欧州激戦録   作:瑞穂国

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お待たせして申し訳ありません!

まだまだ続きそうな予感であります


地中海解放戦 3

弾着の水柱が降らせるスコールは、激しく甲板を打ちすえ、白濁の大波が艦首に切り裂かれて海に飲み込まれる。水柱が収まっても、その余波は五万トンに迫る艦体を容赦なく揺さぶっていた。

 

怒れる敵艦との間合いを計っていたフッドは、頃合い良しと見て、自らが率いるブラボー隊全艦に新たな命令を通達するべく、通信回線を開いた。

 

「ブラボー全艦に通達。面舵一杯、針路一七〇」

 

くしくも同じタイミングで、アルファ隊の方にも転針指示が出された。アルファ隊こと、フランス艦隊を率いる豪放磊落な提督の姿を思い浮かべ、フッドはほくそ笑む。彼もまた、フッドと同じタイミングを狙っていたのだろう。

 

―――期待のできる提督ね。

 

そんなことを思っているうちに、“フッド”の艦首が急速に右に振られ、艦が回頭を始める。五万トン近い欧州最大の巡洋戦艦だけあり、その動きは気高い力強さに満ちている。自らの艦の動きに、フッドは何の疑いもなく、その身を預けていた。

 

やがて、回頭が終わる。“フッド”に続いて、“レナウン”、“レパルス”、二隻の巡洋戦艦も回頭を終え、ブラボーは単縦陣で“ホワイト”と同航戦に入っていた。

 

「本艦目標“ホワイト”三番艦。“レナウン”目標同二番艦。“レパルス”目標同一番艦。測敵始め」

 

回頭を終えた時点で、フッドはすぐさまブラボー全艦に目標を指示する。各艦の測距儀が旋回し、それぞれに定められた目標への射撃諸元を求めるべく、あらゆる観測値を集め始めた。

 

“フッド”が目標と定めた“ホワイト”三番艦は、P級eliteだ。攻守走のバランスが取れた、高速戦艦ともいうべき艦種だ。相手にとって不足はない。

 

回頭によって相対位置が変わったことにより、敵艦隊もまた測敵をやり直している。大きな動きがあったにもかかわらず、戦闘海面は不気味な沈黙に満ちていた。

 

―――初弾から当てていく。

 

フッドは目を閉じると、艤装との同調率を高める。瞬間、鋭い痛みが頭に突き刺さり、フッドは顔をしかめる。大きな負荷がかかっているのだ。否、大きな負荷をかけてまで、フッドは自らに備わった能力を最大限に発揮しようとしていた。

 

やがて、測敵が終わる。

 

「測敵完了。主砲、初弾より斉射」

 

“フッド”に連装四基八門が据えられた四二口径一五インチ砲は、その全てが鎌首をもたげる。もっとも、一万五千という距離は戦艦の砲戦距離としては決して長くはなく、各砲身にかけられる仰角は小さい。導かれた射撃諸元に基づき、“フッド”の砲門は敵戦艦を捉えていた。

 

「オープン、ファイア」

 

フッドは静かに、そして厳かに戦闘の開始を告げた。次の瞬間、八門の一五インチ砲の砲口に爆炎が踊り、巨大な砲声と衝撃が“フッド”の艦体を打ち据えた。砲戦開始の歓声を上げるかのように、女王陛下の艦は横方向へ揺れる。それを歯牙にもかけず、フッドは艦橋から第一射の行方を追っていた。

 

“フッド”に追随するように、“レナウン”、“レパルス”も発砲する。ほとんど同時に、“ホワイト”の敵艦三隻も砲撃を再開した。砲声が海面に木霊し、巨龍たちの饗宴の始まりを告げる。

 

前を見れば、マッセナ率いるアルファも砲撃を始めている。フランス戦艦は、全艦がフッド麾下の“ネルソン”級姉妹と同じ、主砲を全門前甲板に集中配置している。すっきりとまとまった艦上構造物の向こうに、きらめく発射炎が見えた。

 

十数秒後、“フッド”の第一斉射弾が落下する。炸裂した砲弾が地中海の海水を持ち上げて、白銀に輝かせる。その間隙に、命中弾炸裂の炎が踊った。フッドが狙った通りの初弾命中だ。

 

彼女はさして驚くこともなく、八門の主砲が再装填を終えるのを待つ。これくらいの芸当は、観測機器や射撃指揮装置が優秀な戦艦なら誰でもできる。フッドは、彼女たちとは少し違うやり方で、初弾命中を実現するだけの射撃精度を確保しているが、結局のところやっていることは同じだ。別段、誇ることでもない。

 

敵弾も落下してくる。さすがはeliteだ。第一射から正確な砲撃が、“フッド”の舷側を濡らした。しかし、命中弾はない。

 

―――まだまだね。

 

自らの顔が、今頃邪悪な笑みを浮かべているであろうことに、フッド自身も気づいていた。

 

およそ三十秒後、再装填が終わった“フッド”の主砲が、砲身をもたげていく。その様子を艦橋の眼下に認めて、フッドは静かに第二射の発砲を命じた。

 

「ファイア」

 

八門の一五インチ砲から砲炎が迸り、衝撃が大気を鳴動させた。水圧機で吸収しきれなかった反動が直に艦体に伝わり、右舷側へと仰け反らせる。八百キロを超える砲弾が、大気を切り裂いて飛翔していった。

 

ほとんど同じ装填時間があって、敵三番艦も発砲する。こちらは弾着修正用の交互撃ち方だ。三基の三連装主砲塔各一門ずつに砲炎を上げている。

 

見張り員からは、“レナウン”と“レパルス”も第二射を放ったことが報告された。こちらもまだ交互撃ち方だ。彼女たちには、フッドのような能力はなかったし、この呪われた能力を身に付けてほしいとも思っていない。

 

まあ、心配はしていない。練度で言えば、“レナウン”級姉妹は“ウォースパイト”に次ぐものがある。

 

そうこうしているうちに、第二斉射弾が弾着する。P級eliteを押し包むようにして六本の水柱が上がり、二本の火柱が敵艦を焼く。だが、観測機からその報告が来る前に、今度は敵弾が“フッド”に迫ってきた。

 

甲高い風切り音が急速に近づいてくる。戦艦としての本能が、フッドを身構えさせた。次の瞬間、左舷側の海水が沸騰し、後方から形容のしがたい衝撃が襲ってきた。思わず、前につんのめりそうになる。

 

―――喰らった・・・!

 

ある程度覚悟はしていたことだ。接近しての砲撃を仕掛けた以上、あちらの砲撃も精度が上がる。命中弾が出るのは時間の問題だった。

 

フッドは怯まない。観測機から先の砲撃の成果を聞き、主砲が再装填されるのを待つ。おそらく次からは、敵三番艦も斉射を放ってくる。遠慮会釈などない、砲弾の応酬。戦艦の戦い方。

 

装填作業が終わり、再び八本の砲身が持ち上がる。雲量五の空から降り注ぐ陽光が砲口に反射してきらめいていた。黒鉄の輝きが頼もしい。

 

“フッド”が第三斉射を放つ。等速度的に広がった衝撃波が海面を激しく叩き、艦の前進に伴って生じていた波を打ち消した。まるで隕石で穿たれた地表のように、海面には四つのクレーターができている。

 

砲弾を撃ちだした一五インチ砲は、第四斉射の準備をするべく、仰角を下げる。砲口からは黒い煙を引いており、主砲発射の威力を物語る。硝煙でわずかに黒くなった砲身に陽炎が見えた。

 

“フッド”の第三斉射が飛翔を続ける中、敵三番艦にも動きがあった。P級eliteの前甲板に二基、後甲板に一基が据えられた、一六インチ三連装砲塔。そこに収められた全九門の一六インチ砲が、ゆっくりとその鎌首をもたげたのだ。伝説に登場する、怒れる黒龍のように、フッドには見えた。

 

次の瞬間、敵三番艦が最初の斉射を放った。丈高い艦橋を挟み込むようにして火球が生じ、すぐに黒い煙の雲となる。それまでの被弾などものともしない様子だった。

 

砲煙が治まらぬうちに、“フッド”の第三斉射弾が弾着する。水柱はP級eliteの艦橋よりも高く、バベルの塔のようにそびえ立つ。白い巨塔の合間に、命中弾炸裂の赤々とした光が走った。爆砕した艦上構造物の破片と思しき細かな影が飛び散り、被弾箇所から薄い黒煙がたなびいている。何らかの被害を与えることはできたようだ。

 

入れ替わりに、敵三番艦の第一斉射が“フッド”に降り注ぐ。轟音が頭上を圧したかと思った瞬間、艦体に激震が走った。欧州最大の巡洋戦艦が、巨弾に打ち据えられて、震えている。それでも、フッドの闘志は揺るがない。

 

こんなもの、かつての戦闘に比べれば何ほどのものでもない。

 

妖精から被害報告が上げられるのを待つことなく、フッドは第四斉射の発砲を命じた。“フッド”の搭載する四基の一五インチ連装砲塔はいまだ健在だ。被弾による損傷など微塵も感じさせず、八門の主砲が猛々しい咆哮を上げる。

 

後方からも頼もしい爆音が聞こえてきた。“フッド”からはわずかに遅れたが、“レナウン”と“レパルス”も斉射に移行したのだ。装甲では“フッド”に劣るが、砲力では互角である。

 

ただし、楽観はできない。“フッド”たちに十秒ほど遅れて、“ホワイト”も発砲する。三番艦は言わずもがな、“レナウン”を相手取る二番艦も、その主砲に全門斉射の炎を上げていた。あちらもまた、確実に砲撃の精度を上げてきているのだ。

 

“フッド”の第四斉射、“レナウン”級姉妹の第一斉射が、“ホワイト”の敵戦艦三隻に襲いかかる。多数の白柱が一斉に上がる様は、まるでおとぎ話に登場するクリスタルの王宮のようだ。こんな状況にもかかわらず、その様子は荘厳な美しさをまとっていた。

 

巨大なクリスタルの向こうに、派手な火柱が輝いた。だが、自らが放った斉射の結果を知る間もなく、今度は“フッド”の視界が、白濁の巨壁によって塞がれる。何かが弾け飛ぶ異音が、艦の後方から聞こえてきた。

 

―――戦闘航行に支障なし。

 

被害はまだ小さい。改装を受けたことで、“フッド”の装甲はいくらか強化されている。五万トンもの艦体には、その改装を受け付けるだけの余裕が十分にあった。

 

自らの艦には、まだ戦い続ける余力があることを、フッドは確信していた。

 

“フッド”が第五斉射に踏み切る。それから十秒ほどがして、敵三番艦も発砲した。“フッド”の主砲八門も、P級eliteの主砲九門も、一門も欠けることなく、その砲口に砲炎を迸らせている。

 

戦艦としての矜持が、砲弾と共に高空で交錯し、お互いの艦上に降り注ぐ。鋭く研ぎ澄まされた大口径砲弾の弾頭が、まっさらな甲板に突き立てられ、熱い想いを弾けさせる。艦体全体を揺らす衝撃にも、フッドは涼しい顔をして敵三番艦を見つめ続けていた。

 

水柱が崩れさった敵艦には、黒煙が燻っていた。その量はまだ少なく、戦闘航行に支障が生じているようには見えない。しかし、被害を与えていることは事実だ。

 

“フッド”の被害も、詳細が集まり始めている。被弾は四発。高角砲一基がもぎ取られ、副砲も二基が破壊されていた。予備の射撃指揮所との電路も遮断され、現在復旧作業中だという。

 

だが、肝心の主砲―――連装四基八門の四二口径一五インチ砲は、健在だ。

 

再装填が終わり、持ち上がった主砲が六度目の咆哮を上げる。艦橋の窓をビリビリと震わせ、艦を横方向へ揺さぶる衝撃に、フッドはただ静かに、身を委ねていた。




更新が遅すぎる・・・

航海から帰ってきたら、本気出すから・・・
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