦の舞台に立ってほしいものである。
待望の報せは、それから三十分後にやってきた。
「っ!“ダンケルク”二号機より入電!敵艦隊見ゆ!」
「おいでなすったか!」
敵影を捉えたのは、アルファ隊の二番艦“ダンケルク”が搭載するロワールだった。報告電はなおも続く。
「敵艦隊、本艦隊よりの方位一二四。距離四万五千。戦艦六、巡洋艦四を伴う」
「あっちも殴り合うつもりだな」
面白い。マッセナは不敵に笑っていた。
「アルファ全艦に通達。戦闘用意!」
「戦闘用意!」
マッセナの号令が、リシュリューによってアルファ隊全艦に達せられる。艤装との精神同調率が高められ、戦闘の準備を整えていく。心持ち、機関の唸りが高まり、迫りくる敵艦に今にも襲いかかろうとしていた。
『ブラボーよりアルファ。突撃します。続きなさい』
「アルファ了解!全艦最大戦速、敵艦隊に肉薄する!」
二つの高速戦艦部隊は、ほとんど同時に加速して、発揮しうる最大速力で四万五千メートル先の敵艦隊へと突撃を始めた。
欧州には、深海棲艦戦艦部隊―――一六インチ砲搭載の戦艦とまともに渡り合うことができる艦はない。確かに“リシュリュー”は、K級eliteの撃沈には成功した。だがその代償は大きく、艦体の修復には十八日と四時間を要した。
イギリス女王艦隊の近衛隊に所属する“ネルソン”級の二隻は、一応一六インチ砲搭載艦だ。だが決定的に速力が遅く、今回の作戦には不適とされていた。
そこで、欧州戦艦部隊が選んだのは、高速力を活かした肉薄砲撃戦だ。
三〇ノットを発揮可能なアルファ、ブラボー隊が一気に距離を詰め、対一六インチ砲の装甲を喰い破ることのできる一万五千メートルまで接近。そこで砲撃戦に持ち込むのだ。
わずかに速力で劣るチャーリー隊は、これを側面から支援する。具体的には、巡洋艦部隊の排除や、火力の弱くなったところへの支援砲撃だ。
『チャーリーよりアルファ、ブラボー。貴艦らの健闘を祈る』
チャーリーの旗艦“キング・ジョージ五世”から、サマヴィル少将の激励が届いた。いかにも切れ者といった見た目の彼らしく、端的な言葉だった。
「やるぞリシュリュー!女王陛下に負けるな!」
「わかってるって!」
―――でも、私にはこっちの方があってる。
横に立つマッセナからの檄に、リシュリューの血潮が沸き立つ。自らが戦艦であることを、誇りに思う。この提督と共に戦えることを、嬉しく思う。
それに。新しく仲間となった妹にも、土産話を持って帰らなくては。
艦上を風が疾走する。艦首で飛沫が上がり、真っ二つに割れた海面の残骸が“リシュリュー”の艦体を濡らす。精神同調を高めたことで、それらがまるで自らの感覚のように、リシュリューには思えた。
「第三射、来ます!」
吹き荒れる鋼鉄の暴風雨の中を、六隻の高速戦艦たちが突き進んでいた。
距離二万メートルで、敵戦艦は発砲した。観測射撃を兼ねた交互撃ち方は、誤差修正の時間も含めておよそ三十秒おきに降り注ぐ。精度は高い。特に、P級eliteが放つ射弾は正確で、第二射から隊列最前の“リシュリュー”を弾着の衝撃が揺する。
こちらが二隊に分かれているのを見て、敵艦隊も三隻ずつ二隊に分かれている。“リシュリュー”たちアルファを相手取るのがP級eliteとK級の通常型二隻で、暫定呼称は“ブラック”。“フッド”たちブラボーを相手取るのがP級eliteと通常型二隻で、暫定呼称が“ホワイト”。どちらも、真っ直ぐに突撃するアルファとブラボーに対してTの字を描くように位置取っており、隊列先頭の“リシュリュー”と“フッド”には、三隻分の砲弾が注がれていた。
到達した第三射が海面を叩き、“リシュリュー”の艦体を揺さぶる。飛び散った海水の塊が、甲板や舷側に打ち付けて砕けた。まさしく、嵐のど真ん中にいるかのような激しさだ。
「敵艦隊、第四射を発砲」
「了解!」
リシュリューの報告に、マッセナが返す答えは短い。艦橋の床に足を踏ん張り、前方の敵艦隊を睨む双眸は、転舵のタイミングを図り続けていた。
先に動いたのは、敵艦隊だった。
「っ!敵艦隊面舵!一斉回頭!」
リシュリューたちの前を右から左に進んでいた敵艦隊が、砲撃を一旦止めて、一斉に右へ舵を切った。このままT字を描き続けるつもりなのだろう。
―――今のうちに・・・!
砲撃が止んでいる間に、少しでも距離を縮める。リシュリューの意志に応えるように、機関は三〇ノットの速力を発揮し続ける。
「リシュリュー!距離は!?」
「一万七千!」
「よし、測敵を始めておけ!」
「了解っ!」
“リシュリュー”の測距儀が、“ブラック”三番艦―――一斉回頭によって先頭になったP級eliteに狙いを定める。砲戦開始はこちらも回頭した後だが、概算を出しておけば諸元算出も早くなる。高速力を発揮する状態では至難の業だが、リシュリューなら可能だ。
「敵艦再び発砲!」
回頭が終わった敵艦隊が、再び“リシュリュー”たちに向けて発砲した。今度も、三隻の敵艦がほとんど同時に砲炎を上げ、一六インチ砲弾を浴びせかける。襲い来る衝撃を予感して、リシュリューは身構えた。
全速を発揮し続ける機関の音に混じって、飛翔する砲弾が迫る気配がした。威圧的な音の連なりは、弾着位置が近いことを示している。
―――・・・っ!
弾着の水柱が噴き上がり、“リシュリュー”を持ち上げる。海面を叩き割る衝撃が、艦底を痛めつける。弾着位置は先ほどよりもさらに近い。距離が縮まるということは、それだけ相手も当てやすくなるということだ。
手応えを感じているのだろう。敵艦隊が再び発砲する。その存在を誇示する砲炎が、静かな海面を染めていた。
十数秒後、再び海面が沸き立ち、崩落した水塊が“リシュリュー”の甲板を叩く。正面に生じた水柱を鋭い艦首で割きながら、リシュリューはただ前だけを見つめていた。
「一万六千!」
『ブラボーよりアルファ。全艦、左砲戦用意。巡洋艦戦隊は、敵巡洋艦を牽制』
鋼鉄の豪雨を行く“フッド”から、全艦に通達が入る。いよいよリシュリューたちは、決戦距離と定めた一万五千メートルを割ろうとしていた。だが―――
敵艦隊からの砲撃が、再び降り注ぐ。それまでで最も精度が高く、艦体を揺さぶる衝撃も激しい。艤装に繋がれていなければ、艦橋のへりに掴まる必要があっただろう。それだけの揺れの中、明らかに至近弾落下とは違う衝撃と異音が、“リシュリュー”を震わせた。
衝撃は後部から襲ってきた。それほど大きくはないが、はっきりと感じることができる。転針を前にして、ついに“リシュリュー”を敵弾が捉えたのだ。
「後部甲板に被弾!第三副砲のバーベットに異常、使用不可!」
「・・・やはり、あのeliteか」
マッセナが唸る。ちなみに、あの衝撃の中を、掴まるものなしに艦橋に立ち続けているこの提督は、一体何者なんだとリシュリューは半ば呆れていた。
「大丈夫。お礼は三倍にして返すから」
「そいつはいい」
マッセナの口元が、いつものようにクイッと吊り上がった。
「アルファ全艦に通達!面舵一杯、針路一七〇!」
『ブラボー全艦に通達。面舵一杯、針路一七〇』
その時は、ようやく訪れた。
「面舵一杯!」
声を限りに叫んで、リシュリューは舵を切る。四万トンを軽く超える艦体は、すぐには艦首を振らない。号令から二十秒近く、艦は惰性で進み続ける。その間に、先頭を行くP級eliteが斉射を放った。
―――大丈夫、転舵でかわせる!
リシュリューの確信を裏付けるように、艦がようやく艦首を右に振った。それからは早い。みるみるうちに回頭が終わり、舵は中央に戻される。“リシュリュー”の未来位置を狙って放たれていた斉射は、そのことごとくが虚しく水柱を上げただけだ。
「“ダンケルク”、“ストラスブール”回頭完了。ブラボー、回頭完了!」
「アルファ全艦に通達!本艦目標“ブラック”三番艦、“ダンケルク”目標同二番艦、“ストラスブール”目標同一番艦!測敵始め!」
マッセナの指示が後方の二隻のフランス戦艦にも伝えられる。測距儀が旋回して敵艦を捉え、射撃諸元を算出していく。
発砲は、深海棲艦の方が早かった。三隻の単縦陣から一斉に砲炎が迸り、三発ずつ計九発の一六インチ砲弾が、リシュリューたちに向けて飛翔を始める。
―――負けてられない・・・っ!
「測敵完了!射撃諸元入力よし!」
こちらも、万事整った。
「砲撃始めっ!!」
「フーッ!」
号令から一拍、各砲塔二門ずつ計四門の三八センチ砲が、反撃の砲声を上げた。大気を震わせる三八センチ砲の衝撃波が、リシュリューの立つ艦橋を揺らし、海面に鏡のようなクレーターを産み出した。
音速の二倍という高速で砲弾が飛翔を始めた時、先に放たれた敵艦の砲撃がアルファ隊に到達し、至近弾炸裂の水柱を天高く突き上げた。
砲撃戦を宣言しといて始まらないという罠
次こそは・・・次こそは砲撃戦、やります