リューさぁぁん!俺だーっ!結婚してくれぇぇ━━っ! 作:リューさんほんと可愛い
「疲れた。暖かいベッドで寝たい。ついでに言うとリューさんがスタンバイ状態なら神に感謝」
「………天地が引っくり返ってもないと思うよ……?」
「アイズ……あぁ、あのときの可愛いお前はどこへ行ったのやら……いつも俺の後をくっついてきてキルお兄ちゃんキルお兄ちゃんって………いや、今は今で違う可愛さがあるからいいんだけどさ」
「……キルは少し自重を覚えた方がいい」
五十階層への遠征を終了した俺達、ロキ・ファミリアは今、十八回層で休息を取っている。そのテントの一角で俺とアイズは会話をしていた。
「おう可愛い。顔赤くしちゃって」
「怒るよ……?」
「気にすんな。妹分が怒ったって兄貴は『スゲー可愛い』位にしか思わないからな」
くしゃっ、とアイズの頭を撫で、立ち上がる。
「うーし。じゃあちょっくら行ってくるわ」
「……いつものあれ?」
「おう。アイズも来るか?」
「このあと、水浴びの約束をティオナとしてて……」
「そうか。じゃあ行ってこい」
撫でていた手を止め、ぽんぽんとアイズの頭を叩いて笑顔を向ける。
「楽しんでこいよ」
それを皮切りに暖簾を上げテントの外に出る。
んんーっ、と背伸びを一つして歩き出す。
「さて、ぼちぼち行きますかね」
◇◇◇
十七階層。ロキ・ファミリアは遠征帰還途中に出会ったミノタウロスの集団を使い、ストレス発散用のサンドバッグとして使おうとしていた、が。ミノタウロス達は己の運命を察したように一心不乱に逃走を開始し、逆にロキ・ファミリアの面々はそれを追い掛ける形となった。
「ちょ、ミノたん逃げた!」
「言ってる場合か!追いかけろ!」
「おいおい!お前らモンスターだろ!?何逃げてんだよ!」
「キルゥゥ!お前が日頃のストレスを発散するとか言ってっからだろ!」
「うるせぇベート!テメェもその気になってただろうが!」
「ああん!?」
「やんのかコラァ!?」
「二人ともそこまでだ。ミノタウロスの逃げた方向を見ろ」
「うお、団長……逃げた方向って………上!?」
「おいおいマズいぞ!上には雑魚共がいやがる!巻き込まれたら…………ッ!」
「行くぞベート!」
「おう!」
キルとベートは第一級冒険者の身体能力を遺憾なく発揮しミノタウロスの群れを追う。
「うおらぁ!十五体目ェ!」
グーパンチでミノたんの頭を粉砕。グチョッ、と嫌な音を立てて巨体が倒れこむ。
「お、十六体目発見!」
「ドラァッ!」
「ベート!ナイス回し蹴りィ!グレートだぜ!ドラァだけに!」
「ワケわかんねーこと言ってんじゃあねーぞ!」
『ほわぁぁぁぁああああああ!?』
「おい、今の!」
「あぁ、雑魚のだ!」
「間に合うか!?」
「わからねぇ!」
脚のエンジンをフル回転。声の出所へと向かう。
「ミノたん発見!多分あれで最後だ!だけど白髪の奴が腰抜かしてる!」
瞬間、俺とベートの間を、目にも止まらない速さで金髪の少女が駆けた。
「アイズ!」
少女は俺達を越える速度で少年の元にたどり着き、愛剣の柄に手を掛け、一閃。二閃。
瞬間、ミノタウロスが爆ぜた。
いや、正確にはあまりの速さで斬られたので爆発したように見えた。
ミノタウロスの血液が少年にベチャッとかかり、白い髪は一瞬でロキのような赤い髪へ。
「おぅふ。トマトじゃねぇか」
「ブハッ!と、トマト止めろ……ト、マト……くはっははは!」
心の呟きを口にした途端、ベートがその場で吹き出した。そんなにツボに入ったのか。性格悪い奴め。言った俺はもっと悪いけどな。いや、ベートよりはマシか。
「大丈夫、ですか?」
トマト君が文字通り目を丸くして、暫く。
変な声を出して逃げ出した。
「トマト野郎は逃げ出した!」
「やっめ……ろ……だははは!!」
「………さて、と。ナイスだったぜアイズ。GJ 」
「………やっぱり、怖がられてるのかな……」
「いや、どちらかと言うとあのトマト君、俺と気が合いそうな感じだった」
「………?」
「よくわからんがそんな気がしただけだ。ミノたんはあれで最後か?」
「………うん。多分そうだと思う」
「ほいじゃあ、ぼちぼち帰りますかねー、っと」
俺達は灰になったミノたんの死骸を踏みつけて出口へゆっくりと向かっていった。
◇◇◇
酒場『豊穣の女主人』にて。
「リューさぁぁん!お久し振りですぅぅ!!」
「………」
俺が飛び込み、リューさんがそれを躱す。そして床にキッス。最早ロキ・ファミリアにとってはいつもの風景だ。
「おら、起きろキル。飲むぞ」
「ハッ、誰がテメーとなんか飲むか。一人で寂しくやってろ」
「んだとコラァ!」
「あー、キルもベートもそこまでや。折角ここまで来とるんやから楽しくやろ? な?」
「あー、アイズがナンパされているぞー」
「何ぃぃ!?」
ロキが音速もかくやという速度で振り向き、ババッと、さながら遅刻寸前のサラリーマンのように駆けていくのを確認し、再びベートにガンを飛ばすため振り向く────。
「何を可愛い妹の方向いちゃってくれてんだこの犬っころ」
「あぶっ!?」
とりあえず一発。
おまけに二発。
だめ押しに……
「何してくれてんだこのクソキルがァァ!」
だめ押しに殴られた。チクショー、クソはテメーだ! と心の中で悪態を吐く。なんとも子供っぽい。
「世の中というものは残酷なのだよベート君。そして残酷な結末を見るのは大体欲望に塗れた者だ。それを俺は止めてやったんだ。ほら感謝しろ今日のわんこ」
「誰がするか!」
クルリと俺に背を向けてカウンターへ独り向かう今日のわんこ。
さて、厄介な奴は排除した。あとは───
「リューさん、結婚してください!」
「お断りします」
「デスヨネー」
なんて会話をリューさんしていた。だがしかし非リア諸君!俺はリューさんと会話するだけでも幸福を味わえる!これが君達との違いだ!フハハッハ!
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」
ロキが立ち上がって音頭を取るとウチのファミリア達はうおおっ、と沸き立った。勿論俺も。
「リューさん、注文いいですか?」
「………どうぞ」
「じゃあリューさんで!」
「非売品です」
「冗談ですって。そんな暗い目しないでください。 ………えーと、じゃあこのパスタください」
「わかりました」
パタパタと厨房に向かうリューさん………あぁもうほんと可愛い。この気持ちほんとどうすればいいんだろう。もうロキでも神でもなんでもいいから教えてくれ。ロキあいつ一応神だけど。
「………お?」
なんだろうか。俺の目の前をピキィーンとスパークが奔った気がする。ニュータイプの共鳴みたいな感じで。走れフラウ……いいぞ。
「これは……ふむ」
ゆっくりと視線を本能の赴くまま、ニュータイプ反応の赴くままにある方向へと向けた。
───兎? あぁ、違った。人だ。
白髪で赤目の少年──背丈はアイズと同じくらい──がそのアイズを舐るように見ている。
うわ、気持ちわりぃ。 俺が思ったのはそんな事だった。同時にリューさんがいる方向へと視線を改め、先程の自分の考えをその自分に当てはめてしまった。
てことは俺気持ち悪い人じゃねぇか……うわ、軽くショック。
「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
不意に、
「あの話……?」
アイズがそう呟くと今日のわんこはジョッキを片手に続けた。
「あれだって、誰かのおかげで帰る途中、何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が五階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」
ベートが『お前のおかげだよな』と言いたげな視線を送ってきたのでこちらも『うるせぇよ。あとお前パクってんじゃねぇよ』の視線を送り返した。後者は絶対に伝わらないと思うが。
そして白髪少年の方へ視線を向ければピシッ、と石のように硬直。
あれ、これもしかしてトマト野郎ってこの子?
「ミノタウロスって、十七回層で襲いかかってきて返り討ちにしたらすぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上がって行きやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れてたってのによ~誰かのせいで」
☆イラッ☆
「うるせぇぞベートテメー!黙らねぇと写真取ってめざましテ○ビに送りつけんぞ!?」
「意味わかんねーこと言ってんじゃあねー! それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」
再びトマト野郎(仮)へ視線を向ければ顔面蒼白挙動不審。
疑問が確信に変わったぞ!ディオ!
あいつはもう(仮)なんかじゃねぇ!正真正銘のトマト野郎だ!
ならマズいぞ。このままだとあの子は大恥をかくことに───まあ、いいか。ウチの妹をそういう目で見てるのが悪い。そもそも関係ないしな。
「パスタです」
「お、ありがとうございますシルさん」
「いえいえ。そういえば最近、リューは貴方が来ないと寂しそうなんですよ?」
「嘘八百はいけませんねシルさん。俺だってそのくらいすぐわかりますよ?馬鹿にし過ぎです。可愛いから許せますけど」
「あれぇー?」
なんて会話をしているうちにもベートの演説は続いていたらしく、腹を抱えて笑っていた。
「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」
「………そんなこと、ないです」
「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!」
ロキのテンションがおかしくなっておりますが気にしない。だっていつもの事だから。さて、ミートソースがうまい具合にかかったパスタを頂くとしよう。
「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
そんな事を言っとるがベート、お前もミノたんに怯えてた時期があったよな? しっかり覚えてるぜ?
「………あの状況じゃ、しょうがなかったと思います」
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。 ………じゃあ質問を変えるぜ? あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
は? 何を言ってんだこいつは。
心の中に段々と憤りの念が浮かんでくる。
「ベート、君、酔ってるの?」
「うるせぇ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶に───!?」
あぁ、もう限界だ。
「いい加減黙れやクソベートッ!」
真っ直ぐ、的確に、全身全霊を込めて奴の頬をぶん殴る。綺麗な放物線を描いてぶっ飛んだベートは机へ激突。机は倒れ椅子は壊れ、客は悲鳴を上げ。まさに阿鼻叫喚の絵図を描いていた。
「何ださっきから聞いてりゃよォ~~!アイズを雌? 雌扱いか? あァ!? 仲間を? 動物はテメーがいりゃあ十分だよこの犬ッコロが!」
「……がっ……キル、てめぇ……!」
「しかも何だ!? 人のネタをパクって言うに事欠いてそれか!あぁん!?」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよテメーはァ!」
「オラァ!邪魔だどけ!」
向かってくるベートへの対応に椅子に座っていた冒険者を蹴って退かし、椅子をそのまま投げ付ける。
再び倒れ込んだベートへ跨がり顔面へ一発。
抵抗する腕を膝で押さえ付け、鼻柱へ一発。
「オラッ!オラッ! 今回だけはベート!許せそうにねぇ!悪い……いや悪くねぇか!」
「キル!落ち着け!」
「リヴェリア姉さんは黙っててくれ!」
「うがぁっ………!?」
「ホラ、言ってみろよ!どういう了見でアイズを雌扱いしたんだ!?」
「うっ……ぐうっ……オッラァッ!」
「ぬあっ!?」
ベートが腹筋だけで起き上がり、俺を蹴飛ばす。
「うげっ……」
壁に激突した俺の眼に映ったのはあいつの拳。そのままそれが容赦なく降り下ろされた。
鼻から温かい液体が垂れているのがわかる。野郎、手加減無しで殴ってやがる……!
「野郎ォォ━━━ッ!」
「そこまでだよ! いい加減にしなアンタ達!」
ピタッと、二人が止まる。全く同じ挙動で二人が振り向く先はは厨房。
「あーらら……怒らせてしもうた……」
「いいんじゃない?たまにはいいお灸だよ」
ズン、ズン、とこちらに向かってくるドワーフの女性。アレ?後ろにスタンドが見える……いや、阿修羅だ!阿修羅が見える!フライパン持ってるし!
「ちょ、ミア母さんちょ、フライパンアタックは勘弁!知ってる!?フライパンって某王国では伝説の武器………イ"ェ"ア"ア"ア"ア"!!」
「いや、ちょ、ま………ヴォォォ!?」
ドッゴンバッゴン、とおおよそフライパンが出してはいけない音をバックに俺の意識は沈んでいった。
◇◇◇
「ウェイ!?……生きてた……」
ベッドの上で目覚めて、安心したのはここだけの話だ。